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一会→十会 —鍛錬の儀—

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一会→十会 —鍛錬の儀—

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 葦原明倫館から西、葦原島のほぼ中央にその山はある。
 正式名称はあるが、既にそれを知る者は少なく、麓の村人たちを含め、皆こう呼ぶ。
 ――「妖怪の山」と。


【頂上を目指して・1】


 豊美ちゃんこと飛鳥 豊美(あすかの・とよみ)鵜野 讃良が、その純粋な心で信じ切っている件の“ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)の申し付け”に皆が俄にざわつき始めていた折、ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)は「ああ、またか」とでも言うように額に指先を当てて嘆息していた。
「まぁ、お神酒と禊はまだわかるとして……このお話自体は恐らく嘘よね?」
「ふぇ〜……確かに嘘ですよねぇ〜」
 ちらりと視線をぶつけられ、スノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)は頷き、もう二人のパートナーの反応を伺った。
 サリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)の方は、自分と同じように、怪訝な表情を見せている。そして最後の一人……
(翠ちゃんだけはぁ〜、真剣な顔をしちゃってますねぇ〜……)
 と言う訳でどうやら彼女達パートナー間で、話を鵜呑みにしているのは、及川 翠(おいかわ・みどり)だけのようだった。
「よし。
 翠、サリア、ケーブルカーで登るわよ?」
 早々に切り替えてぱっと踵を返したミリアの動きに、サリアは顔を上げて瞳をきらきら輝かせる。
「えっ、なぁにお姉ちゃん? ケーブルカーで登るの?
 ケーブルカー、楽しみ!」
 特別な乗り物の名前を聞いてはしゃぎ、ミリアをパタパタと追い掛けるサリアとは違い、翠は後ろを振り返り、振り返り、足が遅れていた。
 好奇心旺盛な彼女の事だ。妖怪の山、いざ探検! と意気込んでいた出端を挫かれ、しゅんとしてしまったのだろう。
「お兄ちゃん……」
 ぽつりと呟いてみると、此方を見ていた顔と目が合った。翠が気にしていたお兄ちゃんことアレクサンダル四世・ミロシェヴィッチ(あれくさんだるちぇとゔるてぃ・みろしぇゔぃっち)は、山登りのサポートをするらしい。一緒に行きたいと縋る翠の表情に、アレクは困った笑顔で返す。
 そんな間に翠の動きに気付いたスノゥとミリアが、彼女の背中をぽんと叩いて進むように促した。二人の合図とアレクが「あとで」と手を振るのをきっかけに、翠の足取りがやや軽くなったのを見て、スノゥはミリアは向き直った。 
「それにしてもぉ〜、ミリアちゃん決断早かったですねぇ〜」
「流石にパターンが分かって来たわよ。
 それにこれが嘘だとなると、問題は登山中の襲撃……」
「ふぇ〜……ミリアちゃんはぁ、色々考えてるんですねぇ〜」
 間延びした口調ながら心底感心している様子のスノゥに、ミリアはまんざらでも無さそうな反応を示し、それからスノゥの荷物へ視線を落した。
「ところでスノゥ」
「ふぇっ?」
 食材の詰まった袋と調理器具。何をするのかは大体分かるが、敢えて指をさし、聞いてみる事にする。
「それ、どう言う事なの?」
「頂上に着いたらぁ〜、料理するんですぅ〜。
 みなさんきっとお疲れですからねぇ?」
 予想通りの言葉と優しい笑みに、ミリアは襲撃の事を考え固くなっていた表情を、ふっと和らげるのだった。



「さあさあ、こっちですじゃ〜」
 村長の吾作が小さな旗を振って観光客を案内している。葦原島全体を襲った一連の事件後、麓の村から山の頂上付近まではケーブルカーが設置された。村にそんな資金があろうはずもないので、提供したのはハイナに違いない。
 結果、「妖怪の山」は一大観光スポットと化した。
 が、それは表向きのことである。
 山には村からとは別の入り口がある。――無論、山であるからどこから登ってもいいわけであるが、
「とてもじゃないですけど、村とそこ以外は通れないんです。獣道もないし、というか妖怪道みたいな感じで」
 下手に足を踏み入れると、たちどころに妖怪たちに襲われてしまう、と北門 平太(ほくもん・へいた)は言った。どうやらケーブルカーを作ったのは、山に住む妖怪たちとのトラブルを避けるためだったようである。
「僕は大抵、途中まではケーブルカーで行きます。後はのんびり歩いていくんですけど、こっちの道はほとんど通ったことないんですよね……」
 道が一本では何かあったときに困る。村のほぼ正反対から登る道の存在は、一部の人間以外には知らされていなかった。平太はその数少ない一人であったが、それを聞いた忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)は、「鈍くさのくせに生意気な!」とぷんすか怒っていた。
 先頭を歩く予定のスヴェトラーナ・ミロシェヴィッチ(すゔぇとらーな・みろしぇゔぃっち)は、葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)経由でハイナから預かった地図を眺め、道順を頭に叩き込んでいた。山頂近くにあるバツ印を指し、
「この滝が禊の場所ですね?」
と念を押す。
 平太はほんの一〜二度通った道順を回想しながら――二度と通りたくないと思ったものだったが――、多分、と答えた。
「切り立った崖があったりして――よく覚えてないんですけど」
「覚えてない? 通ったことあるのに?」
 アッシュ・グロック(あっしゅ・ぐろっく)が怪訝そうに眉を寄せる。
「いやあ、それが疲れちゃって休憩して寝てる間に、武蔵さんが憑依して頂上まで行ってくれたんです。なんかあちこちボロボロだったんで、相当変な道を通ったんでしょうね」
 平太のパートナーの一人、宮本 武蔵は奈落人だ。もう一人のベルナデット・オッド(べるなでっと・おっど)はケーブルカー組にいるが、その時のことを決して語ろうとしない。
「大体の道順は分かりました。それでは出発しましょう!」
 スヴェトラーナが地図を畳んで言った。


 先頭が出発を始めたのに合わせて、さて自分も移動を――と意識を前方へ振り向けた所へ、飛鳥 馬宿は背後から肩を叩かれる感触を覚えた。
「リカインか、どうし――」
 馬宿の言葉は、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)の人差し指が馬宿の頬をぷにゅ、と突っついたことで止められた。
「あはは、馬宿君引っかかった。……気を抜いてると足を掬われるかもしれないよ?」
「……そのつもりはなかったのだがな。まさか君がそのような遊びをしてくると思わなかったのは、俺の気抜かりかもしれないな」
 言った馬宿の横に、リカインが並んだ。
「アッシュ君に言わなくていいの?」
「言えば前提が崩れ、ややこしいことになると予測出来たからな。俺達はいわば、囮のようなものだ」
 リカインの言わんとしていることを理解した馬宿の発言に、リカインはやはり、馬宿はそれなりの危険を――もっと言えば『君臨する者』の襲撃を予期しているのだと思い至る。
「ふーん。そこに馬宿君が来たってことは、いざって時には「先に行け」をやろうとするつもり?」
「……非常事態の場合は、な。俺がここに来たのは魔穂香に連れられて、という面もあるが――」
 馬宿が名に挙げた馬口 魔穂香を見れば、彼女は親しくしている友人と一緒に行動していた。これなら自分がもし手を貸せずとも大丈夫だろう。
「――魔穂香の方は気にせずともよいだろう。ならば……俺はリカインを護るとしよう」
「わ、私!? ……いやー、ただ護られるってのも性に合わないっていうか……」
 矛先を向けられたリカインが、照れたような困ったような顔をする。確かに力の一部を制限されている今、普段のようなつもりで出現が予測されている敵に対して迎撃は難しいかもしれない。それでもある程度は戦えるだろうし、ただ護られるだけの存在になるつもりはなかった。
「……でも、ありがと。そう言ってくれるのは嬉しい」
 それでも、馬宿の気遣いはリカインにとって嬉しかったので、その点についてリカインは礼を言った。
「さ、行きましょ。何があるにせよ、孤立するよりは固まっていた方が対処がしやすいだろうし」
「ああ、そうだな」
 リカインの言葉に馬宿が頷いて、二人は険しい山登りを始める――。

(あー……なんでしょう。この何にもやる気のない今の状態は……)
 ゆっくりと頂上を目指して進むケーブルカーをぼんやりと見つめ、シーサイド ムーン(しーさいど・むーん)は哀愁に暮れていた。その理由は今回、自分がただここに居るだけで何の役割も与えられていないからであった。
(魔法石による改造……ちょっと、いや結構興味あったんですけど……)
 魔法石による改造がもし自分にも有効であったなら、もしかしたら自分はカツラとしての存在以上になれるかもしれない――そんな淡い期待は、強化を機晶姫やギフトに行うのを禁じられた事で水泡と帰した。確かに機晶姫やギフトに直接強化をしてしまうと、予測不能な事態に発展しかねないのは前回の事件が物語っている。
(理由は理解出来るんですが……はぁ……)
 それでも、残念だなぁ、という気持ちは消し切れるものではなかった。別にカツラとしての存在を止めるつもりはないが、それ以外になれるかもしれない、と思ったらちょっとくらいは興味が湧くのは仕方ないだろう。
(……あ、来ましたね)
 自分が乗る予定のケーブルカーが迫ってきていた。
(はぁ。束の間の傷心旅行、と参りますか)
 そんな事を呟いて、ムーンはケーブルカーに乗り込んだ。


「武器強化……はぁ、いい響きだよね。これがあるから面倒な素材集めも頑張れるんだよね」
「そうね美羽、何百何千とモンスターの死骸を積み重ねてやっと1つ得られる宝玉を50集めてようやく強化できる……あの瞬間の感動というか心に来るものはなかなか味わえないと思っていた。
 でも今日、この険しい山を登り切った先に、私の武器を強化出来るイベントが待っている。……これが燃えなくてなんだというの、美羽!」
「うんうん! その気持ち分かるよ、魔穂香!
 一緒にイベントクリアして、武器強化してもらっちゃおー!」
 おー、と二人、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)と魔穂香が拳を突き上げた。他の契約者にとっては苦行かもしれない出来事も、彼女らにかかれば一イベントだ。
「美羽、魔穂香、張り切るのはいいけど、油断は禁物だよ。山には妖怪が住んでいて、僕たちの邪魔をしてくるかもしれないんだから」
 二人の盛り上がりぶりに苦笑しつつ、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)があくまで念のため、二人に釘を刺す。平時なら二人の戦闘力に勝るものはそうそう居ないだろうが(過去に例外はあったが)、今回は特例により力の一部が制限されている。
「大丈夫! 妖怪なんか蹴っとばしちゃうから!」
 そう言ってポンポン、と自分の自慢の脚を見せびらかす美羽。対照的に魔穂香はしゅんとした様子だ。
「私は魔法メインだから、山登り中は美羽とコハクに頼ることになりそうね」
「魔穂香は私とコハクのサポートをしてくれれば、それで十分だよ。……でも、もし魔穂香が気にしてるなら、そうだなぁ……」
 んふふ?、と美羽が意味深な笑みを浮かべた。魔穂香は美羽の不審な態度に不安を覚えつつ、何事か尋ねる。
「今度こそ魔穂香には、新しくデザインした魔法少女の衣装を着て、一緒に戦ってほしいな?って」
「……そんなこと? いいわよ」
「えっ、ホント!?」
「ええ。美羽とお揃いなんでしょ? 私は歓迎よ」
「やったぁ! 約束だよ魔穂香! 帰ったら送っとくから! あ、ポーズと決め台詞も用意してあるから、覚えてきてね!」
 武器強化の時の数倍アゲアゲテンションで、魔穂香とお揃いコスチュームの事で盛り上がる美羽に、コハクは苦笑を隠せなかった。
(まあ……いざという時には僕が頑張ればいいし、他の契約者さんも凄腕揃いだしね)
 戦いが避けられないのは気がかりだけど、二人がより仲良しになるのは歓迎したいコハクだった。