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封印された機晶姫と暴走する機晶石

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封印された機晶姫と暴走する機晶石

リアクション




■開幕:二体の機晶姫

 深く被っているフードの奥、鋭い視線が一対の機晶姫に向けられる。
 片方は地球の歴史ではあまり見られない、流線型をした両刃の剣を両手に構えている。もう片方は菱形の盾を、こちらもまた両手に携えていた。同型機なのだろう。手にしている物以外に大きな違いは見受けられない。
 少年たちを見据えるように盾の機晶姫が一歩前へ出た。
 加速。機晶姫が地を蹴り素早く距離を詰める。
「盾による打撃と予想」
 少年の一人は言うと、腕に仕込んでいた獲物を迫まる盾の機晶姫目掛けて真っ直ぐに衝いた。拳から先に刃が伸びている、ジャマダハルに似ているその武器を相手は正面から受け止めた。
 盾と刃が交わり、ギィンッ! という金属音を通路に響かせる。
「クッ!?」
 衝撃で腕が痺れる。
 だが目標の行動は終わらない。
「……」
 スッと横に移動した盾の機晶姫の背後に剣の機晶姫の姿があった。
 腰を深く落とし、剣を引いている。
 貫くつもりなのだ。
「誘われたようです」
「ボーっとしない」
 もう片方の少年が相方と同様の武器を構えると、その切っ先を迫る凶刃に合わせた。そして切り結ぶことなく刃の背で打ち払う。ガンッ! という鈍い音が鳴った。避けられないと判断しての防御だ。
 二対二の争いが始まっている通路、規則的に建っている柱の影から彼らの様子を見ている二つの影があった。退紅 海松(あらぞめ・みる)フェブルウス・アウグストゥス(ふぇぶるうす・あうぐすとぅす)の二人だ。
「フェブル君、見えます?」
「見えますよ」
「腕から先が早くて見えませんわ―」
(なんて素敵なショタ……少年二人なのかしら)
 うっとりとしている退紅の横顔を見つめながらフェブルウスが口を開いた。
「……貴方の考えがなんとなくわかりますけど無視するとして、ここは危険ですよ」
「でも助けないわけにはいきませんわ。迂闊に接近しないように、慎重に進みましょう。背後に回り込んでサイコキネシスで死角から狙えばあの盾じゃ防げないはず。大丈夫ですわよね?」
「そうですね。遮蔽物を利用すれば位置が悟られても平気でしょう」
 フェブルウスに促されるように退紅が柱の影に隠れながら通路の奥へと向かう。

                                   ■

 少年の視界の端、退紅たちの姿が見えていた。
 しかし彼らはそれを意に介さない。
「囮には――」
「使えないね」
 判断は一瞬だ。二人は手にした獲物で左右から剣の機晶姫に斬りかかる。
 だが前後が入れ替わり、彼らの前には盾の機晶姫が立ちはだかった。
 ガキンッ! と金属音が鳴り、斬撃は盾に防がれてしまう。
 さらに前後が入れ替わり剣の機晶姫が二人に襲い掛かかった。
 迫る剣を弾きながら二人は後退していく。
「このままじゃ千日手」
「ジリ貧だね」
 表情は険しいのに声は冷静だ。
 幾度目かの剣戟が振るわれ、機晶姫の剣先が少年の頬をかすめる。
 スッと線を引くように一筋の赤い線が生まれた。血がじわりと滲む。
 少年の視界の奥、こちらを見つめる退紅たちの姿が見える。腕を引いて片方の手で人差し指を口元にあてていた。静かにしていろということなのだろう。その理由はすぐに分かった。
 彼女の周囲に転がっていた瓦礫のいくつかが宙に浮く。
 サイコキネシスだ。浮かんだ瓦礫は盾の機晶姫目掛けて放たれた。二体の機晶姫は少年たちと相対していて背後は隙だらけだ。
(これなら注意を逸らせます)
 少年の考えは正しく、しかし誤っていた。
 ゴンッ! という重音が聞こえた。それは機晶姫と瓦礫がぶつかる音ではない。盾の機晶姫の背面、いつのまに取り出したのか、もう一つの盾がそこにはあった。しかも――
「浮いてる?」
 退紅の疑問に応えるように盾の機晶姫が彼女へと振り返る。
 手にした盾を放り投げるとそれも宙へと浮いた。二枚の盾が機晶姫の周囲を旋回する。
「……逃げましょう」
「え、ちょっと、なに?」
 フェブルウスが退紅の腕を引いて柱を遮蔽物にし、出口の方角へと駆け出した。
 その直後である。
 ヒュンという風切り音が聞こえてくると、次いで柱が崩れる音が耳に届いた。
 振り返るとさっきまで身を潜めていた柱が袈裟切りされたように崩れ落ちているのが見えた。機晶姫を見やると腕を柱の方へかざしていた。盾の一枚がなくなっている。おそらく投擲したのだろうが、どこにも盾の姿が見えない。
「時間を稼ぎますよ」
 フェブルウスは言うと弓を構えた。射線の先には盾の機晶姫がいる。
 こちらの行動に気付いているのだろう。一枚の盾が彼と機晶姫の間に浮いていた。
「視線にて穿ちます」
 撃つ。一本、二本と矢が盾の機晶姫を逃さぬよう左右から襲い掛かる。
 さらに盾目掛けて速射する。計10本の矢が盾の機晶姫に向かって放たれた。
「今がチャンスです」
 彼の攻撃に合わせて少年たちも剣の機晶姫に同時攻撃を行った。
 ガキンッ! カカカンッ! というけたたましい音が通路に響き渡った。
 少年の眼前、四本の剣が飛び込んでくるのが見えた。
 フェブルウスの眼前、一枚の大きな盾が飛び込んでくるのが見えた。
「痛ぅっ!」
「っ――」
 少年の肩に深々と剣が突き刺さる。
 フェブルウスに衝撃が襲い掛かる。
 少年は無事だった方の腕で剣を切り払うと距離を取った。
 背後に視線を送る。吹き飛ばされて床を転がるフェブルウスと、瓦礫を飛ばして牽制する退紅の姿が見えた。明らかに劣勢である。
「どこから剣を?」
「見えませんでした」
 少年たちは自問自答するが答えは出ない。
 依然、剣の機晶姫の両手には二本の剣が構えられている。四本ではない。
 しかしさきほどの攻撃は四本の剣による刺突であった。
「種明かしをしないと安全に離脱もできません」
「でも運が良い」
 少年らが背後、退紅たちのいる場所よりもさらに奥を見据えた。
「邪魔者も役に立つときがあるね」

                                   ■

 石柱が並ぶ通路を駆ける幾人かの姿があった。
 アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)を先頭に、完全魔動人形 ペトラ(ぱーふぇくとえれめんとらべじゃー・ぺとら)エメリアーヌ・エメラルダ(えめりあーぬ・えめらるだ)が追走する。
「ぺトラの暴走癖を治す手段がないものかと探しに来たけど、調査どころじゃなさそうだね」
「うにゃ、どうするマスター?」
 ぺトラの言葉にアルクラントは頷いた。
 浮かべるのは笑みだ。
「敵の脅威がどれくらいかわからないが距離をとっていればたぶん大丈夫だろう。彼らの援護をしよう。相手は機晶姫のようだし、手掛かりになるかもしれない」
「あー、何で調べ物に来たのに戦うことになってるのかしら。私、こういうの苦手なんだけど」
 エメリアーヌがため息混じりに口を開いた。
 彼女は進む先で繰り広げられている戦闘を視界におさめて続ける。
「まあ、ほうっておくわけにもいかないしやるけどね」
「フレンディスたちもそれで良いだろうか?」
 アルクラントは並走する人物たちに声をかけた。
 彼の隣、犬を引き連れた一行が走っている。フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)を初めとして、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)レティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)の四人だ。
 さらにその後ろを追走する綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)の姿もあった。
「ポチが調査したがっています故、機晶姫さんたちは討伐せねばなりませぬ」
「面倒だがフレイがやるっつってんだから仕方ねえな」
 フレンディスに続いてベルクが応えた。
 他の者も同様な様子で頷く。
「私も出来ることをするわ!」
 最後尾、綾原が力強く答えた。
「我が先手で討たせてもらおう。へたれベレー帽は下がっているとよい」
 跳躍。重そうな武具を身に着けているとは思えない軽い身のこなしで、レティシアは盾の機晶姫との距離を狭めた。
 ブウンッ! と手にした大剣を振り下ろす。
 機晶姫は二枚の盾を斬撃の来る位置に移動させた。
 そしていつの間に出したのか、そこには四枚の盾の姿があった。盾は個々が一つとなり、一枚の大きな盾へと姿を変える。
 ガアンッ!! という鈍い金属音が響いた。
 それと同時に機晶姫の足が床に沈み、通路にひび割れを残す。
 衝撃が周囲に広がり、近くにいた退紅たちにも空気が振動しているのが伝わった。それほどまでに重い一撃だったのだ。
 その隙を狙ってフレンディスらが盾の機晶姫を飛び越えて剣の機晶姫へと向かう。相対していた双子はその瞬間を見逃さずに後方へ下がった。
 入れ替わるようにフレンディスが機晶姫に近づいた。
「参ります」
 鋭い視線を剣の機晶姫に向けると、手にした刀で素早い斬撃を繰り出す。
 キキキキキッ! と金属音が鳴り続けるが機晶姫にはあまりダメージが通っていないようで防ぐ様子はない。いや、そのうちのいくつかが途中で弾かれているように見えた。
「――マスター。何かあるよ」
「ったくポチのヤツ厄介な任務請負やがって、絶対いつか野良にしてやる……」
 ベルクは言うと飛翔し、手にした杖を機晶姫に向けた。
 パリッ、という音と共に彼の周囲に雷光が奔る。
「下がりなフレイ!」
 フレンディスが剣の機晶姫から距離を取ったその瞬間である。
 稲妻が機晶姫を襲った。同時に雷光が通路を照らす。
 轟音が鳴り響き、通路の一部が崩落した。
 土埃が舞い、視界が悪くなる。
「さすがはマスターです」
「まあこのくらいはな……さて、どうなったか」
 視界が晴れると、そこには二本の剣を盾のように前面に展開している機晶姫の姿があった。本体に大きな傷痕は見当たらない。
「剣で防がれたか――」
「ご主人様! 四本です!!」
 ポチの助の言葉にフレンディスとベルクが二本の剣を睨むように見つめた。
 宙に浮かぶ剣の両隣、風景に歪みがあるのが見えた。時折ジジッという音が鳴っている。
「光学迷彩の剣……」
「盾もたぶん同じですね」
 双子が柱の陰に身を隠しながら様子を眺めていた。
「私の攻撃が当たらぬわけです」
 フレンディスは呟くと後方に視線を送る。
 そこには銃と弓を構えているアルクラントとぺトラの姿があった。
「1、 2の――」
「さんっ!」
 二人は息を合わせるように引金を引いた。
 銃弾と矢が剣の機晶姫に襲い掛かる。
 だがその攻撃は盾により防がれてしまった。
 盾の機晶姫が、手にした盾を剣の機晶姫へと投げつけたのだ。
 そして剣の機晶姫が剣と同じように盾を宙に浮かせてガードしたのである。
 その様子を見ていたエメリアーヌが口を開いた。
「あんたら下がりなっ!!」
 叫び、正面に座している盾の機晶姫に向けて炎の渦を繰り出した。
 炎を四本の剣が切り裂く。ボボボ、という音と共に炎はその姿を消した。
 気付けば剣の機晶姫は盾の機晶姫に、盾の機晶姫は剣の機晶姫へとその姿を変えていた。どうやら装備には互換性があったようだ。
「あ……」
 その結果、綾原の眼前には剣の機晶姫がいた。
 後衛と前衛の位置はすでに入れ替わっている。
「そこのあなた、逃げなさい」
 機晶姫の背後、退紅が瓦礫を浮かばせながら告げた。
 だが遅い。剣の機晶姫は二本の剣を退紅に、もう二本の剣を綾原に投げ飛ばした。二人とも手にした武具で防ぐが長くは続くかない。
 先に窮地に立たされたのは綾原だった。

                                   ■

 退紅たちの近くにはエメリアーヌがいたおかげで何とか耐え忍んでいた。
 だが綾原を助けようと、こちらに向かおうとしているアルクラントたちの前には盾の機晶姫が邪魔をしていた。綾原は孤立してしまったのである。
「ん……やっ!」
 迫る凶刃を手にした剣で切り結ぶ。
 しかし徐々に動きが追いつかなくなってきた。
 一本の剣を打ち払ったとき、もう一本の剣が彼女の足に突き刺さった。
 激痛が奔り身体が強張る。さらに動きが遅れ、今度は肩に深々と剣が突き刺さる。肩口が熱くなるのを感じた。
(――逃げられない……こんなことなら遺跡なんかに来るんじゃなかった……)
 視界、二本の剣が回転しているのが見えた。
 どうやら綾原のことを切り刻むつもりらしい。
 意識が遠のいていくなか、綾原は力なく呟いた。
「ああ……、私はもうここで死ぬのね……アディ……ごめんね……愛してる……」
 彼女の頬を一筋の涙が伝り落ちた。