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第一章 事の発端は?
「ほっ……と」
横薙ぎに振るわれた太い枝を、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が軽々と飛び越える。
そして着地と同時にパンドラガンを連射。銃弾を浴びた枝が根元から千切れ、地面へと落下した。
銃撃を受けた植物モンスターは口と思わしき器官から耳障りな音を立てる。
その枝は殆どが切り落とされており、幹にも銃弾らしき多数の傷痕が残されていた。
吹雪はモンスターへ接近すると、パンドラソードを一閃。傷だらけの植物モンスターを叩き切った。
重い音をたててモンスターの上半分が倒れ、地面に転がる。
「まずは一匹、であります」
彼女は倒した植物モンスターを一瞥すると、次の標的を見据える。
視線の先では、コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が一体の植物モンスターと対峙していた。
こちらのモンスターは外見は他の木々と殆ど変化は無い。唯一違う点といえば、幹の中央にぎょろりとした一つ目玉がある位だろうか。
目玉は先ほどからずっと一点――二人の魔法学校の生徒と、彼らを庇う様に立ち塞がる鋼鉄 二十二号(くろがね・にじゅうにごう)――を凝視していた。
植物モンスターは枝をしならせると、魔法学園の生徒へ向け発射した。
「ワタシを無視しないでもらえるかしら?」
間に割り込んだコルセアが二丁拳銃を連射、迫り来る枝を次々と撃ち落としていく。
邪魔をされたのが気に食わなかったのだろうか。今度はモンスターの根がコルセア目掛け襲い掛かった。
地面を抉りながら迫るモンスターの根を、コルセアが二丁拳銃で、生徒達を守る二十二号がレーザー銃で迎撃する。
そこに吹雪が駆けつけ、守りの薄くなったモンスターへと接近する。
気付いたモンスターが根の一部を吹雪へと向けるが、その先端が彼女に届くより先に、吹雪がモンスターへ肉薄、パンドラソードでその幹を深々と切り裂いた。
植物モンスターの動きが止まる。そこに畳み掛ける様に銃弾が浴びせられる。
銃撃が止むと、そこにはボロボロになった小さな枯れ木だけが残されていた。
「二匹目終了、と。そっちの人達は大丈夫でありますか?」
座り込んでいる生徒達の元に向かう吹雪。
吹雪達がこの場に到着したときから、二人の生徒は地面に座り込んだままだった。
「私は大丈夫なんだけど……この子が足を挫いちゃって」
言われて見てみると、座り込んでいた生徒の一人は右足首が赤く腫れていた。
「これじゃ歩けないわね……運んであげられる?」
「ふむ、いいだろう」
コルセアの問いに一つ頷くと、二十二号は怪我をしている生徒を片腕でそっと抱え上げる。
「学校に戻れば治療も受けられるだろう。少しの間我慢しててくれ」
「は、はい!」
緊張した顔で返事をする生徒に、コルセアが尋ねた。
「ねえ、ワタシ達まだここに着いたばかりで状況が良く分からないんだけど……今何が起こっているの?」
その問いに生徒達は困った表情を浮かべる。
「よく分からないんですけど……皆で薬草を集めていたら、急に周りの植物が大きくなり始めて……。
そしたら目の前の木がいきなりモンスターになって襲いかかってきたんです。
慌てて逃げようとしたら転んで足挫いちゃうし……」
「他の生徒達は?」
「皆ばらばらに薬草探して動いていたから、何処にいるのかも分からないです……」
「ならばとにかく探し回るしかないな。とりあえずこの二人を安全な所まで運ぼう。それでいいな?」
「異論は無いであります」
二十二号が怪我をした生徒を運ぶ。もう一人の生徒とコルセア、吹雪もその後に続いた。
ふと、吹雪が足を止める。
「……?」
きょろきょろと周囲を見回す吹雪。そして彼女は、植物モンスターの残骸に挟まれて鳴き声をあげる子リスを見つける。
吹雪が残骸をどけると、子リスは大慌てでその場から走り去った。
「……自分にも良心が残っていたとは」
吹雪は二十二号達の後を追いつつ、そんな事を呟いていた。
「わんこさん、どこいったのー?」
「ら、ラグエルちゃん、あまり離れちゃだめですよっ」
一人で先に進もうとするラグエル・クローリク(らぐえる・くろーりく)をリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)が追いかける。
「まったくもう、どこいったのかしら……」
リースを追走するマーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)が、辺りを見回しながら呟く。
彼女達はラグエルが「わんこさん」と呼ぶ狼、レラを探していた。
先程、突然駆け出しどこかへ行ってしまったのだ。
「うぉん!」
小さく吼える声がする。ややあって、森の奥からこちらへと向かう一匹の狼の姿が視界に入った。
「わんこさん!」
ラグエルが駆け寄る。狼、レラは、口に一冊の本をくわえていた。
「わんこさん、それなぁに?」
「これは……魔導書、ですか?」
リースが本を受け取り、中を調べる。その本にはいくつもの薬のレシピが書かれていた。
「誰のかしらね。ちょっと貸して?」
マーガレットが魔導書を受け取り、裏表紙を見る。
「フウ、ル……あー、この子知ってるわ」
そして少し嫌そうな顔をした。
「すっごい問題児って有名な奴よ。成績は最低だし、実験の時は薬爆発させたっていうし!
話をしたことは無いけど、確か背が低くて子供っぽい顔した男の子だったはず」
「忘れ物、でしょうか?」
「かもしれないわね。モンスターから逃げてるときにでも落としたんじゃない?」
「な、なら届けてあげないと、ですね。レラちゃん、よく見つけましたね」
リースがレラの頭を撫でる。隣ではラグエルも嬉しそうにしていた。
「わんこさん褒められたよ、良かったね!」
「でもリース、どうやって届けるの? もしかしたらまだ森の中で迷ってるかもしれないわよ?」
「そ、それなら、私に任せてください」
リースは近くに生えている古木に近づき、その幹にそっと両手を当てる。
そしてその心に優しく語りかけた。
『この魔導書の持ち主さんを知りませんか?』
ややあって、心を通して言葉が伝わってくる。
『あっち……』
木の枝が揺れ、リースの右手を示す。
『あ、ありがとうございます』
『……嫌い』
突如心に響いた否定の言葉に、リースは狼狽する。
だがしかし、それは彼女に向けられた言葉ではなかった。
『あの子……嫌い……。痛い……早く、戻して……』
「リース、どうしたの?」
困惑の表情を浮かべるリースに、マーガレットが声を掛ける。
「え、えっと、木さんが、その子……魔導書の持ち主の子、嫌い、みたいです」
「え、どういうこと?」
「わ、分からないけど、痛い、早く戻して、って言ってます」
「……まさか、森をこんなにしたの、そいつなんじゃない?」
「え……? そう、なんでしょうか……?」
リースは目の前の古木へと視線を向ける。だが古木からはもう何も伝わってこなかった。
「と、とりあえず、探してみましょう。その子はあっちに向かったみたいです」
「りょーかいっ。もしそいつが犯人だったら文句言ってやるわ!」
彼女達は古木が教えてくれた方角へと歩き出した。
薄暗い森の中を歩む二人組が居た。
一人は光り輝く武器を構えている。
「なかなか見つからないねー。もう少し、槍の光を強くしてみる?」
「そうですね。……ちなみに、柄の長い『剣』であって、けして『槍』ではありませんよ?」
「あ、ごめんごめん。でもどうしても『槍』に見えるんだよね、それ」
「もう……」
風馬 弾(ふうま・だん)の言葉に、むっと口を尖らせるノエル・ニムラヴス(のえる・にむらゔす)。
二人は森に取り残されている生徒達を救出に来ていた。
目印になるよう、先程から光条兵器をノエルが掲げ、輝かせている。
そこに、一人の少年が駆け寄ってきた。
「お、お願い、助けて……っ」
息も切れ切れに、少年は続ける。
「友達が、植物モンスターの花粉を浴びて……っ。何とかモンスターからは逃げ切れたんだけど、倒れて動けなくなっちゃってるんだ」
「その子はどこにいるの?」
「っ、こっち、だよ」
少年に案内され、弾達は森の奥へと進む。しばらくすると、小さな泉の畔に出た。
泉といっても幅十メートルにも満たない大きな水溜りのようなものだ。
木々の枝が邪魔をしていないため青空がよく見え、中央には綺麗なスイレンも咲いている。
そしてその畔に、一人の少年が倒れていた。
「大丈夫!?」
弾が駆け寄り、少年の顔を覗き込む。
少年は荒い息をしており、顔色も少し悪かった。
傍に寄ったノエルがヒールを唱える。
「……駄目ですね、ヒールじゃ完全には治せないみたいです」
ノエルが首を横に振る。少年の顔色は幾分良くなっていたが、未だ辛そうな表情をしていた。
「なら、とにかく森の外に運ぼう。学校に行けば先生達もいるし、きっと治してくれるはず……」
そう、弾が言ったときだった。
突如泉の中から何本もの蔦が飛び出し、彼の足に絡みついた。
「わっ!!」
弾はそのまま泉へと引き摺られる。
「弾さんっ!」
ノエルがすぐさま駆け寄り、光条兵器で弾の足に絡みつく蔦を切り落とした。
「いたたた……」
弾が打ち付けた後頭部をさすりながら立ち上がる。
その目前で、泉の中央に咲いていた、一際大きなスイレンが蕾を開いた。
花弁の隙間から、鋭い牙と真っ赤に染まった口が覗いている。
「あれもモンスターだったのですね……!」
「困ったな……あんなに遠いんじゃ、光条兵器でも届かないよ」
弾が剣を構えたままその場から動けずにいる、その時。
「そこのキミ達、大丈夫ー?!」
突如頭上から声が聞こえ、弾達は空を振り仰ぐ。
そこには飛空艇から身を乗り出して銃を構える少女の姿があった。
「チムチム、しっかり固定しててねっ!」
「任せるアルよ」
レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は操縦席に座るチムチム・リー(ちむちむ・りー)へと叫ぶ。
そして飛空艇の上から、水上にいるスイセンのモンスター向け黄昏の星輝銃を連射した。
モンスターは降り注ぐ銃弾の雨により、ボロボロになって水底へと沈んでいく。水面が静かになると、数枚の白い花弁だけがそこに浮かんでいた。
チムチムは泉の畔へと飛空艇を着陸させる。
地面に降り立ったレキ達に、弾が感謝の言葉をかけた。
「ありがとう! 攻撃できなくて困ってたんだ。助かったよ」
「どーいたしまして! あれ、そっちの子どうかしたの?」
レキが倒れている少年へと目をやる。
そばに付き添っていたもう一人の少年が事情を説明した。
「ふむ、ちょっと見せてみるアルよ」
チムチムが倒れている少年の元へ向かう。
「んー、毒にやられたみたいアルね。今治してあげるアル」
やがて、チムチムの『ナーシング』が効いたのだろうか。倒れていた少年が口を開いた。
「う〜、気持ち悪い〜」
どうやら意識は戻ったようだ。ほっと胸を撫で下ろす一同。
ふと、レキが口を開いた。
「ねえキミ、なんでそんなに服汚れてるの?」
言われて少年の服へと目を向ける一同。彼の着ている制服は、袖や胸の辺りに、いくつもの濡れた跡があった。
それも透明な水ではなく、色の着いた液体で濡らしたような跡が。
「な、なんでもないよ!!」
少年は慌ててその汚れを隠そうとするが、服の大部分が汚れているため全然隠せていない。
そこに、別の人物が現れた。
「あ、いた! そこの落ちこぼれ君!」
魔導書を持ったマーガレットが服の汚れた生徒を指差す。
「あ、それは僕の魔導書!!」
「これを返す前に、聞きたいことがあるのよ。この森の異変あなたがやったんじゃないの?」
「な、なな、なにいってんだよ!?」
うろたえる少年。
マーガレットの後ろに居たリースが、控えめに声を掛ける。
「そ、その魔導書の、「植物の成長を早める薬」のページだけ、すごく汚れてました。あ、あなたの服の汚れは、それと同じじゃないですか?」
「し、知らない知らない! 僕は何も知らないーっ!!」
疑いをかけられた少年は突然駆け出す。
だが先程まで毒で倒れていた彼が満足に動けるはずも無く、すぐさまフラついて地面に倒れこんだ。
「犯人発見、かな?」
「一応HCにも入力しておくアル」
レキの横で、チムチムが銃型HCを操作し、掲示板に『犯人らしき生徒、捕獲』と書きこんだ。
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