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白い機晶姫【サタディ】を捜せ

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白い機晶姫【サタディ】を捜せ

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二章 サタディは何を望む


『出ていった人もきっといつか戻ってくるわ。だから……ね』
 前回のサイクラノーシュの攻撃で、リネンのアイランド・イーリは工廠送りになってしまった。空賊団団員も攻撃の余波で負傷しており、一時撤退。現在は反撃のための療養を続けていた。
 一方、リネンたちはこの場に残り、ゴーストタウンと化したアルト・ロニアの面倒を見ていた。これまでの件でリネンとイーリはアルト・ロニアの住民に信頼されていたため、幾つか気になる情報を獲得する事に成功していた。
 曰く、見慣れない白い機晶姫が近辺でうろついている。曰く、街中に機甲虫らしき姿を見た。曰く、アルト・ロニアに住む者はかつては墓守の一族だった。曰く、曰く、曰く……。
 リネンは思案した。アルト・ロニアの情勢は気がかりだが、やはり、サタディの動向も気になる。サタディは前回、サイクラノーシュの攻撃でホワイトクィーンごと破壊されたはずなのだが……どういう訳か、無事だったらしい。
 加えて、街中で機甲虫が出現したとの証言もある。リネンとフェイミィは街の安全を確保するため、仮設住居を中心に見回りをする事に決めた。
 そして、現在。
「まったく……。この状況で何をやっているんだか」
「申し訳ないであります! しばらくは真面目にやりたいであります!」
 リネンはそこら辺に転がっていた縄で吹雪を縛ると、フェイミィと共にサタディの捜索を再開した。
 雨が降りしきる中、2人(と1人)は街中を歩き回る。道路の両側に視線をやると、仮設住居の壁面を形作る材料が剥がれ落ち、内部構造を露わにしていた。
 街の痛ましい姿を見たフェイミィが、言った。
「この街も寂しくなっちまったな……砂に埋もれるのは故郷だけで十分だぜ」
「何にせよ、これ以上の被害は避けたいわね……」
 リネンは仮設住居に近寄り、壁面の修復を試みた。だが、それは一人で出来る作業ではなかった。
 人手も材料も不足している。建物の倒壊を防ぐためひとまずの応急処置を施すと、リネンはその場から離れた。
「サタディ、なぁ……あいつ『機晶』姫だよな。なんで『機甲』の側にいるんだろうな?」
 サタディ。例の白い機晶姫のことだ。リネンは思考を巡らせ、フェイミィの問いに答えた。
「そうね……。昔、何かあったのかもしれない。本人を発見できればいいんだけど――」
 不意に、白い後ろ姿が視界を横切った。微かに見えるその横顔を見て、リネンとフェイミィは思わず呆気に取られた。
「……サタディ?」
 すかさずフェイミィが携帯電話を取り出し、他の契約者たちに告げる。
「例のお嬢さん、見つけたぜ。場所は、孤児院の近くだ!」
 瞬間、殺気を看破したリネンが【マニューバストライク】を放った。アクロバティックに跳躍し、建物の陰に潜む敵に【贖罪の銃】の引き金を引く。
 頭部に直撃を受けた敵――機甲虫・隠密型が姿を現し、その場に崩れ落ちた。
 どうやら機甲虫・隠密型がいつの間にか忍び寄っていたようだ。周囲から向けられる殺気を看破したリネンが虚空に【エアリアルレイヴ】を放ち、見えない敵を斬り付けていく。
 あっという間に3体の機甲虫・隠密型が崩れ落ちた。どうも状況的には囲まれていると見て間違いないようだ。
「……私がサタディの後を追うわ、フェイミィは葛城をお願い」
「あ、ああ!」
 フェイミィが携帯電話で他の契約者に連絡を行い、ナハトグランツに騎乗する。
「わりぃが手ぇ貸してくれ! えらいことになった!」
 死角から飛びかかる【殺気】に対し、リネンがマニューバストライクで迎撃。その隙に、フェイミィが吹雪を引きずって機甲虫・隠密型の群れから駆け出した。
(さて、厳しい状況ね)
 その場に一人残り、リネンは考える。この状況で【隠れ身】は……可能だろうか? とても通用する相手だとは思えないが……。
 リネンはいつでも相手を迎撃できるよう得物を構える。だが、それに対応するかのように、機甲虫・隠密型は殺気を消した。
 殺気を消して無我の境地で襲いかかるつもりか? ならば、襲いかかってくる瞬間に回避し、カウンターするしかない。
 雨が降りしきる中、必死で周囲を見張ること数分。何も起こらなかった。リネンは、とある考えに至った。
 機甲虫・隠密型たちは逃走したのだ。理由は分からないが、そうとしか思えない状況だった。
「どういうことなの……?」
 リネンの胸中に疑念が渦巻いていく。
 だが、これも機甲虫の罠かもしれない。リネンはフェイミィに『救援の必要は無い』と携帯電話で伝えると、周囲の動きに細心の注意を払いながら、サタディの後を尾けていった。


 アルト・ロニアの街中でサタディを捜索する紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は、不意に彼女の気配を捉えた。
 唯斗の【超感覚】がサタディの居場所を察知したのだ。唯斗は暗い雨が降りしきる道路を駆け抜け、気配のある方向に向かった。
 果たして、そこにサタディはいた。サタディは全身から雨水を滴らせ、孤児院を見上げていた。
「サタディ!」
 唯斗にとってサタディは護る対象であり、敵ではない。捕縛する気もないし、彼女が抵抗するなら気合で耐え切るつもりだった。
 駆け寄る唯斗の声に、サタディが反応した。雨に濡れた銀髪が翻り、彼女が振り返る。
 サタディの表情はやや剣呑だった。人間を信じるべきかどうか図りかねている、そんな表情だった。
 ――シャッ!
 雨粒を切り裂いて、横から鋭利な『何か』が迫った。【超感覚】を頼りに襲撃者の音、臭い、空気の動きを読み取った唯斗は寸前で回避してみせる。
 辺りを注視すると、透明な何かが数体ほど蠢いていた。ステルスで背景と同化しているが……その身体に当たって弾かれる雨粒の動きを見れば、そこに何がいるのかは容易に知れた。
 機甲虫・隠密型。目的は不明だが、彼らもまた、ここアルト・ロニアに侵入していた。
「何が何でもサタディに怪我なんかさせねーよ! この身を盾にしてでもな! お前も、お前の居場所も護るから!」
 サタディは眉をひそめると、その場から立ち去った。サタディの後を追って唯斗が駆けるが、横合いから機甲虫・隠密型数体が襲いかかってきた。
 唯斗は機甲虫・隠密型の突進をすれすれで回避すると、【不可視の封斬糸】を隠密型に放った。


 アルト・ロニアに点在する廃墟の中では、住民が寒さを凌ぐため古めかしいストーブを囲んでいた。
 住民に対して出来る事はあまり多くは無い。風森 巽(かぜもり・たつみ)は毛布を住民に手渡すと、サタディの捜索に乗り出した。
 フェイミィからの連絡を受け、孤児院の近くを捜索すること数分。程なくして、サタディは見つかった。見つかったというより、曲がり角を曲がろうとしたところ、走ってくるサタディとぶつかったのだ。
「くっ……!?」
 巽にぶつかったサタディが道路に転がる。雨水の中でもがくサタディに、巽はそっと手を差し伸べた。
「お前は……人間だろう。なぜ私を助ける」
 サタディが巽に向ける視線は、どこか初々しい。あまり見ぬ物に恐る恐る接するような、そんな感覚があった。
(そうか……記憶が……)
 巽はサタディの身に起きた異変を悟った。前回のサイクラノーシュの攻撃は苛烈だった。あの攻撃でサタディの記憶が一時的に失われたと考えれば、一連の行動に説明がつく。
「力になると言っただろう? 助ける理由はそれで十分だ」
 サタディは困惑しているようだった。前回の戦闘で記憶を失っているとすれば、無理からぬ反応だった。
 巽は、あえて一方的に語った。
「例えば、助けた相手がその後に実は悪人でした、なんて考えてたら人助けなんてやってらんないのさ。今、この手の届く範囲で、助けを求める人が居るなら、とにかく助ける。アレコレ考えてたら、助けられる人も手遅れになるからな」
 それは、これまでの経験から導き出した巽なりの結論だった。
 巽は視界の彼方に聳え立つサイクラノーシュを見上げ、呟くようにして告げた。
「聞いても聞かなくても、アレを倒すっていうやる事は変わらないからな。役者は脚本と出番が来るまで、暇潰しってね」
 あえて事情を尋ねようとしない巽の態度に、何かしらの感情を覚えたのだろう。サタディは表情を引き締めると、巽の手を取った。
「お前の言っている事はよく分からないが……なぜか、お前は信用できる。そんな気がする」
 サタディは巽の手を確と握り、立ち上がった。
 抵抗は無かった。後は安全な場所にサタディを護送すれば良いだろう。……だが、その前にやるべき事がある。
「そこにいるんだろう? 姿を隠しても我には分かる」
 サタディの周囲には、地面が妙に濡れていなかったり、雨が降っているのになぜか雨が弾かれたりする領域が幾つかも存在していた。
 【ホークアイ】でそれらの事実を見抜いた巽は、理解した。サタディの辺りに機甲虫・隠密型がいることを。
「目に見えないのと、居ないってのとは違うって事だな」
 存在を看破された機甲虫・隠密型は巽に突っ込んできた。真っ正面から2体、両脇に建ち並ぶ廃墟の屋上から2体の隠密型が迫る。
 巽はサタディの前に出ると、【野生の勘】を頼りに【龍殺しの槍】を繰り出した。イコンの装甲すら貫通する槍の【ダブルインペイル】がたちまち隠密型2体を粉砕する。
 廃墟の屋上から飛びかかってくる隠密型には、【ツァンダースカイウィング】と【空中戦闘】を組み合わせ、空中で迎撃した。微かな風の流れから敵の位置を把握し、龍殺しの槍を繰り出す。
「姿を消せても、流石に風を遮らずには近寄れないみたいだな!」
 隠密型2体を砕いた巽は着地すると、再び龍殺しの槍を構えた。
 隠密型の気配があちらこちらにあった。囲まれているのは間違いないだろう。
 だが、巽は違和感を覚えていた。
 機甲虫・隠密型は巽を狙うばかりで、サタディに危害を加える様子はない。まるで、機甲虫・隠密型がサタディを守っているような感覚すらあった。
(機甲虫、ナイト……女王を守る騎士か)
 巽は、前回の戦闘でホワイトクィーンと4体の騎士(ナイト)を目撃している。もし機甲虫が、今も忠実にサタディを守っているとしたら?
「加勢するわ!」
 聞き覚えのある声が響いた。振り向くと、北、南、東の方角からセレンフィリティとセレアナ、唯斗、リネン、フェイミィたちが駆け寄ってくるのが見えた。
 契約者たちは頷くと、互いに互いに死角をカバーし合うようにして動き回り隠密型を牽制。サタディと共に、急ぎ地下シェルターに向かった。