リアクション
△ ▼ △ 目的の山に学生達は到着した。 山裾は荒涼とした岩肌だが中腹あたりから雪がかかっている。今日は天気も良く、山頂まではっきりと見えた。 山を見上げながら鬼院 尋人(きいん・ひろと)はフェンリル・ランドール(ふぇんりる・らんどーる)に言った。 「オアシスの人に聞いたんだけど、この山は年中雪をかぶってるんだってな」 「それほど高い山でもないのにな」 「雪のあたりまで登ったら、オレと雷號は先にスノーモービルで行けるところまで行ってみるよ」 「遭難者の捜索が最優先ですが、他に不審なものがないかも見ておきましょう」 続けた呀 雷號(が・らいごう)にフェンリルは心配そうな目を向けた。 「無理はするなよ」 「もちろんです。余計な手間は増やしません」 三人がそんな話をしている頃、エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)はアテナ・リネア(あてな・りねあ)と再会を喜び合っていた。 「ぅー、にゃっ♪ アテナといっしょのおでかけ、うれしー、の♪ すっご〜く、たのしー、なの♪」 「今日は雪山だねっ。アテナもとっても楽しみ! いっぱい歌おうね!」 「遊びに行くんじゃないんだけど」 苦笑する熾月 瑛菜(しづき・えいな)だが、本当は彼女もエリシュカやローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)との再会を喜んでいるのだ。 「さてローザ、今日はいつもとは違った気合でいくよ!」 意気込む瑛菜に、ローザマリアは待ったをかけた。 「瑛菜、気合を入れるのはいいけど突っ走ってはダメよ。先は長いし、今は晴れているけど山の天気は気まぐれよ。環境が変わっても歌い続けられるように気を遣わなくちゃ」 「どんなふうに?」 「例えば、声をセーブするの。ライブとは違うんだってことを忘れないで。斜面を登っていくんだから。後はみんなで持ち回りで歌うとか、デュエットとか。喉も枯れないし体力も温存できるわ」 「なるほどね。わかった、そうするよ。パラ実軽音部員は他にもいるし、歌が好きそうなのもいるしね!」 と、言って笑った瑛菜は姫宮 和希(ひめみや・かずき)と早川 呼雪(はやかわ・こゆき)を見た。 和希は軽音部部員だが、学校が違う呼雪も歌が好きそうだと判断したのは、彼が楽器と思われるケースを肩にかけていたからだ。 それから瑛菜はフェンリルとウェルチ・ダムデュラック(うぇるち・だむでゅらっく)に目を向けた。 「あんた達も数に入ってるからね」 返答に詰まったフェンリルに対し、ウェルチはにっこりした。 「校歌でもいいのかな?」 「いいよ。校歌なら希望に満ちた歌詞とメロディだろうからね」 こんなわけでフェンリルも強制的に歌わされることになってしまったのだった。 「それじゃ、一番手はあたしとローザからいくよ。しゅっぱーつ!」 瑛菜の指がギターを弾いた。 しばらくすると視界に雪の白さが目に留まるようになってきた。 ここに登るまでにローザマリアやエリシュカはもちろん、フェンリル、和希、呼雪、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)も歌っていた。 エリュシカが叩くスネアドラムと、いつものサックスをタンバリンに持ち替えたアテナが楽しそうに歌っているのを見ていたローザマリアだったが、ふと隣の瑛菜の足取りが怪しくなったことに気がついた。 ハッとして瑛菜を見ると、目がぼんやりとしている。 「瑛菜? どうしたの、疲れた?」 ローザマリアは声をかけたが瑛菜からの返事はない。 不審に思った彼女は、瑛菜の腕を取って揺さぶり、反応をうかがう。 「瑛菜!」 やや強く呼びかけると、瑛菜はビクッとして目を見開いた。その瞳には生気が戻っている。 「どうかしたの、ぼんやりして」 「今、柄杓に有機肥料をすくった爺さんが、それをこっちに投げつけようと……」 「そんな人いないわよ!」 「……」 ローザマリアと瑛菜はどちらも戸惑いの目で見つめ合った。 その時、ちらついていた雪が急に激しく吹雪き出した。 「眠い……」 目をしょぼしょぼさせる瑛菜に、ローザマリアは寒さなどによる体力消耗以外の何かを感じた。 素早く周りを見回すと、フェンリルもどこか遠くを見るような目でふらふらと歩いている。 この山の怪異の力が働きだしたのだと感じた。 歌っているエリシュカとアテナは何でもないようだ。 清泉 北都(いずみ・ほくと)はやや緊張した面持ちで白銀 昶(しろがね・あきら)を見る。 北都がかけていた禁猟区に何かが引っかかったからだ。 ただし、その感覚はとても微弱であり明確に敵意を持っているとはいえないものだった。 昶は、心得ているというようにニッと八重歯を見せて笑う。 そして、ヒトの形から狼に変身すると、ふかふかの体で北都にじゃれついた。 そのあたたかさと毛触りの良さに、北都の緊張がほぐれていく。 同時に、見えかけていた黒い悪魔の集団も消え去った。 北都は幻を確かめるように目をこすりながらも、もう片方の手は昶の背を撫でている。 「ありがとう、昶。もう少しで危ないことになってたかも」 「『名前を言ってはいけない奴ら』か?」 「うん……ちょっと、何笑ってるの?」 「いや、笑ってない、笑ってないよ。禁猟区の反応は?」 「すごく小さく反応してるかな。──そうだ、みんなは? 呼雪とかパラ実の生徒会長さんとか」 周りを見回した北都は二人が何でもないのは確認したが、瑛菜とフェンリルの様子がおかしいことに気づいた。 「あの二人にはローザマリアやウェルチがついてる。オレ達は他に異変はないか警戒しようぜ」 「そうだねぇ。先に行った尋人達は大丈夫かなぁ」 「北都、いろいろ心配なのはわかるが、その前に……もふもふだ!」 「わっ! ちょ、ちょっと!?」 「心配しすぎで固くなってんぞ! もっと余裕持たないと! ほら、耳出せ、尻尾も!」 昶は肉球で北都の頭をぽふぽふと叩いた。 前を行く二人のそんな楽しげな様子を見たエリシュカが振り向いて言った。 「はわ……ローザ、昶、ふかふかしてきもちよさそう、なの。うゅ……えーな、どうしたの?」 「瑛菜おねーちゃんがどうかしたの?」 エリシュカにつられた後ろを向いたアテナは、ローザマリアに支えられるようにして歩いている瑛菜を見てびっくりした。 「はわ……アテナ、エリーたち、もっとげんきだす、なの!」 「うん! いっくよー!」 「俺もまぜろ!」 二人と並び、ファイティングポーズをとるエヴァルト。 彼はどんどん降ってくる雪を拳で素早く仕留めながら言った。 「キーポイントは筋肉だ! 二人は筋肉を躍動させながら歌え! 他の連中も無心になって筋肉を震わせながら登るんだ!」 「え、き、筋肉……?」 「そうだ、筋肉だ。筋肉に集中するんだ! 筋肉いぇいいぇーい!」 「い、いぇいいぇ〜い?」 エヴァルトの勢いにどうしたらいいのかわからないながらも、アテナは彼の動きの真似をしてタンバリンを鳴らした。 「ほら、エリーも」 「はわ……いぇいいぇ〜い、なの?」 「おいおい二人とも、何で疑問形なんだ?」 苦笑したエヴァルトは、今度は瑛菜とフェンリルに目をとめた。 「おまえらも筋肉を目覚めさせれれば眠気なんか吹っ飛ぶぞ!」 フェンリルの腕を取り、ぶんと振り回すエヴァルト。 はち切れそうなテンションの高さでも、女の子の腕をぶん回すような真似はしなかった。 もしここにシズルがいたら、このテンションに、彼の新しい一面を見たと思ったかもしれない。 「さあ、この調子で登る──」 「痛いっつーの!」 エヴァルトが力強く次の一歩を踏み出した時、フェンリルが叫んで彼を雪の中に沈めた。 「腕がもげるだろっ」 この騒ぎに瑛菜の意識もはっきりしたようで、きょとんとしてフェンリルとエヴァルトを見ている。 くすくす笑いながらウェルチが口を開く。 「ランディ、エヴァルトのおかげで変な力の影響から解放されたんだから、もう少し感謝したら?」 「そ、そうか。悪かった。立てるか?」 雪の中に突っ伏したままのエヴァルトにフェンリルが声をかける。。 ガバッと起き上がったエヴァルトを見たウェルチは、ついと目を細める。 まるで冷徹な観察者の目だった。 口元があやしく笑みを作る。 「ふぅん……なかなかいい素材かな? まだ粗が目立つけど、もっと磨けば……」 「ちょっと待て、俺は魔鎧になる気はないぞ。俺はこの、超進化人類であることを気に入ってるんだ。それでも、どうしてもと言うなら、俺の筋肉を全て贅肉にしてみせてから来るんだな!」 「ふふ。じゃあ薔薇学の喫茶室においでよ。甘いスイーツで甘〜くおもてなしするよ。きっと身も心も緩んで、キミの鋼のような筋肉もやわらかくなるんじゃないかな」 「フッ。俺の筋肉への思いを甘くみるなよ。スイーツの甘さも全部筋肉の糧にしてやるさ」 「おまえ達、筋肉と甘味の強さなど比べようがないだろう。それより置いて行かれるぞ」 「そんな議論はしてないよ」 ウェルチは言い返したが、フェンリルはまったく聞いていなかった。 「あははっ、元気だねぇ! ねえ、ちょっと休憩しない? 登ってからだいぶたつしさ。雪もやんできたし」 温かい紅茶があるよ、と水筒を見せるヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)。 和希がそれに頷いた。 「そうだな。俺達が先にくたばっちゃ意味ねぇもんな。休もうぜ」 「紅茶には生姜を入れたから、体の芯からあったまるよ。はい、どーぞ」 「サンキュ。ところで、おまえらはさっき大丈夫だったのか?」 「ん、へーきへーき。僕は呼雪と一緒なだけで幸せだしー!」 和希の問いににっこりして答えたヘルは、次に呼雪に紙カップに注いだ紅茶を差し出した。 「俺は最後でいい。先にランディや熾月にやってくれ」 「わかった。じゃあ、ちょっと行ってくるね」 その間、呼雪と北都はマッピング情報を整理していた。 和希がそれをのぞき込む。 「シズル達のコースからは外れなてないな」 「ああ。このまま、周りに注意して進もう」 「雪に埋もれてる可能性もあるよねぇ」 「おまえの超感覚に期待してるぜ。踏んでもいいけど、見逃さないでくれよ」 「踏んでもいいんだ……」 和希にバシッと肩を叩かれた北都は、複雑そうな顔になった。 そこに、一巡りしてきたヘルが戻ってきた。 「ただいまー。はい、これ呼雪の分」 礼を言って受け取った呼雪は、しかし、すぐには口をつけず、少しの間紙コップの中の紅茶を見つめていた。 「命を失ってもなお、ナラカに行けずにいる者達がいるなら、彼らも解放してやらなければ本当の悪夢は終わらないな」 「そうだね、僕もそう思うよ。原因を突き止めたいな」 呼雪とヘルの言葉に、和希と北都も頷いた。 まだ、その原因の手がかりもないが、根気よく探していくしかない。 「雪、すっかりやんだな。青空も出てきた。今のうちに進もうぜ!」 元気にそう言って、和希は残りの紅茶を飲み干した。 |
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