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【第四話】海と火砲と機動兵器

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【第四話】海と火砲と機動兵器

リアクション

 同時刻 海京近海 上空
 
『やっぱし来たか。ま、あれは“カノーネ”に任せておいて俺の方は――』
 眼下に海面を望む高空で漆黒の“フリューゲル”はプラズマライフルを天御柱学院に向ける。
 エネルギーを充填し、トリガーを引こうとした瞬間、“フリューゲル”は背後から高速で迫り来る敵機に気付いて振り返った。
『っとぉ! やっぱしアンタも来たかっ! ウサギ姉ちゃんよぉ!』
 声を上げるよりも早く、“フリューゲル”は推進機構のブーストによる、例の『瞬間移動』によって横にずれている。
 ほんの一秒……否、0.数秒前に“フリューゲル”いた場所を鋼刃が通り抜けていく。
 “フリューゲル”が振り返ると、そこには同じく規格外の機動力を持つ機体――禽竜がいた。
『よぉ、今回のお相手は俺がさせてもらうぜ、よろしくな!』
 今回、禽竜のパイロットを務める――朝霧 垂(あさぎり・しづり)が“フリューゲル”に通信を繋いだことで、九校連の通信帯域にも軽快なダンスチューンが流れ始める。
『誰だアンタ? なるほど、どうやらその機体、毎回乗ってる奴が違うみてえだな?』
『その通り! 今回は俺――朝霧 垂が相手だ! 行くぜ!』
 垂が名乗りを上げると同時、禽竜は凄まじい加速で“フリューゲル”へと肉迫しつつ、コンバットナイフを抜いて斬りかかる。
『……ッ! ウサギ姉ちゃん以上に無茶しやがる野郎だ!』
 “フリューゲル”も小刻みな『瞬間移動』で回避と離脱を繰り返すが、それでも禽竜はフルブーストしっぱなしの全速機動で強引に“フリューゲル”へと追いすがり続けた。
『おい、そこの兄ちゃんよ。そんな機動してたら骨や内臓がイカれても知らねえぞ?』
 すると垂はしてやったりと言わんばかりの声を上げて笑った。
『へへっ! おまえは二つ勘違いしてるぜ!』
『……なんだと?』
 釈然としない声音の“鳥”に垂は言い放った。
『今回、俺は新装備を導入したんだ。その名も反重力アーマー! こいつがあればコクピット内は無重力の空間だ! だから、禽竜がどれだけ殺人的なGのかかる機体だろうと関係ないって寸法だぜ! そしてもう一つ――』
 気を吐く垂を乗せて禽竜は一直線のフルブーストをかける。
『――こんな喋り方しちゃいるが、俺は女だ!』
 Gを完全に度外視した動きで飛び、突進の勢いを乗せて禽竜はコンバットナイフを振り下ろした。
 流石にそれは避けきれないのか、“フリューゲル”は『瞬間移動』による回避をせずに、光刃を抜いて鋼刃を受け止める。
 ぶつかり合う光刃と鋼刃。
 対・ビームコーティングが施された鋼刃と大出力の光刃が鎬を削り合い、周囲に眩い光を放ち、スパークの火花が光の粒のように舞い散る。
 Gを気にしない垂はここぞとばかりに押し切ろうと更に限界を超えたブーストを禽竜に強いる。
 禽竜も禽竜でそれに音を上げることなく更に加速しようとし、結果、“フリューゲル”を押し込んでいく。
 だが、それでも“鳥”に焦った様子はない。
『そういうことか。せっかくだから教えてやるよ。確かに、無重力ならG――即ち、重力による加重はかからずに済むかもしれねえ。けど、たとえ無重力の空間――たとえば宇宙空間だってパイロットに負担はかかるんだぜ』
 落ち着いた様子で語り始める“鳥”。
 それと同時に“フリューゲル”も飛行ユニットの出力を上げて禽竜を押し戻しにかかる。
『慣性に遠心力、その他諸々――機体という物体が動いている以上、そこに『力』は発生するってことだ――』
 やおら“フリューゲル”はブーストを切り、海面へと垂直落下のコースを辿る。
 しかし、すぐに上昇コースに戻り、危なげなく空戦に復帰する。
 それをされたせいで、押す事に全力を集中していた禽竜は勢い余って前につんのめる事になり、かなりの距離を余分に飛んでしまう。
『随分と博識じゃねえか! 意外だぜ!』
 相変わらず気を吐く垂。
 対する“鳥”は冷静だ。
『意外とは失礼だな。こういった機体を相棒にしてるだけあって、空戦はもちろん、飛ぶもんはかなり好きなもんでね――』
 再びG無視のフルブーストで距離を詰める禽竜。
 対する“フリューゲル”は光刃を消すと、ビームサーベルのグリップをハードポイントに収納し、『納刀』する。
『試してみるか? パラミタはどころか、ここは正真正銘の地球――物理法則は間違いなくあるぜ?』
『上等ッ! ちょうど禽竜にショックウェーブ防止装置を取り付けてもらったところだからな!』
 凄まじい気迫とともに飛ぶ禽竜。
 機体およびパイロットへの負担を完全に度外視し、野生の勘だけを頼りにマニュアルにない規格外なトリッキーな動きで攻める禽竜。
 そのスタイルは今まで禽竜に乗ったどのパイロットのものよりも荒々しく攻撃的なマニューバだ。
 一方、“フリューゲル”は先程よりも更に小刻みな『瞬間移動』を繰り返し、禽竜のナイフ捌きを紙一重でただ避け続けるのを繰り返す。
 傍目には“フリューゲル”が防戦一方を強いられ、次第に追い込まれているようにも見える。
 だが、変化はほどなくして訪れた。
『くっ……はぁ……! なんだ……これ……!?』
 垂の苦しげな呻き声が通信帯域に漏れる。
『そろそろ影響が出始めたようだな。確かに、無重力空間になったことで殺人的Gの影響はだいぶマシになったみたいだが、それ以外の『力』は着実にかかって、身体に負担を積み上げていったんだろうよ』
 通信帯域に垂の荒い呼吸音が響く中、“フリューゲル”は『瞬間移動』で禽竜の背後に現れる。
『覚えておけ。最強の空戦機体を造ろうと思ったら、単純な速度だけじゃなく、力学的なエネルギーの制御技術にも力を入れるもんだぜ――』
 再び光刃を抜き、振り上げる“フリューゲル”。
 それが禽竜に振り下ろされる直前、ビームの光条が“フリューゲル”に襲いかかった。
 咄嗟に避けたせいで攻撃を中止する“フリューゲル”。
 その隙に禽竜は離脱し、ひとまず事無きを得る。
『また会いましたねカラスさん。そして、今回はマジでいかせていただきますよ』
 ビームの放たれた方向を見る“フリューゲル”。
 その先にはライフルを構えるシュヴェルツェ シュヴェルトの姿がある。
『またテメェか……シュヴェルツェなんたらァ!』
 因縁の相手に対して気迫をぶつける“鳥”。
『これが……戦場の空気というものか……』
 一方、通信帯域にはシュヴェルツェ シュヴェルトのサブパイロットであるアレックス・マッケンジー(あれっくす・まっけんじー)の緊張した声が流れ出す。
 サブパイロットとはいえ、実戦に出るのはこれが初めてだから緊張しているのだろう。
 早くも先程の超絶的な機動を見せつけられ、大いに動揺しているようだった。
『えぇい、鏖殺寺院のイコンは化け物かっ』
 相手が緊張していることを感じ取ったのか、“鳥”は共通帯域でシュヴェルツェ シュヴェルトに話しかけた。
『どうやら新米みてぇだな。悪いことは言わねえ、ここはとっと帰った方がいい。その戦闘機みたいなカッコの奴とシュヴェルツェなんたら二機じゃいくらなんでも――』
 その時、“鳥”の言葉を遮るように共通帯域に少女の声が割り込んでくる。
『二機じゃないとしたら、どうかしらね!』
 更に続いて少年の声も響く。
『俺達の相手もしてもらうぜ!』
 海京の方向から凄まじい速度で近付いてくる二機のイコン。
 それを見て“鳥”は口笛を吹き、その音が共通帯域にに鳴り響く。
『ジーナ! 今回も会えると思ってたぜ?』
 二機のうち一機――ファスキナートルのパイロットであるジナイーダ・バラーノワこと富永 佐那(とみなが・さな)は、“鳥”の言葉に小気味良く返事をする。
『私も会えると思ってたわよっ! そろそろパイロットの顔を拝みたいから、全力でいくわっ!』
『はッ! そいつはイイぜ! っとォ! 顔を見た途端に惚れるんじゃねえぜ? ――なにせ、俺はモテモテだからな、ったく、ドイツもコイツも毎回毎回俺ばっかり狙ってきやがる』
 上機嫌で笑いながら軽口を叩く“鳥”。
 “フリューゲル”とファスキナートルが交戦状態に入るよりも早く、もう一機の増援――神条 和麻(しんじょう・かずま)アマテラスが更に割って入った。
『おいおい、今日はいつにも増して随分とモテる日だな? ドイツもコイツもそんなに撃墜されてぇのかっての』
 苦笑混じりに言う“鳥”に対して和麻は毅然と言い放った。
『背中には守らなくちゃいけない大切な人が沢山いる……だから、今回は墜ちる訳にはいかねぇんだ!!』
 四機のイコンに囲まれる“フリューゲル”。
 着々とその包囲網は狭められ、漆黒の機体は追い詰められていく。
 その時、“鳥”がふと呟いたのが共通帯域へと流れ出す。
『……しゃあねえ。段階的とはいえ、『本気』を出しても良いって話だったしな――』
 呟くが早いか、“フリューゲル”の姿が消失する。
 かと思えば、次の瞬間には無数の“フリューゲル”がそこに出現していた。
 突如出現した無数の“フリューゲル”は各々が、その場にいる四機に向けてそれぞれ光刃を振り下ろす。
 もっとも、正確に言えばそれは“フリューゲル”が出現したのではなく、凄まじい高速移動による斬像なのだが。
 まるで一機一機が四機のイコンとそれぞれ一対一で戦っているような光景の後、“フリューゲル”は一機に戻る、もとい高速移動を止めて残像も消失する。
 直後、漆黒の機体を囲んでいた四機は光刃に斬られた部分から火花や煙を吹いて落下し始めた。