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イナテミス防衛戦~颯爽の支城、氷雪の要塞~

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イナテミス防衛戦~颯爽の支城、氷雪の要塞~

リアクション



●ウィール支城と雪だるま王国の中間点

『見えたぞ。いいか、オレが一発かますから、その後にテメェらはありったけの攻撃をかませ。派手にやれ、混乱が大きけりゃそれだけ、アイツらが助かる可能性が上がる。
 ……いいか、変な遠慮はすんじゃねぇぞ?』
 ニーズヘッグの言葉に、皆が一様に頷く。直後、今まさに攻撃を仕掛けようとしていた敵歩兵集団の姿が、眼下に映し出される。
『久し振りの挨拶代わりだ、受け取れ!』
 口を開け、ニーズヘッグが鈍い光を放ちながら揺らめく弾を放つ。弾は集団の後方で炸裂し、巨大な粉塵を巻き起こす。
「これももってけですぅ!」
 エリザベートが紅く煮えたぎるような炎弾を放り、別の場所でも爆発が生じる。終夏とニコラは万が一に備え回復と支援が出来るように待機し、未憂とプリムが強烈な光を撃ち込んで敵歩兵の視界を奪い、リンと玲奈はそれぞれブリザードと雷の魔法で敵歩兵の足を止める。
 たちまち、大混乱が生じた――。

 ニーズヘッグの爆撃で、包囲網にぽっかりと穴が開いた。
「みんな、あそこから逃げるわよ! メイルーン、遅れないで付いて来なさい!」
「う、うん、分かったよっ」
 弾かれたように、雪だるま王国の主力部隊は穴が閉じ切る前に、包囲網からの離脱を図る。
「逃がすな、追え、追えーーー!!」
 体勢を立て直した者から続々と、撤退進路を阻むように龍騎士たちが立ちはだかる。
「邪魔すんじゃないわよ!!」
 氷塊を生み出したカヤノが、敵歩兵にそれをぶつける。ボウリングのように敵歩兵がなぎ倒され、地面を転がっていく。
「うっしゃあ! 存分に暴れてやるぜぇ! カヤノ、合体技で派手に行くぜ!」
 ウィルネストに呼びかけられて、カヤノは頭をコンコン、と叩いて必死に思い出そうとする。
「カヤノちゃん、ボクに撃ったアレだよ、思い出して!」
 合体技を食らった経験のあるメイルーンが、後ろで応援する。
「なあ、二人とも精霊なんだろ? だとすっと、その時のことって精霊のデータベースに記録されてんじゃないのか?」
 さらに首を出したミカ・ヴォルテール(みか・う゛ぉるてーる)の助言で、そっか、と思い至ったカヤノが、精霊が有するという共通のデータベースにアクセスして、その時の出来事を思い返す。このことを忘れていた辺りが、流石カヤノである。
「ふっふっふ、どう!? これで誰もあたしを、バカ呼ばわり出来ないわね!」
「お前たち、そんな余裕かましてる場合かーーー!!」
 えっへんと胸を張るカヤノ、すごーいと感心するメイルーン、それに何故かミカが、ヨヤの取り出したバットの制裁を食らう。今回は今の所ウィルネストが軽率な行動をしていないので出番がないように思われたが、思わぬ所で出番をもらい、何だか嬉しそうに鈍光りしていた。
「もー! あったま来たんだから! ウィル、準備はいいわね!」
「何だか一人で盛り上がってんなぁ……でも、嫌いじゃねーぜ、そーいうのはよ!」
 氷を顕現させるカヤノに、ウィルネストが笑って炎を顕現させ、そして二つが合わさる――。

「貫け氷塊! 燃え盛れ炎!
 ファイアピアシング!!」


 生み出された炎を纏った氷塊が、鋭い先端を以て龍騎士を襲う。無数の弾丸の如き攻撃に、彼らは近付くことが出来ない。
「カヤノさんだけに戦わせはしません、私も戦います!」
 その反対側では、メーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)が魔動銃を両手に持ち、殺気の漂う方角に魔弾を撃ち込んでいく。弾幕量こそ劣るが、的確な射撃に敵歩兵は迎撃の芽を摘まれ、なかなか包囲網を補うことが出来ない。

「千雨さんは要塞に戻り、そこで大火力の魔法攻撃に徹してください」
「……嫌よ、私も大地と一緒に前線で戦うわ。大地が何を言ったとしても、付いて行くから」

 敵の第一波を退けた時に、千雨は志位 大地(しい・だいち)の提案を拒否して彼との同行を強行した。それは、提案をした大地が、このまま永遠に居なくなってしまうのではないかという危機感に駆られたからである。
 敵の捕捉を受けた今では、その危機感はより強くなっていた。しかし同時に、自分がいることで少しでもその可能性を減らせるはず、とも思っていた。
(どうでもいい、なんて言わないわ。今は私が、大地を守る!)
 眼前の敵が一旦退き、戦況が一瞬の落ち着きを見せたところで、千雨は大地がいるはずの方向を向く。
(最初はさっさとお帰り願おうと思っていましたが、今度は俺達が帰らなくてはならない番になりましたね。
 ですが、ここで俺達が倒れれば、ファームを守る人が居なくなります。それは避けねばなりませんね)
 片手に剣、片手に刃が透明の剣を持ち、眼鏡を外した大地の元に、鎧装備の龍騎士が立ちはだかる。
「ここから先へは通さんぞ!」
「そちらがどう言おうとも、俺達は先を行きます。帰りを待っている人が居ますから」
 ファームの住人を一瞬思い浮かべ、直ぐに目の前の敵に意識を集中させる。敵が迎撃姿勢を整える前に、大地が先手を切って実体のある方の剣で斬りかかる。
「なんの!」
 それをランスで受け止める龍騎士、しかしそれはあくまで牽制に過ぎない。
「ぐわぁ!」
 次の瞬間、龍騎士が肘の辺りを押さえて地面を転がる。当の本人は一体何が起きたか分からない様子であった。
 真相は、龍騎士がランスで攻撃を受け止めた際、鎧の隙間へ大地が刃が透明の剣を突き入れたのであった。
(何故攻撃を受けたか分からない間は、相手の足を止められるかも知れませんからね)
 大地の想像通り、二人、三人と攻撃を受けて退く龍騎士を見、彼らの間に疑心が広まっていく。疑心は積極的な行動を阻み、包囲網の再形成をさらに遅らせる結果となる。
「うわぁぁ!!」
 後方で再び、大きな爆発が生じる。対イコン用に用意されたはずの爆弾弓を、シーラ・カンス(しーら・かんす)が敵兵のど真ん中で炸裂させていた。普通の人間ならば即死レベルだろうが、元々ドラゴンやワイバーンに乗って戦う訓練を受けた龍騎士は、一発の爆撃で死に至ることはなかった。それでも、ある者は手が吹き飛んだり、脚が無くなったりと大きな傷を負う結果となった。
(先に剣を向けたのはあなた達ですからね、自業自得です)
 それらの光景に特に憐憫の情を抱くことなく、大地が軽やかな動きで敵の隙を誘い、一撃を以て戦闘不能へと陥れていく。

 前線が必死に穴をこじ開けようとしている、後方では穴を閉じられないように抵抗する者たちがいた。
(エリュシオンに恨みはないけど、好きにはさせないよ! イナテミスもイルミンスールも、あたしたちが守るんだから!)
 三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)が、壁役に徹している生徒たちへ癒しの力を施したり、加護の力を施していわゆる“壁の補修・強化役”に奮闘していた。
「ええと、この辺りの風の吹き方は……後、敵の集まり具合はっと……」
 壁の内側からミカが矢を射掛け、穴を塞ごうとする敵歩兵を仕留めていく。それでも、敵の数は味方の数十倍。一人一人がめいっぱい奮闘しても、どうしたって限界がある。
 今も、弾幕をすり抜け、一部の集団がランスを構えて突撃を図る。間に合わない、そうのぞみが感じた時、先頭の龍騎士が突然膝から崩れ落ち、そのために後続の龍騎士もつんのめって崩れ落ち、突撃の出鼻を挫かれる。その隙にのぞみとミカは、周りの者たちと一緒に敵の包囲網から少しずつ逃れようとしていた。
「ねえのぞみ、今のってもしかして――」
「あたしは何も見てない知らないよ!」
 訝しげな表情を浮かべて尋ねるミカに、のぞみは断固として関わらないという意思を込めて答える。
(付いて来るなって言った……いや言ってないか。 しかも微妙に役に立ってる辺りが、余計気に入らねぇんだよなぁ……)
 心に呟きつつ、ミカがのぞみと共に包囲網の脱出を図る。

「どうやら、無事に逃げられたようですね。 ここでのぞみに倒れられては、僕が困ってしまいますからね」
 誰も居なかったはずの空間に、突如、ロビン・ジジュ(ろびん・じじゅ)が姿を現す。温和そうに見える表情を崩さぬまま、今しがた去っていったであろう“主”、のぞみを思い、ロビンが呟く。
「そろそろ、僕と契約したことを認めてもらえると良いんですが。
 ……まあ、いいでしょう。焦っても仕方ないですしね……」
 本心の読めない笑みを浮かべたまま、ロビンの姿がまるで掻き消えるようにその場から無くなっていく――。

 道が狭くなっている箇所を過ぎ、雪だるま王国主力部隊は少しずつ、自らの勢力圏へと近付いていく。
 しかし、敵の追撃が激しく、このままでは追いつかれる可能性もあった。

「…………」

 その時、殿を進んでいたルイがくるり、と振り返り、道が狭くなっている箇所の真ん中辺りで止まる。
「!? ルイ、そこで何をしている? 早くこっちに来い!」
「どうしたの、お腹でも痛いの?」
 リアとセラがルイの異変に気付き、振り返り呼びかけるも、ルイは背中を見せたまま動こうとしない。
「……少し、用事を思い出しました。リアとセラは先に行っていて下さい。なあに、すぐに追いつきますよ」
「馬鹿なことを言うなルイ、どれほど方向音痴だか分かって言っているのか!? いいから戻ってこい!」
「そうだよ、捜索願出しに行くの、セラの役目なんだよ? 仕事を増やさないでほしいなー」
 再度呼びかけるも、やはりルイは振り向かない。その内に追いついた龍騎士が、徐々にルイを、そしてリアとセラをも取り囲もうとする。
「……行きなさい! ここで少しでも敵に脅威を与え、追撃の芽を摘まなければ、雪だるま王国はエリュシオンに蹂躙されてしまいます。それだけは、防がなければならないのです!」
 普段は陽気なルイの、いつになく真剣な色を含んだ言葉に、リアが沈黙し、そしてぽつり、と漏らす。
「ルイ……絶対に戻って来い。僕たちがここで、終わる訳にはいかないんだからな」
「ええ、もちろんですよ」
 ようやく振り返ったルイの、表情に浮かぶのは、いつもの笑顔。
「……行くぞ、セラ」
「え、えぇ? リア、そんな――」
「僕は行くと言っている!」
 リアとルイ、双方をあたふたと見比べて、セラも慌ててリアを追って箒で飛んでいく。
「二人とも……元気で暮らすのですよ……」
 ぽつり、と呟き、ルイが全周を取り囲む龍騎士を見据え、自らに秘められた力を開放する。側頭部から牛のような大きな角が一対生え、身長は倍にまで膨れ上がる。
「うわぁぁぁ――」
 怯える龍騎士を掴み上げ、放り投げる。すり抜けて追撃をしようとした龍騎士も、やはり掴み上げて放り投げる。
 掴んでは放り投げ、掴んでは放り投げ、追撃をすることが無駄だと悟らせるまで、放り投げ続ける。
「突け、突けーーー!!」
 龍騎士の構えたランスが、ルイの身体を貫く。それでもルイの動作は止まらない。
 彼の力からすれば、周りにいる者たちの命を断つことなど、容易であった。頭を掴み、引き抜くことくらいは可能であった。
 しかし、それは雪だるま王国臣民として、女王の意志に反する。
 だからルイは、彼らを殺さないことで自らが傷つきながらも、先に進ませないことを延々と行い続けた。

 そして、どれくらいそんな光景が続いただろうか。

「――――」
 どさ、とルイの身体が、地面に伏せる。元の大きさに戻ったルイの身体は、全身傷だらけ、自ら流した血の絨毯の上に乗るように横たわっていた。
 一方の龍騎士側も、ルイ一人に相当の体力の消耗を強いられた。主力部隊との距離も離され、これ以上の追撃は事実上不可能であった。もし向かおうとすれば、ウィール支城の占領が不可能になる。
「くそっ、たった一人に、我ら精鋭がここまで苦しめられるとは……」
 龍騎士の一人が、ピクリとも動かないルイを見下ろし、悪態を吐く。
「傷つけられた我が同胞の苦しみ、今こそその身体で償うがいい!!」
 そして、構えたランスを振り上げ、一息に突き刺さんとする――。

「ジョセフズスーパーマジックゥゥゥ!!」

 突如爆炎が生じ、龍騎士の間に混乱が生じる。
「うわぁぁぁ、やめろ、来るなぁぁぁぁ!!」
 爆炎を浴びた龍騎士が、ガタガタと震えながらのたうち回る。どうやら彼には、炎をバックに先程のルイのような巨体に変化した美央が、凶悪な笑みを浮かべながらこちらに向かって歩いて来るのが見えるらしい。
 そして、皆の視線が爆炎を放ったジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)へと向いた矢先、ペガサスの嘶きが聞こえ、先程ルイにトドメを刺そうとしていた龍騎士へ、アンブラに乗った美央が盾を構え、槍を突き出す。
「ぐはっ!!」
 ランスを持っていた腕ごと吹き飛ばされ、龍騎士自身も大きく吹き飛び、地面を転がる。その間にジョセフがルイを必死の形相で起こし、箒に跨がせる。
「オゥ、重いデース! ゴーストにも手伝ってほしい気分デース!」
 ルイを乗せたことで全く速度の上がらない箒を操作しながら、ジョセフがそんなことを呟く。もちろん、実体のないゴーストに、何か出来るわけでもない。
「…………」
 一方、隣に並んだ美央の表情は、戦闘中であることを差し引いても、暗い。
「どうしましたカ?」
「いえ……先程の龍騎士、大丈夫かな、と思いまして」
 美央の一撃は、殺さないために腕を狙ったとはいえ、腕をもぎ取った。下手すればその場で死んでもおかしくない損傷である。
「ハハハ、龍騎士ともあろう者が、その程度で死にはしマセン! 明日にはピンピンしてマス!」
 何の根拠もないジョセフの笑いだが、今この瞬間だけは、その気遣い(本人は全然全くそんなこと思っていないだろうが)が嬉しく思えて、美央もようやく微笑を零すのであった――。