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第5章 笑わないモナ・リザ

「さて。まずは、この絵の謎を解明しようか」
 ヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)が、慎重に絵を調べはじめる。【顕微眼】を使い、絵の具の材質や、筆運びを検証した。
 彼が感じている使命は、この事件の解決だけではなかった。
 今後アゾートが似たような事件に巻き込まれないよう、問題を根こそぎ解析するつもりなのだ。
「ほほう。なかなか愛らしい少女ではないか」
 からかうように、【ナノマシン拡散】状態のアルバ・ヴィクティム(あるば・う゛ぃくてぃむ)が言った。
「さすが、お前が懇意にしてる少女だけあるな」
「うるさい」
「いやはや。これは、可愛らしい組み合わせになったもんだ」
 楽しそうに、アルバは息子を見つめている。

 からかうアルバを無視して、絵にかけられた力を調べているヴァイス。だが、思うようにははかどらないようだ。
 それでも、アゾートへ向けて小さく微笑んだ。
「大丈夫だよ。もうすぐこんな事件は解決するから」
 そう、彼の唇が告げていた。

「うーん。まどろっこしい」
 アルバが急かすように言った。
「いっそのこと、絵のなかに入ってみたらどうだね」
「それじゃダメだ。アゾートさんにかけられた力ごと、解明しないと」
「だったら、ここからにらめっこしなよ」
「馬鹿なことを言うな。あんたみたいなナノマシンならともかく、オレの体じゃ視覚されて、絵の世界に取り込まれてしまう」
「そんなこと言ってさ。ただ、彼女を直接笑わせるのが、恥ずかしいだけじゃないの」
 呟いたアルバへ、ヴァイスが冷たく言い放つ。
「うるさいな。これでも食らっとけ」
「……こ、こら! 除菌スプレーはやめるのだ!」
「オレが受けた精神的苦痛は、こんなもんじゃない」
「痛い! 痛いよ! 絶対に我のほうが痛いってぇ……!」


                                     ☆   ☆   ☆


 絵の中から、彼らの親子漫才を見ていたアゾートは、ちょっとだけ「面白い」と思った。
 だが、微笑むまでには至らなかったようだ。
「……なにやってんのさ」
 絵の世界に閉じ込められて、心細いアゾート。誰に言うでもなく毒づいた。

「こ、ここがモナ・リザの世界……」
 そこへ現れたのは、風馬 弾(ふうま・だん)だ。
 彼の姿はメイド服にニーソックスという、狙いすましたような女装をしている。
「大丈夫だよ、弾。こういう格好がウケるんだから!」
 彼を励ますように肩を叩いたのは、エイカ・ハーヴェル(えいか・はーゔぇる)である。
「ほら。アゾートちゃんはあそこにいるよ。思う存分、笑わせてあげて!」
 彼女に背を押され、弾は教えられたネタを披露する。
 すぅっと息を吸うと、渾身のギャグを放った。

「見ろ! ゴミが、人のようだぁぁぁぁ!!」
「……ん?」
 アゾートは、きょとんとしていた。
 顔を赤らめた弾が、しどろもどろにつづける。
「い、今のはねっ。有名なセリフを入れ替えて言っているところに、おもしろみが……」
「弾ったら! スベったネタを解説してるわ。なんていじらしいの!」
 パートナーの必死な姿をみて、エイカが悶絶していた。彼女はアゾート救出というより、弾をいじって楽しんでいるようだ。

 すかさずエイカは、次々と新しいネタを耳打ちする。
 それが面白いのかさえよくわからない。しかし弾は、アゾートを救いたい一心で、懸命に冗談を言いつづけた。
「腹いたいから負けかなと思ってる!」「馬鹿と天才は紙一重! まぶたは二重!」「君の瞳は10000アンペア!」「病腋から!」「ちょっと、話の腰を振らないでよ!」「タスキに短いのに帯には長い!」「小倉百人百一首!」「正Shine! 派遣Shine! 新入Shine!」「100万ジンバブエ・ドルの夜景!」「パンがないのなら、犯しちゃえばいいじゃない!」「神のみそ汁! とん汁! なめこ汁!」………………。


 アゾートは、ぐったりとした顔をしていた。
「えー。なんでウケないのぉ」
 ひとりで腹を抱えていたエイカだが、アゾートのあまりの無反応ぶりに口をとがらせる。
「もう! アゾートちゃんのツボはおかしいよ!」
「おかしいのは、キミたちのほう」
 ため息をつきながら、アゾートはつづけた。
「よくそんな、くだらないこと思いつくね」
「うぅ。精一杯やったのになぁ」
「本当に、くだらないよ」
 そう言って。
 彼女は口元を、ほんの少しだけほころばせる。

「あ……。アゾートさんが……笑ったぁ!」
 弾の熱意が通じたのか。
 アゾートはついに、モナ・リザに勝るとも劣らない微笑を浮かべた。