イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

とある魔法使いの飲食騒動

リアクション公開中!

とある魔法使いの飲食騒動

リアクション

◆開始

『大食い大会 in イルミンスール』に強制参加を言われたアッシュ・グロック(あっしゅ・ぐろっく)は、アゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)や他の参加者と一緒に大食い大会参加者控室で待機をしていた。
 部屋の中では誰も一言も喋ってはおらず、時折聞こえてくる誰かが廊下を走る音やテレビ局のスタッフだろうか。女性が誰かに指示をしている声が聞こえる。
 控室のドアが数回ノックされ、少し太った男性と背の高い男性が部屋へと入って来た。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。参加者の皆さんにお知らせしたい事がありまして……」
 そう言いながら、少し太った男性が中央のソファーへと座ると参加者達はソファーへと集まった。
「ああ、私の紹介がまだでしたね。私は空京にあるテレビプロデューサーの高柳と申します」
 高柳はズボンのポケットから名刺を取り出すと、テーブルの上へ置いた。
「そして彼は、我が社の有名番組『大食い大会』の司会者である松崎です」
 高柳に松崎と紹介された男性は、参加者に軽く一礼をする。
「あ……この人この前の司会者の人だ」
「この前。と言う事は、前にも私達の番組を見てくれたのかい?」
 アッシュが、一礼した松崎をまじまじと見ると街頭テレビでテレビ画面に映っていた人物だと言う事を思い出した。
 アッシュの言葉に少しだけ目を輝かせた松崎は、嬉しそうにアッシュに言った。
「いえ……一週間前にやっているのをたまたま見ただけです」
「いやぁ……一週間前にエリザベート・ワルプルギスさんからメールが来た時は本当に驚きましたよ! しかも次の大会場所をこの魔法学園で主催したいと提案を見つけた時は椅子から転げ落ちそうになってしまって……ところで肝心のエリザベートさんはどちらに?」
 高柳は、テンションが上がっているのか嬉しそうに参加者達に言うとエリザベートの姿が見えないと言う様に辺りを見回した後にアゾートへと質問する。
「エリザベート様は多忙との事で、本日は学園内には居ないのですよ。申し訳ありません」
 最後に軽く頭を下げたアゾートに、高柳は「そうですか……」と残念そうに言ったのだった。
「ぎりぎりまでこちらとの調整をしていただいたお礼を言いたかっただけですので……」
「では、後ほどエリザベート様にメールで高柳プロデューサーの感想を送っておきますね」
 アゾートが自分の携帯を高柳に見せると、高柳は少し考えた後
「携帯のメールよりも大会が終了した後、局に帰ってから改めてお礼のメールを出す事にしますよ」
 うん。と軽く頷きながら言った。
 「はぁ……」とアッシュとアゾートが判ったような判らないような微妙な相槌を打っていると、先ほどのドアからまたノックが聞こえてきて女性の頭が出現した。
「ここにいた。プロデューサー! もうすぐ本番ですよ。参加者の皆さん達に説明終わったんですか!」
「ああ、それを言いに来たのについ横道に逸れてしまうとは……」
「まったく! プロデューサーののんびり加減もいい加減にしてくださいね。後二十分後ですからね!」
 女性は高柳の言葉に呆れると、ドアを閉めて去って行った。
「……と言う事だ。松崎君、先に会場に行っててくれ」
 高柳の言葉に松崎は軽く頷くと、そのまま控室から出て行く。
 高柳と松崎の反応に「まさか、あの二人できてるんじゃ?」やら「……態度だけ見るとそう見えるが」などとひそひそ声で参加者達は話している。
「……? 皆さんどうしました?」
 高柳は目の前の反応にいまいちピンと来ていないようで、首を傾げながらアッシュ達を見る。
「……で、一番最初のお知らせしたい事とはなんでしょうか?」
「ああ、そうでした。そうでした。皆さんにお知らせしたい事とはですね。先ほど、料理参加さん達が何を出すのか聞いた所、丁度コース料理が出来そうな料理ばかりだったんですよ。ですので、コース料理順に皆さんに料理を振舞ってもらう事にセッティングしたのでそれを伝えようとしたらこんなに横道にそれ過ぎたのですよ」
 はっはっは。と笑った高柳プロデューサーにアッシュ達参加者一同は不安を感じたのだった。

「参加者さん達入ります!」
 ADだろうか。ヘッドフォンに付いてるマイクに向かって女性が喋ると、会場の扉が開かれた。
 ADの後ろに並んでいるアッシュ達が会場へ進むと、大勢の観客がアッシュ達に向かって歓声や拍手をして出迎える。
 会場は中央に二段ほどの段差があり、八個分のテーブルと七個の椅子が並べられていた。テーブルには、白いテーブルクロスと様々なフォークとナイフ、スプーンと箸が置かれ照明の光で反射している。
 八個のテーブルの頭上には、八台の中型モニターとさらに上の方に大型のモニター三台が設置されており、その三台のモニターは全方向からの視線をカバーできるようになっていた。
「真ん中のテーブルには座らないでください。そこは前回優勝者が座りますので」
(座る。と言っても、椅子が無いから座れないよなぁ……)
 そう、アッシュが思いながら椅子の無いテーブルの右隣りの席に座り、他の人達もそれぞれの席へと座る。
 一瞬会場の電気が消され、スポットライトが司会の松崎に当たった。
「Ladies and gentleman! これより『大食い大会 in イルミンスール』を開催したいと思います! 僭越ながら、私松崎が司会を務めさせていただきます。皆様よろしくお願いいたします」
 神々しい軽快なファンファーレが鳴り響くと、松崎は会場に向けて一礼をしたのだった。
 観客が拍手をした後、松崎は一つ咳払いをする。
「えー、本日はこのイルミンスール魔法学園で開催出来た事、主催協力の魔法学園校長のエリザベート・ワルプルギス様にお礼をと思いましたが、多忙との事で残念ながらお礼を申し上げる事は叶いませんでした」
 がっくりと肩を落としたような仕草をすると、顔を上げ松崎は言葉を続けた。
「ですが! 今回の挑戦者達はエリザベート様が用意した選りすぐりの人物達と聞いております!」
 松崎の言葉に、座っていた参加者は全員びっくりした表情で松崎を見た。そんな参加者達をよそに松崎は右端に座っていた小暮の元に近づくと、小暮に向けて手に持っていたマイクを近づける。
「早速ですが、挑戦者を紹介いたします。教導団所属の小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)さんです。一言意気込みをどうぞ!」
「……この戦いで自分が勝つ確率は、0.000000267%です」
「な……なんとも微妙な確立ですね」
「おまっ! そんな確率で出たのかよ!」
 松崎と小暮のやり取りに茶々を入れたのは、マイト・オーバーウェルム(まいと・おーばーうぇるむ)だった。
「たとえ0.001%でも、ゼロではない!」
 小暮は、キリっとしたキメ顔でカメラに向けてポーズを取ると、頭上の中型モニターに顔と名前のテロップが表示される。
「さて、次の挑戦者に移りましょう。次は蒼空学園所属の高円寺 海(こうえんじ・かい)さんです」
「あまり無茶をせずに頑張りたいと思います」
 海がそう言うと、斜め前にある白いテントの下から「きゃー。海君頑張って!」と言う女性の声が飛んできた。
 海はその声に照れただけで、返事はしなかった。
「次の挑戦者は、同じく蒼空学園から。コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)さんと、夢宮 ベアード(ゆめみや・べあーど)ペア!」
「なんだって! ペアは聞いていないぞ!」
 さらにびっくりしたような表情で、アッシュは隣に座っていたコアとベアードを見る。
「特別ルールといたしまして、コア・ハーティオンさんと夢宮ベアードさんはペアとして出場してもらう事となりました。もちろんこの事は、協力者でもあるエリザベート様の了解済みです」
「私は蒼空戦士ハーティオン! 正々堂々、勝負! そう言う事だアッ『シェ』。ここは私に任せてもらいたい!」
「ワガハイ モ マカセロー! ヒサシブリニ ヤマホド食ベテイイ トユーコトナノデイッショウケンメイタベルゾー!」
 ハーティオンの肩に乗っていたベアードはそう言いながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
 えぇー……と言うざわめきから、おぉー! と言う歓声に変わったのは数秒足らずであった。
 マイトや他の参加者達も、松崎から出た『エリザベート様』の言葉を聞いてそれでも抗議する者は無かった。
「次の挑戦者は……ここ、イルミンスール魔法学園所属、アッシュ・グロック3号さんです!」
「ちょっと待て! なんで俺様が3号なんだよ! 俺様は1号……って、え? 3号?」
 3号との紹介に、アッシュはなんで? と言いたげに首を傾げる。
「何故3号なのかは置いておいて、意気込みをどうぞ!」
「俺様の名誉回復のために参加したんだ。優勝するぜ!」
 アッシュはキリッとポーズを付けたのだが、松崎は何も言わずにマイトへ行ってしまったのを見て、
「スルーかよ……」
 はぁ。と軽くため息をついたアッシュに向けてベアードが
「ガンバレ。アッ『シェ』」
 と言った瞬間。アッシュの両手が飛んできて、ベアードのまぶたを左右から引っ張ったのは言うまでもないだろう。
「――俺が真のイルミン熱血キャラだ! 本物の箔を見せてやるぜぃ! ヒャッハー!」
 中型のモニターにはマイトの場所だけ【アッシュ・グロック2号】と表示されたのだった。
「お次は蒼空学園所属、杜守 三月(ともり・みつき)さんです!」
「今日は、お腹をすかせて来ました。がんばります」
 海の時と同様に三月にも女性の応援が飛んだ。が、三月もまた海と同様に照れただけだった。
「挑戦者最後の紹介となります。教導団所属、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)さんです!」
 吹雪は松崎の言葉に、敬礼した後
「スぺランカー魂を持ってきたであります。がんばるであります」
 と、意気込みを語る。
 松崎は、素早く空いているテーブルへと移動すると、
「この八人の挑戦を受けて立つのは、そう! 前回優勝者のアッシュ・グロックさんです!」
 スポットライトが一か所に集められ、誰も居ないテーブルに光が当たる。
 いつの間にか床にはドライアイスの煙が敷き詰められていた。その煙の中からもう一人のアッシュ・グロック――偽アッシュが下からせり上がって来たのだ。
 この演出を見た観客達は、熱気を感じるぐらいに盛り上がり歓声を上げる。
 偽アッシュは、何も言わずに右腕を上げてサムズアップをした。
「おおっ……チャンピオン・アッシュ。やる気は満々のようです」
 松崎は偽アッシュが出てくると、チャンピオンの意気込みは聞かずに司会席へと帰って行った。
「チャンピオンと挑戦者が出揃った所で、今回のルールを発表いたします。ルールはいたって簡単。フルコースの料理をアラカルトからデザートまでを食べ尽くしてもらいます。料理人は、これまたエリザベート様が集めた選りすぐりの料理人との事です。万が一、お腹が破れたりした場合は、そちらに居る戦線復帰班がどうにかしてくれる事でしょう!」
 カメラは、松崎から白いテントに居る人達へと切り替わる。
「アッシュ! がんばって!!」
 アゾートが、アッシュ達に向けて激励を送った所でまた松崎へと画面が切り替わると いつの間にか、松崎はガラスのベルを手に持っていた。そのベルを鳴らすと、澄んだ音が辺りに響き渡った。