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リアクション
『魔法少女、誕生か?』
「いやぁ、いいですよね果実狩り。
旬の素材は美味しいですし、パラ実周辺と違って自然が豊かですし、癒されます」
「ええ、そうね。この時期はどこでも、皆が力を合わせて収穫作業に勤しんでいたわ。
今年も無事に実りの秋を迎えられたことを、皆とても感謝していたわね……懐かしいわ」
次百 姫星(つぐもも・きらら)に頷き、高天原 姫子――身体は鵜野 讃良のもので、意識は姫子――が昔を懐かしむような顔を浮かべる。
「姫子さんは、収穫作業に携わったことはあるんですか?」
「そういえば……なかったわね。あの時は思いもしなかったわ。あなたはどうなの?」
「私はこう見えて、収穫作業もそれなりに得意なんですよ。伊達に長年のアルバイト生活で鍛えられていませんよ!」
息荒く、姫星が腕をブンブンと振ってアピールする。ただ、後に「……まぁ、貧乏でやらざるを得なかっただけですけどね……」と付け足した所に、どこか哀愁を感じさせた。
「さぁ、張り切って収穫していきましょう!
姫子さん知ってますか? 栗は、落ちているものを拾うのが一番美味しいって」
言いながら、姫星が地面に落ちた毬栗を摘んで、籠に入れていく。まだ木にぶら下がっている毬栗には目もくれない。
「そうなの? 林檎や梨、柿は落ちたらダメなのに?」
「まあ、ちょっと傷付いたくらいなら林檎とか梨とかだって十分食べられます。見た目が悪いから商品価値は落ちますけど、むしろ私にとっては狙い目でした。
……それは置いといて、栗は地面に落ちたものの方が熟していて美味しいんです。だから栗狩りと言わずに、栗拾いって言うんですよ」
「へぇ……讃良も「そうだったんですかー」って感心してるわ。あなた、意外に物知りなのね」
「意外とは失礼ですねっ! ……まあ、こういう点にだけは詳しくなっちゃいましたから。
姫子さんも教養はあるけど生活の知恵はなさそうですし、そこは私と似たもの同士ですねっ」
「……まったくその通りだから、否定しないわ。じゃあ折角だから、讃良にも教えてあげるつもりで色々と教えなさい」
「任されましたっ!」
果実を収穫しながら、姫星が生活の役に立ちそうな知恵をいくつか、姫子と讃良に教えていく――。
「あ、そういえば、讃良ちゃん、魔法少女になりたいって言ってましたよね?」
姫星が、ふと思い出して尋ねた言葉に、姫子が頷いて答える。
「そうね。あの子、身体を動かすのが好きみたいだから、近接戦なんて向いているんじゃないかしら」
「……って、姫子さん、魔法少女は戦いがメインじゃありませんよ?」
「あら、そうだったわ。豊美を見ているとつい、ね」
姫子の言うように、確かに豊美ちゃんを見ていると、魔法少女とは戦う者というイメージになりかねない。本人は「違いますよー」と否定するだろうが。
「讃良ちゃんが魔法少女になるということは、それってつまり、姫子さんも魔法少女になるってことでいいんですか?」
「…………、考えたら、そうなるしかないわね。私は別にどうでもいいけど」
身体を一つにしている以上、讃良が魔法少女として活動する時は必然、姫子も魔法少女ということになる。
「もし讃良ちゃんが魔法少女になったら……うん、色々と面白い事になりそうです」
「何よ、何がおかしいの? 言っとくけど私は、魔法少女なんてやる気ないんだからね」
「そんな事言わないで、姫子さんも魔法少女、やりましょうよ」
「…………、考えておくわ」
姫星の誘いの言葉に、姫子は顔を背けつつ態度を保留するのであった。
『名前を呼んで、友達になろう』
「なぁロノウェ、ちょっとの間でいい、俺の話に付き合ってくれないか」
果実狩りの最中、天禰 薫(あまね・かおる)と一緒に来ていた後藤 又兵衛(ごとう・またべえ)がロノウェを呼んで話をし始める。
「天禰の奴、あんたを『ロノウェ』って呼ぶのが照れくさいらしい。自分から「我の事は薫と呼ぶのだ。我もロノウェって呼ぶから」って言っておいて、情けない話なんだが……。
ま、あいつは引っ込み思案だからさ。あんたともっと仲良くしたいって思ってても、なかなか行動に出せねぇ。その割には東カナンの時は、やけに積極的だった気もするがな」
又兵衛の話で、ロノウェは東カナンでの顛末を思い返す。確かに薫は又兵衛が言ったような言葉を言ったし、自分はその時、「友達って、分からないの」と口にしていたことを思い出す。
「……今でも、分からねぇか?」
ロノウェの顔を見て、又兵衛が尋ねる。
「……ええ。でも……ハッキリと分かるものではないのかもしれないって、今は思ってる。
私とその……友達になりたい、って薫が言ってくれたことは、嬉しいって思うから」
ロノウェの言葉に、又兵衛は笑みを浮かべて、お願いをするように口を開く。
「あんたが、天禰と仲良くしたいって思ってくれてるのは分かった。俺にとってもそいつは嬉しい話だ。
こいつはワガママかもしれねぇが、あんたの方から応えてやってくれんかね? ああ、ワガママついでにもう一つ、俺やうちの家族たちとも仲良くしておくれよ。な?」
「……どうすればいいのかしら」
尋ねるロノウェに、又兵衛は簡単なことさ、と口にする。
「薫、って呼んであげりゃあいい」
――それから、しばらくの時が流れて。
「ロノウェさん、今日は一緒に果物狩りに付き合ってくれて、ありがとうなのだ」
ロノウェと一緒に収穫した果実を脇に、がぺこり、と頭を下げる。
「いいえ、お礼を言うのは私の方よ。あなたのおかげで、楽しい時間を過ごさせてもらったわ。ヨミのお土産もたくさん出来たしね」
今頃、ロンウェルでは副官であるヨミが首を長くしてロノウェの帰りを待っていることだろう。
「あのさ…その、良かったら、これからも色んなところに出かけたり、連絡を取り合ったり、お手紙を出したりして、お話もしたいのだ。
……だめ……かな?」
照れくさそうに下を向いて、チラ、チラと目を合わせつつ返事を伺う薫へ、ロノウェは出来る限りの笑顔を作って答える。
「ダメなんてこと、ないわ。私も…………、薫と色んな所に出かけたりするのは楽しいって思うし」
「あっ……」
ロノウェから『薫』と名前を呼ばれたことで、薫は東カナンで自分が言ったことを思い返す。
――ロノウェさんが自分の事を『薫』と呼んでくれた。そして自分は約束した。約束は、守らないといけない――。
「うん……! その…………、ロノウェ、とまた一緒に過ごせるのを、楽しみにしてるのだ」
やっとロノウェの事を『ロノウェ』と言えたことに、薫が満面の笑みを浮かべる。
「うんうん、よかったな、天禰」
二人の様子を離れた所で見守っていた又兵衛が、林檎を噛って薫を労う――。
『忘れたものは沢山あるけど、これからは絶対忘れない』
「果実狩り、俺は初めてなんだよね。ミーナ君とコロンちゃんは果実狩り、したことある?」
「えっとね、わたしもお兄ちゃんも、果実狩り、したことないの。
わたしたちの世界は、今みたいに実りが本当に限られた場所でしかもたらされなかったし、わたしたちはいつの季節も、別の世界樹との戦いに駆り出されていたから」
五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)の問いに、コロンがンガイ・ウッド(んがい・うっど)を抱きつつ答える。
(むむむ……こう深刻な話をされると、我もどうリアクションを取っていいのか判断に迷うぞ。
……仕方ない、我がエージェントもこの子のためを思って我を託したはずだ。まったくもって不本意だが、今は可愛げのある猫として振る舞ってやろう。元々我は可愛いがな!)
にゃあ、と鳴いて頬を擦り寄せてくるンガイに、凄惨な過去(東雲たちにとっては未来の話)を口にしたコロン、隣で話を聞いていたミーナの表情が和らぐ。コロンはかなりの猫好きであることが判明していたが、どうやらミーナも猫は嫌いではないようだ。
「あ、えっと……お、俺の思い出はね、友達と遊園地に行った事、かなぁ」
そして東雲も、マズイことを聞いてしまったのを恥じるように、話題を自分の思い出話にすり替える。
「遊園地?」
「うん、遊園地。観覧車とかジェットコースターとか、楽しい遊具がいっぱい置かれてる場所なんだ。
他にも色んな所へ行ったけど、それはパラミタに来たばかりの頃だったから、思い出深いんだ」
「へぇ、機会があるなら僕たちも、行ってみたいね。面白そうじゃない」
ミーナも、そしてコロンも、まるで子供のように目をキラキラさせて遊園地というものを想像していた。
「今でも大切な思い出だよ。……二人も、ここでそんな思い出を作っていってほしいな。
あ、そうそう。リキュカリアが二人だけに話があるみたいだから、この後にでも付き合ってくれてあげないかな?」
「わたしたちに? 分かった、後で行くね」
(…………、平和だな。疑いなく、平和だ)
彼らの様子を眺めていた上杉 三郎景虎(うえすぎ・さぶろうかげとら)が、樹に背中を預けつつぼんやりと思う。
「東雲の肌は白いな……術師のようにもう少し日に焼けてもいいように思うが」
「ちょっと、聞こえてるよ。それにボクの肌は日焼けじゃなくて、元からだから」
「……そうだったか? まぁいい」
リキュカリア・ルノ(りきゅかりあ・るの)の訴えを軽く受け流し、抗議の印に飛んで来た林檎をキャッチする。
「果実狩り……ふむ、体力づくりにはなるか」
そう呟くと、三郎景虎が東雲の所へ歩いて行き、ある林檎の木の列を指して何かを口にし、東雲が困った顔で両手を横に振っていた。
「何を言ってるんだか……さて、と。ボクはボクで、あの子達に話があるんだよね」
おもむろに立ち上がり、リキュカリアが東雲と別れた『あの子達』、ミーナとコロンの元へ向かう――。
「あのね、ボク、ふたりに聞きたい事があったんだ。……タイムパラドックス、って知ってる?」
リキュカリアの問いに、ミーナがもちろん、と頷く。
「知ってるなら話は早いか。ふたりがやってる事がまさしくそうだと思うんだけど……その、イルミンスールの寿命が延びる事で、ふたりが生まれなくなる、なんてことがあったりするのかな……?
……いや、多分、ふたりはそういう未来に持っていこうとしてるんだよね……?」
「持って行こうとしているかどうか、と言われたら、どうかな。イルミンスールの寿命が延びることで、僕や他の世界樹が生まれ、争い合う世界は否定される。けれどまた別の世界で、僕たちは別の形で生まれてくる可能性が出てきちゃうかもしれない。多分一つの形に、持って行けないよね。未来ってそういうものだと思うから。
……だから、可能性の一つだけど、もし『こことは違う世界』での事件を解決したとしても、その瞬間に僕たちが何か別のものに変化して君たちを苦しめる、そんな事だってあるかもしれない。そうなってしまったら……ゴメンね、僕たちはただ謝ることしか出来ないや」
「あぁあ、そんな、謝らないで。決してふたりを責めているわけじゃないから。
あたしは、感謝してるよ? イルミンスールの危機を救えるかもしれない可能性に気付かせてくれたことに。そこから先は……うん、分からないよね。それはもう、誰のせいでもないと思う」
一旦言葉を切って、ミーナとコロンを見つめて、リキュカリアは言う。
「あたしが言いたかったのはね。……未来の事は分かんないけど、今こうしてること、きっとボクは忘れないってこと。
ボクは魔女だから。これからもずっと生きていくから。
ボクは今まで、たくさんの事を忘れちゃったけど。でも、これからは全部忘れない。ふたりが居たことも、こうして何でもないかもしれない日常を過ごしたことも、全部、忘れない」
リキュカリアの言葉を、二人は感謝の気持ちを抱いて受け止め、そしてお礼を口にする。
「……そう言ってくれると、嬉しいよ。ありがとう」
……事が始まるまで、そう時間は残されていないのかもしれない。
けれどせめてその時までは、少しでもたくさんの、幸せな、楽しい思い出を――。
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