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 渚ら一行は壁面が総ガラス張りの執務室、同会議室を経て講演ホールを巡り、本格的なライブコンサートも開けそうな音楽ホールを案内するに至ったのである。
「ノドが渇いたな。学食で休憩しようぜ、付いて来いよ」
「やったっ、私も歩き疲れてしまいましたので、実は休憩したかったんですっ」
 嬉々として大鋸に付いていく渚に、三二一と三鬼が追従した。
「ねえねえ渚っ、あたしらでパラ実を案内してあげよっか」
「あはは……どんな学校なのかは、ちょっと興味が湧きましたけど」
「じゃあお茶したら行こうよ。決まりね。よーし、勝ったあ。面白くなりそうじゃんっ」
「王先輩、いいんすか?」
「そんなの、またの機会に決まってんだろうが。渚ちゃんは空大を体験するために来てるんだからな」
「えー。渚ちゃん今、パラ実のコト、ちょー気になってんだよ。構ってあげようよう」
「構って欲しいのはどっちだっつーの」
「三鬼はどっちの味方よー」
「ぐっ……もう勝手にしろよ」
「ハッハッハァー。三鬼てめえ、三二一の尻に敷かれてんな」
「違うぜ。俺は懐が広いだけだ」
 空大本校舎の上層に位置するカフェテリア形式の学食は、空京市街を見られるよう、壁の全面がガラス張りとなっている。
 ここは職員からもよく利用されていて、生徒が呼び出されて説教されていることも少なくない。怒られる度合いに応じて呼び出し場所がランク付けされているというウワサもあるとかないとかで、学食の上には、職員室、会議室、執務室、校長室、の順にレベルアップしていくのだとか。イコン絡みの場合には、整備士控え室、イコンを固定しておく為の可動式ハンガーの裏手側、地下のトイレ、ブリーフィングルーム、イコンのシミュレーター・ルーム内とランクアップを果たす。特に最上級のイコン・シミュレーター・ルームは密閉空間なため、外界と遮断されてかなり怖いのだとか。
 天御柱がよく見える窓際のテーブルを選ぶと、思い思いの注文をオーダーする。
「渚ちゃんは、空京島へ来るのもはじめてか」
「はい。今日がはじめてなんです」
 大鋸の質問に対する渚の答えは、皆を脱力させるには充分な破壊力を秘めていた。
「別にいいんじゃねーの。俺だって大した目的もなくここに居るし。誰も文句はねーだろ?」
 渚の肩を持ったのが、三鬼である。
「三鬼さんは、どうしてパラ実に通っているんですか」
 “通っている”という表現に大鋸と三二一がニヤけていたが、
「修行のためだよ」
 と、三鬼はつたない答えを返した。
「何の修行をされているんですか?」
「その……武術」
「カッコイイですねっ。強い人には憧れてしまいます」
「そ、そうか……」
「三鬼はね、地元に伝わる武術の伝承者なんだってー」
「それを大声で言うなってっ! しーっ、恥ずかしいだろうが……」
「別にいーじゃんか。三鬼しかいないんでしょ? こんどあたしにも教えてよ」
「おまえには無理。俺にしか無理だから」
「ケチ」
「ちげぇよ」
「渚っ、一番近いパラ実へ遊びに行こうよっ。ホラホラ立って」
「えあちょっとっ――」
 渚の腕を取った三二一は、半ば強引に駆けだしていた。もちろん、配膳されたスイーツからチョコクランチをくわえ込むのも忘れてはいない。
「あっ!? おいコラ待ちやがれえっ!」
 大鋸らの虚を突いた三二一は、渚を学食から連れ出すことに成功した。

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「ウワサのお嬢ちゃんってのは、おまえかあ」
 空大のキャンパスを駆ける三二一と渚と併走する男子、南 鮪(みなみ・まぐろ)が現われた。
「国頭が言ってたとおりのイイ女じゃねーかあ。よく来たな、ここが波羅蜜多実業空京大分校だ!」
「丁度いい。あたしとこの娘を近くのパラ実に連れてってくれない?」
「パラ実にか? んまあ、朝飯前だぜえ。俺のスパイクバイク(二輪車)に信長が乗ってらあっ」
 鮪が指笛を高らかに吹き鳴らした。すると、破裂音を轟かせる二輪車に“ちょんまげ”を結った初老の男・英霊織田 信長(おだ・のぶなが)が跨がって姿を現わした。
「されば、わしが面倒を見ておる“夜露死苦荘”へと参ろうぞ」「よっしゃあ、振り落とされんじゃねえぞっ。行くぜ、ヒャッハァー!」
 そこへ大鋸たちがやって来るも、二輪車の速度には到底追いつけそうもなかった。
「おーい、大鋸っ。夜露死苦荘まで遊びに行って来るぜえーっ!!」
「待ちやがれ怒畜生野郎があーっ!!」
 三二一と渚、そしてかろうじて付いてきた三鬼を束のようにして抱えた鮪は、信長の二輪車へ飛び乗って空大を離脱することに成功した。

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 しばらく走り続けた二輪車が停止すると、渚たちの眼前には古めかしいアパートがそびえ立っていた。
 使い古された“のれん”には“夜露死苦”の文字が躍り、“荘”という文字が別途縫い付けられている。
「ここはいったい、どこなんでしょうか?」
 恐る恐ると言った様子で渚が質問すると、鮪は自信たっぷりに彼女と相対した。
「ここがパラ実の一丁目よ。転入するためには必ず潜らねばならない唯一の抜け道でもある。ようこそパラ実へ」
「これ鮪よ、パラ実への抜け道とは聞こえが悪いであろう。うむ、苦しゅうない。渚とやら、その方らも、楽に致せ」
 そう言われたものの、渚にはただの荒れ地としか感じられなかった。せめて夜露死苦荘と呼ばれたアパートの一室にお邪魔できれば……と、ヨコシマな事もちょっぴり考えたのだが。
「ここはパラ実の、どの辺りなのですか? 校舎を見てみたいのですが」
「ああ、校舎はな、あまりのフリーダムさが昂じて再建の真っ最中らしいぜっ! スケールの違いが分かるだろ? パラ実の方がゴッド級に自由気ままな楽しい生活を送れるってもんだ。そこのふたりはパラ実生なんだろ?」
「あたしらはもちろんそうだよ、なんか夜露死苦荘も久しぶりだけどー」
「信長さん、ちーっす」
「ふむ、相変わらずなヤツめ。まあよしとしよう。して渚とやら」
 二輪車からゆるりと降車した信長は、渚を傍へ呼びつけた。
「波羅蜜多実業高等学校へ入るためには、この夜露死苦荘を経なければならない掟じゃ。おぬしが臨むのならば、いつでも歓迎しようぞ。じゃが既に空大で学ぶ覚悟が座っているのならば、迷いなく空大へと進み、存分に己を鍛えるがよい」
「やりてぇコト見つけたり、自由気ままに生きたければ、パラ実も悪くねえ。パラ実・空京大分校に籍をおく俺や信長としても、パラ実の後輩が増えるのは嬉しいぜ。総力を挙げて歓迎会を開いてやるからよお」
「と言うことは、おふたりは空大生の先輩と言うことになるんですか?」
 その問いに鮪と信長の眉が鋭く反応を示した。
「だから、パラ実の大分校が空京大学だっつーの。あったま硬ってえんだなあ。波羅蜜多実業・空京大分校。それを略して空大だぜ!」
「なるほどっ! 分かりましたー」
「よーし、分かればイイ。今日はお前らに必勝マニュアル“波羅蜜多実業空京大分校卑通勝法(著:南 鮪)”をくれてやろう。そっちのふたりにも特別に配ってやるから、一字一句逃さず読み込んで、我らが空大へのし上がってくるんだぜ」
 そう言って鮪は、夜露死苦荘へと突っ走っていった。
「あたしはパラ実で充分だよ」
「俺はまだ、そんな先のコト知らねえな」
「鮪め、今日は随分と張り切っておる。夜露死苦荘に入りたければ、彼奴に使いを出すがよい。まあ最も、そなたらにその気があれば、わし直属の配下として召し抱えてやってもよいのじゃがな。フッハハハハハハハハッ……」
「あはっ、あははははは……っ」
「己の歩む道を最も強く輝かせ、広き世を見定める道選びに空大での学びは必須ぞ。捨て難き己が道があるならば、後々より戻れば良いだけであろう」
「はい」

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 鮪より分厚い著書を受けとった渚、三鬼、三二一は、夜露死苦荘よりでてきた藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)と出会った。
「あら信長さん、こんにちは」
「おや、出かけるのかね」
「空大の研究室で、展覧会の準備がありますの」
「パラ実と空大って、本当に親密なんですね」
「だからさっきから言ってんだろう? 空大はパラ実大分校だって」
「あらあら」
 優梨子はクスクスと微笑んで、渚の前にやってくる。
「新入りさんかしら」
「いえあのう、そういうワケではないんですけども……」
「信長さん、また強引にお客様を連れていらしたの?」
「おぬしはわしに責があると申すか」
「いいえ。でも、どちらからいらしたのですか」
「空京大学の方から、乗せていただきまして」
「そうだったの。私これから空大へ行くのですけど、一緒に帰りましょうか?」
「そうですね……」
 チラリと鮪や信長、三鬼や三二一を一瞥してから、
「よろしくお願いします」
 と、優梨子と道程を共にする事となった。