シャンバラ教導団

リアクション

■幕間：灰鬼の末期


　部屋の中心に彼女はいた。
　褐色の肌を隠そうともせず、手には刀を一振り手にしている。
　彼女の周りには倒れ伏している冒険者たちの姿がある。一部の者たちは身体の至る所に擦り傷や切り傷の痕を残しつつも石女神、否、灰鬼の攻撃に耐えていた。明らかに劣勢である。
　灰鬼がふと彼女たちから視線を逸らした。
　入り口を注意深く見つめている。
「――」
　スゥ、と刀を緩やかに持ち上げた。
　刀身が淡く光を放ちその姿を変じる。
　そして四つの影が見えたとき腕を振るった。刀身が伸び、揺らぎ、鞭のようにしならせると影目掛けて伸びてゆく。
「っと！？」
　影の一つが手にした剣で刀を打ち払った。
　伸びた刀身はスルスルと縮まり元の形へと戻る。
「唐突ねえ、女神さん？」
　ルカルカ・ルー（るかるか・るー）は剣を構えたまま灰鬼を見据える。
　彼女の隣、同じように灰鬼を見ながらカルキノス・シュトロエンデ（かるきのす・しゅとろえんで）がダリル・ガイザック（だりる・がいざっく）に声をかける。
「戦闘力対比はどんな感じだよ」
　軽口を叩くような調子の声だ
　その話し方はどことなく余裕を感じさせる。
「一対一ならまだしもこれだけ戦力が揃っているんだ、負ける相手ではないな。その為に俺達が来た」
　それもそうだな、とカルキノスは答えると視線を厳しくする。
「俺の見たところ角が弱点のようだが……」
　灰鬼から視線を逸らさずに言った。
「機晶姫には見えないな。戦いながら調べるか」
　彼女たちが様子を覗うなか、灰鬼が動き出した。
　先ほどと同じように手にした刀がその形を変えていく。
　今度は槍のように真っ直ぐに伸びる。その先にいるのはルカルカだ。
「何度やっても無駄よ」
　こちらも先ほどと同じように剣で弾く。
　だがそのあとが違った。刀身は刃先の方へと収縮し、灰鬼は彼女たちの眼前へとその身を潜り込ませた。普通ならば対処が難しい事態である。しかし彼女たちは歴戦の冒険者であった。考えるよりも先に身体が動いていた。
　拳が鋭い刃のように灰鬼に放たれる。
　彼女の眼には獣の牙が見えたことだろう。灰鬼は身体を揺らし、一発、二発と攻撃を躱すが繰り出される手数が多く、ついに三、四、五発と肩や腹部に打撃を受けた。六発目、最後の一発は頭蓋を揺らす頭部への一撃だ。
「――ッ」
　灰鬼が怯んだ隙を狙うように夏侯　淵（かこう・えん）はシリンダーボムを彼女に投げつけながら口を開いた。
「いざ、参る」
　彼女の言葉に呼応するように皆に活力が満ちるのが窺えた。
　それと同時、灰鬼の近くで爆発が起こる、が怪我を負った様子は見えない。
「おいおい、華奢な見た目のくせにタフだな」
「気を抜くなよ。様子がおかしい」
　ダリルは言うと灰鬼の様子を眺める。
　頭部、元々角のあった脇からさらに左右に一本ずつ角が生えていた。
「まるで羅刹のようね」
「鬼、らしいからな。電脳支配を試してみたが手ごたえが感じられなかった」
　ダリルは親衛隊たちに疲弊した者たちの救護を指示すると銃を構える。
　視線の先、灰鬼は近くにあった石柱に腕を突き込んだ。
「んっ……！」
　ルカルカの周囲に闇が生まれる。
　バキンッともゴキンッともとれる音が部屋に響いた。
　その後の行動は互いに一瞬であった。
　灰鬼は石柱をルカルカたちへと投げ飛ばす。闇が盾となりその衝撃を緩和する。ダリルが角を狙っての8連射撃を行い、次いでカルキノスが炎の嵐を巻き起こし、灰鬼を包み込んだ。
　銃弾は刀身が横に伸びた刀で防がれた。
　炎は彼女の髪の毛一本も燃やせない。
「どうやらあの刀の性質は『伸びる』ことのようだ。さっきルカの打撃が効いていたようだし、無敵というわけではないだろう」
「本気で撃ち込むと避けられそうだけどね」
「足止めするにしてもあの馬鹿力だからな……」
　一手打つにしても持ち駒が足りない。
　長丁場になるかと思われた時、通路の方から幾人かの足音が聞こえてきた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　■

「まずは一撃だよ！」
　そう言い、現れたのは緋柱　透乃（ひばしら・とうの）だ。
　彼女はルカルカたちに気を留めることなく灰鬼へと駆け寄る。
　そして体重を乗せた拳を彼女へと放った。
　灰鬼も彼女に合わせて拳を握る。
　拳と拳がぶつかり合い、衝撃が弾けた。
　ニィ、と笑みを浮かべる透乃とは対照的に灰鬼の顔に感情は見受けられない。
　灰鬼の一撃が彼女の頬を掠めた。鋭い一撃は刃となり、彼女の顔に赤い線を残す。じんわりと痛みが感じられ血が滲む。だが透乃はそれを気にする様子も見せない。返す拳で灰鬼の頭蓋を揺らした。
　灰鬼はたたらを踏むと手にした刀で薙いだ。
　迫る刃を両拳で挟んで受け止める、だが灰鬼の攻撃は終わらない。
　受け止められながらも刀身が伸び彼女の腕を抉った。
「ああ……透乃ちゃんたらまた無茶して……」
「透乃ちゃんはバトルマニアだからな」
　透乃の後に続いて現れたのは緋柱　陽子（ひばしら・ようこ）と霧雨　泰宏（きりさめ・やすひろ）だ。彼女たちは透乃の戦い様を見ながら感想を述べる。すぐ助けに入らないのは彼女の戦いの邪魔をしないためなのだろう。
「うわあ……戦闘狂だって、どう？」
「強いな。だが押され気味だ。動きを見るに手練れだろうが、ああも真っ直ぐでは――まあおかげで石女神の弱点がわかった。頭部だ。角が弱点というのも頭部とつながっているからだろう。おそらくは振動に弱い」
　ダリルは自分の頭を指さして続けた。
「生き物には脳がある。石女神は機晶姫ではない、とすれば脳があってしかるべきだ」
「つまり頭を狙えばいいんだな？」
　彼らの隣、いつやってきたのか、漆黒のロングコートに身を包んだ桐ヶ谷　煉（きりがや・れん）の姿があった。手には剣が握られている。
「あっちは勝手にやってくれている。俺も戦うとしよう」
　桐ケ谷はそう告げ、前へ歩み出ると再度、口を開いた。
「タイミングは任せる」
「だとさ？」
　夏侯がルカルカを見やって言った。
　彼女は笑みを浮かべると応えた。
「任された♪」

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　■

　駆ける。剣を片手にいま戦いを繰り広げている灰鬼と透乃の下へと。
　桐ケ谷が剣を構えた。灰鬼が近づきつつある彼に視線を送る。刀を地面に突き立て刀身を横に伸ばす、透乃の打撃は刀の壁に防がれた。刀を軸に身体を浮かせ一蹴。彼女は吹き飛ばされる。
「――ふっ！」
　桐ケ谷が斬りかかった。
　振り下ろす瞬間、刃先に火が灯り、見る間に刃が炎を纏う。
　鋭い一撃は紅い軌跡を宙に残した。
　灰鬼も刀を抜いた。その刃先から炎が生まれる。
　刀身は赤く染まり、チリチリと音を立てた。刃が交わる。
　キィンッ！　と音が鳴った。火花が散り焔が躍る。桐ケ谷は驚きの表情を浮かべ、すぐに引き締め、刃に手を置いた。剣は熱を冷まし、冷気を纏う。その様子を見て灰鬼が刀を構えた。気付けば刀身は凍るような蒼色へと転じており、触れた先が白く凍った。
　ヒュンッ、と風を斬って再度の衝突。
　刀と剣は白い軌跡を宙に残した。
「――――」
　灰鬼が空いた腕を桐ケ谷に向けた。
　虚空に黒い穴が生まれる。
「なっ！？」
　刹那、彼の身体が吸い込まれるようにそちらへ引き寄せられた。
「せいやあっ！」
　桐ケ谷の反対側、霧雨が手にした武器で灰鬼に攻撃を仕掛けた。
　彼を助けるべく注意をひきつけようとしているのだろう。
　灰鬼は刀を構えると霧雨に向き直った。
　ヒュヒュンッ、と刀が舞う。緩やかな二連撃だ。
　それを彼は手慣れた様子で弾いていく。
「一気に片を付けるぞ！！」
　桐ケ谷は叫ぶと吹雪を巻き起こした。
　視界は白に染まり先が見えなくなる。
「やっちゃん危ない！」
　白の世界で陽子が叫んだ。
　最後に見えていた相手から倒そうとしていたのだろう。
　灰鬼の刀が霧雨に向かって伸びていく。だがそれは虚空で動きを止めた。どこから現れたのか、鎖が刀に巻き付き宙に縫い止めている。
「淵！」
「おうよ！」
　カルキノスの声に夏侯が応えた。
　それに合わせてルカルカが吹雪の中心に突貫する。
　吹雪が止むと灰鬼の身体には石の茨が巻き付いていた。刀は鎖に固定され、すぐに動ける様子ではない。さらに驚くべきはいつ現れたのか、どこにいたのか、カラドリウス・アウラー（からどりうす・あうらー）とリーゼロッテ・リュストゥング（りーぜろって・りゅすとぅんぐ）が灰鬼を前後に挟み込んでいた。
「残念だったわね、これでゲームはお終いよ」
　彼女は自分へ向かってくる刀身を盾で防いだ。
　これで彼女の仕事は終わった。最後に注意を自分へ惹きつけるという仕事がだ。
　背後、カラドリウスが放った爆炎が灰鬼を襲った。
　次いで彼女たちは鎧と剣に変じ桐ケ谷の武具となった。
「アアアアアアアアアッ！！」
　その様子を見て灰鬼は叫んだ。
　声は衝撃となり周囲に広がる。だが彼女たちを止める力にまではなりえなかった。
　右から透乃が灰鬼へと殴り掛かった。
　角を掴み、頭を固定し、その顔に拳を放つ。
　左から桐ケ谷が彼女同様に灰鬼へ斬りかかった。
　角の片方を切り落とす。灰鬼が悲鳴をあげた。
　最後に正面からルカルカが剣を構えて飛び込んできた。
　腰を落とした剣の構えは刺突のそれだ。
「灰は灰に、塵は塵に還るのよ！」
　彼女の一撃が灰鬼の胸を穿った。

　灰鬼は動きを止め、その場に崩れ落ちた。
「あ……ああ……いが……が……」
　声にならない声を残し、彼女は塵へと姿を変えていく。
　そして残ったのは二つの目玉だけであった。