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第4章 叫ぶ男

 絵画空間・『叫び』。

 歪んだ背景のなか、橋の上で男が大声をだしている。


「ああああああああああ! うわあああああああああああああ!」


「ちょ、思いの外うるさいわね」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が頭を抑えながら言った。
「こちらの声がほとんど聞こえない。あいつの耳を塞ぐなんて、できるのかしら?」
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)も、顔をしかめながらつぶやく。
「まあ。ここはあたしに任せといてよ」
 セレンが叫び男へ近づいていく。普段はビキニ姿でどこでも練り歩く彼女だが、今回は教導団の制服をまとっていた。
 こうしてみると、彼女にも国軍としての貫禄が感じられる。

「さあ、叫び男! こいつを聞きなさい!」
 セレンは予めスマホにダウンロードしておいた『不快な音源』アプリを起動する。
 スマホのスピーカーから流れるのは、発泡スチロールの擦れる「きゅっきゅっ」という音、電気幹線の「ブーン」という音、立てつけが悪くなったドアの「ギィィィギィィィ」という音……。
 さらなる悪音に、耳を密封しながらセレアナが言う。
「よくそんなアプリを見つけたわね」
「まだまだ。本番はこれからなんだから!」

 セレンが更なる不快音を再生する。
 猫のヒステリックな「ニ゛ャァァァァ!」というさかり声、タスマニアデビルの「ウ゛ァァァァ! ウ゛ォォォォォォ!」という吼え声、すりガラスを釘でひっかく「キィィィ! ギュリギュリキィィィィィ!」という音。
 ただでさえ頭が爆発しそうな音を、マイクを近づけハウリングさせる。不快音をだすために一切の妥協はなかった。
「……ど、どうよ!」
 さすがのセレンも青ざめながら、叫び男をみた。
 だが男は、すべての音を弾き返すような大声で叫ぶ。


「いぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! のぉぉぉぉぉぉおおおおおお!」


 不快な音では、対抗できないようだ。
「大声で叫んでる相手に、大きな音で応じる。それはよくナイ。大声のインフレになるのことよ」
 ロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)が、セレンの肩を叩きながら言った。
「でも、どうすればいいのよ」
「私に任せるのコトね」
 ロレンツォは、叫び男へ徐々に歩み寄っていく。
「危険よ! それ以上近づいたら!」
 忠告するセレンに、振り返ったロレンツォは笑顔で応える。その自信に満ちた笑みに、セレンはこの場を任せることにした。

 ロレンツォは叫び男へ接近すると、がら空きになった耳元へ、こう囁いた。
「ヤ・エルスコダイ」
 それは、『叫び』を描いた画家の母国語で「愛してる」を意味する言葉だった。
 立て続けにロレンツォは、世界各国の愛の言葉を囁く。
「ティ・アーモ。ジュテーム。イッヒ・リーベ・ディヒ。ポムラックン。メイン・タンヘム・ピヤ・カルタ・フーン。アイ・ラブ・ユー。愛してる」
 それらの言葉に、叫び男の声が止まった。ぶるぶると震える彼の耳元へ、ロレンツォは囁きつづける。
「ふつう、キライあるね。だってわたしは……」
「あっ……あっ……」
 囁かれた言葉に、叫び男の震えはピークに達した。

 してやったりという表情で、ロレンツォは更にたたみかける。
「なんとうるわしいその貌(かんばせ)。蜜がごとき甘き声色。花びらのようなくちびる。それでいてたくましい胸元……。ああうるわしの君、名も知らぬいとしひと。かまわない、無防備にそうして叫び続けておくれ。君がそのようにしている間、わたしは心から君を、その身体をも愛しつくしてあげるとしよう……」
 まさに、愛の言葉の万国博覧会。叫び男の震えが激しくなる。
 効果はあるように見えた。
 だが。


「あぁぁぁぁぁりがとぉぉぉぉぉぉぉ! きゃぁぁぁぁぁぁ!」


 男は、涙を流しながら叫んだ。
 ロレンツォが繰り出す愛の言葉に、純粋に感動してしまったようだ。
 おしいところまでいったが、耳を塞ぐにはいたらなかった。
「オォ……なんてすごい声ね」
 近距離で叫び声を聞いてしまい、ふらつくロレンツォ。
「ロレンツォはよくやったわ。あとは、私に任せてちょうだい」
 肩を叩きながら、今度はセレアナが叫び男へと近づいていく。

 彼女には秘策があった。
――とっておきの怪談話。
「地球で最も優れた、怪談の語り手から学んだ私の話術。受けてみなさい」
 そしてセレアナは、叫び男の耳元へ、怖い話を語りはじめる。

「いや〜。今からするのはぁ、アタシが本当に体験した話なんですけどね〜。
 重要な会議があって、アタシは深夜までシャンバラ教導団に残っていたんです。そして、トイレに入ったら、いきなり……コンコンッ……コンコンッ……。ってノックの音がしたんです。空いている個室は他にあるんですけどねぇ。
『うわ〜。ヤダなぁ〜。気持ち悪いなぁ〜』と思った瞬間。ハッと、ドアが開かれて……」


「いぃぃぃぃぃぃぃ! やあああああああああああああああああああ!」


 メンタルの弱い叫び男は耐え切れず、発狂してしまった。
「ちょっと。最後まで聞きなさいよ!」
 肝心のオチを言えずにたじろぐセレアナ。男はかまわず、叫び声を浴びせ続ける。

「もう! うるっさいわねぇ!」
 ついに、セレンがキレた。
 やかましい声に耐えられなくなった彼女は、全力で怒鳴る。


「この……つるっぱげ!」


「つ、つる……」
 叫び男は、セレンの一言を聞いて黙ってしまった。
 顔を不安と恐怖に歪めたまま、そっと耳元へ手を添える。
 男は、凍りついたように動かない。
「あれれ。一体どうしたネ?」
「動かなくなっちゃったわ」
 一同が呆然とするなか。
 セレンが、ゆっくりと口を開いた。
「もしかしてこの男。『つるっぱげ』って言われるのが嫌で、耳を塞いでいたの……?」