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■未来を知る痛みを知る者達

 ――行ってきます

 そう、ルカルカが言い残して電子空間へと向かっていってから数十分が経過した頃。
 イルミンスールの森で鋭峰は彼女の残した極光団のメンバーから報告を受けていた。
「そうか、運営の捕縛作戦が開始されたか、後は……」
「こちらは準備完了だ」
 そう言いながらグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が森のなかから現れる。
 傍らではロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)が過保護ではあるがグラキエスの汗を拭っていた。
 魔力に寄って限界を超えている彼の体は森のなかとはいえ、暑さが非常に辛いのだろう。
 それを理解している鋭峰は特に不満を見せることはなかった。
「罠の準備、ご苦労。後は待つだけか」
 グラキエス達は薄暗い森のなかに不可視の罠を設置しており、それらを用いて現れるであろうローブの男と猟犬を迎撃するつもりだった。
「……来るぞ!」
 全神経を働かせ、周囲の警戒を行っていた酒杜 陽一(さかもり・よういち)の感覚がこの場へ割り込んでくる『異物』を察知した。
 彼の掛け声に一斉に警戒の構えを取る彼らの前に、ローブを纏った人物が『2人』その場に『出現』した。
「なるほど、時間移動ですか」
 ローブの人物が現れるのをじっくりと観察していたロアは、彼らが時を越えてやってきたことに気がついた。
 彼らが現れるなり、極光団のメンバーが各々に武器を構えるが、動じた様子はない。
「この事態も解っていたか? 未来人なんだろう?」
 グラキエスがそう言葉をかけると、ローブの2人組は一切の答える気配を見せず、懐から小さな針を取り出した。
 そして、針の先端から不可視の猟犬が飛び出し、鋭峰に向けて放つ。
 一斉に飛びかかろうとする猟犬達は、鋭峰に接近するよりも前で、グラキエスの設置した罠を踏み、その体が魔力に包まれて吹き飛んだ。
 魔力の罠が起動すると同時に、ロアの設置した爆薬に発火、後続の猟犬までもまとめて吹き飛ばす。
「……っ!」
 その光景にローブの2人組の内、小柄な方が狼狽えた様子を見せる。
 たった僅かな隙だが、研ぎ澄まされた感覚で彼らの動きを分析していた陽一はそれを見逃さなかった。
「はあっ!」
 掛け声と同時に動き出したかと思えば、次の瞬間には隙を見せたローブの人物の目の前に陽一の姿はあった。 
 咄嗟に反撃しようと針を陽一に向けるようとするが、腕を動かすよりも早く陽一の腕が針を弾き飛ばし、ローブの人物は一瞬で組み伏せられた。
 もちろん、もう片方の人物はそれを助けようと針を向けるが、その針は遠方からグラキエスの放った魔力弾が的確に吹き飛ばした。
「くっ、やれ!」
 男の声で針を吹き飛ばされたローブの人物は残った猟犬達に指示を出し、グラキエスに向けて飛びかかろうとさせるが、エルネデストの重力操作により猟犬達はまともに動けてすらいないようだ。
「勝負は付いた、諦めろ」
 目の前でこちらを睨みつけるローブの男に対し、陽一はそう言い放つ。
 実際、自分が組み伏せている相手を助けるために行動しようとしてもグラキエスによって阻まれる。
 グラキエスをどうにかしようとしても猟犬達は妨害され、まともに動くことが出来ない。
「……もう、やめよう」
 そういったのは陽一が組み伏せる相手。
 しかし、その声は予想していたものとは違い、女性の声だった。
「何を……っ!」
 もう片方の男が声を荒げる。
「今から逃げますか? まぁ、もう遅いですが」
 気が付けば周囲を取り囲まれており、エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)は結界の様な物を展開しているようだ。
「貴方方は時間を越えて移動している。だからこそ私達の事を把握しているんでしょう?」
「その通り、流石は未来を知るだけで世界を大きく変える力を持つ事だけはあるわ……」
 ロアの問いかけに、あっさりと答える彼女は既に戦意を喪失しているらしく、声に力はない。
「ルナティック」
「おや、私ですか? 私は皆さまと同じことしか知りませんので……」
「なら、いい」
 グラキエスはルナティックが何か確信を得てるのでは、と話を聞かせようとしたが彼がそういうなり話をさせるのを止める。
 知らないというなら知らない、それが悪魔というものだ。
「詳しい話は後で聞くが、1つ言わせてくれ。 お前達が未来の為に動くのはわかるが、金の様に年老いて死ぬはずの者を即座に殺すのは、死神動画と同じ未来の改変に他ならないだろう?」
「っ! それは……」
 グラキエスの言葉がローブを纏う彼らの心を大きく乱した。
 取り押さえられる女性は「そうだよ」と力なく呟いており、男はそのローブを大きく脱ぎ去る。
「違うっ! 俺達は、俺は! 俺の未来の為に!」
「なっ!」
 整った顔は狂気に歪み、狂ったようにエルデネストに体当たりを放つ。
 グラキエスに被害が出ないように咄嗟に体を動かした為、対処が出来ず辺りを封じていた空間が解除されてしまう。
「―――ははっ、もっと過去に戻って俺は、俺の世界を護るんだ!」
「……待てっ! それ以上は!」
 陽一が叫ぶ。
「―――がっ」
 次の瞬間男の胸は長く伸びた管に貫かれ、血が噴き出していた。
 辺りには血の匂いに混じって腐った肉の様な腐臭が立ち込め、辺りに散らばった針からは青白い煙が吹き上がっている。
 そして、気が付けば男は倒れ、血の海に沈み、吐き気を催しそうな腐臭はどこかへと消え去っていた。
「彼は、干渉しすぎて怒りを買ったのですよ……」
 突然の事に驚く皆の中で、ルナティックは1人呟いた。


 男が倒れてから、陽一は女性を拘束したのちに話しかけていた。
「まずは人々から奪った時を返してくれ」
「……うん、あれを砕いて」
 女性は自分ともう1人が使っていた針を指さす。
 彼女の言葉に頷くと陽一は針を思い切り踏み砕く。
「これで、被害者は皆正しい時を刻みだすわ」
「協力感謝する。警察にも悪くは言わないさ」
 そう言って陽一は彼女を立ち上がらせ、イルミンスールの森を後にした。