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リアクション
第3章 繋がる刻(とき) 11
高速機動で接近したグレイゴーストIIをはじめとするイコン部隊が、イレイザー・スポーンの集合体の相手を引き受けたことで、その他の部隊のイコンがインテグラルに接近することに成功した。
涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)も愛機ソーサルナイトIIを操って、インテグラルの近くまで飛ぶ。
「おにいちゃん、敵の位置をモニタに出すよ!」
「了解――エンジン出力全開!」
同乗するクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)に答えて、涼介は加速するソーサルナイトIIを巧みに操った。旋回と滑空を繰り返し、イレイザー・スポーンの集合体を避けるソーサルナイトIIは、ついにその照準範囲にインテグラルの姿を確認する。
「食らえっ!」
叩き込んだのは、クリスタルが埋め込まれたウィッチクラフトピストルの弾である。二発、三発――幾度もなく撃ち込まれていく。
が、クリスタルは残念ながらインテグラルの力を弱まらせる効果があるわけではない。インテグラルはわずらわしく思ったのか、まるで狼が仲間を呼ぶときのような雄叫びをあげた。
「おにいちゃんっ!?」
悲鳴のようなクレアの声が、モニタに映る敵機の姿を教える。
いや、インテグラルは雄叫びのような声をあげたわけではなかったのだ。事実、奴はイレイザー・スポーンの集合体を呼びつけたのである。
「しまった……っ!」
敵に囲まれて、ソーサルナイトIIは身動きが取れなくなる。
と――
『油断大敵ですね、涼介さん』
どこか抑揚を欠くが冷静な声音とともに、イレイザー・スポーンたちが次々と撃ち抜かれたのはその時だった。
「近遠さん!」
ソーサルナイトIIが涼介の動きに合わせて振り向く。
近遠はコクピットの中で儚げだが美しい笑みを浮かべた。彼の愛機であるE.L.A.E.N.A.I.が、敵機にツインレーザーライフルとマジックカノンの銃口を合わせた。
『援護にきました。ユーリカ、全砲口敵機照準合わせ』
「了解ですわ!」
同乗者のユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)が答える。
すると、一瞬のうちに全砲口からレーザーや弾薬が吐き出され、囲んでいた敵を一掃した。
「ふふん、威力は申し分ないですわ。近遠、いまのうちに脱出いたしましょう」
「……それが、そうもいかなそうですね」
まるで無尽蔵に湧く虫のように、新たに現れたイレイザー・スポーンの集合体はソーサルナイトIIとE.L.A.E.N.A.I.を取り囲んでいた。
(やるしかありませんね)
武器を構えた近遠は、敵機殲滅を企てる。
無論――ソーサルナイトIIも同様に反撃に移ろうとする。だが――
『涼介さん?』
「その、弾薬がもう尽きちゃって……インテグラルに使いすぎたみたいだ」
涼介は自分のふがいなさを悔しがるように言った。事実、ソーサルナイトIIは何度も武器の引き金を引いているが、エネルギー切れにもなっているのだろう。弾が出ることはない。
が、近遠は嘲るでも不安になるでもなく、微笑してみせた。
『大丈夫です。後部ハッチを空けてみてください』
「後部ハッチ……?」
涼介は訝しみながらソーサルナイトIIを操って、E.L.A.E.N.A.I.の背後に回った。その背中部分にあるハッチが開くと、そこには小さな窪みがある。そしてそこに並んでいたのは――ウィッチクラフト装備用の、予備エネルギー弾薬だった。
「これって……!?」
『本来は操縦者の魔力をエネルギー化する武器ですからね。いわばそれはエネルギーを溜め込んだもの。回数制限は少ないですが……でも、ないよりはマシでしょう』
「マシもなにも、これなら十分戦えるってっ」
弾薬をウィッチクラフト装備に繋げて、エネルギーを充填する。魔力が徐々に回路を伝っていく感触がコクピットにも伝わってきた。
『さあ、いきましょう。このまま負けるわけにはいきませんから』
「ああ……!」
二機のイコンは背中合わせになると、イレイザー・スポーンの包囲網を突破するべく弾かれるように飛んだ。
――クオオオオォォン――
インテグラルから発せられる共鳴のような音に、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は思わず顔を歪めた。まるで威嚇である。これより近づく者は何人たりとも許しはしない。そう言わんばかりの威圧感と、絶対的な力の波動が、インテグラルと戦うイコンたちをひるませていた。
(くそっ……)
愛機であるイコンゼノガイストを操る真司の額にも冷や汗が滲み出ていた。
奴に気圧されているっていうのか?
「そんなこと……あっていいのかよ……」
思わず悪態をつくように、真司はそう吐き出した。
すると、モニタ上に画面でコクピット内の映像が表示され、副パイロットのヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)から内部通信が入る。
「真司……大丈夫ですか……?」
彼女は心配そうな瞳で真司を見つめていた。
「……大丈夫さ。ちょいと戸惑ってただけだ。力の差ってやつにな」
「今からでも脱出したら――」
「駄目だ。そいつだけは、絶対にあっちゃならない」
副パイロットの提案を、真司は一蹴した。
「……真司……」
「あと少し。あと少しで、必要数のクリスタルに達するんだ。いまインテグラルの近くにいるのは俺たちぐらいだ。絶対に……終わらせてみせる」
真司はそう言ってしばらく息を吐き出すと、やがて、判断を決めたように顔をあげた。そのときにはもう、ヴェルリアもこれ以上何も言うまいという顔をしていた。彼女も真司の気持ちは分かっている。
ここで退いたら、なにも変わらないと。
「いくぞっ――!」
瞬間、ゼノガイストは加速した。そのスピードはもはや限界にまで達しようとしている。インテグラルが両腕に持った剣を振るい、口から衝撃波を吐き出すが、それを勢いを止めることなく避けようというのだ。
ぐん、と、更に加速したゼノガイストはその攻撃をギリギリで避けた。右手に持ったガトリングシールドが、敵にクリスタルの銃弾を撃ち込んでいく。
それでも、まだ加速は途絶えることはない。大型ブースターが悲鳴をあげていた。
と――
「やばいっ……くるっ!?」
操縦を一瞬ミスってしまった。
インテグラルが振るった大剣の一撃が、ゼノガイストを叩き斬ろうとする。
――しかし。
『させんぞおおおおぉぉぉっ!』
猛々しい雄叫びが轟いたと思ったとき、インテグラルの腕は爆発を起こして、その軌道を変えることを余儀なくされていた。
いや、爆発ではない。あれは外部から叩き込まれたビームアサルトライフルの一撃だった。
「夜刀神さんっ!?」
『ふはははっ! 気合いを入れろ、柊真司! インテグラルの攻撃はわしが逸らす! 突っ走れええぇっ!』
紫煙を吐き出すビームアサルトライフルを持ったシャドウ・ウルフから、気合い第一主義の男の声がけたたましく響いた。
同じ部隊に所属する、仲間の夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)である。
「甚五郎……気合いも良いですが、モニタをしっかり見ておいてください」
シャドウ・ウルフの機内で、同乗者のブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)が半ば呆れるように甚五郎に注意を促した。
「分かってる! 繭にもイコンにも、一歩も近づけさせんぞ!」
本当に分かっているのかどうなのか。ブリジットはため息を禁じ得なかったが、気持ちを切り替えて、自分は情報処理に努めることにした。
「ありがたい……っ」
一方、真司のゼノガイストはさらにインテグラルに次々と銃弾を撃ち込んだ。すると、少しずつインテグラルの真上に広がる時空の穴が広がりを見せ始めた。
それは少しずつインテグラルの身体を吸い込んでいこうとする。
だが――インテグラルも自らの危険は当然察知できるのだろう。怒り狂ったように、暴れる様で大剣を振るい、衝撃波を放ってきた。
「しまっ――」
それら全てを避けるような術は真司には残されていない。ヴェルリアも必死に機体制御に努めるが、衝撃波に吹き飛ばされてしまいそうになる。
そのとき――
『諦めてんじゃないわよ!』
激昂した声とともに、レーザーライフルの熱量が衝撃波を遮ったのはその時だった。真司はその一瞬を見て取り、機体を衝撃波の軌道から脱出させる。
レーザーライフルを構えていたのは、飛行形態に変形していたスクリーチャー・オウルだった。
「あれは……」
『こちらスクリーチャー・オウルのパイロット――天貴 彩羽(あまむち・あやは)。これよりバックアップに入る。……絶対に、敵に最後の特注品を叩き込んでやりなさい』
「…………」
その名前は聞いたことがある。これまでも、いくつかの舞台で事件を起こしてきた女の名前だった。正直言って戸惑いがある。しかし、真司はそれを咎めようとは思わなかった。
誰だって事情はある。それに、いまはこうして味方になってくれるということであれば、それは彼に取って仲間だった。
(そうだ……仲間だ)
誰に問うでもなく、彼は確認した。
「了解。侵入経路を切り開く。続いてくれ」
『そっちこそ、遅れないでよ』
瞬間、二機のイコンはインテグラルに向けて最大加速で飛行した。
「彩羽殿、良いのでござるか?」
その途中、彩羽のスクリーチャー・オウルの機内で、同乗者のスベシア・エリシクス(すべしあ・えりしくす)が心配そうに尋ねる。彩羽は彼女を一瞥して、吹っ切れたような笑みを浮かべた。
「いいのよ。いまは私はこの作戦のイコン部隊――未来を守りたいのは、同じなんだから」
そして、二機のイコンはそれぞれにクリスタルの埋め込まれた武器を構える。
オウルはツインレーザーライフルを、ゼノガイストは新型のビームサーベルを――インテグラルの身体に張りついた二機は、そいつを……
「いっけええええええぇぇぇ!」
最大火力で叩き込んだ。
すると、次元の穴がついにインテグラルを包み込み始める。悲鳴のような声をあげて抵抗するインテグラルだがそれは虚しく散るばかりである。
そして奴は闇の中に呑み込まれ――消えたのだった。