校長室
【2021修学旅行】ギリシャの英雄!?
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「イタリアには家族で何度か来たこともありますけど、皆と一緒に来たのは今回が初めてなので、楽しみです。ガイドなら任せてくださいね」 「わらわもイタリアに来たのは初めてだし、楽しみじゃな」 「高級ブティックが立ち並ぶローマは、ミラノ、フィレンツェなどと並ぶイタリアンファッションの発信地でもあるんですよ? 例えば……」 「じゃあ今回は舞のガイドで案内してもらうことにするわ。今回は、小うるさい仙姫がガイドじゃないから安心ね。後でナポリタンを食べましょうよ」 「……あほブリ、ナポリタンというパスタ料理はイタリアにはないぞ。あれは日本生まれじゃ」 「そんなわけないでしょ!? トマトソースにパスタよ? イタリア人の大好物じゃない!」 「あほブリ、ローマでパスタならカルボナーラかアマトリチャーナじゃ。カルボナーラは日本やパラミタでも食べられるが、アマトリチャーナは、トマトソースをベースにしてグアンチャーレ、タマネギなど加えたパスタソースとローマ近郊で作られているペコリーノ・ロマーノチーズを使うのが特徴なのじゃ」 「仙姫は、観光案内見れば書いてある内容を、偉そうに言わなくていいわよ!」 「ブリジットと仙姫も、旅行先なのですし、少し仲良くしましょうね? ね? それでは、お昼は3人でアマトリチャーナを食べましょうか?」 橘 舞(たちばな・まい)が、自分の左右でいがみ合うブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)と金 仙姫(きむ・そに)を交互に見つめる。 「舞が言うならいいわよ……そのアマトリーチェとかいうので……」 「それは由来となった街の名前じゃ。ア・マ・ト・リ・チ・ャ・ー・ナじゃ、あほブリ」 「分かってるわよ! ちょっと間違えただけじゃない!!」 前途多難なチームワークを誇る三人は、ちょっと肌寒い大通りをぶらぶらと散策しながら、舞の馴染みのブティックへと向かっていた。 「えーっと……確かここよね。って……」 と、ブティックを外から覗いた舞が驚く。 「……何かやたら派手な人がいるわね。しかも野蛮な買い方……どこの田舎の成金かしら? こういうのは通りを歩きながらウィンドウ越しに商品を眺めたりお気に入りの店員とのトークを楽しむのが通ってものなのに……わかってないわね」 ブリジットが、大量に服を買い込む男、というか少年の後ろ姿を見て、眉を顰める。 「舞、寒いから早く入るのじゃ」 「え……そ、そうね」 仙姫に促された舞が店の扉を開ける。 「ん?」 「わぁ、やっぱり。何だか凄く派手な方がいると思ったら、ジェイダスさんじゃないですか?」 女性の相手が苦手なジェイダスは、舞を見て少し怯みつつ、 「困ったな……陽。どうやら私の魅力は人を惹きつけてしまうみたいだ」 ジェイダスが苦笑すると、隣にいた皆川 陽(みなかわ・よう)が頷く。 「はい! ジェイダス様の魅力は全土を駆け巡りますから」 陽は、元・ジェイダスのイエニチェリとして、元校長先生、今では理事長に薔薇学生としてお供していた。 ジェイダスに危険な行為を働く輩がいないとも限らない、と考えた陽は「ここはお守りせねば!」という使命感に燃えていた。 「イタリアのファッション業界はジェイダスさんでかなり潤っているという噂……本当だったのですね」 舞がうず高く積まれたジェイダスの買い物を見やる。 「まだまだ。これはほんの一部だ」 「……買い方が豪快です。大人買いって言うのですよね?」 「見た目は少年じゃがな……」 仙姫が慌ただしくジェイダスのお買い上げ品を袋詰めしていく店員を見つめて呟く。 「少年と化してしまったため、今までの私のコレクションが全て着れなくなってしまったからな」 ジェイダスが前髪を掻き上げ笑う。 「ところで、おまえ達も、私にファッションを学びに来たと見えるが?」 「えーと、少し違います……せっかくですし、私もドレスでも注文しようかと思って……。10万Gなら確かに手頃な値段ですよね?」 実家は旧家でかなりの富豪である舞にとっては、10万Gは『手頃な値段』として認識されている。 「オーダーで10万? あんがい安いわよね」 ヴァイシャリーの裕福な商家の一人娘であるブリジットも理解を示す。 「わらわは10Gがお手頃価格かどうか微妙に思うが……舞が何か買うというならばそれも良いじゃろう」 少し首を傾げながらそういったのは仙姫である。 「確かに。10万Gで自分の輝きが増すならば大した金ではない。寧ろみすみす購入のチャンスを逃せば、それこそ10万Gの損失だろう」 ジェイダスが頷く傍で、陽が顔には出さないものの内心で「うわー、うわー、スゲー!!」と驚愕していた。 外見・中身とも、凡庸であり、実家は日本の普通のサラリーマンの家という至ってごく普通の環境で育った陽にとっては、仙姫は兎も角、ジェイダスも舞もブリジットも異次元の金銭感覚なのである。 「(超ウルトラスーパー庶民の自分には、こんな高級そうな服屋さん(それもイタリア)に来る機会なんてもう無いと思います。だから、ジェイダス様のお供として、思う存分高級店の雰囲気を満喫しよう!)」 そう決めて、ジェイダスと一緒で無ければ今後もご縁がなさそうな高級ブティックにやってきた陽。 「陽。おまえは何を買うんだ?」 自分の買い物を手早く済ませたジェイダスの問いかけに、陽は「(え? 自分の服もオーダー出来るんですか? せ、せっかくだから、してみようかな……! 一生の記念に!)」と戸惑いつつも、 「やっぱりー。パーティにも出られそうな盛装ですね」 ジェイダス様と一緒に、という言葉を飲み込む陽に、ジェイダスは妖しく微笑んだのであった。 「だが、少し待て。私は今、陽の衣服を見立ててやっているのだ」 「お、お構いなく……」 舞達はジェイダスにそう言って、店の二階のあるレディースのフロアへと向かう。 「陽。それでおまえの服だが……」 「は、はい!」 「スーツ……というのも考えたが今ひとつ面白くない」 「はい……え?」 「たかが10万Gとはいえ、金を払うという行動は、次に繋がるものでなくてはならんのだ。すなわち、購入後の人生すらも変えてしまう劇的なモノをおまえに選んでやりたいと思う」 じっと陽を見つめて考えこむジェイダス。 「えっと……ジェイダス様?」 「陽。済まないが、脱いでくれないか? 正確におまえの体を見なければ決められそうにない」 「はい! ……え? ええぇぇぇぇぇぇーーッ!?」 その時、試着室のカーテンが開き、テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)がレディをエスコートするような黒のスーツに身を包んで現れる。首元には赤い蝶ネクタイが光る。 「陽ー!! 僕これにするよー! ちょっと高いけど、それでも10万Gはしないしねー……て」 テディの笑みが心に吹き荒れたブリザードにより硬直する。 「は、恥ずかしい……」 「今更か? それに上半身だけだろう?」 テディの目に映る『薔薇の学舎INローマ』 「(ジェ、ジェイダス理事長……! ムギギギギギギ!!)」 嫉妬の嵐が吹き荒れるテディ。二人の現在の姿に。そして、何より、ジェイダスに触れられて嬉しそうにする陽に。 「(せっかく、せっかくせっかく、あれから、もんのすごい苦労をして陽を手に入れたのに! もう、彼は僕のなのに! なにあの、ジェイダス様に接する陽の嬉しそうな顔!)」 舞達が来店する前、テディが試着室に飛び込んだ原因は二つあった。一つは今着ているスーツを試着するため、もう一つは、陽のあの嬉しそうな顔から逃避するためである。 若返り且つ小さくなったジェイダスは、今の陽と似たような体格になっていた。つまり、陽にピッタリの服はジェイダスにもピッタリなのである。 そのため、ジェイダスが服を見る傍ら、陽もジェイダスの第二の体となって、店内のあちこちから服をピックアップしては、「これがちょうどいいんじゃないですかー」とオススメしてみたりしていたのである。 そこまではテディも許容の範囲であった。 だが、ジェイダスに服をあてがう時に、少し体に触れただけで可憐な乙女のように顔を赤らめ、こちらにまで聞こえそうなくらい心臓の鼓動を大きく早める陽を見るのは忍びなかったのだ。 陽とジェイダスのやり取りを見ていたテディが、「公共の場で……!」という阻止理由を脳内で考えつき、ツカツカと二人に歩み寄る。そして、今まさに声を出そうとした時、ジェイダスの赤い瞳がテディを捉える。 「ん? ……そこのおまえ。何か言いたそうだな?」 「え!?」 ジェイダスに指さされ、テディが慌てる。 「皆まで言わなくてもいいぜ。陽の衣服についてだろう?」 考えもしなかったジェイダスの無茶ぶりに、テディが慌てて言葉を紡ぐ。 「よ、陽のは女性用ドレスね! もう、すんごいカワイイのにしちゃってよ!」 「……はぁ!?」 陽が素っ頓狂な声をあげるが、ジェイダスは何かが彼の琴線に触れたようで……。 「それもアリか。女性モノは二階だな……」 と、二階へ向かう。 「ジェ……ジェイダス様!? ボクは、その……!?」 しかし、スタスタと階段を上がっていくジェイダスを見て、陽は仕方なく彼の後ろに付き添う事になるのであった。 店の二階では、試着室で舞が様々なドレスを試着していた。 しかし、鏡に映る舞の表情には困惑の色が浮かぶ。 ドレスを試着して、カーテンに手をかけた舞が、一つ息をついて、思い切ってカーテンを開ける。 「これは、どうかしら?」 現れた舞を見て、試着室の前に陣取った審査員もどきのアドバイザーが声をあげる。 「うむ。紺色のロングドレスは落ち着いた舞によく似合うぞ」 「えー、地味すぎるよ、舞〜〜! 一気に歳喰ったみたい。どこかの誰かさんより年増なんて嫌だよ〜」 「ふん! そなたの選ぶのは、明るすぎて駄目じゃ。軽薄に見える!」 「可愛いじゃない! 明るい色の方が!! 舞はパーティで着るって言ってたのもう忘れたの!?」 「……」 これと同種のやり取りを既に三回も経験している舞は、眼の前で言い合う仙姫とブリジットを少し憔悴した顔で見つめる。 「これから年末にかけてはパーティーも増えますし、パーティー用にドレスを一着頼みましょう!」 舞はそう言って、ジェイダス達が何やら騒いでいる一階を抜け、二階でドレスを選んでいた。 そして、落ち着いた色を好む仙姫と、明るすぎる色を選ぶブリジットのそれぞれが選んだ服を次から次へと着せられていた。 「舞には、どこぞの感性が残念な目立ちたがり屋さんと違って、落ち着いた感じのドレスでよいと思うぞ!」 「そんなの老けて見えるだけよ!! そもそも舞のドレスはどれも地味なんだし、ちょっと大人っぽくて豪奢なのを選ぶべきよ!!」 顔を寄せ合って対立をする仙姫とブリジット。 「えっと、普段着ているドレスも特に子供っぽいことはないと思うのですけど、地味目といえばそうでしょうけどね。でも、大人っぽいのって?」 「舞、次は私のターンね!!」 ブリジットが舞に、今選んできたドレスを見せる。 フリルがわんさか付いた、露出の少ない紺色のドレスである。 「……」 「これなら、紺色で落ち着いているし、露出も少ないし、何よりフリル一杯で可愛いわよね! ね!」 「え、えぇ……そうですね……」 仙姫が、異星人を見るような眼でブリジットを見ている。 「でも、私、あまり派手なのは……なので、落ち着いた感じのロングドレスをお願いしたいんですけど……」 「ふむ。それも一理あるな」 「!? ジェイダスさん、いつの間に!?」 いつの間にか現れたジェイダスが舞を見ている。 ブリジットの持っていたフリルのドレスをジェイダスが手に取る。 「悪いが、これはもっと似合うべき人間が着るべきだ……」 「え?」 「おまえ、どのようなのが着たいんだ? 私に希望を全てを言ってみろ」 「……装飾は控えめで、色は白系が好きなのですけど、冬場に白系は寒々しくなるので、明るめの暖色系で……」 希望を伝える舞の横で、 「落ち着いた感じのじゃ!」 「大人っぽくて可愛いの!」 と、叫ぶ仙姫とブリジット。 三者三様の意見を聞き、若干考え込んだジェイダス。元来、女性の相手が苦手な彼であるが、ファッションの話なので今は我慢していた。 そして、近くの店員を呼び止め、「私が以前頼んだ例のモノを出してくれ」と告げる。 「例のモノと申されましても、あれはまだサンプルで、こちらが間違えて女性向けに作ってしまっていますが」 「今は女性向けでいいのだ」 「畏まりました」 店員がバックヤードへ歩いて行く。 「例のもの……?」 「そうだ。以前、お忍びで訪れたとある村の祭りにインスピレーションを受け、別注したドレスだ。デザインは今おまえが着ているのと同じだが、色が素晴らしいぞ」 「色……どんな色でしょうか?」 「着てみればわかる」 そう言いつつ、ジェイダスは後ろから着ていた陽に先程のドレスを渡し、試着室を顎でさす。 いそいそと試着室に向け、女性用のドレスを抱えて小走りで移動する陽を仙姫が疑惑の眼で見つめる。 「ジェイダス様、こちらで御座いますか?」 店員から包みを受け取ったジェイダスが舞に渡す。 「じゃ、じゃあ着てみますね」 舞が試着室のカーテンをサッと引く。 …………暫し後。 「舞? どう?」 ブリジットが声をかけると、サッと舞の試着室のカーテンが開く。 「わぁ!!」 「ほぅ……これは……」 仙姫とブリジットが感嘆の声を同時にあげる。 「いかがでしょうか?」 ジェイダスが満足気に頷き、 「やはり私のセンスは正しかったな。よく似合っているぜ」 舞が身につけているのは、オレンジ色のロングドレス。 華やかな印象になるが、決して派手過ぎず、装飾は控えめにリボンが付けてある程度である。 「オレンジ色のドレスなんて、珍しいですね」 舞がそう言って微笑む。どうやら気に入ったらしい。 「うむ。これならわらわも文句はない。オレンジ色も明るすぎない色じゃ」 「珍しく意見が合ったわね。でも、可愛いよ、舞!」 「ありがとうございます。ジェイダスさん」 「礼には及ばない。ああ、礼を言うならば、私にインスピレーションを与えたイタリア北部の都市イブレアで行われる伝統的な祭りに言うがいい」 「そう言えば、何のお祭りなんですか?」 「一歩間違えれば怪我をするも、その香りと色合いから観光客が絶えない非常に伝統的な祭りだ」 「……怪我?」 「何しろ、豪速球が山車の上から来るんだ。私も防護ネットが無ければこの美しい顔に当たっていたかもしれない」 首を傾げる舞達の隣の試着室から、か細い声が聞こえる。 「ジェ、ジェイダス様……あの、これは……流石に……」 「着替え終わったか? どうだ?」 「ちょっ……まだ、待っ……!?」 先ほど、ブリジットが持っていた紺色のドレス…‥にフリルが一杯ついたドレスを着た陽が現れる。 「女装趣味?」 ブリジットが呟くと陽が全力で否定する。 「ち、違います!! いつの間にか、女性物のドレスをオーダーすることに……なって……あれ? あれれ?」 ジェイダスが陽に近づく。 「こちらも俺の見立て通りだ」 「ジェイダス様……で、でもこれはボクには……」 恥ずかしがる陽だが、それを見つめるテディは大喜びしていた。 「陽! カワイイ!! カワイ過ぎる!! これなら、僕もエスコート頑張れるよ!」 はしゃぐテディに思わず震える拳を振り上げそうになる陽。その手をジェイダスが掴む。 「嫌か……?」 「え……ジェイダス様?」 「私がその役をやってやってもいいぜ? 今の陽ならな」 そう言って、ジェイダスが陽の手の甲へ軽くキスをする。 ―――ボンッ!! 陽の頭から蒸気が立ち上るのが、舞により確認された。 因みに、ジェイダスがお忍びで行った祭りというのは、通称『オレンジ祭り』と呼ばれるイタリアの伝統的なお祭りであるが、上手く言葉を濁したため、舞達は幸せな気分のまま、買い物を終えたのであった。