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【2020修学旅行】欧州自由気ままツアー

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【2020修学旅行】欧州自由気ままツアー

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自称国家
「あとちょっとですね〜!」
 コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)は、小型の飛空挺に揺られていた。
 妊娠中の身体を気遣って、揺れが少なくなるよう細心の注意が払われている。
「ああ、見えてきた。あれだろう。写真の通り、二本の柱の要塞だな」
 ルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)が、前方を指さした。
 海上から、太い柱が伸びている。
 その柱が、まるで巨大なテーブルのように、上に乗っている要塞を支えているのだ。
 海上国家・シーランド公国。
 厳密に言うとイギリスの領土内にあるのだが、独立を宣言している。
 独立を宣言している、とはいえ、このシーランド公国を「国」として認めている国連加盟国は、現在のところ一カ国もない。
 つまるところ「自称」国家なのだ。
 もともと第二次世界大戦中に要塞として建設され、その後放置されていたものを、元イギリス陸軍少佐が乗っ取るかたちで「独立宣言」をしたことが始まりだ。
 人口4人の自称国家として、おもしろおかしくメディアに取り上げられたこともある。
 広さは、日本の一般的な庭付き一戸建ての敷地、もしくは広めの倉庫や結婚式場程度と考えると分かりやすいだろう。
 つまり、「国」としては驚くほどに小さい。
 2006年に火災により損傷し、復興はしたものの経済的な打撃を受けた。
 そして2007年に国ごと売りに出され、それを買い取ったのが大富豪だったコトノハの両親だったというわけである。
 前述の通りの広さなので、別荘としては手頃だと考えたのだろう。
 この場所でコトノハは、久しぶりに両親と再会することになっていた。

 飛空挺は、ヘリポートにゆっくりと降り立った。
 降りて周囲を見渡したルオシンは首をかしげた。
 かつて資料で見たシーランド公国の姿と、まったく異なっているのである。
「まさかここまでやるなんて……」
 コトノハはくすりと笑って肩をすくめた。
 シーランド公国が、放置されたオンボロ要塞を改良してどうにか人が住んでいた……というのは過去の話。
 コトノハの両親が買い取り、パラミタとの繋がりが生まれた現在、機晶姫テクノロジー等を駆使して、最新式海上都市へと生まれ変わっていた。
 相変わらずの広さではあるが、そのぶん縦に建設が進み、高層ビルと観覧車までもが設置されている。
「わーい! かんらんしゃー!」
 蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)は、もうはじける寸前のポップコーンのように、興奮を抑えきれないでいる。
 海上都市、きらきらの建物、観覧車。心躍るものばかりが目に映る。
「おかえり。よく帰ってきたね」
 コトノハの耳に、懐かしい声が響いてきた。
「お父さん、お母さん!」
 コトノハの両親が、ヘリポートまで娘夫婦を迎えに来たのだ。
「あらあら、こちらの子は……?」
 夜魅とは初対面の両親が、不思議そうにしている。
 そういえば、夜魅と両親は初対面だったことに気がついたコトノハが、夜魅が現在は娘であること、そしてお腹の中にはもう一人の我が子の命が宿っていることを告げた。
「えっっっと、おじいちゃんとおばあちゃん?」
 おそるおそる、コトノハの両親に声をかける夜魅。
「そうよ、おじいちゃんとおばあちゃんよ。仲良くしましょうね」
「……うん!」
 コトノハの両親は、夜魅を快く、孫として受け入れた。
「じゃあ夜魅。あの観覧車に乗りに行こう」
 ルシオンが夜魅の手を引いて微笑んだ。
 コトノハと両親の、水入らずの時間を作ってあげるためだ。
 コトノハは心の中でルシオンの心遣いに感謝し、展望喫茶ルームで両親と久しぶりの会話の時間を楽しんだのだった。



 観覧車に乗った夜魅は、さっきまでの元気はどうしたのか、急にしゅんとしぼんでしまった。
「そーたたち、どこに行っちゃったんだろう」
 今回の修学旅行は、行動計画は各人の自由。夜魅は、離ればなれになった友人らの顔を思い出していた。
「みんなそれぞれに楽しんでいるさ。すぐにまた会える」
 ルシオンは、そんな夜魅の頭をそっとなでた。
 そして、観覧車の窓からシーランド公国を見渡し、次いで水平線を眺めた。
 公国は、たった一人の警備兵が立っているのみ。これで平和が守られているのだ。
 そしてその平和を物語るかのように、海は穏やかだった。
「パラミタは戦争が激化しそうな動きが有るが、地球はまだ平和みたいだな……。身重なコトノハを地球に帰すのも選択の一つかもしれない……」
 コトノハが聞いたら絶対に反対するだろう。だから、コトノハのいない小さな観覧車の中で、ルシオンは心情をそっと吐露するのだった。
 そんなルシオンの言葉が聞こえているのかいないのか、夜魅は反対側の窓ガラスに、こつんとおでこをくっつけた。

「そーた、何してるんだろうなぁ?」



「へっくしっ!」
「おや、壮太君、風邪ですか?」
「……そうかなぁ。修学旅行はこれからだってのに、風邪はまずいよな」
「気をつけて下さいね」
 くしゃみの原因は、遠く離れたシーランド公国で噂をされているからだとはみじんも思わず、瀬島 壮太(せじま・そうた)は、友人のエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)とともに買い物を楽しんでいた。
「あとは置いてきた大食いのために、何か食べ物を買ってやらなきゃな」
 壮太は、残してきたパートナーのことを思い出した。
「あ……壮太さん。少しだけ付き合ってもらってもいいですか?」
 エメが立ち止まり、申し訳なさそうな表情で壮太に頼んだ。
 さっきからずっと壮太の買い物に付き合っていたエメが、どこかに立ち寄りたいと言い出したのは初めてのこと。
 壮太もそれをよく理解していたので、もちろんと大きくうなずいて了承した。
「では……あのお店に!」
 エメが指さしたお店は、白壁を基調とした小さな建物である。
 だが、茶色のドアに施された細かな細工や、店名の看板の隣に掲げられている何かを証明するようなエンブレムが、上品な高級感を醸し出している。
(こういう上品な店は苦手なんだが……まあ、エメのためだからな)
 壮太は頭をかきながら、エメに続いた。
「それじゃ、入りますね」
 カランコロン。
 ドアを開けると、ベルが心地よい音をたてた。

 店内に入ると、エメと壮太は揃って「あっ」と声を上げた。
 着衣などから察するに、自分たちと同じようにパラミタから修学旅行で来ていると思われる先客が数名いたのだった。
 壮太とエメは彼らに軽く挨拶をしつつ、店の奥へと進んでいった。
 店内は、ふわりといい香りが漂っている。
 ここは、イギリス王室御用達の高級紅茶店だ。