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リアクション
所戻って再び「古城班」。
既に場内へ入場を果たした彼らは、次の行動について相談をしていた。
「自分は、この城にいる魔女に話を聞いてみたいですな」
まず発言したのはマーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)。
ヴェーヴェルスブルグ城に来ることを最も強く望んだのも、彼であった。
「私たちは『親衛隊名誉リング』を探し出したいんですの」
既に探索準備万端といった感じの早見 涼子(はやみ・りょうこ)が説明を加えた。
「親衛隊名誉リングっていうのは、ヒムラーが古参の親衛隊員に授与した銀色の指輪のことだってさ!」
本能寺 飛鳥(ほんのうじ・あすか)が、さらに説明を引き継ぐ。
「はて? そんなものが隠されているなどと、聞いたことがあったかな?」
無銘祭祀書が、顎に指をあてて、記憶の奥底をさぐっている。
「この城に隠されて、現在も未発見のままだと言われていますの」
涼子と飛鳥がかわるがわる、首をかしげている古城班メンバーに、事前に調べた知識を披露した。
「それは……とても興味深いですね。いや、やはりドイツの歴史はすごい。古代から近代に至るまで、激動の時代を過ごしていると思います」
真人が、マーゼンたちの話に強く食いついた。
「そう考えると、シャンバラとドイツは似ているのかもしれませんね」
東西シャンバラが良い形で統一されればいい……そう真人は続けた。
東シャンバラからこっそりこの修学旅行に参加している葵も、大きくうなずいた。
「とにかく城の中を調べよう」
結局、そう結論づけた古城班は、とにもかくにも足を使わなければということで、歩を進めた。
儀式が行われていたとされている円卓の部屋、ヒトラーが宿泊したといわれている賓客質、膨大な蔵書を誇る図書館などを見て回った一行。
続いて、なるべく一般の観光客の目が行かないような場所を中心に、探索を進めた。
だが、いままで未発見だったものが、そう簡単に見つかるはずがない。
最初から捜索するつもりで来ているマーゼンや飛鳥のスキルを用いても、なかなか怪しげな場所を発見するには至らなかった。
もちろんリングだけでなく、魔女の末裔が城に住んでいた、などという形跡すらない。
「魔女伝説についての本とか、壁画とか、そういうのはないかなぁ? さっきの図書館とかに」
最後尾からついてきていたリオが、ひとりごとのつもりで、そんなことをつぶやいた。
「それは……魔女に直接聞いてしまったら駄目なの?」
そのひとりごとに、丁寧にフェルクレールトが応じた。
「直接? いや、さすがに魔女はもういないでしょ」
「この本にも『魔力は既に失われた』って書かれてるし」
相変わらず、怪しげなガイドブック『りゅりゅぶ』をすっかり信じている葵である。
「いや、魔女はおるで」
軽い感じの関西弁で、彼らに後ろから話しかけた女性。
エルザマリア……エルザである。
「だ、だれ?」
もちろん、歌菜とエルザの対面を古城班が知っているはずもなく、また「観光客の目が行かないような場所=立ち入り禁止ぎりぎりの場所」を捜索している後ろめたさもあり、彼らは心臓が飛び跳ねた。
「あっはっは。ビビらんくてもええて。うち、単なる日本好きのオネーチャンやで」
彼らの緊張がエルザにも伝わったようであった。
エルザは笑い飛ばし、そして名を名乗って場を和ませた。
「で、さっき魔女はいるって言ってなかったっけ?」
自己紹介など、一連の儀式の終わりを待ちわびたかのように、飛鳥がすかさずエルザに質問をした。
「ああ、おるで」
エルザは先ほどと同じ言葉を繰り返した。
「魔女は、外縁との交わりで魔力を失って……」
まだガイドブックから離れられない葵。
無銘祭祀書が、黙って本を閉じた。
「ああ、それはホンマや。すっかり血ぃ薄ぅなってもうたわ」
何かを知っているかのような口調に、マーゼンは緊張感を強めた。
この女性は、単なる日本好きのオネーチャンではない……と。
「では、その魔女は今どこにいるのですかな?」
慎重に、マーゼンが質問をした。
その問いに、エルザはにっこりと笑って答えた。
「ここ」
きょろきょろと慌てて周囲を見渡す一行。
「いや、だからここやて」
エルザが指さしているのは……自分自身だ。
「あ、あなたが魔女?」
「そうや」
はっきりと、エルザは自分が魔女であると名乗った。
「魔女の末裔なの?」
セルファが好奇の瞳でエルザを見つめて、問いかけた。
「末裔……っていうのはちゃうなあ。うち本人が魔女やし」
「どういうこと……」
意味がわからずセルファがさらに質問を重ねようとしたのを、マーゼンが止めた。
「……彼女が言っていることは、どうやら本当のようですな」
マーゼンは皆に、彼女の足元を見るようにと目線で伝えた。
彼女の足は、透けていた。
「どれくらい生きていらっしゃるのですか?」
真人がおだやかに、エルザに問いかけた。
「んまっ。女性に年聞くんかいっ! ……まあええわ。うちは700年とちょい前に生まれた……んやと思う。よう覚えてへんわ、さすがに昔すぎて」
にゃははっとエルザは笑った。
「生きている、というよりも「存在している」といったほうが近いのかな」
マーゼンが、透けている足を指さした。
「せやな。「肉体」は、魔女狩りの手を逃れるために捨ててもうたんや」
魔女狩り。
魔女、もしくは魔女と「みなされた」者が、一方的に裁判にかけられ、一方的に虐殺されたとされる。
女性が主であったとされるが、男性も「男の魔女」と呼ばれて、怪しげなものは同様に処断された。
エルザの一族は、魔力を持った正真正銘の魔女であった。
もちろん、そんなエルザにも魔女狩りが迫った。
エルザは強力な魔法を使い、肉体と魂を分離させ、永きにわたって魂を生かし、この世の行く末を見届ける道を選んだ。
うまく逃げおおせたエルザの一族が、どうにか細々と血を繋いできたのだが、とうとう魔力は潰えたのだった。
ちなみに、エルザと同じ道を選んだ魔力を有する者は他にもいる。
こことは別の城・ノイシュヴァンシュタイン城には「男の魔女」とされたエルザの恋人がいるが、ここ200年ほど力をたくわえるために眠っているのだという。
「さみしくないか?」
無銘祭祀書がそう問いかけた。
大切な人と離れるさみしさを知っているからこその、質問だった。
「これぞ、眠れる森の美男子やで。起きるのが楽しみや」
エルザはそう言って笑った。
「それじゃ、教えて欲しいことがあるの。ヒムラーが隠した親衛隊名誉リング。どこにあるか知っているでしょう?」
飛鳥がようやく本題に入った。
「ヒムラーがこの城を使った時代、あんたは既にその姿だったはず。見届けていたとしてもおかしくないよね」
真相が近い。飛鳥の胸は高鳴り、自然と早口になった。
「ここにある可能性が高いということは、あらゆる資料が述べていますのよ」
事前にヒムラーについてよく調べていた涼子も、エルザに詰め寄った。
「……わかった。うち、あんたら気に入ったわ。特別に教えたる」
一瞬の沈黙。
一同は息を呑んだ。
「ありゃ嘘やで」
どこからか、ずこーっと声が聞こえてきそうなほど、全員が見事にコケた。
「う、嘘って……」
この調査にノリノリだった涼子が、震える声で聞き直した。
「観光客にロマンを楽しんでもらうための、嘘や」
エルザは「信じるやつが時々おんねん」と言って笑った。
飛鳥たちは、赤面するしかなかった。
「その設定を作ったのはうちの子孫やけど、うちもその気持ちは分かるんや」
おぞましい噂ばかりが広がり、観光客が減ってしまった城。
外からの人をもてなし、話をすることに喜びを覚えていたエルザの子孫は、とてもさみしく感じた。
そこで、観光客が喜びそうな種を、少し心を痛めつつも、まいたのだった。
「うちも、こうして普通の人のフリして日本のアニメの話をするのが好きやねん。うちが生きとったとしても、同じ嘘をついてもうたかもしれへん」
エルザは、さみしさから嘘の物語を作り出した子孫を責めないでほしいと懇願した。
「……いいじゃないですか。おかげで楽しめましたよ」
エルザの気持ちを理解して、真人はやさしく微笑んだ。
「確かに、その噂がなければここへは来なかったはずであるな」
マーゼンは、ランプなどの探索道具を片付けつつ、そう言って笑った。
「この本、わりとあってたんだ……」
葵は、ガイドブックをぺらぺらとめくっている。
「あなたの子孫の気持ちは分かりますわ。お気になさらずに」
涼子が言うと、エルザは破顔した。
「おおきに……おおきにな、みなはん」
その時、エルザがふと足元を見下ろした。
「ん? どうしたんやエリク」
何もない床の方に向かって話しかけているエルザを、不思議そうに見守る一同。
「ああ、紹介が遅れてもうたな。うちの使い魔、エリクや」
エルザが床を指さしてそう紹介した。
エリクは使い魔の猫で、エルザが眠りにつく前からのパートナーだ。
エルザとともに肉体を捨てたのだが、エルザほど魔力が強くないため、人間の目には映らないのだ。
「……えっ! アロイスが起きた?」
使い魔エリクの知らせ。それは、200年眠っていたエルザの恋人が目覚めたというものだった。
「うち……うち行かなくちゃ!」
頬を紅潮させ、乙女の顔になったエルザは、古城班の一人一人と握手をした。
肉体がないはずのエルザの手は、不思議なことだがあたたかかった。
「ほな、元気でな!」
エルザは、城の出口の方へと駆けだした。
「お幸せに!」
真人が声をかけるとエルザは一度振り返り、大きく手を振った。
「……行っちゃったね」
セルファがさみしそうにつぶやいた。
「彼女はずっとここにいます。いつでも、また会えるでしょう」
真人はやさしく微笑んで言った。
彼らはリング捜索を断念し、レストランでお茶でもしようとそろって城を出たのだった。
恋人のもとへ向かうエルザは、さきほど出会った愉快な観光客のことを思い出し、ひとりごとを言った。
「すまんな……嘘ついて。うちにも、守らなあかんもんがあるんや。でも……また来てや」
彼女の姿は、風に巻かれて消えた。
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