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恐 怖 の 館 へ よ う こ そ

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恐 怖 の 館 へ よ う こ そ

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第一話 恐怖の館へようこそ



 とある、森林地帯の近くに、大きな屋敷がある。
 何年か前に捨てられ、ボロボロになったその屋敷には、様々な噂があった。

 ――曰く、没落貴族の怨霊が眠っている。

 ――曰く、メイドのおばけが今も主人の帰りを待っている。

 ――曰く、呪いの研究をしていた者たちが、一斉にいなくなった。

 そんな数多くの信憑性のない噂は、主に学生などの若い人たちのあいだで広まってゆき……

 そして、その屋敷をタダ同然で手に入れた人は、考えた。


 ――お化け屋敷にしよう、と。






「うう……」と小さく声を上げ、遠野 歌菜(とおの・かな)は泣きそうな顔で隣を歩く月崎 羽純(つきざき・はすみ)の顔を見上げた。普段は歌菜の方から羽純の手を取っていることが多いのだが、今日は羽純の方ががっちりと歌菜の手を握っている。
「今から怖がっていてどうするんだよ」
「だってえ」
 羽純が言うと歌菜は前方に見える人だかりを見る。
 ワクワクしていたり、笑い合いながら話をしている左側の列は、平和そのものだ。が、歌菜たちから見て右側、さっきから歌菜たちとすれ違っている
人たちは、大きく二つに分けられた。
「面白かったね!」
「怖かったー! 心臓が止まりそうだったよー」
 テンションが高く、面白そうにしている人たち。
「ああ……もう無理」
「や、もう、鏡なんて見たくない」
 そして、いかにも沈んでいる人たちだ。
 二人が向かっている先……それは、最近話題になっている、本物が出るかもしれない、という、大きな屋敷を改造したお化け屋敷だ。

「うう……」
 歌菜は何故か幽霊関係、特に人工物の幽霊というのは非常に苦手で、よく怖がる。
 夫である羽純はその様子を可愛く思っていたり、驚かせて反応を楽しませたりとしたらしいが、彼のいないところでその怖がりが発動されると心配だ。
 なので、ちょっとくらい耐性をつけてもいいんじゃないか、と考え、この、噂のお化け屋敷に足を運ぶこととなった。
 正直、歌菜は乗り気ではなかったのだが、一応、自分が怖がりだという自覚もあり、羽純の一応は心配から来ている提案ではあるので、怖がりをなん
とか克服すべく来たらしいのだが……
 いざ屋敷にたどり着いてみると、後悔の念が強くなっていくのであった。
「大丈夫か?」
 見かねて、羽純が彼女に話しかける。
「どうしても無理だというのなら、止めておくか?」
 屋敷の前には結構な人が並んでいた。列に並ぶ前に、羽純は歌菜に確認を込めて聞く。
「……ううん。大丈夫」
 歌菜は大きく息を吐いてから、背筋を伸ばす。
「羽純くんの言うことも一理あるからね……今日は堂々とお化け屋敷を闊歩して、怖くても大丈夫だってところを見せるからね! それに、」
「それに?」
 歌菜は屋敷から出たばかりと思われる、ひと組のカップルを見た。
 怖かったのか、女性の方はぴったりと男性に寄り添っている。男の方も女の肩に手を載せていて、仲が良さげだ。
 それに……堂々と羽純くんに抱きつけるのは、ちょっとラッキーかも。
「なんだって?」
「なんでもなーい」
 歌菜は小声でなにかを口にしたが、羽純は聞こえていなかったようだ。ごまかしてから、今度は自分が羽純の腕を引く。
 羽純はよくわからなかったが、大丈夫というのなら大丈夫なのだろう、と勝手に解釈して、歌菜に惹かれるまま列に並んだ。



 一方、そんな列に並ぶ人たちを横目に、シェヘラザード・ラクシー(しぇへらざーど・らくしー)は別の場所に向かっていた。
 屋敷の噂は有名ではあるが、その噂の出どころの一部は、屋敷の離れから発生していた。どういう理由かは知らないが、この屋敷はちょっと変わっていて、屋敷自体は贅沢なゲストハウスといった感じで、生活の拠点は離れにあったらしい。
 おかげで離れにはかつて住んでいた人の幽霊が出る、などという噂が数多く存在している。
 が、呪術師でもあるシェヘラザードは、噂とは違う、『なにか』を感じていた。
 離れ……あるいは離れの周辺から、なにか、不穏な空気を感じる。彼女はその調査のため、ここへと足を運んでいたのであった。
「……あそこね」
 屋敷からしばらく歩くと、離れが見えてくる。離れということだが、正面から見る分には屋敷とほぼ同じくらいの大きさだ。
 やはり感じるなにか不穏なものを感じながら、シェヘラザードは入口へと向かう。入口の見える位置に着くと、そこにはどうやら、先客がいたようだ。

「レオーナ様……この離れからは、ただならぬ気配を感じますね」
 入口を眺めていたクレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)が振り返って言う。
「そうみたいだねえ」
 のほほんと口にするのはレオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)だ。
「人が住んでいたのはこっちらしいからな。正直、出るとしたらこっちなんだろ」
 二人の少し後ろで、酒杜 陽一(さかもり・よういち)が口を開く。
「調べてきたんだっけ?」
 陽一の隣にはルカルカ・ルー(るかるか・るー)が立っている。
「まあ、簡単にね」
 陽一はポケットから手帳のようなものを取り出した。
「住んでいたのはヨーロッパでは有名だったらしい投資家ファミリーの家系の一家で、リーマンショックとかいろいろあって資金が目減り、破産寸前のギャンブルみたいな感じでいち早くこっちに移り住んで、いろいろと発掘しようとしていたみたいだ。で、それもうまくいかなかったらしい」
「それで、ここは売却されたってこと?」
「行方不明なんだって」
 ルカルカの疑問に、陽一は手帳を閉じながら答えた。
「行方不明?」
 レオーナがオウム返しで聞き返す。洋一はこくりと頷いて、
「ここに住んでいた一家はみんな行方不明。それどころか、メイドとかも何人かいたらしいけど、それも全員。土地自体の所有者が別の人名義で、土地自体は格安で取引されたらしいけど、その元所有者地の女性も行方不明」
「……女性?」
「屋敷の長男の奥さんだと。その取引が三年ほど前、それからは不動産屋がしばらく握ってて、今の持ち主に渡ったのがつい最近。わかったのはそれくらいかな」
 陽一は説明を終え、軽く息を吐く。
「すごい。よくそこまで調べたわね」
 それを聞いていたシェヘラザードは歩を進め、彼らの近くまで来て口を開いた。
「シェヘラザード!」
 ルカルカが意外そうな声を上げる。
「あたし、あんまり細かいこと調べてきてないのよね」
「シェヘラザードさん、なんでここに?」
 陽一が尋ねる。シェヘラザードはみんなよりも一歩前に進み出て、
「……なにか感じるのよ、妙な空気っていうか、気配っていうか、そんなものをこの場所から」
 険しい顔でそう口にした。
 彼女は有名な呪術師だ。その彼女が口にしているということは、それは、噂でもなんでもなく、事実だということになる。
 ――つまり、ここには、なにかがいる。
「仕方ありませんね」
 クレアが口を開いた。
「帰りましょう」
 そして踵を返して歩いてゆく。陽一とルカルカ、シェヘラザードがその場に倒れ込みそうになった。
「こら、待ちなさい」
 レオーナがクレアの腕を捕らえる。
「面白そうだから行ってみようよ。シェラちゃんも調査するんでしょ?」
「……あたしのこと? まあ、調査はするつもりだけど」
 変な呼び名をつけられたシェヘラザードが少し笑みを浮かべて答えた。
「そんなヘソ出しルックで危険な洋館を調査するなんて、ほっとけないよ!」
 シェヘラザードの服装を見て言う。ヘソ出しルックどころか、ほとんど水着のような格好に近いのだが。
「あたしもヘソ出しルックだけどね!」
 レオーナはどこかを見て言った。彼女も非常に露出度の高い服を着ていて、言うとおり、ヘソ出しだ。
「レオーナの言うとおりだね。危ないんだったら、一人で行かせるわけにはいかないよ」
 ルカルカがシェヘラザードの手を取って口を開く。
「一緒に調査しようよ。ルカもお化けの噂、ちょっと気になってるんだ」
 シェヘラザードは少しだけ考える仕草をする。
「ふむ……持ち主も、住んでいる人も行方不明の屋敷か。鎮魂の花は、いくつあっても足りないかもしれないね」
 少し離れた場所から声が聞こえた。皆が一斉に振り返ると、そこにはエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)と、その連れであるエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が花束を手に立っていた。
「エース、あなたも来たの?」
「やあルカ。まあ噂を聞いてね。ちょっと気になったんだ」
 エースは友人のルカに一本の花を差し出して言う。
「僕たちも、色々と調べてきたんですよ。基本的には陽一さんの調べたことと同じですけどね」
 エオリアはノートパソコンを開いて口を開く。
「幽霊が出るという噂が流れ出したのは、この屋敷に住む人が行方不明になった直後ですね。ちなみに、建物の調査も行われたようですが、お化けを含め、なにも見つからなかったそうです。金目のものも一切なくなっていたとか。まあ、こっちは略奪の線もありますが」
「と言っても、ちょっと中を見て回っただけだろうがね。でもシェヘラザードさん、君は、なにかを感じるんだろう?」
 エースがガーベラと薔薇のオレンジなプチブーケをシェヘラザードに渡して尋ねる。
「……ええ、そうね」
 花を受け取って、シェヘラザードは答えた。
「お化けとかじゃないの。なにか、強い結界が張られた跡みたいな、そんな感じなのよね」
「面白そうじゃないか」
 エースは笑みを浮かべて言う。
「今まで見つけられなかったものが見つけられるかもしれないね」
 エースが周りを眺めながら言う。目が合った数人が、こくりと頷いた。
「……えぇ〜本当に行くんですか幽霊とか出たらどうするんですか私は種族魔女だしクラス召喚師だし怖がるのもおかしなはなしですけど雰囲気的にダメなんですったらあうぅー」
 クレアは不満を訴えるが、
「幽霊が本当に危険なモノなら呑気に隣でお化け屋敷していないと思う。もし本当に幽霊がいるなら、話を聞いてナラカに還してあげないとね」
 エースがそう言って、白、青、紫と色鮮やかな百合とトルコ桔梗、アルストロメリアの小さな花束を離れの入口に置く。
「ね?」
 にっこりと言うエースに、クリスは渋々といった感じで頷く。
「決まりね、行きましょう!」
「うぅー」
 レオーナがクレアを引っ張ってエースたちについていった。
「行こ、シェヘラザード!」
「ええ」
 ルカルカとシェヘラザードがそれに続き、
「賑やかになったな」
 しんがりは陽一が務める。
 皆が緊張した面持ちで先頭のエースを見つめ、エースはゆっくりと、離れの扉に手をかけた。




「クククク……」
 そして、離れの内部には勝手にしかけた監視カメラで入口の様子を眺めている一人の男がいた。
 ドクター・ハデス(どくたー・はです)だ。彼は離れにいち早くたどり着いていて、離れを勝手に秘密基地へと改造しつつあった。
「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス! クク、我がライバル、シェヘラザード・ラクシーめ、我ら秘密結社オリュンポスのアジトの一つを嗅ぎつけ、調査に乗り出してくるとはな!」
 セリフに大げさな動きを加え、誰にともなく発言するハデス。
「だが、今回は、今までのように負けたりはせんぞ! 我らがアジトに踏み込んだこと、後悔させてくれよう!」
 彼の目の前にある、監視カメラのモニターには、シェヘラザードたちの他にも何人か映っている。すでに離れを調査している人もいるようだ。
「さあ、我が部下の戦闘員、ミネルヴァ、アルテミスよ! 侵入者たちを派手に出迎えてやるがいい!」
「ふふ……侵入者の方が驚くのを、ゆっくりと見物させてもらいましょう」
「分かりました、ハデス様! 侵入者を撃退しますっ!」
 ミネルヴァ・プロセルピナ(みねるう゛ぁ・ぷろせるぴな)アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)が、ハデスに合わせて声を張り上げた。