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【蒼フロ3周年記念】小さな翼

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【蒼フロ3周年記念】小さな翼

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第3章 代理の聖像、神の偶像


 空京の上空を、一つの機影が旋回している。
 スポーンもイコンも睥睨しているように見える鋭角的なシルエットの機体は、その黒の色が示す通り、ブラックバードと名付けられたイコンだった。
(救援要請か。友情云々には興味はないが、今回の作戦が失敗すると厄介な事になるのは確実だからな)
 操縦者である佐野 和輝(さの・かずき)は、レーダーが捉えたスポーンの位置情報や戦闘の状況を逐次、僚機に渡していく。
 パートナーのアニス・パラス(あにす・ぱらす)は周辺の地形と、破壊されたビルの位置等を入力しつつ、
「和輝、この辺にスポーンが多いね」
 などと言っていたが、通信が入る音に口をつぐむ。彼女は極度の人見知りなのだった。
『こちら冬蔦機。巨大なスポーンと交戦中……ごめん、誰か来て!』
 その声を聞き、位置情報を確認した和輝が新たに通信回線を開いた。
「こちらホークアイ。冬蔦機より救援要請。至急救援に向かえ。場所は──」
 伝え終えると、和輝は先程の言葉に応える。
「そうだな。どうやら病院を中心として同心円状に分布しているようだ。病院が発生源のようだから、当然か」
 街中を蠢く黒いスポーンは、上空から見ると働き蟻のようにも見えた。それらの巣は聖アトラーテ病院であり、正面玄関から続々と出てくるスポーンたちは獲物を求めて円状に散らばっている。
 それが時に固まり、周囲のものを飲み込み、徐々に大きな個体を作りながら街中を這い回っていた。
「ねぇあれ、前、見て見て!」
 前方に映ったのは、奉告が合った通りひときわ大きな──巨大なスポーンだった。
 そう、巨大と言って差し支えないだろう。イコン以上の大きさもある黒い塊が、ビルの陰から姿を現した。
 先程まで国軍のイコンに遠くから猛毒の炎を吐きかけていたそれは、今は更に縦に伸びあがって、二股に分かれた足を左右に踏み出し、頭部を作り──人の形を取りつつあった。
 そして、契約者たちの乗るイコンがそこで戦闘を繰り広げている。
 和輝はソレに見つからないように高度を上げると、再び契約者たちのイコンに向けて通信回線を開いた。
「全機、巨大なスポーンに向かえ。奴が成長している」

 巨大なスポーンに、キラーラビット・アーカディアのソニックブラスターから放たれた音波が激突する。スポーンの表面が波打つと同時に、反響した音波は、周囲のビルの窓ガラスをびりびりと震わせた。
 だが、巨体から弾けたものは飛沫に過ぎなかった。痛みを感じぬように──そもそも痛覚などがあるか疑問だったが──足を踏み出す。
「日奈々、右に飛ぶよっ」
 冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)千百合がレバーを握り込む。
「うんっ……!」
 冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)は衝撃に備えて身構えた。
 飛んだ瞬間、彼女たちが先程までいた場所は、炎と悪臭の漂う煙とに包まれていた。
「うー、やっぱり気持ち悪い。ホント、これも爬虫類型じゃなくて良かったね」
 キラーラビットは最初は爬虫類型になる予定だったというから、もし実現していたら妖怪同士の戦争でも始まったかと思われていただろう。ウサギ型で良かったというものだ。とはいえ、改造を施したアーカディアの姿かたちはウサギ型ではない。ただウサギらしさを思わせる、黄色とオレンジをアクセントとした可愛らしいカラーリングではある。
 それに、標準装備されている武器はまだあった。
 日奈々が手元を操作をすると、ニンジンミサイルが発射され、スポーンの右脚に命中した。
「効いたかなぁ……あ……きゃっ……!?」
 巨大スポーンの右手が上方から伸びあがって、アーカディアに振りかぶられる。思わず目を瞑った日奈々だが、逆に左手に風の流れを感じて、目を開けた。
 目を開けた時、そこには二機のイコンが現れており、スポーンの鉤爪を断っていた。
「やれやれ、いきなり空京にイレイザーが出て来るとはな」
 ギロチンアームで鉤爪を断ったスマートな白い機体、ウィンドセイバーのコックピットで、そう言う湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)に、指先から突き出たコード類を見て、高嶋 梓(たかしま・あずさ)が嫌悪感を示す。
「……接触した相手に感染して浸蝕、乗っ取った上で増殖ですか。どこまで悪趣味な存在なんですかね?」
「大丈夫か?」
 もう一機、盾を構えアーカディアを庇うように立っていたのは、黄色味を帯びた機体、{ICN0004496#ソーサルナイト?}だった。
 声の主涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)に、同乗しているクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が声をあげた。
 彼女は安全な進路を瀬蓮たちへと送っていたのだが、突如として魔道レーダーが反応したのだ。
「気を付けて、再生するよ!」
「了解」
 ウィンドセイバーの方でも、梓によってそれを知らされた亮一が迎撃態勢に入る。
 スポーンは人間ではない。どんな原理なのかはともかく、鉤爪を失った指先はみるみるうちに再生し、より長い爪を形成した。
 次の行動を見守る彼らの前で、爪は通りに乗り捨てられていたバイクを掴むと、見る間に掌の内側に飲み込んでいった。
「亮一さん、相手はどうやら適宜周囲のものを取りこんで強化しているようですわ。戦闘が長くなればなるほど不利になると思われますわ」
 それに、他のスポーンたちもこれと同じ大きさにならないとも限らない。
 このスポーンが飛びぬけて大きいのは事実だが、実際に「うまれたて」だと思われる、体長1〜2メートルほどの小型のスポーンたちが合体して、徐々に大きくなっていくのを目にしてきたのだ。
「ソーサルナイト?、聞こえたか? 迅速に止めを刺すぞ」
「ええ。──さあ、絆の勇者の道を切り拓くために聖なる剣となって道を作りますか」
 瀬蓮たちが心置きなくアイリスの元に行けるようにするのが、自分たちの役目だ。
 両機は和輝と連携し、ずっと2機編隊で行動をしていた。事前の打ち合わせ通り、スポーンの両側に展開し併走する。
 スポーンが手を振り上げる。ウィンドセイバーは跳躍して回避すると、懐に飛び込んだ。“サンダークラップ”で帯電したギロチンアームをスポーンの腕に挟み込む。バジバジっと激しい音を立てて火花が散った。
 その隙を狙って涼介が切り込み、カナンの聖剣を振りかぶる。聖剣は金属を断つような手応えと共に、スポーンの左腕を切り飛ばした。
「よしっ、再生する隙を与えるな!」
 亮一が再びギロチンアームの咢を開いた。
 だがそこに、腹部から伸びあがった鉤爪がウィンドセーバーを襲う。
「直撃するっ……!?」
「──させるか!」
 二者の間に涼介は滑り込むと、一撃を盾で受け止めた。酷い衝撃に腕が震える。
「シールドのダメージ軽微! まだまだいけるよ!」
 クレアが手応えに動けないでいる涼介を安心させるように声を掛ける。
「ああ、分かってる。……たとえ動けなくなっても、彼女たちが無事辿り着くまでは戦わないとな」
 その中には、射撃兵装をなるべく使わないという縛りも含まれていた。状況的に既に遅い気もするが、攻撃が外れてしまったら街に当たって各所に被害をもたらすだろう。なるべく避けなければいけない。
「しっかしお腹から出て来るとはね〜。忘れるところだったけど、相手は別に人間じゃないもんね」
「ってことは、ヘッドショットは効果的なのか?」
「どうだろ……って、うわっ!?」
 ガンガンという音に気付く。構えたままの盾に、二度、三度と鉤爪が突き立てられたかと思い目を凝らすと、爪一本ではなく、既に数本となっていた。
「数が増えてる!? このままじゃ盾が持たないよ、一度下がって!」
 涼介は下がろうとする。が、その盾はいつの間にか、開いた鉤爪にがっしりと捕まえられていた。
 仕方なく盾から手を放し飛び退るソーサルナイト?。だが盾を突き破って、鉤爪が追ってくる。
(──足りない!)
 そう思った時、今度はスポーンが退いた。背後から次々に撃ちこまれた高初速滑腔砲の白煙が、足元をまるで漣のように洗っていく。
「助かった!」
 亮介が礼を言えば、
「目的は同じなんだろ!? アイリスを助ける、ってな!」
 猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)の駆るバルムングが、ソーサルナイト?に並ぶ。
 勇平の見据える先は巨大なスポーン、そしてその先にある病院だ。
 彼は、アイリスと直接の知り合いという訳ではない。だが、彼女にはインテグラルを倒してもらった恩がある。もし倒されていなければ自分達も生き残れていたかどうか分からない。
(俺の勝手だけどさ、恩を感じたんなら返さなきゃな……)
 もしかしたら契約者の中には、アイリスを助けるだけではなく、倒すべきだと考えている人間の方が多いかもしれない。
 だが、願わくば助ける意思の持つ者達が多くあればと、彼は思う。
 それはアイリスの件だけではなく、瀬蓮が理由でもあった。自分のパートナーが同じ立場になれば、何をもってしても助けるためにあがくだろう、そういう確信があった。
「いくぜ、とっとと道を開けろよ! 敵がいなくなるか、バルムングが動かなくなるか、根競べといこうぜ!」
 勇平は素早く操作して、再び高初速滑腔砲を撃ち込むと、スポーンが仰け反った隙を見てスフィーダソードを抜き放ち、滑るように切り込んだ。その一撃で大きく薙がれた脚の切れ目から、へし曲がったバス停が突き出ているのが見えた。
 そんな勇平の横顔に、セイファー・コントラクト(こんとらくと・せいふぁー)が冷たい言葉をぶつける。
「このような戦いに自ら参加するなんて……。本当に愚かですね。……念のため言っておきますが、ソレはあと最大五回の使用が限度ですよ」
 そう言っておきながら、彼と契約したばかりのセイファーは慣れぬ操作に戸惑うばかりだ。勿論顔には出さなかったが。
(マスターは絶対に退かない方……でしょうか。ならば全力を尽くすことだけが、セイファーにできる全てでございます)
「分かってるって」
「さあ、行きましょう、マスター。この程度の敵、5分で片を付けます」
 強がりを言って、二人のバルムングはスポーンに立ち向かっていく。