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世界すてき発見へ



「ひっつくなヒノエ、操縦が狂う」
 ソルティミラージュのコックピット内で、村雲 庚(むらくも・かのえ)が叫びました。二人乗りのクルキアータのコックピット内に、無理矢理三人押し込めたのですからあたりまえです。
「マスター、大丈夫ですか?」
 村雲庚の膝の上に乗っかったヒノエ・ブルースト(ひのえ・ぶるーすと)が、あまり心配そうじゃない顔で訊ねました。
「ヒノエ! カノエくんにくっつきすぎ!!」
 サブパイロット席から身を乗り出して壬 ハル(みずのえ・はる)が叫びます。
「仕方ないです。ヒノエの席はないのですから、こうしてマスターにくっつくしか……」
「もーうらやま……ゲフンゲフン! カノエくんの邪魔しちゃだめだよー、もー!」
 思わず本音がでかけて、慌てて壬ハルがヒノエ・ブルーストを注意しました。
 今日は、ギルド、世界すてき発見のパーティーに呼ばれてのおでかけです。なんでも、アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)シルフィア・ジェニアス(しるふぃあ・じぇにあす)に新しい家族ができたとかで、そのお祝いにみんなで集まろうというわけです。
「あー、お前ら、うるせえな。もう着くぞ、ほら」
 そう叫ぶと、村雲庚がソルティミラージュを降下させました。
「あっ、着いたね。さあ、降りよ、降りよ」
 さあ、さっさと村雲庚から離れ――外に出ようと、壬ハルがヒノエ・ブルーストに言いました。急いで狭いコックピット内でおお騒ぎしてパイロットスーツを脱いでパーティー用の服になると、クライマーを使ってコックピットから地上へと降り立ちました。
「いやー、久しぶりだねー。楽しみだよー」
 ニコニコしながら、壬ハルたちがギルドのある建物の中へと入っていきました。中には、すでに今日の出席者たち、すなわち、仲間が集まっていました。

「みんな、集まったようだね。今日は、腕によりをかけて料理も作ったんだ。こうやって大勢集まるのは結婚式以来かな? メンバー全員とはいかなかったが、こういう機会を持てること、嬉しく思うよ」
 一同を前にして、アルクラント・ジェニアスが開会の辞を述べました。
「では、まずは、世界すてき発見の仲間たちに、乾杯!」
 そう言って、アルクラント・ジェニアスがグラスを掲げました。
「カンパーイ」
「世界すてき発見に」
「おめでたに!」
「カンパーイ!」
 集まったそれぞれが、コップに入ったジュースや、お酒のグラスを掲げて唱和します。

「えへへ、はじめましてのひともいるー。アルもシルフィアもおともだちたくさん。わたしもおともだちに、なれる? えへへ、わくわく」
 室内を見回して、カスパール・ジェニアス(かすぱーる・じぇにあす)が、顔をほころばせました。
「カスパール・ジェニアス、っていいます。よろしくーおねがいーしまーす」
 さっそく、人々に自己紹介をして回ります。
「カスパール! すごいすごい! 歩けるようになったんだね!」
 それを見て、ペトラ・レーンが、喜んで駆け寄ってきました。
「うん。あのね、さいきん、ちょっとだけ……、あるけるようになったの。みててね、みててね。えいっ、よしょ……、よしょ……、ゆっくりゆっくり……、ほら、できた!」
 カスパール・ジェニアスが、ペトラ・レーンの前でゆっくりと歩いて見せました。
「うんうん。マスターたちは大変だから難しいかもだけど、今度、みんなと一緒におでかけしよう!」
 ペトラ・レーンは、そうカスパール・ジェニアスに約束しました。

「で、お前らガキできたんだって? そら、めでたいな」
 村雲庚が、アルクラント・ジェニアスとシルフィア・ジェニアスに近づいて、そっけなく言いました。
「おめでとー」
 壬ハルも、二人にお祝いを述べます。
「お二人共幸せそうで何よりでございます」
 ヒノエ・ブルーストも、お祝いを述べます。
「そういう、そっちはどうなんだ? これからかな」
 アルクラント・ジェニアスが、村雲庚をつつきました。
「ヒノエは子を宿せない身ゆえ、お二人が眩しくて仕方がありません」
 すかさず、ヒノエ・ブルーストが会話に割って入ります。
「ああいえ、御気になさらず。これでもマスターと、ハルといられてヒノエも結構幸せなので」
 慌てて恐縮するアルクラント・ジェニアスに、ヒノエ・ブルーストがニッコリと笑いながら言いました。
「ちょっと待ってよ、いつ、二人がそういう仲に決定したわけ? 庚くん、だまされちゃダメですからね」
 それは聞き捨てならないと、壬ハルが口を出しました。
「だまそうだなんて、そんな。ねえ、マスター」
「あー、ひっつくなあ!」
 そう言って村雲庚にピッタリとくっつくヒノエ・ブルーストを、壬ハルが引き剥がそうとバタバタします。

「アルクラントさんの所が、また賑やかになるのですか〜。おめでたいですね〜」
 村雲庚たちのドタバタとは少し離れて、羽切 白花(はぎり・はくか)がシルフィア・ジェニアスのそばで言いました。
「まったく、この間結婚式があったかと思ったら、今度はおめでたなんてね。……時間が経つのって早いわ」
「ふふ、本当に、あっという間にでしたね……」
 羽切 緋菜(はぎり・ひな)羽切 碧葉(はぎり・あおば)が、なんだかしみじみと言います。
「やっぱり、こういうときは、これが定番かと思いまして」
 そう言って、羽切碧葉が、テーブルの上に、持ってきたお赤飯を広げました。他にも、お菓子をいくつも持ってきています。
「なんだか、碧葉は、おめでたの知らせを聞いてから、ベビー用品のカタログを眺めたり、買い出しのときに粉ミルクを物色するなど、自分のことでもないのに嬉しそうにそわそわしいたものね」
「ひ、緋菜っ、それは言わないでって、あれほど言ったじゃないですか!」
 羽切緋菜に暴露されて、羽切碧葉が顔を赤らめてあたふたしました。
「別に隠すようなことでもないじゃない? 気になるのがあったら教えあげるんでしょ?」
 落ち着いてお茶を啜りつつ、羽切緋菜がしれっと言います。
「いいことじゃないか。おめでとう」
「おめでとうございます」
 そんな会話を小耳に挟みつつ、玖純 飛都(くすみ・ひさと)矢代 月視(やしろ・つくみ)がシルフィア・ジェニアスにお祝いを述べました。
「みんな、わざわざ集まってくれてありがとう。まだ、あまり実感とかはないんだけど……。私がお母さんになるなんて、なんだか不思議な気持ち」
 みんなの言葉を、嬉しそうに聞きながらシルフィア・ジェニアスが言いました。

 そんな姦しい場から、玖純飛都と矢代月視はちょっと離れました。
「この際だから聞きますが、君は彼女のことをどう思ってたんですか? 私は、てっきり初恋だと思ってたんですがねぇ……」
 不意に矢代月視に小声で言われて、玖純飛都がキョトンとした顔になりました。
「何ですか、その妙な顔は。自分で分かってなかったんですか? まあ、初恋は実らないものとは言いますけどね。私は、君に人間が普通に経験することを満喫してほしいと思ってたんですよ。今でもね。多分あの人――君の遺伝子上のお母さんもそう思っていたはずですよ。信じられないですか? 君はほとんど知らないですからね」
 矢継ぎ早に語られても、ついていけないと玖純飛都は怪訝な顔のままです。
 幽霊騒動の事件で玖純飛都がジェニアス夫妻たちと初めて会ったときには、ここまで長いつきあいになるとは思いもしませんでした。そもそも、玖純飛都が矢代月視以外の誰かとつきあいができるとは、あのころの自分自身では、思ってもみなかったはずです。
 そう、行き場のない怒りと、諦めばかりの日々だった気がします。
 でも、それも、いつの間にか忘れていました。
 目の前の危機をどうにかするために動き回って、知りたいことにであって研究の道に進んで、蒼学から空大に転校して……。あのころの自分自身に聞かせたら、いったい、どんな顔をするるのでしょう。
 ジェニアス夫妻に子供が生まれてくるころ、そして、その子が大きくなったころ、はたして、自分たちは何をしているのでしょうか?
 まあ、考えてみても、玖純飛都に実感はわきません。未来は、未来のことです。今分かるはずもありません。
「でも、どんな道を行っても、私はずっと君のそばにいますよ。多分、君より長く生きるでしょうから」
 そんな玖純飛都の思いを知ってか、矢代月視が言いました。

「ええ。好きだった物が食べられなくなる人とかもいるって言うし、不安もあるけど、今のところはそんなに影響はないかな。あはは、さすがにお酒はダメだよ」
 シルフィア・ジェニアスたちの方は、相変わらずお母さん談議が続いているようです。
「そうですよ、白花さん、お酒を勧めちゃダメですよ」
「そうなんだあ、ごめんねー」
「それよりも、いろいろと栄養はつけなきゃダメだけどね。体調も変わって、大変でしょ?」
 シルフィア・ジェニアスを囲んで、羽切碧葉たちが、わいわいと話に花を咲かせています。

「うん、まだ六週目だからね。身体に影響が出てくるのはこれからなのかな? しばらくは私も派手なことはできなさそうだ。シルフィアと違って正直まだ実感はないんだけど……」
 シルフィア・ジェニアスからグラスを受け取ったアルクラント・ジェニアスが、妻を気遣って言いました。
「わたしも、おねーさんになるのかぁ……。えへへ、うれしい。いっぱいかわいがれるようになるんだ。どうすればいいかなぁ?」
 生まれてくる弟分か妹分に心をはせて、カスパール・ジェニアスが言いました。
 とにもかくにも、新しい命を中心として、みんなで盛りあがります。

「みんなで集まるのって楽しいね。久しぶりの人もいるしシルフィアのことはおめでたいし。僕もこの間いいことあったし。ここは今、幸せ空間だね」
 しみじみと、ペトラ・レーンが言いました。

「滅びを望むものとの戦いでも言ったが、希望を未来へ伝えること。それは、何よりも素敵なことだと思う。この想いは、ずっと継いでいきたいと願うよ。そうだ、君たちはどうだい? これまでのこと、これからのこと。ちょっと語ってみようじゃないか」
 アルクラント・ジェニアスが、みんなに切り出しました。

「そうねえ、アル君と――みんなと、出会ってもう三年近くかぁ……。いろいろ、あったよね。そして、これからの方がもっとずっと永いのよね。そう思うと、なんて素敵なんだろうって」
 シルフィア・ジェニアスが、幸せ一杯に言いました。

「アルクも、シルフィアも、ペトラも、カスパールも、みんな、前に進んでる。私も、そろそろ考えないとかしらね……」
 のんびりと壁の花を楽しみつつ、みんなの話に耳をかたむけていたエメリアーヌ・エメラルダ(えめりあーぬ・えめらるだ)が、ぼんやりと思いました。

「まあ、俺は、いろいろとあったな、お前らとは。たとえば、そうだな……、花見に行ったりもしたな。あんときゃ、久しぶりに賑やかで、今となっちゃ安らぎってものを感じていたのかもしれねえ。それに、夏には海の家でバンドなんぞ組んだりもしたか。ああ、ドラムか? 今も少しだけ続けている」
 村雲庚が、思い出とも近況ともつかぬことを言いました。

「うーん、思い出って言っても、こっちに来てもずっとのんびりしてたからね……。思い出と言えば、たまに珍しいお茶を飲めたときは嬉しかったってそれくらいかしら? きっと、これからも、私たちはこのままよ。そうね、あえて言うなら、これから寒くなってくるし、温泉でも行きたいわね」
 なんとものほほんと、羽切緋菜が言いました。今は悩みなんてないと、ニコニコしています。
「ちょっと、白花たちはどうなのよ。お菓子ばっかり食べていないでさあ」
「あははー、ごめんなさーい」
 もぐもぐと口を動かしながら、悪びれずに羽切白花が言いました。
「もう」
 ダメねえと言いつつ、羽切緋菜も、負けじとお菓子を頬ばります。
「ちょっと、緋菜、あなたまで……」
 みんなにお茶のおかわりをついで回っていた羽切碧葉が、それを見て呆れたように言いました。
「白花ほどじゃないわよ。碧葉もそれ終わったらゆっくりしてなさい」
 羽切緋菜はそう言うと、少しは座ってなさいと羽切碧葉の手を引いて、自分の隣に座らせました。
「私には何もありませんでしたけど……、こうやってみんなと楽しく過ごせて、とっても幸せです」
 あらためて、羽切白花が言いました。

「オレはこの先も空大と創世学園で機晶石に関する基礎研究を進めるつもり。まだ分かってないことの方が多いからな」
 自分も何か言わなくてはダメかと、玖純飛都が言いました。
 ここで出会って、親しくなって、あるいは、疎遠になってしまった人もいるけれど、どこかでまた会うこともあるのだろうかと、玖純飛都は思い浮かべます。
 たとえ、その機会がなくても、思い出の中で会える人がいるということは、きっと悪くないことなのかもしれません。淋しくても、何もないよりはましです。
 後どのくらい自分は生きられるだろうか、それまでに、どのくらいのことを知ることできるのだろうか、そして、何を残せるだろうか、この先の未来に……。
 先ほどの矢代月視の言葉も思い出して、玖純飛都はそう思いました。

「今日ここに来られなかった面子も、みんな、それぞれの道を歩んでるんでしょうね。だとしたら、そんなみんなの所を回ってみるのもいいかもしれないわね……」
 思いのほか、アルクラント・ジェニアスの言葉を真面目に考えている仲間たちを見て、エメリアーヌ・エメラルダがつぶやきました。遠く離れていても、一度繋がった絆は、消えはしないはずです。
「ああ、言ってなかったけど、近いうちにこの家を出て旅しようかと思ってて。二人もしばらくは飛び回ったりはできなさそうだしね。その間に、私の知らない世界ってのも見てみたくてさ。本当に、世界すてき発見よね。でも、呼ばれればくるわよ。パートナーなんだし」
 エメリアーヌ・エメラルダが、秘めていた計画をアルクラント・ジェニアスたちに打ち明けました。
「きっと、それぞれの日々を、未来まで伝えることが、私の使命なのよ。まだ、先のことを考えるには早いのかもしれないけれど……。この子にも、こんな気持ちを――愛を、幸せを、伝えられたら嬉しいな。ううん、絶対に伝えられるよね」
 シルフィア・ジェニアスが、エメリアーヌ・エメラルダに言いました。
「だったらね、こんどはどこかにあそびにつれてってほしいな。そとのせかいをみたいの。どこまでも、あるいていけるように。しらないばしょまで」
「なら、見せたい景色は一杯あるんだ。僕もそうだったから! 知らないってことも、これから知っていけるって考えれば悪くないよね!」
 カスパール・ジェニアスの言葉に、ペトラ・レーンが言いました。
「そうだな。世界には、まだ見ていない素敵がたくさん隠れてるに違いないさ」
 アルクラント・ジェニアスの言葉に、それぞれが、今までパラミタで見てきた素敵、そして、これから見たい素敵を口々に語り合っていきました。

 楽しかったパーティーも、いつしか終わりの時間を迎えます。
 集まった仲間たちは、また一人また一人と世界に散っていきました。
「またな」
 そう短く言うと、村雲庚は世界すてき発見を後にしました。
「アルクラントさんもシルフィアさんも幸せそうだね。羨ましいなぁ……、あ、待ってよカノエくん! もぅ……。ごめんね、そろそろ行かなきゃ。それじゃまたね、みんな!」
 そう言うと、壬ハルが、村雲庚とヒノエ・ブルーストを追いかけていきました。
「ねねカノエくん、最後にスモークでハート描こうよ! ハート! 粋な計らいってヤツだよ!」
 ソルティミラージュのコックピットの中で、壬ハルが言いました。
「まっ、いいかもな」
 村雲庚が、イコンで空中に大きくハートマークを描きます。
『皆様、良い旅を』
 外部スピーカーのボリュームを最大にしたヒノエ・ブルーストの声に、世界すてき発見のメンバーが一様に空を見あげました。
 そこには、大きくスモークで描かれたハートを貫くようにして飛び去っていくソルティミラージュの姿がありました。