リアクション
* 会場に、フランセット・ドゥラクロワ(ふらんせっと・どぅらくろわ)の赤毛が見えた。女性にしては長身の彼女は白い服を好むのか、取り合わせで良く目立つ。ヴァイシャリー海軍は今寄港中らしい。 ……それでも居ないかもしれないとも思ったが、彼は、いた。 最後に会った時よりも大分身長が伸びており、童顔ではありながらも、少年から立派に青年へと変わっていた。もう馬子にも衣裳とからかわれたりはしないだろう。 会っている間には殆ど変わらなかった身長も、少し伸びたようだ。 タリアはさり気なく声をかける。 「こんにちは」 「……タリアさん……?」 声をかけられ、タリアに初めて気付いたセバスティアーノは暫く声が出なかった。ようやく出した声は喘ぐようだった。 「……どうして?」 「ヘル君に誘ってもらったの」 「そう……なんですか」 「少し前に、お店をここに移して」 「……知ってます。通りかかったことがあって。開店おめでとうございます」 タリアは少し前に、自分の服飾店をヴァイシャリーに移し、小さいながらもご婦人に評判の服作りに勤しんでいた。 セバスティアーノや仲間が知っていても不思議ではない。しかし彼の礼はぎこちなく、言葉遣いは離れていた年月を感じさせていた。 もしかしたら、それで会話は終わってしまうかも。 そう思ったタリアだったが、誘ったのは彼の方だった。 「……少しあちらで話しませんか」 「ええ」 二人は会場を出て、庭の――呼雪たちと別の方向に歩き出す。 ひと気がなくなったところで、抑えていた感情を吐き出すように、時間を巻き戻すように、セバスティアーノはタリアを見る。 頭の鬼百合はかつてと変わらずに咲いていた。それが彼の頭に既視感と、感情を呼び覚ます。 「どうして、ヴァイシャリーなんですか?」 「え?」 「こっちの服飾に興味があるからとか、そんな理由なんですか?」 セバスティアーノは戸惑ったような、怒ったような顔をしていた。 「…………」 タリアは答えずに彼を見ていた。まだ、子供だ。彼女からすれば。 ――あれから。フラワーショーから二人は恋人として付き合い始めた。 けれど、店を持つタリアと海に出るセバスティアーノではなかなか会う機会を作れなかった。いや、作ろうと思えば作れたのだろう。 だが、そうならなかった。 年月の間に次第にセバスティアーノの熱は冷めていった。そもそもタリアという人物を良く知らずに恋に恋していたところがあって、高ぶっていた感情もすぐに落ち着いた。 タリアにしても、付き合うにしても数年程度、離れる頃にはいい男に成長して幸せになって欲しいと思っていた。 タリアは花妖精。彼は人間、寿命が違う。タリアは今までに見送ってきた経験から達観していた。 二人の間にあった齟齬は、ずれは、少しずつ大きくなっていって……何年かして、連絡も取り合わなくなっていって、そして、セバスティアーノの方から別れを切り出した。 そう互いは理解していた。 「さっき通りかかった、って言いましたけど。仲間が教えてくれたんです」 そう告白する彼は、暗い顔をしていた。 「……だけど入る勇気がなかったんだ。何て言えば、どんな顔すればいいのか分からなくって……。いや……どんな顔するのか見たくなくってさ。平気な顔なんじゃないかって……」 「どうして?」 「自分から振っておいてなんだけどさ、ずっと振られたみたいだって思ってた。……俺じゃなくても良かったとか遊びだったとか」 「そんなつもりはないわ」 「分かってるよ! ……だったら、何で俺だったんだよ。同じ花妖精だって良かったんだ」 木蔭で、立ち止まって。振り向いて。 タリアの顔からは微笑が消えていた。 「付き合ってる奴、いる?」 「……いないわよ」 「じゃあ……自分勝手なのは分ってる。……今度は、結婚を前提に付き合って欲しいんだ」 「でも、私は」 ――花妖精だから。寿命が人とは違うから。 「自分勝手っていうのは振ったのもそうだけどさ。苦しませるかもしんねーってことなんだ。自惚れなのも、分ってる。 年上だからとか寿命だからとかそういうんじゃねーんだ。 綺麗な顔して微笑んでるだけじゃなくて、俺に笑ったり怒ったり変な顔したり、そういう余裕のないとこ見せて欲しくて、そういうタリアさんが欲しいんだよ」 別れた女性にする事ではないのも、分っていた。 「付き合ってる時からさ、ずっと……、そう言いたかったんだ」 だが彼は真面目な顔なのに、まるで泣き出しそうにそう言って。 タリアは、口を開く――。 * 庭は清々しい空気だった。 花が咲き乱れいい気候だ。 静香の外見は全く変わっていなかった。 いつもの平和な百合園そのもの。 ヘルは静香の艶々のお肌を見ながら思う。 (うーん、静香校長相変わらず可愛いなー☆ ま、元々美少女っていうか美少年だったし) 今も美青年かなと思いきやまだ美少年……というか美少女にしか見えない辺り正体は人間じゃないのかも、などとヘルは思ってしまう。 (そんな静香ちゃんももう人の夫な訳で。子供も二人いるっていうし、時が経つのは早いよねぇ……) しかし静香の雰囲気は以前とちっとも変らないように思えた。 校長としての経験を積み落ち着きは増し、振る舞いは洗練されてきていたが、芯の部分は変わっていないようにヘルにも呼雪にも思えた。 「最近はどうですか?」 「結婚して、子供も二人できて……男の子と、女の子と一人ずつ。元気に育ってるよ。 校長の仕事も前みたいにみんなに迷惑をかける事もなくなったし、ラズィーヤさんに頼ることも殆どなくなった……かな」 速度はゆっくりであるものの、確実に、成長しているようだ。 「呼雪さんは?」 「俺は一年の大半を寝ています。でも起きている時期は旅をするんです、ヘルと一緒に」 今まで何度か招待状が来ていたのだが、旅に出ていたり呼雪が寝ていたりと、不参加となってしまっていた。 今回の招待状も寝ているうちに来ており、ヘルが知らせてくれなかったら気付くのに大分時間がかかっていただろう。何しろ寝ている間の手紙はたまる一方なのだから。 「そっか……寝てるっていう話は聞いてたんだけど……どれくらい寝てるの?」 「最近は一度眠りの期間に入ると、目が覚めるまで半年から1年はかかるようになってしまいました。起きている時間は、数週間、長くても2、3か月……ですね」 (自分にとっては眠っている時はほぼ一瞬なのに、周囲の状況が激変している事もある。 順当に年を取っていく友人達に比べ、変化のない姿も……分かってはいたけれどやっぱり少しきついな) 呼雪の外見は、静香と同じように殆ど変わっていなかった。その意味では静香と話していると何だか昔に戻ったような気もしたが、静香の生きてきた時間を知らないということが胸に刺さる。 「呼雪、変わらないね、ここの様子も」 ヘルは呼雪の心情を察したのか、そんな事を言った。 「ああ」 「……ヘルさんも呼雪さんも、また話に来てね。こういうお茶会の時だけじゃなくても。百合園は呼雪さんたちにもお世話になったし……ここはきっとずっと変わらないよ」 変わらないように守っていくよ、と静香は控えめに笑った。 「呼雪は彼や大切な友達がいた百合園を守りたい気持ちが強くて協力してたけど、力及ばなかったとも思ってるよね……。 でも、今こうして穏やかな時間が過ごせてるんだから悪くないよね? 結局ね、最終的に無為な事なんてないんだよ。うん」 「……ありがとう、ヘル」 「静香校長、いつも楽しいイベントありがとう。 今度は僕が美味しいお茶御馳走したげるね。こないだ地球行った時にさー」 ヘルは楽しげに自分の経験を話す。面白かった体験に最近仕入れたジョーク、美味しかったお茶の話……。 本当に楽しいのと、呼雪に対する優しさと。それは雪に染み入る春の雨のようだった。 「お茶お呼ばれするの、楽しみにしてるね」 静香が頷けばヘルは笑う。 目を閉じる前と開けた後も、変わらない笑顔で。 (でもヘルは……彼だけは、何も変わらずに待っていてくれるから俺は戻って来られるんだと思う。 それに、あの子――ミライ――やこれからの世界を担う子供達の成長を、見守っていきたいから) 呼雪は空を見上げる。 明日がどうなるかなんて分からない。 でも、きっと……。 どんな嵐が待っていても、それが過ぎ去った後には、蒼い空が広がっているんだろう。 |
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