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種もみ学院~環太平洋漫遊記

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種もみ学院~環太平洋漫遊記

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研修旅行前日のこと


 シャンバラ大荒野にある60階建ての種もみの塔。
 そこの屋上に種もみ学院が教室を構えた。
 この学院設立における目的は、過疎化するオアシスの活性化。
 これである。
 そのためのヒントを、開校時の戦いの時にいくつかもらった。
 本家B級四天王を名乗るカンゾーチョウコは、さっそくそれを実行しようと地球へ行こうと決めた。
 そして前日。
 カンゾーとチョウコ、その舎弟、さらには同行希望の若葉分校生達は、教室でトランプ遊びをしながら地球についてあれこれ話しあっていた。
 二人をはじめ、舎弟もパラミタ人のため地球には詳しくない。
 契約者と出会う機会も多くあることから、彼らの様子を見てあれこれ想像するのが精いっぱいだ。
「空京みてぇにでっかいビルがたくさんあるんだろ?」
「ドラゴンはいねぇんだってな。でも、猛獣はいるんだとか」
「魔法もないらしいよ」
「どうやって戦うんだ? 素手か?」
「カツアゲはあるって聞いたぞ」
 そんな囁きがあちこちから聞こえてくる。
 すると、ハッと顔をあげたカンゾーが、ここで唯一きちんとした身なりの人物に目を向けた。
「そういや黒崎は地球人だったな。極上プリンのせいでいろいろ吹っ飛んじまったぜ」
 黒崎 天音(くろさき・あまね)はクスッと笑った。ちなみに彼らが遊んでいるトランプは天音が持ってきたものだ。
 それから、彼らの記憶を混乱させた極上プリンの提供者、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)を見やる。
「気に入ってもらえたようでよかったね」
 ふつうなら純粋に褒め言葉となるそれも、天音の口から出ると何となくからかわれている気がしてしまうブルーズだった。
 そんなブルーズの複雑な気持ちを知らず、カンゾーは真剣な顔で彼に言った。
「なあ、種もみ学院でパティシエやんねぇか?」
「……」
 何とも言えない表情で沈黙を返すブルーズだった。
 カンゾーは思い出したように天音に地球について聞いた。
「そうそう、地球人はどうやって猛獣と戦うんだ?」
「ん……教えてもいいけど、せっかく明日からその地球に行くのだから、自分の目で確かめるほうがいいんじゃないかな? 楽しみにとっておくということで」
「それもそうか。クッ……地球人のお手並み拝見ってとこだな」
「ところで君達は、地球のどこに行くのか決まっているのかい? 行き先になる国の情報や言葉のことだけれど」
 カンゾー達のトランプをいじる手がピタリと止まる。
 天音はすべてを察して苦笑した。
「い、行けば何とかなるんじゃねぇの?」
「なるかもしれないけど、苦労するだろうね」
 焦るカンゾーに答えながら天音は闇のスーツケースを開け、中から何冊もの冊子を取り出した。
 それは、旅行者のためのガイドブックだった。
 地球各地の本がそろっている。
「よく使う例文も載ってるから、困ったらここを地元の人に示してみるといいよ」
「すげー! 地図もついてる!」
「他にも観光名所がピックアップされてるから、どうまわるかを決めておくと効率よくできると思うよ。それと、携帯電話だけど……」
 続けて天音は携帯の便利な使い方を教えた。
「いやぁ、ありがとな!」
 バンバンッとやや強く天音の背を叩くカンゾー。
 天音は軽くむせながら、どういたしましてと返す。
「で、お前はどこに行くんだ?」
「僕はここに残るよ。今日はここがどんなところか知りたくて立ち寄ったんだ」
 この返事にカンゾーはひどく驚いた顔をした。
「なんだお前、入学希望者か!?」
「……え?」
 そういう気持ちがなくもないが立場的に難しいかと思い、たまに顔を出してゲームをしたり勉強したり、そういうことができる関係になれればいいと思っていただけに、カンゾーのセリフは天音にとっても意外なものだった。
「ここはほら、教室として借りることはできたが、もとは展望台だろ? 遊びに来る奴も多いんだよ。学院の立札も立てたけど、冗談だと思う奴もいてな」
「……そうなんだ」
「ま、入学はいつでも自由だから、決心ついたらいつでも言ってくれよな!」
 二人がこんなことを話している時、ブルーズは料理好きの数名とさまざまな料理について話し合っていた。
 とはいえ、パラ実生の作る料理は材料もどこの何というものはよくわからず、分量も大ざっぱだったため、完成品の想像は難しい。
 そのうちの一人が、からになった極上プリンの器を見て切なくため息をついた。
「このプリンくらいなんて言わないけど、せめてもっとこう、華があるお菓子を作れるようになりたいなぁ」
 ブルーズは、人間にはわかりづらい小さな笑みをこぼして言った。
「種もみ学院が大きくなって、オアシスに町ができて立派に栄えるようになれば、そのうちこういう菓子を、大荒野で採れたものだけでたくさん作ることもできるかもしれんな」
「ふふふっ。そうなるように、今回の旅行でいっぱい攫ってこないとね!」
「攫って……」
「あ、いや、勧誘! 勧誘ね!」
 ブルーズの何か言いたげな視線に、彼女は慌てて言い直すのだった。

 今日、ここには若葉分校のブラヌ・ラスダーも来ている。
 それを聞いて会いに来た佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)は、若葉分校の通信学科について尋ねた。
「若葉分校に通信学科なんてあったんですね?」
 そのセリフに慌てたブラヌの手元が狂い、完成間近のカードタワーが崩れた。
「ああ、あれな……そういうのがあったらいいなあ的なアレだよ! わかるだろ?」
 勢いで言ってしまったんだな、と牡丹は察した。
 しかし、それならそれで彼女の出番である。
「せっかくの機会ですから作ってしまいませんか?」
「作るって、通信学科をか?」
「ええ。インターネットはできるんですよね? それなら、あと数台あれば効率よく運営できるんじゃないでしょうか?」
「簡単に言うなよ。俺らがパソコン手に入れるの、けっこう大変なんだぜ」
 困ったように言うブラヌに、牡丹は任せろと言わんばかりに自信を持って微笑んだ。
「私、秋葉原に行くんです。パーツを買ってきますから、何台か組み上げることができますよ」
「マジで!? そりゃすげぇや! 先生はゼスタがいるしな!」
「あの、教師はゼスタさんお一人ですか?」
「そうだよ。ま、いつもいるわけじゃねぇけど、何とかなんだろ」
 本人のいないところで話が進んでいることに、牡丹は心の中で苦笑した。
「もしよかったら、私も協力しましょうか? それなりに知識もありますし、人に教えるひとで自分の勉強にもなると思うのですが……ダメですか?」
「ダメなもんか。みんなとうまくやれんなら大歓迎だ! そうだな……若葉分校のことを知ってもらうために、まずはうちに通ってみねぇか? 俺からも言っとくから」
「ええ、わかりました。ありがとうございます」
 牡丹はさっそく、どんなパソコンにしようかと考え始めた。