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【冥府の糸】偽楽のネバーランド

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【冥府の糸】偽楽のネバーランド

リアクション


第一章

「無事村に潜入できたみたいね」
 子供の姿で結界内に入ったセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、満面の笑みを浮かべた妖精に手を引かれ、目的の村まで来ていた。
 実際村の中は白虎に聞かされていた通り、子供と妖精しかいない。
 村に向かったとされる両親や、右翼の黒虎の姿は見当たらなかった。
「その子供たちの両親についてだけど、さっきかつみからの連絡で捕らわれていることが確認されたわ」
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は隠し持っていた銃型HC弐式に表示された千返 かつみ(ちがえ・かつみ)からのメールを見せた。
 生徒達宛てに届いたそのメールには、親たちとドゥルムの無事を知らせる内容が書かれていた。
「それじゃあ、後は見つけて助け出すだけね! そのためにもしっかり囮をやらなきゃね!」
 花柄の可愛らしいドレスを着たセレンフィリティは、ギラギラとヤル気に満ちた目をしながら唇を舌で一舐めする。
 その視線はテーブルに置かれたお菓子の数々に向けられている。
 まるで獲物を狙う獣のように、真っ直ぐ狙いを定めていた。
「いっただきまーす☆」
 リボンで結んだツインテールを揺らしながら、セレンフィリティは一直線にお菓子の元へ向かって行った。
「うん! これ美味しい! こっちも美味しい! なんのお菓子か知らないけど!」
 並べられたお菓子を次から次へと平らげるセレンフィリティ。
 その様子に妖精たちは慌ててお菓子の補充を始めるが、その傍から追加したお菓子がセレンフィリティの口の中へと放り込まれていく。
「あ、それもあたしのだからっ!」
 さらに、セレンフィリティはお菓子に手を付けようとした子供から、盛られた皿ごとお菓子を掠め取る。
 妖精は泣きだした子供対応まで強いられることになった。
「もごっもごっ……ごめんね」
 お菓子を飲みこむと、発音したか否かの声量でセレンフィリティは子供に謝った。
 事件が解決したら、お詫びも兼ねてお菓子を大量に用意しよう。

「おーかーわーりぃ――!!」

 お菓子を食べつくしたセレンフィリティは、テーブルを叩きながら泣きわめいていた。
 そんなセレンフィリティの様子を遠目から見ていたセレアナは、頭を抑えてため息を吐く。
「どう見たって本来の目的忘れてるわよ……」
 セレンフィリティ本人はお菓子を食べつくすことが目的になっているように見える。
 だが、結果として忙しさから妖精の注意を引きつけているので、決して悪い状況とはいえない。
「私は他の妖精を引きつけましょうかね」
 妖精は一人や二人ではない。
 しかし、生徒の方が数の方が多いのだから、一人が妖精一人以上を集中的に引きつければいいのだ。これで、周囲を見て注意が逸れないように気を配れればさらにいいのだが、それは贅沢だろうか。
 子供とは少なからず純粋な部分を持ち合わせているもの。セレンフィリティのように童心に返って楽しむの方が自然に見えるかもしれない。
「さすがに私にあれは真似できないわね。私は私なりに考えて行動させてもらうわ」
 セレアナは村を見渡し、子供たちの行動を観察する。
 脳内を様々な情報が駆け巡り、今回自分が演じるべき子供像を作り上げる。
 何を考えて何を感じるか。親、この場合妖精に面倒をかける子供とは。
「できた。これでいいわね」
 考えが纏まると、セレアナは背筋をピンと伸ばして歩き出す。
 上品な仕立てのドレスを身に纏い、不貞腐れた表情をしたセレアナはどことなく近づきがたい雰囲気があった。
 セレアナは周囲が見守る中、積み上げられた積み木のタワーに近づくと、目の前で立ち止まって睨みつけた。
「…………」
 そして何も言わずに、傷一つない綺麗な靴の先で積み木を蹴飛ばした。
 子供の中から叫び声が聞こえてくる。脆くも色鮮やかなタワーは、散開して地面に散らばった。
 叫び声に振り返ることもなく、セレアナはただのパーツに戻った木片の上を踏みつけていく。
 追いかけてきた妖精がセレアナの肩を掴んで引き留める。
「ど、どうしたんだい? 何か嫌な事でもあったのかな?」
「羽虫には関係ないでしょ!」
 セレアナは妖精の手を降りはらい、再び歩き出した。
 村の中を歩き回りながら、進行の邪魔になるものはその足で壊していった。
 世の中のある様々なものが気に食わなくなり、暴力的あるいは破壊的になる時期――反抗期をセレアナは演じていた。

 そんな混沌とした場所から離れた所にいた妖精は、セレアナが自分の担当でなくてよかったと心底安心した。
 妖精には誰がどの子供を担当するかだいたい決まっている。
 人手が足りない時は助け合うが、基本的には一人で面倒を見なくてはいけないのだ。
 そんな妖精の腕を子供姿の想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)が引っ張る。
「ねぇ、好きな事をしていいって本当?」
「本当だよ。ボクは何かしたいことがあるのかな?」
 妖精の言葉に夢悠はモジモジと身体をくねらせる。
 言いよどんでいる様子に妖精が促すと、夢悠は小さな声で願いを口にする。
「おんなのこ……」
「おんなこ?」
「女の子の格好がしてみたい」
 顔を赤らめ俯く少年に、妖精は面倒事に直面したと感じた。
「村にいたら大人の人達に怒られそうで、友達にも相談できないし、ずっと悩んでた。でも、ここなら好きなことしていいって言うから……お願い妖精さん。女の子みたいに可愛くなれるようにアドバイスしてよ。うまくできたら、きっと自信がつくと思うから!」
 切実なお願いに、黒虎から子供の世話を仰せつかっている妖精はできるだけ答えたかった。けれど、
「う、う〜ん。でも男の子を女の子にする方法は知らないからなぁ」
「嘘つき! 大人がいないから、出来ると思ったのに! 妖精も大人と一緒だよ!」
 裏切られたと感じた夢悠は、大泣きしながら妖精を握り拳でポコポコと叩いていた。
 しまいには「家に帰る」と言い出す夢悠に、妖精は慌てる。
「わ、わかったからちょっと待ってて。物知りな奴に聞いてみるから」
 そう言って妖精は別の仲間に相談しにいった。
 暫くして戻ってきた妖精の手には一冊の本が握られていた。
「借りてきたよ! 『変身!? オトコの娘!?』。これを見て一緒に考えよう!」
 意気揚々と妖精は本を広げると、夢悠と一緒に中身を読みながら女の子になるための方法を考える。
「えっと、ウィックはいいかな? 体格はこれくらいの子どもだったら問題ないのかな? えっと、メイク。ちょっと待ってて道具を揃えなきゃ!」
 本当に親身になって相談になる妖精。
 妖精が道具を取りに行ってる間に、夢悠は本を見てみる。
 イラスト付のわかりやすい解説。表紙に描かれた可愛いイラストとタイトル、それに『上巻』の文字。
「あとは服もかな……」
「ねぇ、これ『上巻』って書いてあるよ?」
「え!? ……後半は仕草や着こなしについてご紹介します」
 あとがきに書かれた内容に絶句する妖精。
 その横で夢悠がまたしても泣きだしそうになる。
「だ、大丈夫! きっと続きも置いてあるから!」
 妖精は再び続きの本を探して仲間の所に向かう。
 しかし、続きは見つからず、妖精は夢悠と共に試行錯誤しながら女の子らしさを目指した。

 一方、様々な玩具が揃っている妖精の家に来た時見 のるん(ときみ・のるん)は、カーペットの上を転がりながら駄々をこねる。
「ゲーム! ゲーム! 地球のテレビゲームがしたいの―!!」
 確かに色んな玩具が揃っているものの、この家にはテレビゲームがなかった。
 そもそも電気が走ってないので、テレビを含めそれら家電が存在しないのだ。
「かえるかえる!! ゲームがないならのるんちゃんはお家に帰る!!」
「そ、それは困ります!」
 ここでは「家に帰る」というのは禁句に近い。
 妖精たちは慌ててゲームの出来る環境を用意した。
 …………数十分後。
「わぁ! ゲームだぁ!」
 妖精の家に初のテレビゲームがやってきました。
 テレビは一昔古い型を拾ってきて、希望された最新のソフトは不正なルートで手に入れ、本体だけは妖精がお金を持ちよって中古で買いました。
「なんかこのテレビ映り悪いよー? ゲームも読み込みが遅いなー」
「き、きっとそういうゲームなんですよ。お菓子でも食べながらゆっくり待ちましょう。ねぇ?」
 文句を口にするのるんに、妖精はお菓子と飲み物を振る舞いながらどうにか誤魔化していた。
 その時、妖精が持ってきたお菓子を横からジャンヌ・ハミルトン(じゃんぬ・はみるとん)が手にとった。
「お腹空いた。このお菓子ハ美味しい」
 若干カタコトでしゃべるジャンヌは妖精から皿を取り上げ、パクパクとお菓子を口の中へと放り込む。
「次ちょうだい」
 空になった皿を返して次を要求するジャンヌ。
 妖精は急いで次の食べ物を取りに行く。
「ジャンヌも一緒にゲームしようよ♪」
「うん。ゲームもする」
 獣人のジャンヌは四本の足を折りたたんでカーペットに座ると、のるんから渡されたコントローラーを握る。
「えっとね。×ボタンが……」
 珍しげにコントローラーを見つめるジャンヌに、のるんは楽しげに操作説明を行った。
 その間に到着したお菓子をジャンヌは皿の両側を掴み、口の中に流し込むようにして平らげてしまう。
「色んな味にする」
「あー! のるんちゃんの分は!?」
「あ、ごめん。大丈夫。すぐに次がくるよ」
 その言葉通り、次の食べ物はすぐにやってきた。しかし、それものるんが二つ三つ食べる間になくなってしまう。
「あ、美味しそうな匂いがする! あたしも食べたいっ!」
 そこに食べ物を求めてやってきたセレンフィリティが参加すると、その消費量はとんでもないことになった。
 妖精は休む間もなく、大食い二人の元へ食べ物を運んでくる。
 彼らの周りには空になった皿が高層ビルのように積み重ねられていった。
「ひぃーー!?!?」
 そんな二人の食事を支えるキッチンでは、猫の手も借りたい忙しさだった。
 魔法でつけたオーブンの火は一向に消えることなく、激しく燃え続ける。
 洗う暇のない調理器具はそのまま水の中へと放り込まれていた。
 そこへ橙 小花(ちぇん・しゃおふぁ)がやってくる。
「わたくしにもお手伝いさせてください」
 まるで天使が舞い降りた気持ちだった。
 妖精は泣いて喜ぶほどに小花の申し入れに感謝した。
 小花はのるんためにクッキーを作りたいという。
 妖精は快くキッチンの一角を明け渡し、料理を任せる。
「えっと、砂糖に、卵に、チョコチップもあったらいいでしょうか? あ、あと小麦粉はどこでしょう?」
「それなら棚の上にあるから取ろうか?」
「大丈夫です!」
 そう言って小花は背後の棚を見上げ、小麦粉の袋を見つける。
 手を伸ばしても後少し足りない高さに、小花は軽く地面を蹴って飛び上がった。
 すると――
「あうっ!?」
 ゴツンと棚に頭をぶつけた。
 揺られて沢山の調味料が、頭を抑えてしゃがみこんだ小花に降り注ぐ。
 最後に落ちてきた目的の小麦粉は、小花を真っ白に染めながら床へ盛大にばらまかれた。
「だ、大丈夫かい!?」
「ふぇ……シャオは妖精様にご迷惑をお掛けしてしまいました。シャオは未熟者でございます……」
 ボロボロと流れ出した涙は次第に大きくなり、その場に座り込んだ小花は盛大に泣きだしてしまう。
 必死に慰めの言葉をかけながらも泣き止まない小花に狼狽える妖精。
 そんな時、別の部屋でゲームをしていたのるんが一際大きな悲鳴をあげた。
「うわーん!? ゲームがきえたぁ!?」
 テレビ画面は真っ暗に染まり、電源を押してもつかなくなったのだ。
 不審に思った世話係の妖精は、窓を開け家の裏を覗きこむ。
 そこには壊れた自転車を前に頭を抱え込む妖精と、傍らでムスッとしているセレアナの姿があった。
 家とコードで繋がれた自家発電用の自転車は、車輪部分が変形してサドルを回すことすらできない状態になっていた。

 そんな至る所から叫び声が聞こえる妖精の家を一瞥したアレン・オルブライト(あれん・おるぶらいと)は、興味なさそうに再び手元の魔道書へと視線を戻した。
 自身のパートナーたちの扱いについて色々言ってやりたいこともあったが、趣味に没頭していたアレンは木陰でのんびりしようと決め込んでいた。
 しかし、そこには問題もあった。
「おい、お前さっきから何読んでんだよ!」
 放っておいてほしいのに、子供たちがしつこく付き纏うのだ。
「なぁ、教えろよ!」
 場所を変えてもついてくる子供にうんざりしていた。
 不意に子供の一人がアレンの読んでいた本を取り上げてきた。
「なんだこれ? 全然読めないぞ?」
「返しなさい。それは魔道書だ。キミたちにはまだ理解できないだろう」
 すると子供たちは自分の理解できない、見たことのない『魔法』に対して存在しない物と位置付けた。
 そして、魔法に関する本を読むアレンに関しても嘘つき呼ばわり。
 子供の戯言と無視していたアレンだが、さすがに指さしで言われ続けると気が散ってしょうがない。
「まったく……」
 読書どころではなくなり、本を閉じて子供たちに近づくアレン。
 子供たちは後ずさりながら身構え、それを前にアレンは大きく息を吸うと、ニッコリと笑いかけた。
「言っとくが僕の講義は学校のとは比べものにならないからね。覚悟してもらうよ」
 それから子供たちは、アレンから懇切丁寧な魔法基礎学を強制的に教授されていた。