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【第五話】森の中の防衛戦

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【第五話】森の中の防衛戦

リアクション

 同日 シャンバラ教導団本校 敷地内 某所
 
 敷地内のとある場所に停車された装輪装甲通信車。
 その車内には教導団のシステムとは切り離した別サーバー搭載されている。
 そして、それを活用して情報収集を行っている二人こそ、今まで『偽りの大敵事件』を追い続けてきた裏椿 理王(うらつばき・りおう)桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)だ。
「なるほど……。鏖殺寺院としての横のつながりを活かしているのか――」
 
 モニターに表示された情報を見て、理王は呟いた。
 エッシェンバッハ派が絡んだ武器の流通ルート。
 前回、イーリャから依頼されたそれを調査した理王は早速それを突きとめていたのだ。
 
 突きとめた事実によれば、エッシェンバッハ派は、鏖殺寺院の中でもテロリストとして地球上で活動していた他派閥からの武器提供を受けているようだ。
 
「そっちの方は進んでる?」
 
 理王の隣の席。
 そこに座る桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)は理王へと問いかけた。
 
「存外に上々だよ。武器の流通ルートは洗えたんで、そっちに送る」
 モニターから顔は動かさずに答える理王。
 キーボードを叩き、彼は今しがた調べ終えたばかりのデータを屍鬼乃の端末へと送る。
 
「……。確認した。ありがとう」
 
 言葉を返す屍鬼乃もモニターからは顔を動かさない。
 一見すれば会話しているというより、互いに独り言を呟いているように見えるが、その実二人のコミュニケーションは円滑に行われているのであった。
 
「そういえば、調べてて思ったんだけど――」
 
 相変わらずキーボードを叩きながら理王は切り出した。
 
「敵パイロットとの交信記録の内容を確認するたび、会話から感じられるんだ」
 交信内容を思い出すように呟く理王。
 すかさず屍鬼乃は問いかける。
「何が?」
「会話から感じられるものは、冷静なようでいて、非常に人間臭いこと。だからこそ何かを強く信じ込みやすいのかもしれないが。もっとも、オレの私見だけど」
「人間臭さ……ねぇ」
「機械が進化しても人の精神面は変わらない、というのは救いかもね」
「それと、かつて天学にいたっていうあの契約者――天貴彩羽が敵側で動いていることは把握しているんだけど」
 言いながら理王はキーボードを叩き、彩羽の写真を画面へと呼び出す。
 慣れた手つきでそれを屍鬼乃の端末へと送りながら、なおも理王は語り続けた。
「ある時は敵対しある時は協力的な行動をするため彼女の真意は測れない。それに、疑問といえばもう一つあるしね」
「もう一つ?」
「彼女……天貴が電子戦に特化したイコンを所有していることでちょっと。それは九学に対抗する九つのイコンの勘定に入っているのかな?」
 屍鬼乃はただじっと理王の疑問に耳を傾ける。
 理王が言い終えた後、ややあって屍鬼乃は口を開いた。
「どうだろうね? ただ、彼女の加入は敵側にとってイレギュラーだった筈だ。最初の襲撃で投入された五機のイコン。あれらは綿密で周到な計画に基づいて準備されたものに違いないし、そのイコンは五種プラス結城来里人という契約者の持つ一種――合計六種」
 自らの説明に合わせ、屍鬼乃も自分のモニターに濃緑色をした五機のイコンの画像。そして、来里人の駆る漆黒のイコンの画像計六枚を呼び出す。
 そして、先程理王がやったように相手の端末へと画像を送りながら、屍鬼乃もまた説明を続けた。
「特性の異なる機体を一気に表舞台へと出し、衆目に晒す――ある意味では『公開』するとも言えるやり方をしているんだ。その為に連中は五種プラス一種が揃うのを待ってから実行に移しているだろうし。なのに後になって一機だけ……というのは変だよ」
「なるほどな。となると――」
「ああ。おそらく彼女の加入後、彼女の特性に合わせて新造された機体だろうね。実はあの電子戦機は予め用意されていた七種目で、何らかの理由により意図して『公開』を遅らせた……という線も捨てきれないけど、にしては濃緑色のタイプが出てきていないのも引っかかる」
「同感だ。おそらく『五種同時公開』の後、それに触発されて寄って来た彼女に支給したワンオフ機なんだろう。まあ、あの機体まで量産された上に投入されでもしたらたまったものじゃあないけどな。さてと――」

 そこで一拍の間を置く理王。

「いちおうラブレター出してみるか……『最近冷たくて寂しいよ。理想的の恋人が見つかったかい?』――っとね」

 おどけたように言いながらキーボードを叩く理王。
 理王がエンターキーを叩き終えると、メール送信完了を現す画面が現れる。
 
 その後、しばし無言でキーボードを叩く二人。
 先に沈黙を破ったのは理王だ。
「そっちの方はどうだい? もう、それなりのものは掴んでいるんだろう?」
 
 理王からの問いかけ。
 それに即答する屍鬼乃。
 
「もちろん。またもう一度最初から順番に調べ直したんだ。特に一番初期のイベントでの事故での死亡者の洗い直し等を、ね」
 そう前置きすると、屍鬼乃は凄まじい勢いでキーボードを叩き出す。
 間髪入れずに理王のモニターに名簿が表示される。
「そこには結城来里人の関係者やイリーナのご主人も含まれる。そして、そうした人達とは違って、『死んだのか死んでいないのか定かではない人達』もいる。一度しっかりと確かめてみてよかったよ――死んだはずの者、が本当に死んでいるのか、いないのか」
 
 届いた名簿へと即座に目を通す理王。
 ほぼ同時に彼は思わず呟いていた。
 
「十二名……」
 
 呟き、理王はもう一度モニターを凝視する。
 屍鬼乃が送ってきたのは『死んだのか死んでいないのか定かではない人達』の名簿。
 驚くべきことに、そうした人物は十二名もいるらしい。
 
「殆どが来場客の民間人。それも一般人……二重の意味でだね。つまり、特殊な立場にいる者でもなければ、『契約者』でもない。まあ、エッシェンバッハ・インダストリーが仕組んだ事件だとすれば、関係者に被害を出さないようにするのは不思議ではないけど」
 解説する屍鬼乃。
 そのまま彼は一人一人の画像を集めたフォルダを展開する。
 
「まずは結城来里人。彼に関しては既に幾らかの情報が出ているよね」
 名前を読み上げ、屍鬼乃は来里人の画像を理王に送る。
 
 事件当時の画像のまま更新されていないのか、後ろ髪は三つ編みではない。
「ふむ……」
 それに気付き、小さく声を漏らす理王。
「今でこそ鏖殺寺院のテロリストにして、凄腕のイコンパイロットだけど。当時は普通の学生。『契約者』でもなかったみたいだ。調べの結果、同行者がこの事件に巻き込まれて死んでる」
「同行者?」
「そう、同行者。同い年の女の子だったらしいけど」
 説明してからしばらく待ち、屍鬼乃は次の画像を出した。

 次に出された画像は十代と思しき少女のものだ。
 歳の頃は来里人と同じくらいだろう。
 コンコルドクリップで後頭部に纏めた長い髪と可愛らしい顔立ちが特徴だ。
 
「次も民間人。この子は輪堂深行(わどうみゆき)。やはりこの子も同行者――姉が巻き込まれてる」
 
 深行の画像に続き、屍鬼乃は次々と画像を送る。
「この二人以外にも生死不明の一般人はいるけど、同行者が死亡してるのはこの二人かな。それ以外だと、同行者の死亡はなしの単独で生死不明って人もいるたとえば――」
 次いで理王の端末に表示されたのは翼のようなシャギーとオレンジ色が目を引く髪をした青年だ。
「たとえばこの羽鳥航。そんでもって、この彼もそうだよ」
 オレンジ髪の青年の次に表示されたのは、黒髪のショートストレートヘアをした青年の画像。
 とにかく真面目そうな印象を受ける青年だ。
 
「何か少年漫画みたいな名前だな」
 思わず呟く理王。
 彼の画像の注釈には、『鳴神賢志郎(なるかみけんしろう)』の名前が書かれていた。
 
「確かにそうだね。他にはこの二人とかも単独で生死不明のくちだね」
 
 すぐさま二枚の画像が理王の端末へと送られる。
 一枚は質実剛健そうな青年、もう一枚はほどよく跳ねたショートヘアと可愛らしい顔をした少女だ。
「こっちの兄さんが岩崎享(いわさきじゅん)。そんでもって、こっちの女の子が四ツ谷舞衣(よつやまい)」
 
 理王が画像を見終えるのを待って、屍鬼乃は更に画像を送った。
「この二人は今まで見せた画像の人達に比べれば若干特殊だね」
 
 送られてきた画像は二枚。
 犬歯が印象的な青年と、大人しそうな印象を受けるポニーテールの少女だ。
 
「特殊ってどんな風に?」
 問いかける理王に屍鬼乃はすかさず答える。
「この二人、面識があるんだよ。というか、会場に一緒に来てる。一緒に来た者同士が生死不明になってるっていう偶然がまあ若干特殊といえば特殊かな、と」
「なるほどな。で、この二人はどんな繋がりって?」
「ミリタリーファンのサークルっていうかコミュニティっていうか、そうした集まりらしい。新作イコンの展示会っていうのはたとえ軍用機でなくとも彼等にしてみれば十分に好物なんだろうね。メンバーで連れだって来場したらしい」
「そうか。それで他のメンバーはどうなった? まさか、巻き込まれて死亡したのか?」
「いや、彼等二人以外は全員生存が確認されてる。だからそれは心配しなくても大丈夫」
「了解。この二人の名前も調べがついてるんだろう」
「ああ。今からそっちに送る」
 そう屍鬼乃が言うと、素早く小刻みなタイプの音が続く。
「この目つき鋭い兄さんが浅間法二(あさまほうじ)、ポニーテールの子の方は三井亜美(みついあみ)」
「ふむ……」
 二枚の画像をしっかりと見据える理王。
 これらの画像を記憶にしっかりと記憶に留めようとしていたからだろうか。
 ふと理王は先程、屍鬼乃が言ったことを思い出す。
 
「そういえば、さっき殆どが一般人だって言ってたけど。逆に言えば、一部は一般人以外ってこと?」
 すると屍鬼乃の声とともにタイプ音が聞こえてくる。
「ああ。正確に言えば一応、常人という意味での一般人ではあるけど、特殊な立場にいる人って意味では一般の人っていうのとは違うのかな? たとえば、そのうちの一人はこの前の調査で浮かび上がってきた一文字理沙――彼女のような有名人という意味だよ」
 続いて屍鬼乃は新たに二枚の画像を呼び出した。
 一枚は理王にとっても既に見覚えのある画像。
 件の事件が起きたイベント会場にゲストとして来場していた声優の一文字理沙だ。
 
 そしてもう一人は、烏の濡れ羽色をした絹糸のごとし黒髪が印象的な和風美人だった。
「彼女は? 良い所のお嬢様って感じだけど?」
 画像に写る彼女から育ちの良さを感じ取った理王はふと問いかける。
 対する屍鬼乃の答えは打てば響くように返ってくる。
「二葉沙耶(ふたばさや)。察しの通り、良い所のお嬢様さ」
 屍鬼乃が言ったのを聞いた途端、理王の脳裏を何かが過る。
 記憶のどこかに何か引っかかるものを感じた。
 理由はそれだ。
 
「二葉……二葉ってもしかして……? あの二葉かい? 確かに、エッシェンバッハ・インダストリーとは関係がありそうだから、もしかしたら来賓待遇で呼ばれてたのかもしれないけど」
「ご名答。彼女……沙耶はあの二葉重工のご令嬢の一人さ。もっとも、姉達は来ずに彼女だけ。ましてや当主やそれに準ずる重役も来てない所をみると、ただ単に沙耶嬢が個人的な趣味で来場しただけかもしれないけどね」
 
 理沙と沙耶の画像を送り終えた屍鬼乃は残る二枚の画像を理王へと送った。
「この二人は?」
 問いかける理王。
 画像は少年と少女の組み合わせだ。
 
「この二人も例の十二名の中の二人。男の方が波間シン(なみましん)、女の方が五條こころ(ごじょう――)」
「やっぱりこの二人も一般人?」
「……みたいだけど、実はよくわからないんだよね」
「どういうことだい?」
「この二人に限って……データがあんまりないんだ。まあ、他の十名みたいにささっと出てこなかったってだけで、何らかの情報はこの世のどこかに埋もれてるんだろうけど」
 
 屍鬼乃の話を聞きながら、理王はキーボードを叩く。
 今度は理王が屍鬼乃に画像を送る番だった。
 送ったのは若い女性の画像が二名分。
 
「そうそう。この二人のことも調べてくれって言われてたんだっけ」
「確か、この二人は――」
 画像を見ながら記憶を辿る屍鬼乃。
 ややあって思い出したのか、その名前を口にする。
 
「――壊し屋セレンとそのパートナーのセレアナだね。なんでまた?」
「『偽りの大敵事件』を調べてる者は叶大尉のチーム……オレ達以外にも存在して、そんでもって彼女達二人がそれってわけ。大尉としてはチーム外で独自に調査を行う者に関知しないつもりではあるらしいけど、行動だけは調査し把握するようにと言われてるんだ。できれば今後自主的に調査への協力、合流を望みたいそうだからな」
「なるほどね。他にはいるのかい?」
「ああ。他にはあのトマス隊の四人だね。もっとも、彼等は一度、世さんと一緒にイリーナさんの病室を訪れてるから、完全にチームの関知外というわけではないんだろうけど」
「彼等全員の行動の調べもついてるんだろう?」
「まあね、彼等としては全力で隠しにいくつもりもないみたいだし。ひとまず、叶大尉に報告するさ――」