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四季の彩り・春~桜色に包まれて~

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四季の彩り・春~桜色に包まれて~

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 第12章 『数ヶ月前』から未来へ

     〜1〜

「アクアさん、遅かったのね。あ、皆! えと……場所場所……」
 皆の所へ戻ると、先程のやりとりを知ってか知らずかファーシーが笑顔で迎えてくれた。元の服装に戻っている彼女は、衿栖達とトライブの座る場所を簡単に開けた。まだ余裕がある。ビニールシート無限大である。ビニールシートの魔法である。
「……何だ、戻ってきたのか」
「別に、帰る理由もありませんから」
 つまらなそうに、しかし極自然に邪険な目を向けてきたラスに、アクアは何食わぬ顔で言って座る。
「逃げ帰ったかと思った」
 ピノの目を気にしつつも、彼はそんな事を言う。そこで、トライブが調子良く声を掛けてきた。
「あ、聞いたぞラス。経済的に余裕が出来たらしいじゃねぇかコノヤロー。ただでさえツンデレキャラがアクアと被ってんのに、更にキャラが薄くなっちまうぞ」
「……余計なお世話だ」
 誰がツンデレだ、とかどこがこいつと被ってんだ、とか元々キャラ薄いような言い方すんな、とか内心にいくつか抗議文が浮かぶ。
「まぁ、んなこたぁどうでもいいや」
 だが、それを口に出す前にトライブはあっさりと余所を向いた。
「…………」
 複雑な表情をするラスを尻目に、彼は、少し離れた桜の下でポーリア達に守られるようにして眠っているブリュケを見て喋り始めた。
「そういや、出産に立ち会ったりとか色々と大変だったんだよなぁ。女共は母性にでも目覚めたか?」
「え?」
 その直接的で乱暴な言い様に、ファーシーは目を丸くして更に瞬きした。何だか姿勢が良くなっている。それが答えのようなものだが……驚いて反応できない彼女の代わりに、苦々しい口調でアクアが言った。こちらも、答えは保留だ。
「……貴方はどうなんです」
「俺?」
 きょとんと自分を指差して。
「いや、いくら守備範囲の広いトライブさんでも、赤ん坊は口説けねぇなぁ」
 そんなことをのたまって、わっはっは〜、と無駄に豪快に笑うトライブ。その彼を横目にジュースを飲みつつ、ジョウはうーん……と内心で唸る。気晴らしにしても……
(これはちょっと、暴れすぎじゃない?)
「ま、冗談はこれ位にして」
 彼は、ジョウの懸念の混じったオーラやアクアの送る冷た〜い視線を跳ね除け、軽く身を乗り出した。
「あんたら分かってんのかい? 母性に目覚めんのも結構だが、プラナリアじゃねぇんだ、相手が居てやることやらねぇと生まれてこないんだぜ」
(な、なんかえ、えっちな話をしだしたし……)
 どうにもテンションが高い。酔っ払っているようにも見えるが、持っているものはジュースである。念のため言っておくがごく普通のジュースである。
「…………」
 相手にしていられない、という完全に冷めた態度のアクアに「どうしよう?」というようにアクアの顔を見るファーシー。どちらにしろ、最早何も発言し得ない彼女達に対し、トライブの一人語りは続く。彼女達の反応も、あまり見えていないらしい。
「しっかし、子供かぁ。俺からしたらゾッとしねぇな。女の子から呼び出されて『今月、来ないの』って言われた時の恐怖といったら……」
「もう! 下品なんだから!」
 そこで、我慢できない、というようにとうとうジョウが口を出した。
「そんな事ばっかり言ってて、どこかにトライブの子供が居るんじゃないの?」
「え゛?」
 トライブはぴたりと喋りを止めて驚いたようにジョウを見た。答えないままに、気まずそうにジュースを啜る。
「……………………」
 しかも、沈黙が長い。そこはかとなく感じる現実感。
「……いや、お願いだから黙り込まないでよ」
 ジョウは半ば本気で『お願いだから』という気持ちになってそう言った。え? 心あたりでもあるの? と。
「…………」
「あっちこっちの女の子とキスばっかりして、本当に子供が出来ても知らないんだからね!」
『?』
 そう言った途端、何人かが「ん?」という顔をした。結構な大声だったので、話に参加していなかった面々も話を中断してこちらを見ている。それが伝染し、全体的にジョウは何だか注目された。大人数の集まりから話し声が途絶え、漂うのは――
 キスで子供……?
 という、何とも間の抜けた、きょとんとしたような困ったような空気だった。
「……あれ、何この雰囲気。ボク、何か間違ったこと言った?」
「…………」
「えっと、キスすると子供が出来るんじゃないの? え? え?」
 誰も何も言わない。まさか、赤ちゃんはこうのとりが運んで来るんだよ、とか言うわけにもいかないし、だからと言って真実はもっと言うわけにいかない。花見なのだ。蒼フロなのだ。全年齢なのだ。そんな、これだけギャラリーがいる中で、真昼間に保健体育の授業をする気にはなれない。
 ということで、ジョウはきょろきょろと訳の分からないままだった。
「な、何が間違ってるのか分からないよ、誰か教えて〜!」
 残念ながら教えられない。皆は徐々に、今の話を無かったことにして雑談に戻っていった。
「……ま、何にしても子供の前に恋人を作るこったな」
 トライブは、子供が居るんじゃないの疑惑もついでに水に流してファーシー達に軽く言う。
「で? おまえらどんな奴がタイプなんだ? どんなマニアックな趣味しててもお兄さん差別しないから、正直に答えなさい。特に、アクア!」
「はい?」
 突然ビシッと指差し付きでご指名され、アクアは眉を跳ね上げた。トライブは、そんな彼女の正面にずいっと顔を近づける。
「正直に答えなさい」
 ……2回言った。
「答えない場合は好みのタイプ・むきプリ君ってまわりに広めるぞ〜」
「…………!」
 一瞬だけたじろぎを見せるアクア。それは嫌だ。どんな噂が立ってもいいがそれは嫌だ。一方、何気に追い詰められているアクアをざまあみろ、と横から眺めていたラスだったが――
「ラスも関係ないって面してんなよ。お前も答えないと好みのタイプ・むきプリ君にするからな」
「は!?」
 自らにも降り掛かってきた災禍に、呑気に見物を決め込むわけにもいかなくなった。
「いないなんて答え、お兄さん認めませんよ!」
「…………」
 いないって言おうとしたのに。この素面ハイテンションめ。好みのタイプなんて言えるかこのやろう……。
「分かりました、答えましょう」
 そこでアクアが、存外余裕を持った様子で先手を取った。
「私の好みのタイプは……むきプリ以外の男です」
「「…………」」
 ある意味正しい。むきプリ君を前にすれば、どんな男でもマシに見えるだろう。トライブとラスは、その手があったか、と悔しそうな顔をした。いやしかし、これは女性だからこそ使える手だ。男が使ったらあらぬ誤解を生んでしまう。だからといって「むきプリ以外の女」と言えば結局は全女性となってしまい、どんだけストライクゾーン広いんだという話になるわけで。
 ……いやその前に、なんでむきプリ君が好みの基準になっているのだろう。
「貴方はどうなんです? 人に訊いたのですから、貴方も答えるべきです」
「俺の好み?」
 意趣返し、とばかりに問い返され、しかし大して困った風も無くトライブは答える。
「……世界を滅ぼしたがる武闘派の娘?」
 これまた、随分とピンポイントな回答である。そして矛先は再びラスの所へ。
「さあ、後はお前だけだぞーーー。好みを言えっ!!」
「だ、だからいないって……!!」
「成程、好みはむきプリなのですね……」
「誰がむきプリだ!!」
「……久しぶりだな」
 後ろから声が掛かったのは、そんな時だった。振り返ると、政敏とリーンが彼女の背後に立っていた。記憶に無い女性2人を連れている。政敏は、助かったという様子のラスにちらりと視線を遣り、彼が「?」という顔になってから適当な場所に座った。リーンも、広めに空いている場所を見繕って荷物を置く。菜織達もアクアを囲う形で座り、そこでリーンが紹介を始めた。
「アクア、紹介するわね。菜織さんと美幸さん」
「有栖川美幸です。よろしくお願いしますね」
「え、ええ……」
 にっこりと笑う美幸に、アクアはしかめっ面でそれだけ応えた。菜織も彼女と向き合い、自己紹介する。
「君がアクア君か。……綺雲菜織という。よろしく」
「……よろしく、お願いします」
 差し出された手を、多少戸惑いつつアクアは握る。やっぱりしかめっ面だ。彼女は未だ『普通の生活』をしている誰かと関わるのに慣れていなかった。その相手に対してではなく、関わっている自分自身に。ある意味、人見知りといえるかもしれない。
 一方、そんなアクアの様子と容姿をさりげにチェックしていた菜織は、何か納得のいかない気分を抱えていた。
(この子に体を売ったのか。スタイルでは勝っている筈なのだが。……私の体を何故、求めて来ない! 女としての魅力が足らんのか。それともツンデレ属性なのか)
 リーンに勧められた場所に座りながら、政敏を横目で、物凄い恨めしい顔で睨みつける。
「! ……? ?」
 びくっ、と反応し、睨まれる理由がさっぱり分からずに「?」を飛ばしまくる政敏。だが、それはそれとして彼はアクアに話しかけた。
「あれから、どうだった?」
「どう……、とは」
 軽い口調で言われ、アクアは問いの意味を考えて口ごもる。とはいえ、彼とは空京で別れて以来なのだから示すところは1つだ。
「空京警察へ行き、終了後に寺院を抜ける手続きをしました。それから、打ち上げとやらに行ってチェリーと話をしました。大した事は話していませんが……」
 恐らく、あれで1つのけじめ――終わりを迎えたのだろうと思う。
「……そっか、ちゃんと行ったんだな」
 説明を聞いて、政敏はアクアの目を見ながら頷いた。彼女に打ち上げに行くように勧めたのは政敏だ。そのくせ、彼自身は不参加をぶっこいたわけであるが。
(逃げても良かったんだけど、信じてくれたのかな?)
 本人が聞いたら『行かなくても良かったんですか!?』と詰め寄られそうな事を考えつつ、政敏は思う。
 ――なら、味方になれる。
 それから、アクアは翌日になって環菜の見舞いに行った時の事や近況などを、ほぼ箇条書きと言ってもいい感じで説明した。その時々に何を感じたのか、そこまで詳しい事は言わないのでそこは表情で読み取るしかないのだが。
「うん。ちゃんといい顔してくるようになったわね」
 話しているアクアを見てリーンがそう笑顔を浮かべるくらいには、感情が表に現れていたようだ。
「い、いい顔、ですか?」
 アクアは何となく、気後れしたように身を引いた。よく分からないが妙な気恥ずかしさがあり、喉を潤そうとするもコップの中身は殆ど残っていない。注ぎ足そうと、各種飲み物の容器を見回していると、そこにタイミングよく、ガラスの瓶口が差し出された。
 タイミングよく、というよりはほぼ不意打ちだ。
「お客サン、飲み足りナイデスネ? コレ飲むヨロシ」
「ええ……、では、頂きます」
 エセ外国人みたいな変な喋り方は気にせず、相手の顔にもろくに関心を持たずにアクアは応える。まあ、変な喋り方などパラミタでは珍しくない。この場に自分に敵意以上の害意を持つ者はいないだろうという無意識化での油断もあり、とぽとぽと酒を注がれるのを無心で眺めていたのだが――
 何だか、集まる皆の空気がおかしい。中途半端に動きを止め、こちらを注視している者多数である。その空気の変化に何事だろう、という顔をしたり動じなかったり、というのは初対面である菜織達や未来や元からの知り合い達だけだ。
「…………?」
 流石に妙に思い、彼等の視線を辿って自らのすぐ横を見る。そして――
 例にもれず、アクアは固まった。
「…………」
 目の前にあったのは、ニヤニヤ笑いを浮かべている毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)の顔だった。
 大佐は、隠れ身と友情のフラワシの効果を使って、気配を殺しながら敵臭を感じさせずフレンドリー魅力的な雰囲気で、何事も無かったかのようにこれまで場に溶け込んでいた。中々に高度な技だ。
 で、アクアが飲み物を探しているところでブラインドナイブスを用いて死角から近付いたという次第である。
 いきなり目の前に現れたらどういう反応をするんだろうとわくてかしていた大佐は、分かりやすく驚いているアクアに満足そうでもあった。
「…………」
 明らかな驚き。それ以外の感情や思考が上手く働かないような。それもその筈、大佐は以前、大荒野移動中のアクア達に1人で襲撃をかけていた。平たく言えば敵側である。まあ、元々アクアこそ悪のボス的立ち位置だったのでどっちが敵として適してんだかという感じだが――今日花見に来ているメンバーの多くがその現場に居て大なり小なり危なかったわけで、説明に135文字も使ったがつまり空気が固まるのも詮無いことというわけだ。
 とはいえ、その時の退場の仕方が仕方だった為、また、後日にお届け物を受け取っていた為、今のこの場に大きな緊張感は漂っていない。皆、一斉にぽかんとしている、といった表現が近いだろうか。
「揃いも揃って、何を間抜けな顔をしてるんだね」
 彼等に向けて悪びれずに、しかし少々念を押すように大佐は続けた。
「あの手紙と粗品受け取ったな? 受け取っただろう? 中身食ったかね? 結構美味かっただろう? 美味かったよな?」
 顔を見合わせつつ、何人かがコクリと頷く。ファーシーも、まだちょっと驚きの残る様子で大佐に言った。
「うん。すごくまろやかで美味しかったわ」
「因みに、あれ一箱数万円するからな。全員分そろえただけで百万円以上吹っ飛んだぞ畜生」
 何だか少しやけ気味である。
「後、受け取った時点で謝罪を受けたような物だからな。文句言うなよ」
「…………」
 その言葉に何か釈然としない気持ちを抱きつつアクアは言う。間近で対面したまま、必要最低限の警戒心を声に乗せて。
「……何しに来たのですか?」
「花見」
 返ってきたのは、さも当然、というような答え。瓶を置いて座り直し、大佐は言う。
「そうそう、女性も花って言うよな? 後、春になると露出が少しずつ増えてミニスカとかになってくると足や尻フェチな我としては眼福で……」
 そうして自分の趣味について長々と語り、まだぽかんとしている皆に、そしてアクアに対して口端を上げる。
「……因みに、殺す気だったらもう仕掛けてるからな?」
 サイコキネシスで目についたゴミを引き寄せ、マジシャンのような手つきで焔のフラワシを出して燃やして見せる。
 ゴミは、あっさりと燃え尽きて消えていった。
「怒りや憎しみにも燃料は必要なんだよ。後、あの時も今も我は我だ。裏表なんぞ無しにな」
「…………」
 アクアはまだ不可解そうな表情を解かない。それでも、何故ここに現れたのかは彼女の思考回路では理解出来ず。
 大佐は、それを不服ととったらしい。
「謝罪はしたからな。これ以上は文句言うなよ。というか善悪は抜きにしてアレが普通の反応だと思うが」
「…………」
 確かに、普通の反応だ。そこに異論は無い。アクアだとて、助けようと行動を起こした人数の多さに呆れの感情を抱いていたのだ。ここは敵として攻撃する場面ではないのか、と。――事実、当時それに似たことを言ったのを記憶している。
「…………」
 特に何も言わない。何か言うこともない。だから、それぞれに同席する皆に話しかけられるまま、会話に戻っていった。