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―アリスインゲート2―

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―アリスインゲート2―

リアクション

 
 
 
 ナイト・ナインとはアメリカ海軍特殊部隊Navy SEALsのチーム9の名称だ。
 本来のSEALsでは10までの作戦チームと2の輸送チームからなり、作戦チームに9のチームは存在しない。つまりナイト・ナイン(ナイツ)とは架空の部隊のこと。
 <ナイト・ナイン……交戦を開始する。グルームリーダーより各員。“ネズミの排除を優先”。分断各個撃破後、ウサギを確保。状況開始――>
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)のオーダーを告げ、口火を切る。標的は視界の悪い400m先。《ホークアイ》と《エイミング》で目標を確認。湿度と風向きをゴーグルの表示レイヤーで確認しつつ照準の修正、東から西への射出時のコリオリ力を考慮し射角を微小修正――ショット。
 しかし、弾道は大きく外れる。森をめぐる風の流れは複雑で予測が大きく外れた。標的がナイツに早く気がついたのも原因だろう。
<ムーブ!>
 弾幕を前方に張りつつ部隊を前進させる。自らは次の狙撃位置へ。遮蔽物のない敵との直線上へ。
 上杉 菊(うえすぎ・きく)が対イコン爆弾弓で、エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)が【ホーエルアヴァター・バズーカ】を撃ちこみ、標的周辺の木々を吹っ飛ばす。
「走るぞ!」
 真司に押されてヒールが走り辛い森の中を駆け始める。ヴェルリアが《アブソリュート・ゼロ》で壁を作る。後方から飛来する銃弾を遮断し、かつ、吹雪を囮として足止めに使う。
「卑怯でありますぞ!」
 などと、賞金独り占めとか抜かしていたものが言っているが、聞かずに走る。ヴェルリアが強化《ホワイトアウト》で吹雪を発生させると、雪は温かい雨に触れて気化し霧に変わる。視界を塞ぐ。
 しかし、視界を塞がれたのは吹雪とイングラハムで合ってナイト・ナインは暗視ゴーグルを着用しており、その範疇にない。むしろ冷気の流れる方向を感知して向かってくる。
<グールム01、前方の標的を処理――グルーム02、ウサギの側面に回り込め――>
<サー>
<サー>
 菊は再び、弓に爆弾矢を装填して放つ。
「そんなもの当たるか!」
 イングラハムが飛来する矢に対し《分身の術》。
「馬鹿め!」
《空蝉の術》と併用し、矢を受けた分身は本体と入れ替わる。つまり、
「それは本体だ!!」
 触手が爆散し不定形のいきものが出来上がる。
「こいつら強すぎ! 弾が当たらないであります! 撤退撤退!!」
 遅れて吹雪も応戦しつつ戦線から逃れようとするも、吹き飛んだイングラハムの触手のうねりに足を取られて転倒。迫っていたフィーグムンド・フォルネウス(ふぃーぐむんど・ふぉるねうす)によりフォールドアップされる。
<グルーム03、アンノーン1、2を拘束>
<グルームリーダー了解。エコー、グースはアンノーンを束縛後、後方支援。グルーム03は引き続きウサギとネズミを追え>
 別構成員に吹雪と不定形の拘束を任せ、フィーグムンドも先行する目標を追う。
 真司も後方射撃をしながら走るが、撤退戦での銃撃戦は分が悪い。森林地形は逃走側に有利であり、この優位性を維持するために敵を前方に回り込ませてはいけない。足の遅いヒールを担ぎ、移動速度を上げる。
「ヴェルリア、散開するぞ! 向こうの足を鈍らせつつ別方向に走れ!」
 真司が《ポイントシフト》で加速するやいなや、ヴェルリアは【PWB(念動玉)】3つに《グラビティコントロール》をかけて配置。追手を鈍足化する。走る方向を帰る。
<グルーム01より、ネズミ1と2がわかれた。ウサギはネズミ1が抱えている>
<グルームリーダーより、グルーム01へ。ウサギの追跡を優先。フォックス、ホーネットはネズミ2を牽制。深追いはしなくていい>
 エシクはアクセルギアを再びふかし、ウサギを抱えるネズミへと迫る。干支においてネズミの足はウサギより早いだけある。
<南へと追い込め! GOGOGO!>
 ローザマリアは狙撃によりネズミの進路を誘導する。《ポイントシフト》で瞬時移動しようとも、狙撃の弾道に跳ぶことは出来ない。北西からの弾幕を回避するために進路を少しずつ南東に足がずれる。
 真司は国境へと急ぎたいが、まだ距離がある。方向がずれて距離が伸びる一方だ。恐らく国境まで後500m――それ以上。平地であれば全力疾走で1分とかからないが、足場の悪い森林では最高速度を出せない。それに今はおもり付きだった。
 こいつだけでもは国境に運べれば……
 と、前方に人影が見える。物見遊山に【ノース】から森林に入った富永 佐那(とみなが・さな)だ。
「あ、あんたは裏切り者の!」
佐那が指差し言う。
 真司は佐那の方へ《ポイントシフト》し、その肩にウサギを乗せた。
「って何するんすか! 重っ! これ脱走者すか!?」
 ずっしりと重いヒールのそれを載せられて、こう言われる。
「死にたくなければ、国境へ走れ!」
 「へ?」とマヌケな声が銃弾の飛来により更にマヌケな声に成る。
 銃声弾幕は迫ってくる。重たいウサギを担いで佐那は走るしかない。これがネギならどんなに軽いだろうかと思うが、それでは自分はカモになってしまう。
 狩人の進撃はなおも続く。獲物の首筋を捉えるまで――
<ネズミ1がウサギを離した。ウサギは新たなアンノーン3へ! これよりアンノーン3を“ペットショップ”と呼称する>
 最前線で様子を見たエシクがローザマリアに告げる。
<グルームリーダー了解――国境まで距離が近い。何としてもウサギを出荷させるな>
 アクセルギアの再加速で距離を詰める。と、エシクの足元に電流が走る。地面を蹴り、濡れた地面に流れる《サンダークラップ》から逃れる。
 殿が足を止め、立ちはだかる。
<グルーム01、ネズミの駆除に入る!>
 エシクは光条兵器を抜いて真司に跳びかった。
 佐那は後ろを向かずに兎に角走る。とんでもないものを担いでしまった。後悔先に立たず。全身全霊全速前進。逃げるが勝ち。
 それでもなお、佐那(ペットショップ)を検閲官(ナイト・ナイン)が追ってくる。荷(ウサギ)を改めに。輸出させないために。
 爆弾が襲い、矢が飛び、銃弾が降る。雨風の中心でなければ回避率は下がっていただろう。
 しかし、それでもなお狩人は狙いをすませる。ことリーダにおいてはだ。
 爆撃に遮蔽物が少なくなった直線上。ペットショップが来るのを待ち構える。
 ローザマリアはスコープ越しにターゲットを待つ。軍戦術リンクよりデータをダウンロード。天候による森林内の風の流れを計算させ、修正値を出す。
 ターゲットポイントロック。国境までの距離的にここが限界だ。ラストショット。
 息を止め、引き金に集中する。
 スコープが獲物を捉える。数値誤差は0で一瞬安定――指先を5mm引く。
 銃口(マズル)から弾丸が放出され、木々の合間を縫い、雨を弾き、スクリュー回転で長い放物線を描く。
 遠くからコンマ秒で飛来する約42gの殺気は佐那の21gの魂を抉り飛ばすのに十分な質量だ。
 一瞬の振り返りに映る弾丸がひどくゆっくりと近づいてくる。死の淵の長い長い思考と短い短い時間。相対性理論を無視した間延びした世界の中、防げるはずもないのに佐那は銃弾に無意識の手を伸ばす。
 銃弾のエネルギーに佐那の体とウサギの体が吹き飛ぶ。ウサギはより前へ。そして銃弾は佐那よりも後ろに着地した。
「――ッ! ――ッ!?」
 全力疾走のせいか、生の終わりを見たせいか。佐那は声が出なかった。必死に巡らせる思考の中。わかることは「助かった」という結果とその要因。それまで使えなかった力の天啓が彼女を救った。
(――今、私、《サイコキネシス》が、使えた――!?)
 再び起き上がったターゲットをスコープ越しに確認し、自らの《スナイプ》が失敗した事をローザマリアは悟った。
 ここが潮時だった。コレ以上の進軍で銃撃をすれば、銃弾が風に流されて国境の外へ落ちるかもしれない。
 ミスタープレイムよりグルームリーダーに通信が入る。
<敵は作戦領域を逸脱した。ナイト・ナイン、撤退せよ。繰り返せ>
<――了解。全員状況終了。撤退をせよ>
 銃撃がピタリと止む。進軍の足音も。
 森に響いた銃声楽器の行進曲(マーチ)は終わりを告げ、風と雨の夜想曲に変わる。演奏隊は闇へと消えていく。
 夜の帳が降りるとともに、嵐は収まりつつあった。


「まったく無茶じゃのう」
 アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)は装輪装甲車から降りてウサギを回収し近づく。
 なんとか喋れるようになった佐那が問う。
「あなた、これからこの人をどうするの? 【ノース】に引渡しに?」
 打ちどころが悪かったのか倒れて動かないヒールのそれの今後を尋ねる。
「ああ、これか?」
 アレーティアは倒れているそれの頭をおもむろに蹴り飛ばした。あっけもなくその首が胴体から取れる様を見て、佐那はまた声を無くした。
「――【コピー人形】じゃ。つまるところわらわは無謀者(おとり)の回収にきただけじゃよ」
 ラビットフットに変装した人形。その足が履いたヒールの踵は折れていなかった。