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 その日、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は非番で、パートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は仕事だった。
 なので、セレンフィリティの自室から、正確にはキッチンから、ドッカンガッシャンと、料理では有り得ない音と異臭がしても、やがて
「やったー! 完成!」
という、怖ろしいフラグを立てた歓声が上がっても、気に留める者はいなかったのだ。不幸にも。

 帰宅して、ドアを開けた瞬間、凄まじい瘴気に襲われて、セレアナは咄嗟に、戦闘態勢をとった。
「……何、この異臭!?」
 警戒しながら部屋の中を伺い、瘴気の元が台所らしいと判断した瞬間、最悪の予想が脳裏をよぎる。
 どんなにか逃げ出したいと思ったか解らない本能を叱咤し、確認の為に台所へ入って……目の前に広がる光景に、想像は絶望と化した。

「お帰り、セレアナ!」
 満面の笑顔で、セレンフィリティはセレアナを迎える。
「セレン……何、それ」
「勿論、フォンダンショコラよ」
 その、失敗作というレベルを通り越した、異次元からの漂流物としか思えない物体を前に、セレンフィリティは得意げに答えた。
 セレンフィリティの料理の腕前は、殺人兵器級だ。しかし本人は本気で自分を天才料理人と信じて疑わない。
 その為、セレアナは常々、
「セレンの料理は私以外に食べさせたくないの」
と言いくるめて、その腕を披露することを禁じていた。だが。
「今日はバレンタインだしね!
 セレアナの為に、久々に腕を揮ってみたの。最高の出来に仕上がったわ!」
 本気でそう信じているセレンフィリティの手にある謎の物体は、既に見た目が精神攻撃状態だ。
 その天使のような笑顔に、セレアナは死を覚悟した。

 一口食べた、その後のことは覚えていない。
 けれど、次にセレアナの意識が戻った時、何故か自分達は服を着ていなかった。
 体中に情事の痕跡を残して、セレンフィリティはまだ倒れている。
「ん……ふっ」
 身を起こそうとして、びくりと震える。寒いのではない、まだ少し、身体が熱い。
(……これは、ひょっとしてあれかしら。チョコには、媚薬の効果があるっていう……)
 チョコに含まれる、催淫効果を持つ物質が、セレンフィリティの壊滅的調理とコラボして、過剰反応を引き起こした……らしい。
「セレン……」
 ひとつ息を吐いて気持ちを落ち着けつつ、セレンフィリティを起こそうと手を伸ばして、その手を引っ張られた。
 セレアナは、引っ張られるままセレンフィリティの上に重なり、顔を引き寄せられて口付けあう。
 微かに、かつてチョコだった物体の味がした。
 情事の中で、どういう手段をとってかは憶えていないが、セレンフィリティもまた、これを食べたのだろう。
「……まだ、身体が熱いわ」
 唇を離して、セレンフィリティは艶然と笑った。
「今度はベッドに行きましょ」
 セレンフィリティの指先が、セレアナの頬から首筋をなぞって、乳房を遊ぶ。
「激しいのと甘いの、どっちがいい?」
「……お願いだから」
 セレアナは、溜息、のつもりの吐息を漏らした。
「……甘いのにして」




――――――――――――――――――――――――――――――――――― 甘い甘い毒