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 空大本校舎のポーチをくぐり抜けると、ひとりの空大生が現われた。
「柿笠院 渚様ですね。本日は、空京大学へようこそおいでくださいました。わたくしは、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)と申します」
「ご丁寧にありがとうございます。柿笠院 渚です」
 貴賓への対応に恐縮した渚だったが、年も近いということで意気投合する事ができた。
「それじゃあ、詩穂も一緒について行ってあげるね」
「わーい。ありがとー」
「ホホッ……頼もしいお伴ができましたな」
「俺様ひとりでも充分だけどな。多いに越したコトねえかっ」
 爺やも大鋸もむしろ歓迎といった感じである。
「さて、どこから案内しようかなあ。まずはやっぱり、講堂から行ってみる?」
「講堂? 体育館の事ですか?」
「えっとホラ、高校とかでいう教室かな。すっごく広いんだから。座席が映画館みたいになってるんだよっ」
「わあ、早く見てみたいなあ」
「それじゃ出発ね。ところで、大鋸ちゃんが居るのは分かるんだけど、そこのふたりも渚ちゃんと一緒に空大志望なのかな?」
「あたしと三鬼はパラ実LOVEだから、違うよ」
「俺はまだ、空大とか分らねえし」
「じゃあ詩穂たちに大人しく付いてくるか、夜露死苦荘へ帰って修行しなよ」
「ムカつく言い方だな。三二一、もういいだろ。体験入学生の事なんて放っておけって。仲間が欲しいなら別のヤツにしろよ」
 三鬼は詩穂の挑発に乗ってしまったようだ。酷く気分を害した様子である。
「ふたりとも大人になったときの夢ってないの? なりたい仕事があったら、空大で勉強した方がいいし」
「うるせえ、俺に指図すんな」
 と怒りを露わにする三鬼とは対照的に、
「あたしはちゃんと、叶える夢あるよ」
 と、三二一は反論する。
 すると大鋸が、三二一と三鬼を心配した様子で相対する。
「“三二一ランド”とか言うのを作りたいんなら、空大で経営論でもやったらどうなんだ。俺様ならそうするけどな」
「放っておいてくれ。自分の進むべき道ぐらい決められるし、経営者なんて柄じゃねえ」
「あたしも三鬼に賛成ー。自分が信じる道を進めばいいじゃん」
「ったく、俺様がせっかく大人の道を示してやったってのに……」

▼△▼△▼△▼




 渚たち一行は、講堂に到着した。
 生徒の座席は教壇を中心として扇状に配され、後ろの席ほど階段状にせり上がっている。
「大きな黒板が2階建てになってるんですねー」
 教壇の奥に位置する壁面には、上下2面を入れ違いにできるスライド式の黒板があり、その上方は巨大な映像パネルがつり下げられている。プロジェクター向けのスクリーンも、大きなものが教壇の左右に1つずつ置かれていた。
 講義が終わってからしばらく経っているらしく、生徒の数は疎らだ。
「ここでは、どんな授業が受けられるんですか?」
「確か、電気電子工学だったはずだよ」
「何だか難しそうですね」
「そりゃまあ、それが分かるぐらいの頭を持ってるヤツしか編入できっこないからな。俺様も血反吐を吐く思いをしたんだしよお」
 得意げに胸を反らす大鋸に、詩穂も感慨深げに頷いていた。
「てめえは一体、何が得意で編入の資格を得られたんだ? さっき、何だか目的がハッキリしないとかほざいてたよな?」
「ええとそれは……」
 何やら言いよどんでしまった渚たちの前に、新たな人影が近づいてきた。
「久しぶりだな、君」
 と、国頭 武尊(くにがみ・たける)は詩穂に話しかけた。「武尊ちゃん、おひさだよねー。こんなところで何してるの?」
「丁稚の方の依頼で、ここの購買に商品を持ってきたんだ。何だか大勢で、賑やかそうだと思ってな」
「一日体験入学の娘を案内してたんだよっ」
「そうか。パラ実だったらどこへでも連れて行ってやれるところだがな。どうだい嬢ちゃん、空大ってところは」
「凄く大きなところだなあって、びっくりしているところです」
「ははっ。パラ実、波羅蜜多実業高等学校と比べたら、ちっぽけなものだけどな」
「パラ実って、そんなに大きな高校なんですかあ」
 しばしば耳にするパラ実の名前に、渚は興味を引かれているようだった。
「まあそうだな。このシャンバラ大陸すべてがキャンパスみたいなもんで、この空大すらパラ実の一部さ。本当の名前は、波羅蜜多実業・空京大分校って言うんだから」
「武尊ちゃん、渚ちゃんにウソを教えちゃダメだよ」
「なんだ君、知らなかったのか。この機会に覚えておくといい」
「だめだよ渚ちゃん。ダマされないでねっ」
「あ、えっと、分かりましたあ」
「空大よりフリーダム。地の果てまで続くキャンパス。ラフでアバウトな校風。努力次第で何でもできる。渚嬢がお望みとあらば、イコンですら操縦できるようになるのだからな」
「そんなにも大きな高校があったなんて。お父様も、もっと早くシャンバラに目を付ければ良かったのに」
「それはどう言うことだ?」
「私は高校3年だから、今さらパラ実に転校するのも難しいと思うのです」
「渚ちゃんは空大でいいと思うよー。だってパラ実って超危険なところも一杯あるんだから」
「印象操作は止めてもらおうか」
「そのセリフは、武尊ちゃんにそっくりお返しするよ」
「渚嬢、我らパラ実はいつでも転入を歓迎する。もちろんタダとは言わない。ささやかながら、被服費の一部を援助するプランを、オレは有している。洗濯から交代まで思うがままだ。興味があったらここを訪ねてみるんだな」
 武尊は“夜露死苦荘・織田信長”という名刺と、世界的下着メーカー(相当の)「セコール」空京支社の国頭 武尊と名前の記された名刺を渚へと手渡した。夜露死苦荘と書かれた名刺の裏側には、目的地までの地図まで描かれている。
「待ってるぜ、渚嬢。それじゃあまたな、詩穂嬢」
「ばいばい。……しっかりパラ実の宣伝して行ったけど、渚ちゃんは絶対に空大の方がいいからね」
「そんなに危険な学校なんですか?」
「大鋸ちゃんを非行に走らせたような感じの人が、いーっぱい居るんだから」
「ひでえ言われ様だな。パラ実の同胞に対して謝れよ。俺様の出身校でもあるんだからな」
「ごめーん。悪気はないんんだけどね……。ちょっと大げさに言っておかないと、渚ちゃんが生きて行けなくなっちゃうから」
「てめえは過保護だなあ。空大に入りたいって事は、つまりはシャンバラを闊歩してえって言うコトだろ。パラ実とつるむくらい、何でもないと思うんだがなあ」
「いーのいーの。でも渚ちゃんには、強力なパートナーを見つけてあげないと心配かなあ」
「パートナー、ですか」
「渚ちゃん? この世界のことほとんど知らないの?」
「あはははは……すみません」
「この世界の住人とパートナーを結ばないと、この空京の市街地から外の世界は自由に歩けない」
「そうなんですねえ。うーん」
 詩穂と大鋸は顔を見合わせて深いため息をついた。
 三鬼と三二一は国頭の事が気になっているようだったが、執事はホホッ……っと微笑んで、渚のことを温かく見守り続けるだけである。