リアクション
「ご苦労だった。多少のイレギュラーがあったみたいだが、その首の置き場所はそのままにしてやる」
静謐な部屋の中、刺々しいカーリーの声が突き刺さる。
「裏切り者、公約違反、我らへの虚偽と反抗――誠に苛立たしいが、不問にしてやる。ただし、“お前らの土地に亡命させたレイラ・ザネ・フォール”は返してもらう。そして、我が軍の損失を出した分の埋め合わせ。それが条件だ」
ラビットフットの引き渡しを要求されたが、作戦事態はつつがなく成功している。戦略兵器の詳細は一切として【ノース】に渡ることはなく、国境にてその処分を終えた。一人を亡命させたものの、その亡命先は敵国ではなく、彼らの土地だったからこそ、ここで交渉となった。
いや、交渉ではなく要求であり強制だった。応じなければ彼女の首が今すぐにでも切り刎ねられるだろう。カーリーの手は常に柄の上においてある。
そしてもう一つの交渉は、軍に彼ら契約者の《能力》のデータを開示し渡すこと。スティレットという能力者のサンプルを喪失させたことへの代償だ。
彼らはなんの抵抗もなく、彼女もなんの反論もなく、要求に応じた。
最も、反論も言葉を出すのも出来ないくらいに彼女たちはひとつの事実によってその口を拘束されていた。
“抜身の剣”はずっと彼らの心に突き刺さったままになっていた。
彼ら彼女がその部屋からいなくなってから数時間後、引き渡されたレイラが部屋を訪れていた。カーリーによって帰国早々に招集されたからだ。
「ご苦労。実験は失敗だったな……」
カーリーは無表情にレイラの“仕事”を労った。しかしレイラは告げる。
「いいえ、実験は“成功”です。これでわかりました。“我々はこの世界から出ることは出来ない”と」
「それが、お前の導き出した結果か? “あの子”を犠牲して得られた成功だと?」
「そうです」
真実を言うとあまりにもひどい話ではあるが――、
彼ら契約者たちに伝えられたラビットフット脱走の話は全て“マッチポンプ”というでっち上げだった。本当は彼らを“スティレット”に引き合わせて彼らの能力や行動を記録すると同時に、遺伝子的に彼らに近い存在であるスティレットが『特異点Aのゲートを通れるのか』を確かめるために行われたレイラの実験――作戦提案だった。
海上都市にて態と痕跡を残したのも、伝えていないのにカーリーが作戦の途中失敗とレイラの居場所を知っていたのかは、常にレイラの位置が軍によって監視されていたからだ。
フォールという名前も、彼らを騙すために最適だった。勘違いした者もいただろうが、レイラ・ザネ・フォールとスティレット・フォールには血縁関係はない。あるのは実験者と被験者の関係だけだった。スティレットとっても研究所のお姉さんかおばさん程度の認識でしか無かったのも事実だ。レイラにとっても同じこと。
結果的に彼女の提唱した実験は曲折しながらも、犠牲を伴い“成功”に至った。残酷な結果が示されることにはなったが、それでも成功であるには変わりなかった。
実験にスティレットが使われたのは、彼女の身分は備品でしかなく、その身には親はいない。“使い捨て”にしても彼女を研究するよりも研究しつくされた素体が多く向こう側から現れた今では、その価値は兵器開発の実験にも余り使えるものではなかった。なぜなら、いくら研究しようとこの世界の人々に魔法を使える素質はないからだ。PS能力開発もたかが知れている。
なら、より研究しつくしている彼らから情報を引き出す材料になればそれでいい。世界を渡れたとなれば、それもなお良しだ。縮小する世界からの脱出の緒になりえる。
結果が提示されること。それがレイラの実験の成功。
「――そうか。では、お前に作戦の成功の報償を渡さないとな」
そう言うとカーリーは椅子から立ち上がり、レイラの前に歩み寄った。
「受け取れ」
何が貰えるのかと考えていたレイラの視界は“上下にズレた”。
刹那の居合に、レイラの両目は水平に一閃され視界を奪われ、血涙する。
「あ……ぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
突如として襲う目の痛みに悶え苦しむ。
レイラの両目を一閃したカーリーは告げる。
「泣くほど嬉しいだろう? お前に新しい“眼”をやる。好きなのを選ぶがいい」
ドアが開き、担架と白衣が入って来る。予め待機していたかのように素早くレイラは回収され、彼女は自らの眼で確かめることのできない新たな自分の眼の取り付け手術に連れて行かれた。
静謐に戻った部屋で、カーリーは再び椅子に腰掛けた。
機械化されていない握りしめている左手をゆっくりと開く。
ゴムのち切れた熊の髪留めを左手から机の棚に放り込んだ。
それは、能力を増加させる装置の髪留めではない。
彼女が誰かに送ったただのかわいい髪留めだった。
やっと終わったぞこの幕。あ、どうも黒井威匠です。
お疲れ様ですとお待たせいたしました。待ちも話も申し訳ないくらいに酷いアリスインゲートの2幕目後編です。まことにスミマセン……
見事にバットエンドです。
スティレットはパラミタに連れてく事はできません。前回にそれをしっかり明記しておいたのですが……仕方ないです、抗いたくなりますよね。
グッドエンドは彼女をこの世界のある場所に留めておくことだったのですが。見事に“処分”してしまいましたね。
結末が予定通りになったのはいいけど、実は、いろんなことが予定通りじゃないのよこれ。危うくグッドエンドになるところだったので……
とはいえ、これでこのシリーズでの【グリーク】と皆さんの進む方向は決まったかと思います。進む方向を決定づけるための小さな事件だったんですけど、ナンデこんなことになったんだろうね。もう少しでグッドエンドの芽が見えていたのに。残念残念。
さて、ちょっと暫く別のことをしてまた次のシナリオ考えるとします。とりあえず執筆速度を上げる練習をしなきゃ……
それでは次もこの非道に抗ってみて下さい。