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リアクション
第一章
正月納めの大祭開始と共に多くの人が詰めかけて、あちこちで餅をついたり正月遊びに興じていた。
獅子舞が道を練り歩き、和楽器の音が聞こえると人々の中に高揚感のようなものがわき上がる。
綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)も恋人のアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)と共に祭に参加していた。
大半の人が単純に祭を楽しむために訪れているが、アデリーヌには本当に正月ボケが抜けないさゆみを正気に戻すという使命があった。
「やだなぁアデリーヌは。まだ三が日だからボケててもいいじゃない」
「もうとっくに三が日は過ぎてるわ」
ぼおっと獅子舞を見つめているさゆみにツッコミを入れてアデリーヌは周囲を見渡すと、屋台で羽根突きの道具を貸し出しているのが視界に入った。
「ほらほら、獅子舞ばっかり見てないで折角だから身体も動かしましょう? 羽根突きでも」
「羽根突き? やるやる。おじさ〜ん、羽子板と羽根貸して〜」
先ほどまでの眠たそうな動きから一転してさゆみは飛びつくように屋台へと向かった。遊ぶことに関してだけは正月ボケが治るらしい。
羽根突きの道具を貸してくれた親父さんは墨と筆も貸してくれた。曰く、羽根を落とした方に墨で落書きすると緊張感が増して面白いらしい。
遊びや祭といえども顔に落書きは抵抗があるのか二人の目に少しだけ真剣な色が宿る。
「いくよー」
さゆみは声をかけて羽子板で羽根を突き、羽根は弧を描いてアデリーヌに向かっていく。真剣な瞳とは比例して打ちだされる羽根に速度は無く、アデリーヌもそれを打ち返すが、やはり速度は遅い。
決着を着けるというより互いに落とさないように気をつけながらラリーを繰り返しているようにも見えた。が、
「あ」
一瞬、さゆみの身体から集中力が抜けて、羽根は羽子板をすり抜けるとポトリと地面に落ちた。
長期戦を制したアデリーヌは笑顔で筆を持つと、さゆみの額に肉と書いた。
「ねえ、なにを書いたの?」
「ううん、大したことは書いてないわ。それより、お腹が空いたからお雑煮でも食べない?」
「あ、いいね。行こう行こう」
さゆみはさっさと屋台の方へと走ってしまう。さゆみが顔に書かれたものの正体に気付くのはもう少し先の話だった。
さゆみたちが向かった先では桜葉 忍(さくらば・しのぶ)、桜葉 香奈(さくらば・かな)、織田 信長(おだ・のぶなが)、桜葉 春香(さくらば・はるか)が餅つき体験をしていた。
「ほら、春香。お餅こねて」
「うん!」
忍が杵を持ち上げると春香は水で濡らした手で餅を鷲づかみにすると、指の間から白い餅がむにゅむにゅと溢れ出た。
「あははは! おもしろーい!」
春香は満面の笑みを忍に向ける。それを見ると、忍もこねて欲しいという指示を忘れて笑みを返してしまう。楽しんでくれているならばそれでいいのだ。
一方で香奈と信長の方は餅をつくという行為に大苦戦していた。
「な、なんじゃ! なんでこんなに餅が杵に絡みつく!? ええい、離れろ下郎! たたき切ってくれるわ!」
「お、落ち着いてください! 今取ってあげますから!」
刀の柄に手をかけそうになる信長を見て、香奈は慌てて餅に手を触れると、今度は香奈の手にべったりと餅がくっついて離れなくなった。
右手にくっついた餅を左手で取ろうとしたら両手にくっつき、餅は両手でアーチを作るようにびろんと伸びた。
「ううう……しーちゃん……助けてください」
半泣きで香奈は忍を呼んだ。
「はいはい、大丈夫だから子供の前でそんな顔しない」
まるでお母さんのような口調で忍は香奈にくっついた餅を綺麗に取った。
「忍よ。この人選には無理があるぞ。今度は私の餅をお前がこねろ。香奈は春香の方に行くのじゃ。春香もそれでよいな」
「うん! 今度はお母さんとやるー!」
春香は屈託の無い笑顔を見せて香奈に抱きつき、向こうへと行ってしまう。
「あ……」
先ほどまで自分と楽しく餅をついていたのに……とか考えると忍の心に一抹の寂しさが残った。
「なんちゅう顔をしとるんじゃ。ほれ、さっさと手伝え」
信長に首根っこを掴まれながら忍はせっせと餅をこねる。
「お母さん、お餅を触るときはお水で手を濡らさないとくっついちゃうんだよ?」
「春香は物知りですね」
香奈は笑顔を見せながら杵を下ろして持ち上げると、春香がよいしょと口にしながら餅をこねる。
楽しそうに餅つきをしている二人の姿を見つめながら、お父さんである忍は少しだけ寂しそうな顔を見せながらせっせと餅をついた。
翌桧 卯月(あすなろ・うづき)は日比谷 皐月(ひびや・さつき)の片方しかない手を引っ張って人混みを駆けていく。
「あんまりはしゃぐと転んじまうぞ」
「いいじゃない。今日は私のために付き合ってくれるんでしょう?」
卯月にそう言われて皐月は二の句が継げなくなる。確かに彼は卯月をここに連れてくるために仕事のスケジュールを空けてまでここに来たのだ。
これには卯月にも考えがあった。自分が生まれてから三年、まともに正月らしいことをしてこなかったことを訴えて、一日くらい皐月に休みを与えたかったのだ。少々無理をしすぎる皐月にはこれくらい強引な方法をとった方が効果的なのを彼女は心得ていた。
「で、なにがやりたいんだ?」
「ん〜……あ! あれやりたい、凧揚げ!」
卯月は指を指すとそこには凧を貸し出している店があった。
「凧揚げか懐かしいな……やり方知ってるのか?」
「そのくらいなら知ってるわ」
得意げに語る卯月は屋台から凧を一つ借り受けて皐月に持たせると自分はたこ糸の方を持って長い道を走り出す。皐月はタイミングよく凧を離すと、風を受けた凧は高々と空に舞い上がり、他にも無数に上がっている凧の中に混じると空の景色に溶け込んだ。
「おーおー結構高く上がったな。卯月、落とすなよー」
「問題ないわ。このくらい……」
卯月は夢中で空を見上げながら後ろに下がる。が、空の凧に夢中で後ろにいる人に気付かず思いっきりぶつかってしまった。──それも、スキンヘッドにサングラスと言ったあきらかに堅気の人間じゃなさそうな輩にだ。
「てめえ! なによそ見して歩いてやがるんだ! ああ!?」
スキンヘッド男は卯月を睨みつけると仲裁に入るように皐月が割って入った。
「まあまあ、折角の祭で喧嘩してもつまらないだろ? ぶつかったのは謝るから、穏便に済ませてくれないか?」
「ああ? ふざけんな! 誰が……」
スキンヘッド男の言葉は途中で途切れ、破裂音と共に横倒しになった。
見れば男の近くをゴム弾が転がり、こめかみは見事に真っ赤になっていた。
卯月と皐月がゴム弾が飛んできたであろう位置に視線を送ると、そこには迷彩服にライフルを担いだ葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が立っていた。
「羽目を外しすぎるのは御法度であります。喧嘩は中止するであります」
「てめ……ふざけんな!」
スキンヘッド男は起き上がろうとすると再びゴム弾が男の身体を直撃して、再び地面に倒れた。
さらに追い打ちをかけるように吹雪は倒れた男にゴム弾を浴びせる。怪我こそしないが高速で撃ち出されたゴムは痛みで絶叫を上げるには十分な威力だ。
「す、すいません……もう、勘弁してください」
ひしゃげたサングラスから怯えたような瞳を見せる男に吹雪は銃口を突きつけ、
「見逃して欲しかったら『お年玉』をよこすであります」
強盗まがいな言葉を口走った。
「あの……それは強請じゃ……」
「お年玉であります! それとも命を落とすでありますか?」
「ひっ……は、払います! どうぞ!」
男はポケットから一万ゴルダを差し出すと逃げ出すように走り去っていった。
「あ、あの……ありがとう……ございます」
卯月が困惑したように礼を言うと吹雪は卯月の頭に手を置いた。
「気にしなくていいのであります。これが自分の仕事ですから」
それじゃあ、気をつけて。と言い残し吹雪は何故かダンボールを被ってその場を後にした。
その姿を見つめる皐月は呆れるような顔をしていた。
「あれで隠れてるつもりなのか……? まあ、いいか。さて、卯月次は何がしたい?」
「次は独楽を回したいわ。皐月も一緒にやりましょう?」
「はいはい、今日一日はなんでも付き合ってやるよ」
再び引っ張られるように皐月は走り出した。