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リアクション
chapter.4 対美女陰陽師軍団(3)
「あ、また痛みが……」
「て……天才科学者がなぜこんな目に……っ!」
戦場から少し場面を移し、トイレの個室。
ここでは、リュースとハデスが時々和らいだり激しくなったりを繰り返すお腹の痛みと戦っていた。言うならばここも、もうひとつの戦場なのかもしれない。
「おう、薬持ってきたけどいるヤツ……って、その前に水か。水分取ってるか?」
そんなふたりの入っている個室のドアを時折コンコンとノックしながら、健気に声をかけ励ましていたのは東條 カガチ(とうじょう・かがち)だった。
彼は、自身も呪法にかかり腹痛を発症しているにも関わらず、先に腹痛で離脱した者たちの看護へと回っていた。
「そ、その声はカガチ……?」
丁度小次郎や壮太が呪法の集中砲火を浴びている時だったのだろう。若干症状が和らいだリュースは少し落ち着きを取り戻し、ドアの向こうのカガチに反応した。
「カガチは……」
言いかけて、リュースはやめた。悪友であるふたりなら、互いの状況は察しているはず。リュースは、カガチもまた呪法の餌食になっていることに気づいてしまったのだ。それでもなお、この男は自分を二の次にして周りを助けようとしている。
が、それと今言葉が出なかったのはあまり関係ない。
単純に、トイレで戦いすぎたリュースは脱水症状を起こしかけており、喉が詰まってすんなり声が出なかったのだ。
「無理に喋るこたあねえ。安静にしとくのが一番だ。感染症とかじゃなく呪法が原因だし、薬がどれだけ効くかは分からないけどまあ、欲しくなったらいつでも言ってくれよ」
それは、自分はここにいるから、という証明でもあった。著しい体調不良を起こしている者にとって、近くに人がいるということはどれほど心強いことだろう。
「ヒールでも使えりゃ、消耗した体力くらいは戻せてやれたかもだけどなあ。俺、祈祷師の孫なのにそんな才能ひとっつもねえのよ」
悪いなあ、とカガチは謝ってみせるが、たとえ回復魔法がなくとも、薬に効き目がなくとも、その存在がありがたいこともある。リュースとハデスは、もう少し、ここで戦えそうな気がした。
と、再び彼らの腹を痛みが襲う。それはカガチにもやってきて、とうとう満足いく看病ができないレベルにまで彼を苦しめることとなった。
「俺も……ここまでかねえ」
晴明からもらっていた札があるため、最悪便器に座れなくてもどうにかなる。そう思っていたカガチだったが、状況は彼が思うよりさらに悪化していく。
「!」
気配を感じたカガチがトイレの入口を見る。そこには、全力でダッシュしてきたであろう壮太と羽純の姿があった。
「おいおい、もう入りきらねえんだけどなあ……」
それは来客側も瞬時に悟ったのか、顔に絶望を浮かべている。せめてもの緩和にとカガチは薬を差し出すが、当然彼らが欲しているのは便器である。カガチは困り果てた。
せめて、もう少しトイレがあれば。
そんな思いに応えるように、彼らの前に現れたのは、トイレ増設部隊の面々であった。
トイレ増設部隊とは一体何か?
それは、このような緊急事態を想定し、トイレの数を増やすことを目的として者たちのことである。そのメンバーは、ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)と三人のパートナー綾小路 麗夢(あやのこうじ・れむ)、レナ・ブランド(れな・ぶらんど)、天津 幻舟(あまつ・げんしゅう)らと、ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)とそのパートナー、ディアーヌ・ラベリアーナ(でぃあーぬ・らべりあーな)。そして及川 翠(おいかわ・みどり)とそのパートナーミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)という総勢八名の大所帯である。
このことからも、いかにトイレの増設が重要なファクターとして捉えられていたかが分かる。
「トイレの数が足りないのならば、自分たちの手でつくれば良いんです!」
ゴットリープがそう言うと、ネージュと翠もそれに賛同するように言葉を発した。
「あたしに任せて! だてに友達からトイレの妖精さんと呼ばれてないよ!」
「私も、簡易トイレをつくれるだけつくってみるの。特技も使って、頑張るの」
増設部隊はその言葉からも分かるようにやる気に満ちていたが、一方で何名かは、カガチのように助ける側でありながら腹痛との戦いも強いられていた。
この中で呪法から逃れていたのは、麗夢、ディアーヌ、翠、ミリアの四名のみであった。とはいえ、腹痛だから何もしない、というわけにもいかない。ゴットリープは、先立って仮設トイレの設営を開始した。
「あまり大掛かりなものは出来ないでしょうから、簡易的な即席トイレを……」
「私の連れてきた従者さんも、お手伝いするの」
彼の出す指示に翠が応えようとすると、ミリアも同調した。
「それと、私たちもつくらなきゃね。こういう時に、土木建築の特技を活かさなきゃ」
言って、翠とミリアはそれぞれの従者を並べた。それらにまとめて、ゴットリープが簡易トイレの作り方を説明する。
「短時間でここにあるものと同じような個室をつくるのは難しいと思います。そこで、まず地面に穴を掘って、洗面器やポリバケツなどの容器を便器的なものにし、穴の上に被せましょう」
「でも、それじゃ外から見えちゃうよ……?」
ネージュが疑問を口にすると、ゴットリープはそれに対する解決策を提示する。
「そこは、毛布など厚手の布を使って、周囲を囲いましょう。そうすれば外からも見えない、簡易トイレが出来るはずです」
そこまでを説明した彼は、あまり時間の猶予がないことを悟り、早速実行に移そうと促した。
「僕は男性用のトイレを設営します」
その言葉を皮切りに、彼のパートナーたちも各々の行動に出る。
「じゃあ、私は女性用ね!」
レナが言うと同時、麗夢は手に氷を生み出す。
「私はトイレが再利用できるよう、解体と転用を担当しようかな。汚物は氷術で凍らせて悪臭が出ないようにするから、安心して」
そしてそれぞれの配置についたゴットリープ、レナ、麗夢らの様子を見て、ネージュも急ぎ加わった。
「必要な資材とかがあったら言ってね! あと、もし粗相しちゃった人が出ても、あたしが洗濯するよ!」
「ボクも、何か役に立てることを……そうだ、一時的にでもリカバリとかキュアポイズンで症状を緩和できたら……!」
ディアーヌも献身的な姿勢を見せ、一同は力を合わせて仮設トイレの構築に挑み始める。
が、腹痛という避けられない業が、無慈悲にも彼らへと降りかかる。
「あ……」
最初に体調の異変を訴えたのは、ネージュだった。トイレ設営に精を出していた彼女は、突然立ち止まると、内股になり股関節のあたりをもじもじと押さえ始めた。
「あたしもおトイレ……」
「え……? ねじゅちゃんもおトイレなんですか!? え、えっと、ボクがスキルでなんとかしますから、無理は……」
ディアーヌが必死でネージュの気を紛らわそうとするが、ネージュの危険な震えは止まらない。出したくて出したくて震える。とうとう我慢できず、ネージュは大声をあげた。
「おーしっこー!」
どうやらネージュの場合、元々の体質のせいもあってか、大ではなく小の方に影響が現れたようだ。隣で慌てて回復魔法を唱えるディアーヌだったが、気休めにしかならなかった。
トラブルとは連鎖していくものである。
それに釣られるように、レナや幻舟にもキリキリとした痛みが襲いかかる。
「……っ!」
声にならない声をあげたレナは、女性用トイレの設営を一旦中止せざるをえず、悔しそうに晴明からもらった札を取り出し、もぞもぞと服の下に忍ばせた。
「くううっ……お、覚えてなさいよ! この屈辱は、百倍にして返してやるんだからぁっ……!!」
いまにもお腹がブレイクしそうな彼女の横では、対照的に落ち着いた様子の幻舟。その理由は、彼女の年齢にあった。
「ふん、この年になれば、誰もがこういったものにお世話になるんじゃ。今さら、恥ずかしいなどと言うてはおれんわい!」
そう、幻舟はなんと老化の影響で、最近おむつを日常的に着用しているというのだ。故に、札を使おうとしても何も恥ずかしくないよという理論である。
それは確かにその通りなのであるが、だからといって腹痛が緩和されるかといえばまた別問題である。幻舟は、落ち着いた佇まいを見せながらもその顔には脂汗を垂らしていた。
さらに最悪なことに、彼女らがきゃあきゃあと騒ぎ立てたせいか、陰陽師軍団がトイレの騒動に気づいてしまったのである。
「あれ、あいつら、なんかやってない?」
「マジすか。もしかして、トイレ増やそうとしてる?」
トイレ増設部隊の存在に気付いた彼女らが取る行動といえば、決まっている。増設の阻止である。
彼女たちは呪詛などの妨害組と、トイレ取り壊し組に素早く分かれた。
「ちょっとあんたたち、勝手なことしてんじゃないよ!」
取り壊し組がトイレに割りこむと、そこはあっという間に戦場と化した。
「て、敵さんが来たの。ここから先には、行かないでほしいの」
幸運にも呪法にかかっていない翠が、陰陽師たちの前に立ち塞がる。彼女は効かないまでも、足止めくらいにはなってくれれば、そんな思いで雷術を放った。
その手から放たれた雷が、陰陽師たちに鋭く向かう。
「陰陽師に術で攻撃しようなんて、甘いね!」
が、その言葉通り、翠の術は容易く陰陽師に防がれてしまった。とはいえ、彼女たちの初動を防御に向かわせたという点では、翠の雷術は無駄にはならなかった。
ゴットリープと、警備を担当していた幻舟がその間に迎撃体制を整えたからだ。
「術が相殺されるなら、これでどうじゃ」
言って、幻舟は剣を構えた。重量のあるその剣で、重い一撃を放つ算段だろう。前衛として動こうとしている幻舟の後ろで、ゴットリープはセフィロトボウを構えていた。同時に複数の矢を放つ技術――サイドワインダーを試みる彼だったが、腹痛のせいか、思うように集中できない。
「はぁはぁ……お願い、戦闘が終わるまでなんとか保って、僕の肛門括約筋……!!」
かっこいいのかかっこ悪いのかよく分からないセリフを放ちながら、ゴットリープは懸命に標準を定めようとする。しかしその指先は、震えていた。
「さあ、おしまいだよ……!」
勝ちを確信した陰陽師たちが、術を唱えるべく手をかざす。幻舟が阻止しようとスタンクラッシュを放ったが、本来の力とは程遠いその斬撃は虚しく空を斬るだけだった。改めて、勝ち誇った笑みを浮かべる陰陽師。
もはやこれまでか、トイレは壊されてしまうのか。
そんな気配が漂う中、突如怪しく光る目を携えて現れたのは、ルビー・フェルニアス(るびー・ふぇるにあす)だった。身にまとった忍び装束は、闇に紛れていた証である。
「痛っ……!」
そして、ルビーが姿を見せた時には陰陽師のひとりが既に傷を負っていた。
「雑魚に興味はないの。好きなのは、強い敵よ」
ルビーの不意打ちで倒れた陰陽師を目の当たりにし、彼女らの怒りはあっという間に頂点に達した。
「何よあんた……!」
しかし、ルビーはそれを嘲笑うかのように太陽の化身を取り出し、語りかける。
「きまぐれな神様。このきまぐれな我のために、力を貸してくれないかしら?」
運否天賦で力の貸与が決まるその秘宝を使おうとするルビーだったが、残念ながら今回は運が味方しなかったようだ。だが、元々ダメ元だったのか、さして悲しむ様子もなくルビーは月光のティアラをかざす。
「これでキメようかしら。ふふふ」
まるで月面での戦いを楽しむように笑うルビー。陰陽師たちがその言動に注目している隙に、ルビーの契約者である東 朱鷺(あずま・とき)は既に結界を張る準備を進めていた。
その結界を張る場所として朱鷺が選んだのは、もうひとりのパートナー、第七式・シュバルツヴァルド(まーくずぃーべん・しゅばるつう゛ぁるど)であった。朱鷺が命を下す。
「第七式! 今から敵の遠隔呪法対策の結界をキミを基点に構築します。結界発動までの間は、術者である朱鷺の護衛をお願い。結界発動後はそこを防衛し、拠点として活動しなさい」
「しかと引き受けました」
静かに第七式が返事をし、その圧倒的な巨体で朱鷺と陰陽師たちの間を分断する。
「……っ!?」
今まで注意していなかったことが逆に異常だというくらい、その巨躯は陰陽師たちを驚かせた。さらに第七式は、周りに獅子を従え、磐石の構えを見せている。
「ちょっとなによこれ、反則じゃ……」
無論、聞く耳は持たず、そのまま第七式は朱鷺の護衛を兼ねて攻撃を仕掛けた。渾身の威力を込めて放とうとしたのは必殺の連打技――七曜拳だが、重力に阻まれ、その速度は連打と呼ぶには程遠いものとなっていた。重力が小さければ有効、と踏んでいたのだろうが、彼らがいる内部はパラミタと同じ環境であるため、目論見は外れてしまったのだ。
「あ、あれ……もしかしてこいつ、見掛け倒し……?」
「いける、いけるかもよ!」
技の不発を好機と見たのか、陰陽師たちが一斉に術を食らわせようとする。が、間一髪、朱鷺の術の方が早かった。
「結界、発動!」
五芒星の護符を式神化した朱鷺は、敵の気づかぬうちにそれを第七式の頭部、右腕、左肩、そして両の脚へと構築させていた。「キミを拠点に」とはこういうことだったのだ。
見事な五芒星となったその魔方陣は結界を成し、陰陽師たちの呪法を拒絶した。
「あとは……」
そのまま呪詛祓いを用いてトイレにいた仲間たちの呪法を解こうとする朱鷺だったが、術者の名前を彼女は知らなかった。目の前の生徒たちの顔色が良くなっていないことで、朱鷺は呪法がまだ残っていることを察する。
「やはり、完全に撃破するしかないということですね」
朱鷺がトイレから主戦場へと目を向ける。そこでは依然として、激しい戦いが起こっていた。
ちなみに、仮設トイレは無事完成し、元からあったトイレを含めると10室まで増えていた。おかげで壮太、歌菜、羽純、そしてカガチやゴットリープ、レナ、幻舟、ネージュらは無事晴明の札の世話にならずに済んだのであった。
もっとも、この後まだしばらくは仮設トイレの世話になり続けたのだが。
「うーん……うーん……」
お腹を苦しめているものをどうにか排出しようと個室でもがく彼ら。それをこっそり撮影していたのは、リナリエッタから指令を受けたジャバウォックだった。「すみません」と心の中で何度も謝罪しながら半泣きで腹痛に苦しむ男性陣を撮影していたが、泣きたいのは言うまでもなく、被写体側なのであった。
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