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第二章 明るい未来・実る恋


 現在から数年後。

「急に誘って研究の邪魔をしてしまってごめんなさい」
 風馬 弾(ふうま・だん)は隣に座るアゾートに申し訳なさそうに謝った。
「とてもいい息抜きが出来て嬉しいから気にしなくていいよ」
 アゾートは言葉通り本当に気にしていない様子。
 本日は皆で森近くの公園にピクニックに来ていた。
「弾さん、アゾートさん、早くお弁当を食べましょう」
 ノエル・ニムラヴス(のえる・にむらゔす)はお弁当を広げながら弾達に声をかけた。
「早く食べようよ。赤助もお腹空いたって」
 妖怪の山の花見で仲良くなった雪ん子の少女がペットの火噴きトカゲを抱えながら言った。
「うん、食べよう、ゆきちゃん」
 弾は笑顔で答え、賑やかな輪に入って行った。
「ここの森、とても大切にされてるね」
「凄く喜んでる」
 ティル・ナ・ノーグの四季の森に住む花妖精達も弾達に誘われ来ていた。
「ゆきちゃん、どうですか?」
「おいしいよ。おかわりちょうだい!」
 ノエルは甲斐甲斐しくゆきのために小皿におかずを盛ったりコップにジュースを注いだりしていた。端から見たらまるで姉妹のよう。
「ちょっと、あの森に散歩して来ていいかな」
「帰ったらみんなに話してあげたいから様子を見たいんだけど」
 花妖精達は来てからずっと気になっていたらしく森の方へ行ってしまった。
「いいですよ。気を付けて下さいね」
 ノエルは手を振って見送った。
「アゾートさんは何を食べますか?」
 弾は小皿を手に取り、アゾートに訊ねた。
「どれも美味しそうだね。迷ってしまうからキミに任せるよ」
 アゾートは色鮮やかなお弁当を見て、色々と目移りした結果、弾に任せる事にした。弾なら間違い無いだろうと。
「そうですか。それなら……」
 弾は適当に小皿におかずを盛ってアゾートに渡した。
 小皿を受け取るなりアゾートは
「うん。とても美味しいよ」
 美味しそうにおかずを頬張った。
「そうですか」
 弾は嬉しそうにその姿を見ている弾。
「……」
 ノエルは弾達のやり取りをどこか焦れったそうに見守っていた。なぜなら数年前に弾がアゾートに告白してから答えは今日まで保留だったから。もうそろそろ何かあってもいいのではと。
「お弁当おいしいね」
 色恋など知らぬゆきはお弁当を元気に食べている。
「ゆきちゃん、お弁当も食べましたから少し遊びませんか?」
 意を決したノエルは弾達を二人きりにするためゆきを連れ出す事に決めた。
「うん!」
 ゆきは手に持っていたおにぎりを口に押し込んでから元気にうなずいた。
「それでは私はゆきちゃんと遊んで来ますので荷物をよろしくお願いします」
 ノエルはゆきと手を繋ぎ、早々に遊具の方に向かった。何か進展がありますようにと願いながら。

 あっという間に弾とアゾートだけとなった。
「……こうしてみんなが幸せそうなのを見るのはいいですよね。自分も幸せになるから」
 弾は森や遊具で遊ぶノエル達を見守り顔を綻ばせながらぽつりと洩らした。
「……」
アゾートは静かに自分だけでなくみんなの幸せを願う弾の横顔を見つめていた。何かを確認するかのように。
「……弾さん、告白してから数年ですよ。今回こそは……」
 遊具でゆきと遊ぶのを中断し、ノエルは木陰から弾達の様子を見守っていた。
「何か面白い事があるの?」
 何かあるのかなとゆきは火を噴く赤助を抱き抱え、ノエルの横に並んでいた。

「……あれから数年」
 話を切り出したのはアゾートだった。
「アゾートさん?」
 弾は思わず聞き返した。まさかアゾートが数年前の告白を話題にするとは思わなかったから。
「……ある程度予測出来る結果が出る研究と違って、こういう事には決まった手順が無いからどう伝えたらキミに正確に伝わるか分からないけど」
 アゾートは弾に構わず、自分の気持ちを伝えようと話を続ける。弾は言葉を挟まず、緊張した面持ちで耳を傾ける。
「ボクはキミの優しい心とこうして同じ時間を過ごす事を愛しいと思うよ。これからも隣にいて欲しいと思ってる。遅くなったボクをキミが許してくれるならばだけど」
 アゾートは真っ直ぐ弾の顔を見つめ数年前の弾の告白への答えを言葉にした。それは弾にとって何よりも望んでいた答えだった。
「ほ、本当に僕でいいんですか。嬉しいですけど、その……」
 嬉しい答えなのに弾は思わず聞き返した。自分は相応しくないのではと不安になって。
「いいよ」
 アゾートは笑みながらきっぱりと答えた。弾の横顔を見つめていたのは自分の気持ちを確認するためだった。
「……ありがとうございます。アゾートさんを幸せに出来るように頑張ります」
 弾は自分の想いを受け入れてくれたアゾートを幸せにしようと決めた。アゾートはそんな弾を見て笑んでいた。もう十分幸せであるように見えた。

「……弾さん、立派になられて」
 ランドセルを背負い、初登校する我が子を見守る心境で弾の恋愛成就を見守っていたノエルは感涙の余り瞳を潤ませていた。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫ですよ。弾さんが孤独死せずに済みそうで良かったです」
 ゆきの問いかけに笑顔で答えるノエル。女性が苦手な弾が意中の女性と恋仲になった日はノエルにとっても嬉しい日である。ノエルもまた弾と同じくみんなの幸せを願う者なのだ。自身はこたつさえあれば幸せだったりするが。

■■■

 覚醒後。
「……その、とても幸せな未来を体験しました」
 アゾートに内容を訊ねられた弾は未来を体験する前よりも一層緊張しながら言葉を濁した。アゾートの力になろうと被験者になったのだが、未来の内容は口が裂けても言えないしアンケートに書ける訳が無い。
「……現実になればいいのですが」
 ノエルは弾達の様子を見ながらぽつりとつぶやいた。弾とは兄妹いや姉弟のように共に生きてきたので余計に思わずにはいられなかった。