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リアクション
『休憩時』
「今年もミリアちゃんの手料理が食べられるねぇ。……おぉ、あんたがミリアちゃんの旦那さんかい? そうだ、前もミリアちゃんと料理をしてたねぇ。
そうかいそうかい、あれから順調に事が運んだってわけかい。いやぁ、めでたいめでたい」
「あはは……ありがとうございます、ジーベルさん」
農園の老夫婦――ミリア・フォレスト(みりあ・ふぉれすと)から『ジーベル』と教えられた――へ、ミリアと結婚したことを報告した涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)が、ジーベル夫妻が自分の事を覚えていてくれたことに嬉しさを隠せない顔で答える。
「あの時も作った栗ご飯を、今日も振る舞いたいと思います。三年前よりは上達していると思いますので、期待していてください」
「あぁ、期待させてもらうとするよ。調理場は好きに使っておくれ」
「はい、ありがとうございます」
「ジーベルさん、私たちのこと覚えてたね」
「ああ、正直、意外だった。だが、嬉しかった。
今日という日をまた覚えてもらえるように、料理の腕を振るうとしよう」
腕をまくり、やる気を見せた涼介が、栗を浸して皮を剥きやすくする。それらをクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)、エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)とミリィ・フォレスト(みりぃ・ふぉれすと)が手分けして剥き、エイボンが栗を涼介の所へ持っていく。ミリアはその間、採れたての葡萄を用いたゼリーの製作に取りかかる。
「エイボンとミリィは、前にここで料理をしたことは知らなかったよね? あの時もおにいちゃんとミリアさんは楽しく料理をしてたんだよ。
もちろん、今日もとっても楽しそうに料理してるけどね!」
「まあ、そうでしたの。ええ、お二人が本当に料理が好きで、それにお互いのことを愛し合っているのが伝わってきますわ」
「おいおい、そんな恥ずかしいことを口にしないでくれ、うっかり手が滑って切ってしまいそうだ」
「あら、それは大変ですわ。その時は私が優しく介護してあげますから、安心してくださいね。
あ、それともミリィが介護してあげる方がいいかしら?」
「はい。お父様がもし怪我をされても、わたくしが癒して差し上げますわ」
「いやいや……これは参ったな」
「あはは、おにいちゃん、耳が赤いよ〜」
こそばゆい感覚に身悶えしつつ、涼介は過去を振り返る。三年前はクレアと、ミリアと料理をした。
「そして今日は、そこにエイボンとミリィが加わった。さあ、三年後はどうなるだろうか」
その呟きに、ミリアがどこか悪戯っぽく微笑んで口にする。
「三年後は……私と涼介さんの子供も交えて、かしら?」
「あっ、おにいちゃん、顔まで真っ赤〜」
「ふふふ。それはとても、賑やかでしょうね」
絶えない笑みの中、涼介はまぁ、それも幸せな光景に違いない、と思うのであった。
……そして、料理が完成する。ミリアと涼介は栗ご飯と味噌仕立てのキノコ汁を振るまい、クレアとエイボンがテーブルの間を忙しく縫って給仕をする。ミリィの用意した葡萄ゼリーも、クーラーボックスの中でいい具合に冷え固まっていた。
「さあ、皆さん。美味しい栗ご飯とキノコ汁が出来ましたよ。これを食べて、今日の疲れを癒してくださいね」
その声を合図にして、収穫を終えた者たちが続々とやって来ては、ほんのり甘い栗ご飯と旨み成分がギュッと詰まったキノコ汁に舌鼓を打つ。
「こんにちわ、ルーレン。栗ご飯持ってきたから一緒に食べよう」
「クレアさん。ええ、ありがとう。とてもいい香り……いただきますわ」
ルーレン・ザンスカール(るーれん・ざんすかーる)の元へ栗ご飯とキノコ汁を持っていったクレアが、向かいに座って秋の味覚を堪能しつつ、雑談に興じる。
「そういえば、最近元気がないようだけど大丈夫?」
「あら、そう見えましたの? ……そうですわね、最近は殆ど事務仕事ばかりでしたから、身体が訛っているからかもしれませんわ」
「ルーレンはザンスカールの長だもの、仕方ないよ。……でもたまには、パーッと身体を動かしたくもなる?」
「ええ、もちろん。文字通り羽を伸ばしたくなることだってありますわ。
フィリップさんのパートナーとして、何度冒険に参加したいと思ったことでしょう」
「そ、それは流石に危険過ぎるよ。もし何かあったらどうするのさ」
「あら、その時はクレアさんが守ってくれるのではないかしら?」
「うわー、そうきたかー。……うん、私はルーレンに剣を捧げた。私に協力できることなら何でもするよ」
クレアの言葉に、ルーレンが柔らかく微笑んで頷く。別のテーブルでは『豊浦宮』の者たち、豊美ちゃん、馬宿、讃良(姫子)、魔穂香と六兵衛がエイボンの持ってきた料理を囲んでいた。
「豊美様、栗ご飯とキノコ汁、それと採れたての果実をお持ちしました」
「わー、どれもとても美味しそうですー。後で涼介さんとミリアさんに感謝ですねー」
「……うむ、栗のほんのりとした甘さ、そこに塩味の利いたキノコ汁が絶妙だ。
おば……豊美ちゃん、ついつい食べ過ぎて体重計に乗るのが怖くなるのではないですか?」
「うっ、も、もう怖くなんかないですよー。恐れたところで何も変わらないんですからー」
「豊美ちゃん、それって諦めよね。あ、ちなみに私、太らない体質だって自負してるから」
「うぅ……魔穂香さんが意地悪ですー」
「おかあさま、泣かないでください。お母様は太ってなんかいません。姫子さんが言うには『ふっくらしている』だそうです」
「うわーん!」
テーブルのあちこちで、賑やかな話し声が木霊する――。
「はい、出来ましたよ。たくさんありますから、どんどん召し上がってくださいね」
ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)の作ったマロンパイがテーブルの上に置かれ、真っ先に六兵衛がその一切れにかぶりつく。
「熱っ、熱いッス! でもメッチャ美味しいッス!」
「六兵衛、下品よ。それにいの一番に飛びついて、ジーベル夫妻が先でしょ」
「いやいや、ウチらのことは気遣わんでいいで。
今日はホント助かったわ、ありがとな、嬢ちゃん方」
「ジーベルさんが喜んでくれて、よかった!
たまにはこういうのもいいよね、魔穂香!」
「ええ。疲れたけど、清々しい気分だわ。果物も美味しいし」
美羽と魔穂香、コハク、六兵衛、ベアトリーチェ、それにジーベル夫妻が揃って笑顔を見せ、テーブルに並んだマロンパイと採れたての果実のパーティーを楽しんだのだった。
採れたての果物をふんだんに用いた料理が振る舞われる中、ルカルカはかつて金 鋭峰(じん・るいふぉん)と食事を共にした時の事を思い返す。自分の実家への里帰りに誘ったものの断られ、ならばと日本の田舎料理をダリルに作ってもらって一緒した時の光景が蘇ってくる。
(大切な人との食事はとても美味しかったわ……勿論、ダリルの料理もだけど。
団長も……ちょっとはルカとの食事を楽しんでくれてたのかなあ……)
ぼんやりと物思いに耽るルカルカの横で、ダリルはハーフフェアリーの村を訪れた時の事を思い返していた。
(ハーフフェアリーの事もそうだが、帝国もザナドゥも各々特色があり、俺の知的好奇心を擽るのだ)
これからも、自分の好奇心を刺激する出会いがあるのだろうか。
ダリルは秋の空を見上げながら、そんな事を思う。
エリザベートとアーデルハイトらの前に、焼き上がったタルトが運ばれてくる。
「皆様のお口にあえば幸いです」
謙遜する望だが、タルトは素晴らしい出来で、梨は柔らかさと確かな食感を同居させつつ、口いっぱいに広がる甘みが例えようもない幸せを運んでくれる。
「あー! なんで大ババ様のだけ、シャンバラ山羊のミルクアイスがかかってるですかぁ!」
目ざとくその事に気付いたエリザベートが声をあげ、アーデルハイトが「普段の行いじゃ」と反論する。その様子を、望がふふ、と微笑ましく見守る。
――私は、いつか貴女の前から去ってしまうけど、貴女が一人でいなくても済む様に――
「もし毎年収穫時期にこんな騒ぎが起きるなら、いっそ新入生用の授業に組み込むのも手ですかね?」
「ふむ……それもよいかも知れぬな。実りに感謝することは大切なことじゃ」
望の提案に、アーデルハイトがうむ、と頷く。
――いつか色褪せてしまうこの思い出を、私が隣にいない貴女が笑顔で語れるように。
今はこのありふれた日常が、何時までも続く様に――
「では、また来年も皆様に召し上がって頂きましょうか」
願うなら、終るその日まで隣にいられる様にと――
「ね、アーデルハイト様?」
「うむ、これほど美味いタルトが食べられるなら、楽しみにその日を待てるのう」
ミルクアイスのかかったタルトを、まるで子供の様に頬張るアーデルハイト。自分の言った言葉の裏に秘めた想いに、気付いた様子はない。
――でも、それでいい。今こうして、一緒の時間を過ごせているのだから。
「ほら、アーデルハイト様、アイスが頬についてますよ」
「む、すまないな」
「大ババ様、まるで子供みたいですぅ」
「おまえに言われとうないわ!」
賑やかなひとときを、望は大切な思い出として心に刻み込む。
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