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【若社長奮闘記】若社長の恋愛事情

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【若社長奮闘記】若社長の恋愛事情

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★個室の中で感謝と嫉妬をプレゼント★



「あらいらっしゃい……って、2人とも随分と疲れた顔をしてるわね」
 次の日の翌朝。
 『アガルタ冒険者の宿』へやってきた一行を微笑みで出迎えたリネン・ロスヴァイセ(りねん・ろすヴぁいせ)は、ジヴォートとドブーツを見て呆れた顔になった。
「ま、飯でも食えば元気になるだろ。で、何にするよ?」
 そんなジヴォートたちの背中を叩くメイド、もといフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)。……最近、メイド服をすっかり着こなし始めている。いや、もともと似合ってはいたのだが、動きにくそうな雰囲気が消えていた。

「ああ、そうそう。要望があって最近個室席を作ったの。静かな食事もできるわよ。そっちにする?」
 リネンが奥のほうを示していった。自身はどちらでもよいが、ドブーツは同行者を見て、個室を使わせてもらうことにした。
「でもあなたたち運がいいわね。今、自分の結婚記念でカップル応援フェアやってるのよ」
「え、そうなんだ! それ、私たちもいいのかな」
 美羽が明るく問いかける。その手はにこやかに笑っているコハクの手としっかり繋がっていた。
 リネンは幸福そうに笑う。
「ええ、もちろんよ」
「カップル応援フェアね……このことテレビで流してもいいかしら?」
「構わないわ。というよりもぜひお願いしたいわね」
「ありがとうございます。では、内容について詳しく教えていただきたいのですが」
 取材として同行している理沙セレスティアはしっかりと仕事をする。
「……それとついでに私たちもそのフェアで食事させてもらえたり」
「理沙。これは仕事ですよ」
「わ、分かってるわよ。冗談よ冗談」
 
 案内された個室内でそんな話をしていると、リネンとフェイミィが料理を持ってくる。
「お待たせ。これはランさんだったかしら」
「は、はい」
「これはジヴォートのだよな」
「おお」
 早速、とお腹が減っていたのか。すぐさま食べ始めるジヴォート。だがランから一番遠い席に座っており、やはり目を向けることは無い。
 それに対してランはちらちらと彼へと目を送っていた。
(……ふぅ。世話が焼けるわね)
「隣少しいいかしら?」
 リネンはフェイミィに目線を送ってから、ランの隣に座る。

「何かあったんでしょ、ジヴォートと?」
 リネンは周りくどいことは言わず、単刀直入に聞く。ランは驚き、目をきょろきょろとさせた。
 だがリネンや同行者たちの柔らかい笑みに、息を吸い込んで口を開く。
「本当に子どもの頃、なんですが」
 それは、ジヴォートが事故に会う前。学校に通い始めた頃の話。
「でも私、その……こんな性格ですから、お友達もできなくて」
 そんな時、彼女の手を引き、友達の輪へと連れて行ったくれたのがジヴォートらしい。
「そのおかげで、親友と呼べる人に出会えました……だから、ずっとお礼を言いたくて」
 事故で亡くなったと聞いて、一生お礼を言うことはできないと思っていた。
「生きていらしたと聞いたとき、ようやくお礼を言えると意気込んでいたのですが……ダメですね。お父様にお願いしてこの機会をいただけたというのに」
 その話は嘘では無いだろう。だがランの目の奥にある輝きにはそれ以外もあって

(もしかしたら、無自覚な初恋だったのかしら。……いいえ、どちらにせよ)

「そう……応援してるわ。向こうは今あんな感じだから言いにくいかもしれないけれど、勇気を出して。
 大丈夫。あなたの想いは伝わるはずだから」
 その背中を軽く押す。それが自分の役目だとリネンは思った。


「ほー、W? デートねぇ……すっかり仲良くなっちゃって、この若旦那!」
「ちょ、おい」
「あはは、悪い悪い。それとこれは俺からのサービスな」
 フェイミィはにやにやと笑いながらケーク・サレをテーブルに置いた。それから横に座り、懐かしそうな顔をした。
「しかしまぁあるよなぁ。親がいるとさー、家があった頃はオレも色々言われたっけ」
 だが何か聞かれる前にいい顔になった。
「あぁー……あ、一発で話がなくなる方法思いついた。『オレは男が好きなんだ!』って叫ぶ。一発だぜ、一発!」
「なるほどな! その手があったか」
「いやジヴ。それは根本的な解決になってないからな。お前も、適当なこと言うな。この馬鹿なら実行しかねん」
 男が好きと言えば、イキモが悪いことをしたと悔い、今度はお詫びとばかりに男の見合い相手を連れてくるに違いない。
 ああ、たしかに。とフェイミィとジヴォートはイキモを思い出して頷いた。

「……原因、分かったんだね」
 ふいに口を開いたのは、傍で食事をしていた美羽だった。
「なんでランちゃんがダメなのか分からないって言ってたよね」
 昨日の時点では、たしかに分かっていない雰囲気だったが、今は明確な意思を感じる。
 美羽は彼から詳しい話を聞いて、ランにそのことを伝えようと思っていた。これは良い機会だろう。
「えっとムリしなくてもいいんです。だけど、言った方がすっきりすることもあると思って」
 続いてコハクが心配そうに口を開く。ジヴォートは諦めたような顔をした。

「声が、聞こえるんだ」

 俺の名前を必死に呼ぶ声。

「あれはたぶん母さんの声で……そのあとに全身を包まれる感じがする」
 おそらく事故当時の記憶なのだろう。
 ランを見ると、それが彼の頭を駆け巡る。ジヴォートが、少し頭を押さえながら、苦笑した。

「っつつ……おかしいよなぁ。母さんとの思い出なんて、何も覚えてないのに、さ」



***



 夏、といえば?
 答えは様々在るだろうが、少なくともその一つに『プール』という答えがあるはずだ。
 遊び場の一つとして、ジヴォートたちはアガルトピア中央区のプールに来ていた。
「うわぁすげぇ、見ろよドーツ。でっけぇ滑り台だ。なんだあれ」
「あれは――」
「滑れるのか。よし、ちょっと行ってくる!」
「お、おい!」
 ハイテンションで、目を輝かせて走っていったジヴォート。それは暗い空気を吹き飛ばそうとしている
(わけではないな。あれは本気で楽しんでる……そんな演技がそもそもできるわけないか)
 ドブーツがあきれ果てる。昔から、興味が湧いたものに一直線なところは全く変わらない。
 ランは、そんなジヴォートやドブーツの様子に楽しげに笑った。少しずつだが慣れてきたようだ。
「皆様も行ってきてください。私は泳ぐのは苦手ですし、ここにいますわ」
「しかし」
「いえ、こうしてたくさんの方たちを見てるのが楽しいので」
 そうランは本当に楽しげに周囲を見回すので、ランに荷物番を頼むことにした。身の危険に関しては、護衛者がいるので大丈夫だろう。
 それに逆に一人でいさせた方が、ジヴォートも戻ってくるかもしれない。そういう気遣いは出来る……はず。そうだろう。たぶん。
 考えれば考えるほどに不安になってきたドブーツだが、このままで進展がないことは安易に予想がついた。ライラや他の面々と顔を見合わせ、少し様子を見ることにした。
 もちろん傍を離れて遊びながらも気遣うことは忘れない。
「ほんとドブーツってジヴォートのお母さんみたいね」
「あらあら。なら私はジヴォート様の……何になるのでしょう」
「お父さん? でもジヴォ君もう2人もお父さんいるから、3人になるね」
「お前らな」
「あの理沙、美羽さん、ライラさん。それ以上からかわれると、ドブーツさんの血管が切れそうですわ」
「だ、大丈夫? ゆっくり息を吸って」
 呼吸がおかしくなっているドブーツの背を、コハクがさする。そんな様子を皆で笑った。

 ……ドブーツよ、頑張れ。


 さて。ということで一行はプールにきているわけだが、ここに。普段着がすでにプールという場とマッチしている人物がいる。
 意味が分かりずらいかもしれないが、そのとおりなのだから仕方ない。

「へぇ……あれがジヴォートの婚約者か……」
「ねえ、本当に受けるの? あの依頼」
「もちろんよ! 分かれさせ屋なんて、楽しそうじゃない」
 いつもの水着に、コートだけを脱いだセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)の楽しげな様子に、同じくコートを脱いだセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が呆れ「私は手伝わないわよ」と言って、傍のイスに腰掛けた。
 どうやら今回、ジヴォートの依頼を受けてやってきたようだ。まあ性格には新婚旅行にアガルタに来て、依頼を知ったというのが正しい。
 新婚旅行にきてわざわざ依頼を受けるとは真面目な……まあ、セレンの顔を見る限り、面白がっているだけにも見える。

(今までの様子を見る限り、男嫌いってわけでもなさそうだけど、男が苦手なのは間違いなさそう……なら)
 ランへと近づいていく。彼女の作戦はシンプルだ。ラン嬢を誘惑する。
「あら、可愛いお嬢さん、お一人?」
「えっと……?」
「実はあたしも一人なの。会話相手になってくれない?」
 まずは笑顔と明るい口調で警戒心を解いていく。そこはランもお嬢様。セレンからすれば簡単すぎる。

(ま、世間知らずのお嬢様らしいものね。警戒の仕方が甘いわ)
 あんなにガチガチに構えていては、隙も見えやすいというもの。そして隙をつかれれば、鎖は一気に瓦解していく。
「肌綺麗ね」
「そ、そうですか? ひゃわっ」
 解かれた警戒から距離は縮まる。物質的な距離も。
「大丈夫よ、怖くないから」
「あ、あの」
 恋人の手が、他の女の肌に触れ、形の良い胸が押し付けられている。

(ダメね、あんな断り方じゃ……ああいう性格ならセレンも、あそこまですることないじゃない……あら、おかしいわね)
 セレアナは胸を押さえた。何かが胸の奥に競りあがってくる。その何かを色にするならば、黒、だろうか。
 彼女がその正体に気づく前に、彼女の体は勝手に動いていた。イスから立ち上がり、ランに抱きついている恋人の後ろへ。

「ひっ」
 ランの悲鳴で、セレンは固まった。いや、その前から気配は察していた。だが、彼女ですら振り返りたくないと思わせるほどの重たく暗い空気。
「……セレン?」
 名を呼ばれ、恐る恐る振り返り――。

 その後、彼女がどうなったのか。それについては、私の口からはいえない。どういう意味で言えないのか? 色々ありますが、一番はこの番組が良い子のための番組だからです。

 ちなみにドブーツたちはというと、目を白黒させているランの手を引き、巻き込まれないようにとプールを退散していた。