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6年後――2031年、6月


「……どう、かな?」
 風馬 弾(ふうま・だん)は恋人の反応を伺った。
 アゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)はその緑の瞳でじっと室内を見ていた。それは何気なく見回しているのと観察する丁度中間のような表情で、ただ透明感のある瞳からは静かな感情しか読み取れない。
 もとより口数が少ないアゾートだが、表情も感情をあからさまに表すタイプではない。控えめで(賢者の石に関わるときは除くが)時々それは占い師のような、全てを見通しているんじゃないかという錯覚を弾にもたらした。
 アゾートは一通り観察し終えると、彼を見上げて微笑んだ。
「……うん。弾らしいと思う」
「良かった、そう言ってもらえて。……もうみんな寝てるから静かにね」
 人差し指を口の前に立てると、アゾートはこくりと頷いた。
 弾は居間のテーブルの間を抜けて向かいの扉に歩いていった。床に転がったままのぬいぐるみ器用に避けて取り上げると、絵本棚の上の箱に入れる。
 広いテーブル、大小の椅子、小さな座卓にオモチャ箱。クレヨン。壁の絵には、茶色い髪の大きな人型とそれを囲む小さな人型。
 居間を出ると廊下にいくつもの部屋が並んでいる。扉には名前が書かれた札がぶら下がっていた。
 ――あれから六年。弾はイルミンスール魔法学校を卒業し、冒険や事件を解決して得た資金を集め、小さな孤児院を建てた。
 それがここ、弾の自宅兼職場だった。
 今は六月、そして二人とも六月生まれ。今日は二人の誕生日会を名目にして、弾はアゾートを初めて招待したのだった。
 弾は事務室やお昼寝に使っている部屋など、一通り案内する。頑張っているところを見て貰いたくて、少し実演したりしながら。そんな弾の様子をアゾートは嬉しそうに見ていた。
 そして最後に、弾はドキドキしながら自分の部屋の扉のドアノブを握って、ゆっくり開いた。二人きりのお誕生日、そしてプロポーズを――。
「……って、何でノエルが部屋にいるんだよー」
 ドアを開けた弾は、涙がにじんでいそうな声をあげた。
 そこには、パートナーのノエル・ニムラヴス(のえる・にむらゔす)の姿があった。座ってお茶を飲んでいたノエルは弾の方を見てにこっと笑った。
 不自然だ。
「二人っきりになって弾さんが獣にならないよう見張る責務があります。――こんばんはアゾートさん!」
「こんばんは、ノエル。……あれ、どうしたの、弾?」
「……ううん。いいんだ……。さ、アゾートさん座って!」
 二人きりの誕生日会が急遽三人になって弾は肩を落としながら、アゾートに気付かれないよう気遣わせないよう、これが当然だという顔をしてみせた。
 代わりにノエルが立ち上がり、二人分のお茶を淹れたり温かい料理を運んできた。
「ノエルも孤児院を手伝ってるの?」
「ええ、家事は好きですし、やりがいもありますし……」
 ノエルがちらりと弾を見ると、彼は頷いた。
「地球から来た人たちの結婚が増えたこと、彼らが危険のある冒険に出ることを考えると、必要になってくるお仕事かなって。何より僕自身、児童施設の出身だから、いつかこのお仕事をと思ってたから」
「そうか……こう言っていいのか分らないんだけど……すごいね、弾は」
 そんな二人の初々しさの残るやり取りに、ノエルは満足しているようだった。
「ええ、弾は凄いですよ。アゾートさん、耳を貸してください」
「何?」
 ノエルはすかさずアゾートに耳を寄せ囁こうとした。
「弾さん、あんな本やこんなDVDを、机の下なんかに――」
「ノ、ノエル!」
 弾は慌ててノエルをアゾートから引き剥がす。目をぱちぱちさせるアゾートに何でもないよとひどく動揺した声で言ってから、ノエルの耳元で小声で叫んだ。
「アゾートさんに何言ってるんだよノエル!」
「あら、やましい本だなんて一言も言ってませんよ?」
 楽しそうなノエルに弾は観念して、予定通りの誕生日会を遂行しようとした。
 お料理に誕生日ケーキ。アゾートさんには革製ブックカバーのプレゼント。アゾートはすごく喜んでくれ、弾にもお返しに特製の仕事用エプロンをプレゼントしてくれた。
 それから互いの近況報告をしつつ、ノエルのグラスが空くたびにシャンパンを注ぎ入れる。
 やがてノエルがテーブルに突っ伏して眠ってしまうと、彼はアゾートをベランダに誘い出した。
「……星が綺麗だね」
 夜も更けて頭上には星空が広がっていた。とても綺麗ではあったし、いつもなら一緒に楽しむところだが、今の弾にはそんな余裕がなかった。
「アッ、アゾート、さん!」
 上擦った声で名を呼ぶと、彼女はいつものように視線を空から彼に移した。そうして、少しだけ目を見開く。
 誕生日プレゼントならさっき貰ったばかりなのに、弾の手の中にはムーンストーン――誕生石付きのプリザードフラワーがあったのだ。
 とても綺麗でまるで生きているような花だけれど、華やかさではなく控えめな秘めた美しさがあるそれは、アゾートに良く似合う。
「これから毎年ずっと、二人で誕生日を祝っていきたいです。結婚してください」
 弾が緊張で震える手で差し出したそれを、アゾートはそっと受け取って……。
「うん、こちらこそ宜しくね」
 ゆっくりと、けれど深い笑みを浮かべるアゾート。
「……ありがとう」
 弾は囁くように告げると、そっと彼女の小さな唇に口付けた。


 ――翌朝。
「おはようございます、弾」
「おはよう、ノエル」
「さあ、今日も食事作りから頑張りましょう」
 二日酔いどころか酔いつぶれたなど微塵も感じさせない様子で、ノエルは早朝からさっさと起き出して家事に取り掛かる。
 通り過ぎながら意味ありげな笑みを見せたのは、何故だろう。
(……まさか、寝たふりじゃないよね?)
 ――ともあれ。
 弾は部屋の窓を開けていきながら、また新しい朝を迎えたのだった。
 何だか同じ家でも、違って見えるような気がする。
 ここを増築した方がいいかな、研究室が必要かな、なんて想像しながら。
 新しい家族が増えるって、どうやって子供たちに伝えようと考えながら。
 弾はこれからも頑張ろうと、改めて胸に誓うのだった。