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数年後、秋


「……そろそろかな」
 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)の手には一本のワインがあった。
 ラベルにはヴァイシャリー郊外の農場の名が印字されており、その下に2024年9月の文字、そして詩穂と吸血鬼の少女 アイシャ(きゅうけつきのしょうじょ・あいしゃ)の名が書かれていた。
 これは、2024年の秋、一緒にヴァイシャリー郊外の農家で作ったワインだった。
 アイシャが一人の少女となって、詩穂と恋人になってから。
 二人でヴァイシャリーでデートをした。
 ヴァイシャリーの街中で少し買い物してから、紅葉を見つつ農場に行って。ぶどう狩りをした後、ワイン造りの体験も。
 二人で摘んだぶどうを二人で足踏みして、その果汁で作ってもらったワインだ。
 瓶自体は何か月かして届いたけれど、時期を鑑みて数年寝かせておいたのだった。
「詩穂?」
「うん、これ」
 背中からかかる声に、詩穂はワインを持って部屋に戻った。テーブルで待っているアイシャに、ワインの瓶を掲げて見えるようにしながら、
「いい具合になったかなと思って。丁度私も飲酒できる年齢になったから飲酒処女はそのワインにしようと思うんだど……どうかな?」
「ええと、それは初めてお酒を飲むということ……ですか?」
「記念日は一度だから開ける? 開けない、もったいない?」
 一緒に作ったのだから、アイシャの意見も聞いてみようと、詩穂は訊ねた。
 アイシャが飲みますと軽く頷くと、詩穂は棚からワイングラスを二つ取り出し、その赤ワインのコルク栓に栓抜きのコークスクリューを刺した。
 きゅぽん、と栓が抜けると、ワインの香りと共に思い出が蘇る。
 詩穂はとくとくとく、とその赤ワインをグラスに注ぐ。
「丁度、あの日もこんな秋の日でしたね。天気が良くて、紅葉が綺麗で……ぶどうの香りを思い出します」
「……乾杯」
「乾杯」
 グラスを軽く掲げ、小さく打ち合わせ、二人で軽く口を付ける。
 初めてのワインは、大人の味がした。
 アイシャはグラスの中で揺らめく赤を懐かしそうに眺めながら、嬉しそうに目を細めた。
「詩穂。これは初めての記念のワインですけど、これからは毎年一緒にワインを作りましょうか? 毎年味が違うといいますし、思い出も増えますから」
「そうだね」
 詩穂はゆっくりと頷いて、初めてのワインを味わいながら嬉しそうなアイシャを眺めていた。
 離れていた時は長かったけれど、これからも思い出は増えていくのだろう。
 ――きっと、ずっと。