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「渚、居たじゃんっ」
「そうだな」
 図書館から出てきた渚たちの前に、魔威破魔 三二一と浦安 三鬼が現われた。
「なにそのやる気ゼロの態度。あったまくるんだけど」
「あ? しゃーねえなあ」
 気だるそうな様子だった三鬼が、渚の前に立ちはだかると、彼女の身体を一息に担ぎ上げた。
「――ちょっと!? 何するんですかっ!? ええええええっ!?」
「三二一がおまえを連れて、パラ実巡りを再開するんだってよ。だからさっさと付き合え。そして終わらせろ」
「困りますっ! 降ろしてくださいっ」
「ホホッ……これはいただけない」
「んな――ジジイっ!?」
「爺や!」
 どこからともなく現われた老執事が、三鬼のみぞおちへ鋭い当て身を喰らわせた。彼の身体は、まるで紙くずが風に吹かれたかのように軽々と宙空へ弧を描いてもんどり打った。その場に残された渚の躯は、しっかりと老執事に受け止められている。
「お怪我はございませんか」
「ありがとう、爺や」
 渚はすっかり笑顔を取り戻していた。
「それは何よりです」
 何事が起こったのかと固まっていた三二一が、転がっている三鬼へと駆け寄っていく。
「ちょっと三鬼っ、めっちゃ弱いじゃん」
「あのジジイ、只者じゃねえ。くっそおおおおっ! 負けてたまるかあっ、もう一度勝負だっ!」
 学ランに付いた土埃を払い落とした彼は、両の拳を硬く握り込んだ。
「お伴の方と共に、王 大鋸さまの下へお連れするよう仰せつかって参りましたぞ。もう間もなく追いつかれると存じますゆえ。この場はお任せくだされ」
「わかりました」
 直立不動の老執事が首を捻る度に、コリコリッという軽い軋み音が鳴り響いた。手首を慣らし、足首を慣らし、徐々に全身を臨戦態勢へと引き上げていく儀式が進行する。
「この俺をナメるんじゃねえぞ、覚悟しろっ!」
「ホホッ……まるで悪党の捨て台詞を」
「気をつけて、爺や」
「はてさて、どうしたものか。ケンカの心得にはとんと疎いものですが、人を殺める術は心得ております。なに、生かしたまま返してやりますよ。たかが若造ひとりぽっち……その性根をたたき直して進ぜます」
「いっけー三鬼ぃ! 一子相伝っぽい必殺奥義をぶちかますんだよっ」
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
 三鬼の怒号が響き渡った。
 老執事と三鬼が激突する場を余所に、渚は何者かに手のひらをきゅっと握りしめられていた。
 驚いて握られた方を見やると、渚の眉ぐらいの背丈――148センチ――の制服少女が微笑んでいた。少し離れた場所には連れ添いと思われる少女が立っている。
「あなたが柿笠院 渚ちゃんだよね? ダーくんが呼んで来いって言うから、迎えに来たよん」
「ダーくん?」
「うん、ダーくん。大鋸くんのあだ名。だってその方が可愛いんだもんっ。私は小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)。渚ちゃんのことは、ナギちゃんって呼んでもいい?」
 屈託のない笑みを向けられては、渚はあだ名を断る理由など見当たらなかったのだろう。
「うん。どうぞよろしく、美羽ちゃん」
「はーいっ! ベアトリーチェとも仲良くしてくれたらうれしいなあっ」
 美羽の後方に控えていた少女が、たおやかに会釈していた。
「すみません、美羽さんがご迷惑をおかけしてしまって……。申し遅れました、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)と申します」
「柿笠院 渚です。はじめましてっ」
 現場を老執事に託した渚は、美羽とベアトリーチェの案内で王 大鋸たちと合流を果たすことになる。

▼△▼△▼△▼




 渚がたどり着いたのは、空京郊外に立つ古めかしい孤児院だった。
 大鋸の二輪車が塀際に停められ、しかも後方に荷車が取り付けられてあるではないか。
 二輪車のボディに「夜露死苦」のステッカーはかろうじて残っていたが、「放置国家×唯我独尊」あたりは力任せに剥ぎ取った痕跡があり、「(読み:めっぽうせいきん・ほうしあい)滅法精勤・奉仕愛」などという真新しいステッカーが貼り付けられている。
 荷車に積まれたものでまず目を引いたのが、大きな牛乳輸送缶。そして色とりどりの果物や野菜などの食料品だった。その他には綺麗に織られたシーツをはじめとした寝具類に、薪やオイルといった燃料、日用雑貨……そして見張りと思われる少年がひとり立っていた。
「ダーくん、ただいまー。ナギちゃん連れてきたよーん」
 元気な声を張り上げる美羽が、屋敷のポーチへと駆け上がっていく。
 重々しい観音開きの扉が開かれると、エプロン姿の大鋸が姿を現わした。なんと彼は、乳飲み子を肩車している。
「おーっし、ご苦労だったな美羽。……ヒャッハッハッ、ナギちゃんか。早速あだ名を付けられたな」
「はい。ところでそのエプロンと赤ちゃん、どうしたんですか?」
「おおう、言わずもがなの事を聞きやがって。実は繁華街でまとめ買いを終えて帰ってきたところだったんだぜ。空大の見学とは確かに違えが、手伝ってくれねえか?」
「はい、できる範囲で」
 大鋸が二輪車で買い付けた荷物を運び、孤児院の厨房で晩ご飯のこしらえを手伝いながら、渚はベアトリーチェから大鋸が空大に籍を移すまでに至った経緯を聞かせてもらえた。
「この孤児院は、大鋸さんが切り盛りを始めたんです。はじめは新手のビジネスで一儲けしようとして失敗したとか言ってますけど、単なる照れ隠しで。見た目はパラ実のヒャッハーさんですけど、子どもが大好きなんですよね。ここの切り盛りを通じて、社会福祉の大切さを知ったそうです」
「それで大鋸さんは今、空京大学で勉強を続けているんですね。素晴らしいです。やっぱりちゃんと、目的を持っている……」
「すまねえ渚ちゃん、俺様今日はもう手一杯になっちまった。空大にはちゃんと連絡しておくからよお、後は空京の街並みも楽しんでみねえか? 帰るときに連絡くれたら、ちゃんと送っていくからよ」
「はい。おつとめ頑張ってください大鋸さん。凄くカッコイイですっ」
「へへっ、なんだよ照れくせえ。――おっと、美羽とベアトリーチェの手も借りて、近くの公園まで子どもたちを連れて遊びに行く時間になっちまった。悪いな」
「それなら、途中まで一緒に行きましょう」
「ありがとよっ。てめえも何か、面白え目的を引き当てられるといいな。応援するぜっ!」
「そんな、お礼を言うのは、私の方です。ありがとうございましたっ、大鋸さん」
「礼なんて俺様にゃあ要らねえぜ。……よっしゃガキ共っ! いつもの公園に、ヒャッハーしに行くぞっ!!」
「「「「「「「ひーはああああああああー」」」」」」」

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 大鋸は子どもを肩車で3人も抱え、背中にはふたりの子どもを背負い、3人の子どもを抱っこひもで結わえて……子どもの鈴なり状態となっていた。渚も小さな子たちと手と手を繋ぎ合って童謡を歌い、手放しで駆け回る子どもに注意を促し続けている。美羽は大鋸や渚と一緒に童謡のを合唱しながら、車いすを元気に押していた。
 ベアトリーチェを先導とした子どもの合唱隊が、空京の繁華街を行進していく。
「大鋸さんは、この子たちのために頑張らなきゃって思えた。だから目的が定まって、空大に通っている。私も頑張れることを、探してみようかなあ……吟遊詩人と両立できることとか」
 物思いに耽る渚の視界に、見覚えのある人影が現われた。
 俄然やる気の三二一と、くちびるを少し切っている風な三鬼である。
「俺はもうダルい、そろそろ諦めようぜ」
「今度こそ見つけたわ。さあ、あたしと一緒にパラ実へ――」
 すると子どもたちが無邪気な笑顔を振りまいて三二一へと駆け寄るではないか。
「おねーちゃん、一緒にあそぼー」
 あっという間に子どもたちの遊具と化した三二一は……子どもの相手に夢中となった。
「お、おい……ガキの相手なんてしてんじゃねえよ。もういい、俺は先に帰るからな、好きにしろ」
「うんっ! またねー三鬼、バイバイッ」
 公園に集うみんなを見届けた渚は、邪魔にならないようお暇することにした。
「ナギちゃん、また遊びに来てねっ。待ってるよ」
「またお会いしましょう、いつでも歓迎いたします」
「じゃーなー渚ちゃん。よーし、てめえらっ、ネーチャンにサヨナラだっ」
「「「「「さよーならっ」」」」」
「またね、みんな。大鋸さん、またお会いしましょうっ」
 渚の傍には、いつもと変わらない佇まいの老執事が見守っている。
「ホホッ……では参りましょうか、お嬢さま」
「はい、爺やっ」
 子どもたちはみんな、大鋸、美羽、ベアトリーチェのことが、とびきり大好きである。