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イナテミス防衛戦~颯爽の支城、氷雪の要塞~

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イナテミス防衛戦~颯爽の支城、氷雪の要塞~

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●雪だるま王国近郊

 アメイアの元へ急行する、エイムを装着した明日香とノルン。道中での敵龍騎士の妨害を予想していた彼女たちは、しかし一向に姿を現さないことに首を傾げる。
「これはどういうことでしょう、明日香さん?」
「……分からないことは、本人に直接聞いてみましょう。確かこの辺りだったと思うんですが……」
 明日香が示す先に、戦いの痕跡が残されていた。いくつかは新たに降った雪で覆い隠されていたが、ここで“一騎討ち”が行われていたことは確からしい。
「一騎討ちには負けましたけど、相手も大きな傷を負ったという話でしたからね。そう遠くには移動していないと思います。
 ……ノルンちゃん、殺気を探れますか?」
「うーんうーん……」
 明日香の求めを受けて、ノルンが杖をかざしながら、周囲の殺気を探る。
「……あっち、だと思います」
 ノルンが示した先には、小さな森が広がっていた――。

(くっ……流石に回復には時間がかかりそうだな)
 森に身を潜めたアメイアが、自らの負った怪我の具合を確認し、顔をしかめる。そもそも七龍騎士が森に潜むような真似が、彼女をして先程の一騎討ちが相当のダメージを与えていたことに他ならない。精霊の勢力下であることを考慮しても、レンの命懸けの戦いの成果である。
(ここでもう一度、私に挑むような者がいるとすれば……)
 アメイアが、ニーズヘッグ襲撃の際に拳を交えた者たちの顔を思い浮かべる。その中で最も脅威になりそうなのは、あの時エリザベートの護衛を務めていた、見た目は幼き少女であるとアメイアが結論付ける。
(奴は、平静を装いながら人の命を奪える類だ。……正直な所、今この状況で相手をしたくはないな)
 ……しかし、間が悪い時にこそ、思ったことは真実になるものである。アメイアもさぞ、自身に生まれた心の弱さを呪ったかも知れない。
 近付いている気配に振り返ったアメイアは、その最も脅威に感じていた少女、明日香の接近を察知する――。

 自身がかつてイルミンスールの地下で遭遇した時と同じ姿の女性が、十分視認出来る位置まで近付いたところで、明日香がエイムの魔鎧化を解除し、本人が乗っていた箒を持った格好で人の姿になったエイムが、きょとんとした顔を浮かべる。
「明日香様、なんでですの?」
 尋ねるエイムの疑問は尤もで、これからアメイアと一騎討ちを行うはずの明日香が、わざわざ身を守る術を放棄するのは自殺行為とも言えた。
「これは、“一騎討ち”ですから。分かってもらえますか?」
 どうやら明日香の中では、魔鎧装着は一騎討ちに反すると考えたらしい。過去の接触からアメイアの性格を多少なりとも理解している明日香の意図に、エイムも渋々ながら従い、ノルンと一緒に戦闘を見守る。
「……お前か。てっきり、幼き世界樹の契約者と共に居るものと思っていたが」
 樹の影から出、明日香の正面に立ったアメイアが口にする。
「そうしたかったんですが、この方法が一番、被害が少なく済むと思いました。……他の龍騎士さんはどちらに?」
「ここには私一人だけで来た。この方法が一番、被害が少なく済むと思ったのでな。その意味では正解だったよ。こちらに部隊を派遣していれば、ただでは済まなかった」
 明日香の秘めた(別に本人は隠しているつもりはないかもしれないが)力を悟ったアメイアの言葉に、明日香はここでアメイアを鹵獲したとしても、即座に戦争の勝利には繋がらないのではないかと思い至る。
 最悪、ウィール支城を占領されれば、戦争に勝ったのか負けたのか分からなくなる。
「正直な所、貴様らがここまで戦えるとは、想像を超えていた。こんなことを言うのも団長として問題だが、おそらく今日中のウィール支城と雪だるま王国、両方の占領は不可能だろう。
 ……そして明日になれば、他の地域での戦闘結果次第では、我々はシャンバラを退かねばならなくなる可能性もある。私の龍騎士団がこれほど苦戦しているのだ、他の龍騎士団も一筋縄ではいっていない筈。
 ……ならば、ウィール支城だけでも決定的な損害を与え、回復の余地を与えず次の戦いで改めて占領すればよい」
 自身の構想を述べたアメイアが、真っ直ぐに明日香を見据え、そして朗々と告げる。
「この場で私はお前に、一騎討ちを申し込む。強大な力を有するお前を我が部隊へ向かわせず、この場で叩き伏せることが出来れば、ウィール支城の占領が可能になる。……逃げる真似は許さぬぞ?」
 一騎討ちを仕掛けるつもりが、逆に一騎討ちを申し込まれた形になった明日香が、言葉を漏らす。
「もし私がここで、あなたを倒した場合はどうなりますか?」
「フッ、私を倒せるとでも? ……順当に言えば、その時点でお前たちの勝利と言っていい。例えウィール支城を占領したとして、団長が敵の手にかかったとなれば、それは負けたに等しいからな」
 アメイアの言葉を聞いて、明日香が笑みを浮かべる。
「それを聞いて安心しました。……では、心置きなくやらせてもらいますね」
 元百合園生らしく、畏まって一礼して、そして明日香が魔導銃を抜き、アメイアに向けて魔弾を放つ。雪面に次々と穴が開き、アメイアに有効打を与えずとも接近を許さない。
(レン・オズワルドと同じ戦闘スタイルか? ……いや、片方の手に持っているのは……杖?)
 レンとの戦いでは、一回の銃撃で弾丸が四発飛んでくることで、アメイアは結果として左腕と右脚を損傷した。翻って明日香は、射撃自体は一回につき一発、これはいくらでも対処のしようがあるとアメイアは思い至る。問題は、明日香が持っている杖がどのような効果を発揮するかであった。
 すると明日香は、その杖を振りかざし、先端から電撃を放出する。拡散する電撃を大きく避けたアメイアは、杖から発する広範囲の電撃魔法と、一点を狙う銃撃の混合が、明日香の戦闘スタイルと決定づける。
(雷の魔法……しかも拡散……平地では対処に困るか。だが、ここなら……!)
 後退したことで、周りに木々が立ち並ぶ場所に入り込む結果になったのを幸運と思いながら、アメイアは樹を蹴り、三次元的に攻撃を避けながら、明日香の懐に飛び込むタイミングを図る。その間にも戦闘の最中、電撃に貫かれた木々が焦げ、細いものなどは折れて地に伏せる。これを幽那や菫が見たら、発狂しかねない。
(やっぱり、これとこれだけじゃアメイアさんは倒せませんか……)
 一方の明日香も、魔導銃と電撃魔法の攻撃だけでは、アメイアを仕留め切れないと薄々感づいていた。いずれ魔力が尽きる前に、一撃で勝負を決める手段を講じねばならないと感じていた。
(……これのために、今まで散々エリザベートちゃんと頭の天辺から足の爪先まで、擦り合いしてきました! 一発くらい耐えられるはずです!)

 説明しよう!
 明日香はここに来るまでに、身体の隅々までエリザベートと触れ合ってきた。
 それはもしアメイアから攻撃を食らって、雪面を転がることになっても、明日香を守ってくれる……わけはないが、とにかく、守ってくれるのだ!

 電撃の放射が途絶え、魔弾による攻撃も間隔が空いてきたのをアメイアが感じ取る。
(疲れが見えたようだな!)
 そう思うアメイア自身も相当の疲労は感じていたが、接近して一発を撃ち込むくらいの力は残していた。身を守っていた鎧を外した今の彼女に、一発を耐えられはしない、そう結論づける。
(……ここだぁ!!)
 そして、タイミングを図り、アメイアが覚悟を決めて踏み込む。一方明日香も、アメイアが懐に飛び込んでくるタイミングは予測することが出来た。
(……行きます!)
 ギリギリまで魔導銃で牽制を行った明日香が、銃を捨て、杖を両手に握り締める。

 ――そして、二人の姿が交錯する。
 アメイアの拳が明日香の右側頭部を捉え、明日香の振るった杖が、アメイアの右側頭部を捉える――。


 かつて古代シャンバラの魔術師は、弟子の魔術師に『強大な敵を倒すための秘策』を問われて、こう答えたそうだ。

『レベルを上げて物理で殴れ』



 共に攻撃を与え、攻撃を食らった二人が、反対の方向に吹っ飛び、雪面を勢い良く転がる。
 その転がりが止まったところで、二人がほぼ同時に起き上がる。

「フッ……まさか、それが狙いだったとはな。最後の最後で、私はお前を読み違えたようだ」
「褒めていただいてありがとうございます。ついでなので、先に倒れてもらえませんか?」
「それは出来んな。一線を交えた相手に対し、先に倒れるのは無礼に価する」
 互いに顔を腫らして、両者がその場から一歩も動かず、もはや意地だけで立ち続ける。二人とも、自分が一瞬でも気を抜けば意識を失って倒れてしまうこと、それがすなわち負けということを悟っていたこその、最後の攻防であった。

「あ、あれ? なにか聞こえてきませんか?」
「まさか、敵、ですの?」

 二人を見守っていたノルンとエイムが、気配のする方角を振り向く。そこに現れたのは――。

「お? おい、前方に誰か居るぞ」
「一対一で向かい合っている……誰と誰が戦っているのだ?」

 先頭を進んでいたマイトと朔が、彼らを見つけて駆け寄ってくる。敵歩兵の包囲網から辛くも逃れた雪だるま王国の主力部隊であった。

「そうか……ゴルドン……お前でも無理だったか……。
 フッ……この戦い、私の負け、だ……」

 彼らの姿を見たアメイアが、どさ、と雪面に倒れ伏す。ほんのちょっとだけ早く、明日香も同じく雪面に倒れ伏したので、実はアメイアの勝利なのだが、それは本人共々知る由もない。
「ああっ、明日香さーん!」
「明日香様ー!」
 ノルンとエイムが慌てて駆け寄り、そして後続からも続々と生徒たちがやって来る――。

 その後二人は、レイナの懸命の治療と蘇生術により、死の淵から生還を果たした。
 七龍騎士であるアメイアを仕留めた明日香の凄さを称えるべきか、レンにあれだけの手傷を負わされながら、明日香を一発で臨死まで持っていったアメイアを称えるべきかは定かではないが、ともかく、雪だるま王国での戦闘は、一応の終結を見たのであった――。