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四季の彩り・春~桜色に包まれて~

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四季の彩り・春~桜色に包まれて~

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 第13章 桜の下で縮む(?)距離。とある1日の1コマ。 
 
 週末の公園。休日を桜を見て過ごそう、という老若男女が思い思いに集まっている。出来たばかりということもあり、入口は待ち合わせスポットと化している。
 そして、カノン・コート(かのん・こーと)もツァンダの街をレストゥーアトロに向けて歩いていた。花見をしよう、という水神 樹(みなかみ・いつき)の誘いを受けて。今年はまだ花見をしていなかったし、楽しみだ。
 特に気負わず、心も軽く到着する。同じように待ち合わせる人々の中から樹の姿を探そうと――
「あっ、こっちこっち!」
 カノンを呼び寄せようと、樹が手を振っている。その隣にいたのは、不愉快そうな気配を全身から発している水神 誠(みなかみ・まこと)だった。
「…………」
 思わず立ち止まる。その彼に、樹は歩み寄ってきた。
「どうしたの? じゃあ行こうか」
 樹は笑顔で、普段と同じ様子で公園の中に入っていく。その次に続く誠の後を、カノンは意気消沈してついていった。先程までの楽しい気分は残っていない。
 誠は、自分のことを嫌っている。彼から出ている黒いオーラに、内心震え、帰りたいと思った。
 今日の花見は、無事に終わらない気がした。

「…………」
「…………」
「ここ空いてるね。3人、ゆっくり座れそうだしここにしよっか」
 背中に不穏なオーラと萎縮したオーラを感じながら、樹は黙ったままの誠とカノンに向けて言った。
「…………」
「…………」
 合流してからこちら、誠とカノンは一言も喋っていなかった。会うまでは、彼等2人共良い顔をしていたのに。
(やっぱり、こうなるんだ……。そうだよね……)
 ビニールシートを敷いて、手作りのお弁当や飲み物を並べながら、樹は思う。
 今は桜のシーズンまっただ中。でも、来週は雨の予報がある。きっと、今週末は花見の駆け込み。自分も行きたい、と誠達を誘ってみた。きれいな桜の下で、3人で楽しく。
 でも、これは、この雰囲気は……!
 ――誠は樹の双子の弟だ。10年ほど離ればなれになっていた2人が再会したのは、去年。その時にはもう、樹の隣には剣の花嫁であるカノンがいて。誠はそれ以来、自身と良く似た姿のカノンを一方的に嫌っている――敵意すら向けている節があった。
 この微妙な仲をやわらげたい。桜を見つつ和やかな空気の中で話をすれば、少しはこの2人も交流できるかな、と思っていたけれど。
「…………」
「…………」
 やはりそれは甘かった。大甘だった。相変わらず誠とカノンは険悪だ。何か、気まずい。
(こうなったら、無理矢理にでも2人の時間を作ってなんとか話し合いでもさせなくては……!)
 樹は一通り持ってきたものを並べると、荷物からデジカメを取り出した。
「ちょっと桜を撮ってくるから2人で待っていて」
 そうして立ち上がると、当然のように誠が腰を浮かせかける。『2人で』と言ったのについてくるつもりなのだろう。樹は、その彼に精神感応で釘を刺した。
(せっかくだし、話し合いなさい。ここから逃げたりしたらあとで怒るよ)
(うっ……)
『……』の辺りから不服気な感情が膨らむのを感じつつ、樹はその場を後にした。世の中には、相性の良くない相手というのも、いる。でも、2人の今の関係は、そういう部分から発生しているものでは無いと思えるから。
 誠達はパートナー同士なのだし、長いつきあいになる。
 今のうちに、少しでも仲良くなってほしい。
 今日のことをきっかけにちょっとでも2人の間の壁が消えたらと思う。
 頭上を彩る桜の花を見上げながら、沢山の人で賑わう公園を歩く。
 ――さて、私は写真を撮りに行くか。
 ――大好きな恋人に、あとで見せたいな。

(なぜこいつが……)
 2人きりになり、誠はカノンを睨みつける。
 大切な姉からの誘いだ。断るわけもなく来たら、まさかカノンまで誘っていたなんて。
 話し合えと言われても、自分から彼に話すことは何も無い。だから、樹が戻ってくるまではこうしているしかないのだが――
「あ、あのさ……」
 びくびくとしつつも、カノンの方から話しかけてきた。余程勇気が必要だったのか、語尾は消え入るようだ。
「誠は、剣の花嫁の姿の変化について知ってるのか?」
「変化? ……知らないけど、それがどうしたんだ?」
 攻撃的な視線を送ってやると、カノンは分かりやすくたじろいだ。だが、そこからぽつぽつと話し始める。
「剣の花嫁は、契約者の大切な人の姿になるんだ。樹は、誠のことを大切に思ってて、ずっと帰りを待ってた」
「……おまえは、俺を知ってたのか」
 カノンは頷く。
「樹から、双子の弟の話は聞いたことがあったんだ。今の俺の姿はその人……誠に似たものになってる」
「…………」
 誠は、去年のことを思い出した。自分と似た顔をした奴が既に姉の傍にいて、とても複雑な気持ちだった。樹をパラミタに連れてきたカノンのことを、あまりよく思っていなかった。
 ――だが、その姿の理由を今、初めて知った。
 何も言わない誠に、カノンは続ける。
「誠と再会した時、彼女がすごく喜んでて……俺も、嬉しいと思ったんだ」
「…………」
 初めて聞いた打ち明け話。
 もし樹がカノンと契約をしていなかったら、自分は姉と会えなかったかもしれない。
 それに、これまで友好的に接してこなかったのに、2人になったら彼はこうして話しかけてきて。
 ……少しだけなら、見直してやってもいいかもな。
 誠はそう思い、樹の持ってきたお弁当に手をつけ始めた。

              ◇◇◇◇◇◇

 出来たばかりというだけあって、公園内は隅々まで整備が行き届いている。道の左右に等間隔に並んだ桜並木の中を、鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)常闇 夜月(とこやみ・よづき)鬼龍 白羽(きりゅう・しらは)は歩いていた。
「綺麗だねー」
「桜、綺麗ですわね」
 白羽と夜月が桜を見上げながら、そんな感想を漏らす。白羽は、にこにこと上機嫌だ。 夜月もいつも通り無表情ではあるがこの花見を楽しんでいる空気が伝わってきて、貴仁ものんびりと言葉を返す。
「そうですね、やっぱり、桜はいいものです」
 白羽達に誘われ、ここに来るまではメンドイとか思っていた彼も、綺麗な桜と行き交う花見客の憂いの無い表情を見るにつけ、来たからには楽しもうかという気になっていた。
 こうして皆で出かけるのも、随分と久しぶりだし。
(家族サービスも楽じゃないですよね)
 ……まあ、それは花見に限った話でもないのだが。
 しょうがないな、という気分も含めて散歩していると、何やらソースの良い香りが漂ってくる。そちらに目を向けると、建っているのはたこ焼きの屋台。この辺りには屋台が集中していて、他にもチョコバナナやりんご飴、じゃがバターなどの店が花見客を呼んでいた。
「花見の会場になるだけはありますね。おいしそうです」
 貴仁は屋台通りに入ってお財布を取り出す。400G、か。
「すいません、そのたこ焼き下さい」
「おう! 可愛い嬢ちゃんだな! よし、350Gでいいや!」
「…………ありがとうございます」
 内心少しテンションが下がったが、ハチマキの兄ちゃんに罪は無いので笑顔で礼を言う。50G多くお釣りを貰って蓋を開け、一口。
 ……うまうま。
 とりあえずたこやきを堪能する。こういう所で食べるものは異様に美味しく感じられるものだ。
(桜の花を見ながら食べ歩き……。こういうのもたまには良いかもしれませんね……)
 ――着ている服が百合園新制服でなければ。
 そう、れっきとした男である貴仁が女の子と間違われたのは百合園の新制服を着ているからである。着せた犯人は白羽だ。
(うう、朝、無理やり着せられたとはいえ……)
 着替えればいい、という声がどこからか聞こえてきそうだが、残念ながらそれも叶わぬ状態にされていて。
 ……着替えを全て隠して着せるとか、いたずらにしてもやりすぎだと思う。
「嬢ちゃん、かー。うん、やっぱり似合ってるよね」
 そんな貴仁をやや後ろから見ながら、白羽は明るい声で言う。今日は朝イチのいたずらが成功したし、イイ日になりそうだ。
(……女装してるし、タカミちゃんって呼ぼうかな?)
 とか考える白羽の目に入ったのは、甘酒を売っている屋台。
 あ、甘酒美味しそう……。
 屋台に歩み寄りながら、白羽は貴仁達を振り返る。
「タカミちゃん、夜月、甘酒いる?」
 早速使ってみた。
「タカミ?」
 意味が分からず、貴仁はたこ焼きを食べる手を止めてきょとんとした。その彼の口は。
「あーあ、タカミちゃんったら口の周り、ベタベタにしてるよ……?」
「え? ……あ」
 その言葉に、貴仁は自分の口の周り、及びタカミの意味に気付いて『あ』と言う。夜月が白羽に答えながらハンカチを出す。
「甘酒、わたくしもいただきますわ。貴仁様はどうします?」
「あ、はい、飲みますけど……」
「わたくしが拭いてさしあげましょう」
 呼称にぽかんとしつつ、口をどうしよう、と思っていた貴仁に夜月がハンカチを近付ける。まあいつもの事だ。
「食べるのは良いですが気をつけてくださいね」
 しかし、貴仁の食べる姿というのはとても可愛らしいものだ。女の子の格好だし、余計に。
(……それにしても、何で貴仁様は百合園新制服なんて着てるんでしょうか?)
 はて、と夜月は内心で首を傾げた。そこで、白羽が2人に声を掛ける。
「ねえ、どっちでもいいから1個取ってー、3つは持てないよ。……3つ?」
 白羽は自分の台詞に自分で疑問符を浮かべて。改めて同行する2人を見やって。
「あれ? エロ本は何処行ったんだろ?」
「ああ……先ほどから房内様がいませんよね。何処行ったのでしょうか?」
 公園に一緒に来た医心方 房内(いしんぼう・ぼうない)の姿が無い。甘酒を受け取り、貴仁は続ける。
「子供じゃないですし大丈夫だとは思いますが、一応、探しますかね」
 そうして、3人はまた歩き出した。

 その頃、房内は1人、歩道から外れた芝の上を歩いていた。そこここでシートを敷いた花見客がくつろいでいる。
「うまく抜け出せたようじゃの。主様らと居ると野球拳はできぬからの……。ん? あそこに丁度良く酔ってる連中が居るのぅ」
 野球拳……彼女は、酒の席なら合法的にエロい事が出来ると思っているらしい。まあ、このシナリオではあながち間違いでもないのだが。
 前方で、8人の男女が大きな声で陽気に騒いでいる。シートの上にはビールの缶や日本酒の瓶があり、酒のせいでいい気分になっているのがよく分かる。
 桜の下では、花見酒とかがしたくなるものだ。
「そこの衆、宴会は盛り上がっとるかの?」
 房内は彼等に近寄ると、忌憚なく話しかけた。若者達の何人かが彼女の方を見て目を丸くする。主に、その服装に。
 そして、彼等は次の台詞にますます目を丸くすることになる。
「さらに盛り上がる為にここは1つ、野球拳でも や ら な い か!?」
「……はぁ!?」
 突然の闖入少女に対して、「おう! やろうぜ!」とノリ良く応えるほど8人は酔っていなかっ……いや、房内が普通に可愛い格好をしていたら男達あたりは獲物的に「おう! やろうぜ!」と言ったかもしれないが――
 怪訝な顔で固まられても気にせず、房内は堂々と胸を張って彼等に言う。
「ルールは、簡単じゃ。じゃんけんして負けたら1枚ずつ脱ぐ!! それだけじゃ。わらわ以外の女性は下着まで。わらわと男衆はマッパになるまでやるのじゃ」
 何気に女性には紳士的である。男の方はピーーーまできっちりきっかり見るつもりのようだが。
「わらわの服装はスク水に、マント。2枚だけ……だが、エロが絡んだわらわは無敵!!! 負けなどありはしないのじゃ!!」
 根拠の無い自信と共に言い切り、スク水マントで公園を闊歩していた少女は8人を促す。
「ほれほれ、やるぞ! じゃーんけーん……」
「何をやってるんですか、エろり本は」
「……む?」
 マントの首根っこを掴まれ、房内は後ろを振り仰いだ。そこには、迎えに来た貴仁達がいる。
「……見つかってしもうたか。これからだというに!!」
「馬鹿なこと言ってないで、行きますよ。……失礼しました。どうぞお花見を続けてください」
「は、はい……」
 可愛らしい百合園女学院の生徒に言われ、8人は心が洗われたような気持ちになって花見を再開した。彼女がまさか男だなど、微塵も想像しない彼等だった。

              ◇◇◇◇◇◇

 ぽかぽかとした陽気の中、芦原 郁乃(あはら・いくの)荀 灌(じゅん・かん)アンタル・アタテュルク(あんたる・あたてゅるく)は、秋月 桃花(あきづき・とうか)の持ってきたお弁当を食べ終わり、のんびりと桜を眺めていた。みんなのため、と桃花が腕と愛情によりをこめて作った料理だ。その味は本当に美味しすぎて、あっという間の完食だった。
 桜の幹から数メートル離れた所にシートを敷いて。見上げても首が痛くならないちょうど良い距離。
 たまに落ちてくる花びらが、彼女達の気持ちを温かくさせる。
 そんな春の、穏やかな午後――のはずだったが。
「お兄ちゃん、お酒どうぞ」
「おっ、荀灌お酌してくれるんか? 嬉しいねぇ〜」
 14歳の荀灌に酒を傾けられ、花を肴にしていたアンタルは目を細めた。新たな酒を味わいつつ、ふと思う。
(1人でただ飲むのもつまらんな……)
 そして、その場の気まぐれでアンタルは言った。この言葉が、全ての始まり。
「そだ、荀灌。お前さんも飲んでみるかい? 少しなら大丈夫だろうよ」
「えっ」
 誘われて、荀灌はびっくりしてアンタルを見返す。次に、抱えるように持っていた日本酒の瓶に目を落として。
「私……お酒って飲んだことないんですけど……美味しいのかなぁ?」
 小さく胸に灯る好奇心。
(少しならいいかなぁ……)
 日本酒をジュースで割ってコクコクと飲む。ちょっと苦味を感じるけれど、飲めないことはない。
「あ、これなら大丈夫です」
 だが、口当たりが良くなろうがアルコールである。大丈夫なわけもなく。
「あっ!」
 中身を空にした頃になって、郁乃がお酒を飲む彼女に気がついた。
「荀灌にお酒飲ましちゃったの?」
 慌てて近寄り、傍で笑って見守っているアンタルに声を掛ける。すると、荀灌が郁乃を見上げ、代わりに答えた。目がトロンとしている。
「えへへ〜、おいしかったれすよ」
「…………」
 わぁい、この子、もう呂律が回ってないよ?
「おねぇちゃん、らいしゅきれすぅ〜♪」
 荀灌はすごい勢いで郁乃に抱きついてきた。しかも、そのままスリスリと頬擦りしてくる。漂ってくる匂いに、郁乃は困ってしまった。
 ――う〜ん、荀灌……すんごいお酒くさいよー!?
「おいしかったじゃないでしょ、大丈夫? ていうか、どんだけ飲んだの?」
「!」
 心配半分、窘める気持ち半分で言うと、荀灌は胸元でぴくっと反応した。少しうるうるした目で見上げてくる。
「お、おねえちゃん……おこってりゅの?」
 その表情にうろたえ、郁乃は慌てて言葉を足そうと口を開く。
「え? ちょ、ちょっと待って、怒ってなん……」
「お、おこっちゃ、やだ……うっ……うぇっ……うわぁーん」
「……じゅ、荀灌……!?」
 しかし、皆を言う前に荀灌は号泣してしまった。
(あー……なんだ、これ。どうすればいいんだー!! と、桃花……!)
「う、うわぁーん、あーん……」
 荀灌は、一向に泣き止む気配を見せない。
 どうにもできなくなって途方に暮れて、桃花に視線を送る。助けを求められた桃花は、少し困ったように微笑んでから郁乃をフォローするべく近寄ってきた。泣きじゃくる荀灌を後ろからそっと抱き寄せ、やさしく頭を撫でる。
「荀灌ちゃん、大丈夫よ。みんな怒ってないのよ?」
 その声と手の温もりに、荀灌の勢いが弱まってくる。泣き声がぐすっ……というものに変わり、ひっくひっくと揺れていた肩も徐々に収まっていく。不安そうな顔を上げて。
「……ほんとに?」
 と、小さく聞く。桃花は、彼女が安心できるようにやわらかく笑った。
「うん、本当ですよ」
「…………」
 そんな桃花の笑顔を、荀灌は何度か瞬きしながら数秒見つめて。
「えへへー」
 ぐしぐしと涙を拭い、ようやく笑顔を覗かせた。
「……ふふ、やっぱり荀灌ちゃんは笑顔が1番ですね」
 そうしてひと段落して、その後、荀灌はしばらく桃花に甘えていた。頭を撫でながら、桃花は先程の光景を思い出す。荀灌が幸せそうに郁乃にすりすりしている光景。
 ちょっと妬けるけど、こちらもなんだかほっこりしてしまう、そんな笑顔。
「……うぅ……ん……すぅ……」
 そのうち、お酒が回ってきて荀灌は酔いつぶれて寝てしまった。安心しきった寝息を聞いて、郁乃はほっと安堵のため息を吐く。
 それにしても――
 郁乃はアンタルに向き直ると、強い口調で言う。
「まだ未成年で可愛い娘を酔わすなんて、何する気だったの!」
「そうです。めっ!! ですよ」
 桃花もそれに乗っかり、アンタルを叱る。
「いやあ……すまんな」
 アンタルはハゲ……ではなく剃っているらしい頭を掻いた。まあ、反省はしているようだし、これで終わりかと郁乃は肩から力を抜く。だが、そこに桃花が向き直ってくる。
「こんなかわいい妹が泣いているというのに、困って放置なんて……郁乃様もめっ!! ですよ」
「う……」
 めっ!! という顔をした桃花もかわいい。でも……
(もう、わたしまで怒られたじゃない)
 お叱りの矛先が自分へも向いたことにたじっとしつつ、郁乃は事態の元凶に恨みがましい視線を送った。桃花の視界に入らないところで、アンタルは苦笑いで手を合わせていた。

 ……それから数刻が流れ……
 心地よい揺れに荀灌はうっすらと目を覚ました。現在位置は、アンタルの背中の上。
「お、気がついたか」
「アンタルお兄ちゃん……?」
「酔わせたやつが責任持って連れ帰れって郁乃に怒られちまったんだよ」
 状況が分からない荀灌に、アンタルは説明する。背負われ、顔の近くで話す彼女は普段とは全然違っていて。
 潤んだ瞳、上気した頬、半開きの唇から零れ落ちる熱い吐息。
 そんな破壊力抜群なスペシャルコンボで漂う色っぽさは、荀灌を少女から女へと変えたことを告げていた。
「重くないです?」
 その彼女に尋ねられ、アンタルは軽く答える。
「全然、むしろ役得だ。荀灌もちょっととはいえ出るところは出てるからな」
(もぅ、失礼なです)
 それを聞いて、荀灌はぎゅっ、と強めに抱きついている腕に力を入れた。抗議だ。
「うぅー!」
「ん、どうした」
 しかし、その理由がアンタルには解らなかったらしい。
「なんでもない」
「そっか」
 頭上に広がる空の色はすっかりオレンジ色に変わっていて。
 1日楽しかったかい? おつかれさま。
 本日のおつとめを終えて沈みかける太陽に見送られ、彼等は花見会場を後にした。