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第三章 明るい未来・幸せな姿


 現在から数年後。

 昔よりは随分平和になった今、巷ではある話題が独占していた。
「じゃーん、今日の忍くんのライブのチケットだよ。しかもS席!」
「いいなぁ、でもでも忍くん、女の子にしか見えないほど可愛いよねぇ。それなのに男の子ってところが何かいいよねぇ。あっ、次の新作のCD、予約しなきゃ!」
 女の子達がひたすら話題にしていたのは男の娘アイドルの下川 忍(しもかわ・しのぶ)だった。忍は自分の性別をばらした有名な男の娘アイドルとして多くの人を虜にしていたのだ。

 ライブ会場、楽屋。

「手紙ですか?」
 女性スタッフが忍の髪を梳かしながら訊ねた。
「……これはとても嬉しい手紙だよ。ボクの歌を聞いて手術を受ける勇気を貰ったとあるよ。こっちは感謝状だね。歌を聴いた途端暴れた囚人が魂が抜けたように大人しくなったらしい」
 忍は会場に届けられた二通の手紙について嬉しそうに説明した。実はアイドル以外にも戦うメイドさんとして悪人どもを片付けたりしている。そのため善人には希望を悪人には絶望を与える者として謳われているのだ。
「さすが、忍さんです! 戦うメイドさんでみんなの男の娘のアイドル!! 私も新作のCDを予約しましたよ」
 ファンでもある女性スタッフは手紙の内容に興奮気味だった。
「うん。ありがとう」
 忍は丁寧に手紙を片付けながら礼を言った。
 この後、すぐにステージへと躍り出た。

 満員の会場に溢れる歓声、自分を照らし出すスポットライト。
「みんな来てくれてありがとう。男の娘アイドルの下川忍だよ!」
 忍は笑顔で挨拶をしてから
「みんなボクの歌を聞けー!」
 皆を虜にする歌をうたい始めるのだった。

■■■

 覚醒後。
「結構、楽しかったかな」
 忍は体験した未来に満足そうだった。



 現在から数年後。
 昔よりは随分平和になった今、巷ではある話題が独占していた。

「凄いなぁ〜」
 ユーリ・ユリン(ゆーり・ゆりん)は町中に溢れる男の娘アイドル下川忍関連の話題に圧倒されていた。CDにポスターなどのグッズや電気屋のテレビのニュースでは男の娘アイドルとして歌う姿や戦うメイドさんとして悪人と戦う姿が映し出されていた。
「……僕も同じ男の娘だから何か嬉しいなぁ」
 ユーリは自分の事のように同じようにメイド服を着た忍の成功を喜んでいた。

 そんなある日、ユーリに一つの誘いが舞い込んだ。
「……アイドルのお誘いが来たけど、どうしようかなぁ」
 先にデビューした忍からアイドルにならないかというお誘いだった。さすがに行動優先のユーリでも内容が内容だけに誘われたその場では即答出来ずに持ち帰っていた。
「……性別はもう公表済みだし、心配する必要は無いよね。みんなに希望を与えられるならやるしかない」
 心配していた性別公表も終わっているためユーリは決めた。男の娘アイドルとしてみんなの希望になる事を。

 返事をしてから日を置かず早々にステージに立つ時が訪れた。
「アイドルなぼーいずめいどさんとは僕のことです!」
 ユーリは忍と共にステージに立ち、希望の歌を熱唱した。客は新たな男の娘のアイドルに大興奮であった。その興奮は町中に広がり、巷の話題となった。

「忍くんも可愛いけどユーリくんも可愛いよね。もうCDとポスター予約しちゃったよ」
「表情豊かで愛らしいし。もう、今月の給料がピンチだよ!!」
 女の子達はひたすらユーリ達の事を話題にし続けた。

 万人を虜にする世紀の二大男の娘アイドルとしてユーリと忍はアイドル史に刻まれたのだった。

■■■

 覚醒後。
「凄い人気者になっていて驚いたなぁ」
 ユーリは体験した未来を楽しそうに振り返った。



 現在から数年後。

 邸宅。
 邸宅が建つ場所は外界からは不可視で特別な手段がなければ通信さえも出来ず、外敵や季節の変化もなく住人の一人に害を及ぼす存在がいない無菌室であった。

「グラキエス、久々に友人と会えるのが楽しみなのは分かるが、昨日は遅くまで本を読んでいただろう。今の内に少し休んでおけ」
 ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)は何度も時間を確認してはそわそわするグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)に言った。本日はグラキエスの友人が来る日。そのため先ほどから友人が来るのは先なのにそわそわとはしゃいでいるのだ。
「……それは出来ない。俺が休んでいる間に帰ってしまうかもしれない」
 グラキエスはきっぱりと拒否した。経年によりグラキエスの状態はすっかり変化していた。長時間活動し続ける事も外的要因に対する抵抗力も無くなりこの場所でしか生きられなくなっていたのだ。
「到着したら必ず起こす。起きなければ客を引き止めておく。心配するな」
 ゴルガイスは何とかグラキエスに休んで貰おうと言葉を重ねる。
 長い時の流れで古い友人を次々と失ったグラキエスとっては時折ある友人の訪問は貴重な楽しみの一つなのだ。その事はゴルガイスもよく知っている。
「……分かった」
 グラキエスは気遣うゴルガイスに負けて休む事にした。まだかと友人をそわそわしながら待つのは滅多になく楽しい事だから本当は待ちたかったのだが。
 グラキエスが休んだ後。
「……よほど楽しみなのだな」
 ゴルガイスははしゃぐグラキエスの姿を思い出し、わずかに口元を緩めた。
「……静かだな」
 改めてゴルガイスは外界から切り離された室内に漂う静けさを感じた。ここでのグラキエスは邸宅にある本や考古学関連の文献などを読んだり、ゴルガイス達と交流する平穏な生活を送っている。端から見れば軟禁生活だが当人達がよければそれで幸せなのだ。
「未だにこの方法が正しかったのか分からぬが、グラキエスが何の苦痛もなく過ごし、我等の傍にいる。それで十分だ」
 ゴルガイスには今の生活が正しいのか分からなかったが十分だと思っていた。苦しむグラキエスを見て辛い気持ちにならなくていいのだから。

 別の部屋。

「……よほど楽しみなのだな」
 ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)の耳にも部屋の外から聞こえるグラキエスのはしゃぐ声が入っていた。
 ウルディカは自身が外界から集めて来た考古学関連の文献を整理していた。グラキエスが少しでも楽しく過ごせるようにと。
「無理もないか。あれにとって友人の訪問は数少ない外界との接点だからな」
 作業をしながら独りごちる。
「しかし、結局の所、あれを本当の意味で救えたかは分からないが、日々がこうして穏やかに過ぎている。それでいい」
 ウルディカもまたゴルガイスと同じ気持ちだった。どんな形であろうとグラキエスが苦痛もなく過ごせているのならいいのだと。災厄に蝕まれる未来からその災厄を消す為だけに己を鍛え時空を超えて来たウルディカにとっても静かで平穏な今の生活は以前は叶わないと思っては切望していた幸福なのだから。

■■■

「ゴルガイスは俺の事でずっと前から悩んでいただろうしウルディカは自分のいた所を救う為に長い間旅を続けて来たり。ウルディカははっきりとは言わなかったが辛い所のはずだ。これで少しでも二人の悩みが減ったらいいんだが」
 グラキエスは大人しく二人が目覚めるのを待っていた。いつも自分が助けられているので悩みの多い二人を励ますために何か出来ないかと今回参加したのだ。
「……それにしてもどんな未来を体験しているのか気になるな。起きたら聞かせて貰おう」
 グラキエスは二人がどんな未来を見ているのかとても興味津々であったが、次第にウトウトしてゴルガイスをクッション代わりに眠ってしまった。

「……あのような未来もあるのだな」
 覚醒したゴルガイスはグラキエスの寝顔と体験した未来に励ましを得ていた。グラキエスの出自の詳細を知る事と性格が災いしてこれまで幸福な未来を夢想する事など出来なかったのだ。体験した未来はゴルガイスにとって初めて見出した救われた未来だったのだ。

「……体験した未来が現実になるとは限らないが、目指す事は出来る。あの未来ではあれは苦しまずに済んでいた」
 覚醒したウルディカもまた体験した未来に救いを感じていた。