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海の香草

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海の香草

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序章 青い空、青い海


「絶好の課外授業日和だのう」

 さんさんと輝く太陽。
 潮風が火照る体を適度に撫でる。
 そんな風に帽子のつばをはためかせながら、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)は微笑んだ。

 パラミタ内海。夏の盛りには水着で遊ぶ学生であふれる海岸には、今はアーデルハイトと彼女の特別課外授業を受けに来た生徒たちしかいなかった。
 多くの学校ではまだ授業中であることに加え、アーデルハイトがこの日のためにわざわざ貸切のような状態にしておいたらしい。
 日よけのパラソルと小さな黒板で作られた即席の青空教室には、今回の課外授業の参加者たちは思い思いに腰を下ろしていた。

「潮風が気持ち良いですねぇ」
「そうですね、本当に」

 薔薇の学舎から来た清泉 北都(いずみ・ほくと)と、パートナーであるリオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)が揃って感嘆の声を漏らした。
 リオンの長い濡れ羽のような黒髪は、北都によって綺麗に結い上げられている。
 
「海水浴にはもってこいじゃない?」
「俺は泳がねぇぞ、翼が濡れたら飛べなくなるだろ」
「ふっふっふ、こんなこともあろうかと、水着着てきたわ!」
「普段から水着じゃない、セレン」

 シャンバラ教導団から来たルカルカ・ルー(るかるか・るー)と、そのパートナーであるカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)の会話に、同じくシャンバラ教導団のセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が割り込み、パートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)に冷静に突っ込まれる。
 セレンフィリティとセレアナの二人は、それぞれデザインが違うもののかなり際どい水着姿だ。
 しかし、もう普段着と化してしまっているそれに、改めて反応する人間は少ない。
 
「カルキノスさん、海には入らないというのならば、私と一緒に釣りをするというのはどうですか?」

 ルイ・フリード(るい・ふりーど)が、陽気な笑顔でカルキノスに話しかける。
 イルミンスールに所属はしているものの、生徒ではないルイは、授業後のバーベキュー準備のためにここに来ていたのだった。
 食材は一通り用意してあるものの、やはり海に来たからには海の幸が食べたいと思うのは人の性だろう。そう考えて、釣具やバケツなど、釣りに必要なものを一通り持ってきていた。

「釣りか。悪くねぇな。大物を釣ってみせるぜ!」
「じゃあルカも! どうせならたくさん釣ろうよ」
「大物を釣るなら、私も手伝うわ。牡丹、いいかしら?」
「悠が手伝うなら、私も手伝いますよ」

 百合園女学院からきた紅 悠(くれない・はるか)紅 牡丹(くれない・ぼたん)の二人が、揃って挙手する。
 釣るなら大物を、と意気込むカルキノスに、悠が同調した形だ。

「バーベキューも楽しみですけど、本来の目的である授業を忘れちゃいけませんよ」

 イルミンスール生であるザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)の一言に、アーデルハイトがわずかに微笑む。

「ザカコの言うとおりじゃ。バーベキューはあくまでおまけということを念頭にな。…ま、手伝う手は多い方がこっちは楽だがのう」

 釣りに熱中しすぎて熱中症になるんじゃないぞ、と軽く警告したアーデルハイトに、空京大学から来た九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が応えた。

「皆さんが熱中症などにならないよう、私は地上に残って待機していた方がよさそうですね」
「オレもバーベキューの下拵えでこっちに残るしな。つっても、釣り要員はもういらなさそうだな」

 ローズのパートナーであるシン・クーリッジ(しん・くーりっじ)は、ルイと同じようにバーベキューの準備要因としてここに来ていた。
 もし材料が不足するようならシンも釣りに加わろうかと考えていたが、5人もいれば十分だろう。

 下拵え、と聞いて、セレンフィリティが反応する。

「あ、じゃああたし、シンを手伝おうか?」
「セレン、バーベキューの準備にそんなに人手は要らないわよ」
「そう? でも……」
「あくまでメインはハーブだって、言われたでしょ?」
「うーん…それもそっか」

 納得して頷いたセレンフィリティに、セレアナは心から安堵する。
 セレンフィリティは、教導団から非公式とはいえ「生物化学兵器」だの「ナラカ人も二度死ぬ」だのと言われるほどの料理オンチだ。
 しかもそれを本人が自覚していないからたちが悪い。
 力ずくでも海に連れて行かないと、バーベキューで死人が出る。

「メインのハーブだけど、海中にもハーブがあるとは知らなかったな」
「もう、エースってば植物のことになると本当に目がないわよね」
 
 ローズたちと同じ空京大学から来たエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)はすでに配布された簡易テキストに目を通し始めており、パートナーのリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)がその熱心ぶりにくすりと微笑む。

「このハーブを主食とするのは小さな魚ばかりなんですね…戦闘は少なそうです」
「そうは言ってもその小魚を食うモンスターもいるだろ? そういうのとかち合ったらどうするんだよ」

 イルミンスール生のリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)も、エースと同じようにテキストに目を通していた。
 今回採取する予定のハーブは希少とは言いつつもそれなりに頒布しており、主に小魚の主食になる。
 無益な戦いはできるだけ避けたいリースだったが、パートナーのナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)の予測は、的を得ていた。
 どうしようか、と考え込んでいると、もう一人のパートナー、ルゥルゥ・ディナシー(るぅるぅ・でぃなしー)が可愛らしい笑顔を向けてきた。

「大丈夫、モンスターを追い払うのは私に任せてくださいな」

 花のような、という形容がふさわしい笑顔に、ナディムが小声で呟く。

「やるのは姫さんじゃなくて、自称姫さんの下僕って言う連中だろ…」
「何よ、あたしの下僕なんだからあたしの力でしょ?」

 同じく小声で返してきたルゥルゥの表情は先ほどとは打って変わり、小悪魔のような笑顔だった。

「リイム、嬉しそうだな」
「えへへ、僕のお願い聞いてくれてありがとうでふ、リーダー」

 リースたちと少し離れた席で、もふもふとテキストの上で跳ねているように見えるリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)を、契約者である十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)が軽く撫でる。
 ハーブの話を聞いて、ぜひ勉強したいと言い出したリイムに、宵一が付き添っている形だ。
 
「…ふっふっふ、こいつとこいつがあれば……」

 一番隅のほうの席で、テキストを読んでいるように見えるのは波羅蜜多生のゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)
 実のところ、ゲブーが読んでいるのはテキストではなく事前にリストアップした美容に効く海草のメモだ。密かにアーデルハイトから要注意人物としてマークされていることなど、気づいていないようである。
 
 ひとしきり雑談を終えたところで、さて、とアーデルハイトは勢ぞろいした参加者たちを見回した。

「そろそろ授業の時間じゃ。テキストの内容を解説したら、実地に移るからの」