First Previous |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
Next Last
リアクション
「よし! 本番行くぜ? 準備はいいな? 二人共?」
神楽 統(かぐら・おさむ)が椅子に腰を下ろした前には、若松 未散(わかまつ・みちる)と茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)がやや緊張した面持ちで立っている。
「神楽さん、何もこんな白昼堂々ロケしなくても……」
未散がボソリと苦悩を漏らす。いつもはフォローする衿栖も、今は自分の事で精一杯だ。
「(う、どうしよう。司会でアドリブは得意になったけど演技って初めてかも……上手く出来るかなぁ?)」
「どうした? 返事が聞こえないぜ?」
統がメガホンで二人に呼びかける。
映画制作の前に、統は即興演出とロケ撮影を多用するゴ・ダールという映画監督の作品を観て影響されており、基本的には「その場で何とか(アドリブ)する」という演出方針を取っていた。この方針は役者達にも「半分はノンフィクションで行くぜ?」と事前通達済みである。
「は、はい! 大丈夫だよ!!」
「私も、い……行けます!!」
「よし、本番だ! ロケの時間が短いんだ一発で決めるんだぜ? キャメラ! 頼むぜ?」
「オゥフ……拙者、今イタリアンレッドより燃えているでゴザルよ!!」
統の声に、肥満体のキャメラマンがグッと親指を立てる。
「では行くぞ! キャメラ?」
「デュフ! キャメラ、回ったでゴザル!」
「テイク1! ヨーイ、スタートッ!!」
ローマ市街を手をつないで歩く衿栖と未散。
「修学旅行だね! 楽しい思い出一杯作ろうね、衿栖ちゃん!」
「はい、未散さん!」
衿栖が道に出ているジェラートを売る屋台に目をやる。
映画内では、衿栖は祖父がフランス人のクォーターである裕福な人形の工房で育ったが、次第に人形と人間の区別が分からなくなり、若干7歳にして笑顔と見えない糸で他人を操る術を覚え、莫大な富と地位を築いて封建的な家を飛び出すが、自分をチヤホヤしてくれた大人たちが只のロリだと言う事に気づき、人形と違って無常にも全ての生ある者が歳を取っていく人生に絶望する。そこで、とある学園の理事長が早くに衿栖そっくりの娘を亡くした事を知り接近、彼の娘として普通の学園生活を送っていたものの過去のトラウマから笑顔を失くしていた衿栖は、未散が創作落語で笑わせてくれた事に感動し、彼女の親友になったのである。
「あ、未散さん! ジェラート食べましょう!」
「え……でも、ボクの家、貧乏だから、お小遣いあまり貰えなかったんだ」
映画内で、未散の家は代々続いた落語家戦争に敗れ、廃業した父は風来の博打打ちで犬に噛まれて死亡。育ててくれた母はカフェイン中毒で亡くなったという設定である。詳細を語ると、孤児院で育った未散はいつも一人ぼっちで父の残した誰一人笑わなかったというオリジナル落語の改良に明け暮れ、その才能を認められて、無償で噺家の学校に入学するも、そこは手続きの間違いで男子校であった。それでも「ひょっとしてイケメンパラダイス!?」と健気にボクっ娘で通そうと努力した未散だが、体育祭で学校伝統の『全生徒フンドシ太鼓演武』が行われる前に涙ながら退学、人生に腐りかけていたところを、偶然理事長の娘である衿栖に初めて自分の落語が受けたため、彼女の級友、そして親友として新たな人生を歩みだしたのである。
因みに、この設定は、演出であり監督である統の脳内にしかなく、あくまで映画内の設定である!
落ち込んだ様子の未散に、衿栖が微笑む。
「じゃあ、一つを買って二人で食べましょうよ? ね?」
「うん!」
ジェラート屋に着いた二人。
「色々あるね! どれにしましょうか?」
「ボクは、やっぱりチョコかな? ミルクも捨てがたいけど……」
ジェラート屋の主人が悩む二人を見つめる。
「フッ……いたいけな少女たちよ。悩むならば両方とも得てしまえばいい」
「……え?」
未散が台本には無い台詞に顔を上げると、本来は陽気なイタリア人が演じるはずだった店主が、いつの間にか、銀髪ポニーテールの軍服姿の男に変わっていた。
「(……誰?)」
「(さぁ?)」
未散の視線に衿栖が困惑気味に返す。だが、統から「カット!の声がかかるまでは演技を続けるんだぜ」と念押しされていたために止める訳にはいかない。加えて撮影スケジュールは押している今は時間も無いのだ。
そんな二人に、屋台の男はコーンにジェラートのミルク味とチョコ味を丁度二分したものを渡す。
「さぁ、これを召し上がりなさい」
「……あ、ありがとう!!」
「わ、わぁ! 丁度半分だね……」
「うむ。では、それを同時に舐めるがいい」
男はそう言うと、ドッシリと腕組みをして二人を見下ろす。
「……(帰りたい)」
「……(お仕事です、未散さん!)」
一瞬でアイコンタクトの会話を交わす二人。
「ああ、お代は必要ない」
「え?」
衿栖が差し出しかけたお金を止める男。
「白と黒のジェラートと可憐な少女二人の桃色の舌のコントラストに値段等付けられないのだ」
「……(殴りたい)」
「……(それは仕事の後!)」
衿栖が未散に待ったをかける。
キャメラのファインダー越しにズームをかける肥満体の男が、出しかけた歓喜の声を噛み殺す。
「(オゥフ! さすが加藤少佐。混乱に乗じて自らの信念を貫くとは! 何たる精神!! 拙者、キャメラマンとしてコレほど撮り甲斐のある画は初めてでゴザル!!)」
キャメラマンは、地方の撮影会社勤務のジョニーといった男である。本来、彼は野生植物や動物紀行等の専門であるが、今回は自費で統のスタッフに加わっていた。
「あ、歩きながら食べましょう? 未散さん?」
「え? そ、そうだね……」
二人が去っていくのを、加藤少佐は満足気な笑みで見送る。
「人前を避ける……素晴らしい、それでこそ秘密の花園だ!」
何とか切り抜けた衿栖と未散は、歩きながらジェラートを食べる。
「ペロッ……美味しいですね?」
「ペロッ……うん! あ、衿栖? ホッペタについてるよ?」
「え?」
未散が指で衿栖の頬についたジェラートを拭き取ろうとすると、遠くで『舐めて!』と描かれたカンペを掲げるハルの姿が見える。
「……あぁ! あそこに素敵なブティックがぁ!!」
流れを断ち切りたい未散が、たどたどしい演技で適当な一件を指さす。
「未散さん……あれはお手洗いです。ブティックはこっちです」
自分で頬を拭った衿栖が静かに呟く。
「し、知ってたよ!! ボケただけだよ!!」
そうして仲良くブティックへ入っていく二人を見る人影がローマの街角にあった。
「みっちゃんみっちゃんみっちゃんみっちゃんみっちゃんみっちゃんみっちゃんみっちゃんみっちゃんみっちゃんみっちゃんみっちゃんみっちゃんみっちゃん……」
壁から顔だけ出して、呪文のようにエンドレスに呟くのは会津 サトミ(あいづ・さとみ)である。その上から茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)が同じく顔だけヒョコリと出す。
「サトミ、怨念パワーが随分溜まっているわね」
「そうだよ! 最近みっちゃんは衿栖ちゃんとばかり仲良しでもう我慢の限界だよ! どうしてみっちゃんは僕だけを見てくれないの? 僕はこんなにみっちゃんを純愛しているというのに……」
決してストーカーではない。サトミと朱里の真の正体は、悪の魔法少女『ヤンデレーション』である。衿栖と未散に対して朱里とサトミがそれぞれ溺愛のあまり、憎しみの負のオーラに取り憑かれたのだ。そして、驚くべき事に、ここだけは現実世界と映画内設定がリンクしている。統の配役の妙が垣間見えるキャスティングである。
「ああッ! みっちゃんたら、あんなジーンズなんかを買おうとしてる!! スカート以外選んだ事ないのにぃぃ!!」
「衿栖ったら、あんなイチャイチャして……朱里が助けた命なのにぃ!!」
店内で楽しそうにお買い物する二人を見つめる朱里とサトミが、小道具として差し出されたハンカチを噛んで地団駄を踏む。
「妬いてるの?」
「妬いてなんかいないしぃッ!?」
「ふーん……でも今なら公然とみっちゃんと衿栖ちゃんの仲の邪魔が出来るんだよ! 頑張ろうね!!」
「ええ、舞台で年増戦隊ロリババァVの経験もありますから!? ノリノリでやる気(殺る気)満々DEATH!」
サトミと朱里に奇妙な友情が芽生える。
それを観ていた統が考える。
「(機は熟した……あとは、ツンデレーションVSヤンデレーションで中盤を盛り上げて……問題はクライマックスだが)」
考える統にジョニーが声をかける。
「統監督! ここでカットではないでゴザルか?」
「あ……あぁ、OK! カットだ」
演技を終えた役者達がフゥと息を吐き、緊張を解く。
そんな中、順調に撮影を進めてきた統だが、今一シナリオで描かれたクライマックスがどうにも納得いっていないのだ。
「(うーん、映画なんだしもっと派手な展開が欲しいよな)」
そこに、従者の飛装兵にカメラを持たせて空中にてマルチアングル撮影をさせていたレオン・カシミール(れおん・かしみーる)が現れる。
「統? どうした? 納得いかない顔をしているが……」
「ああ、レオン。俺は納得がいかない。どうしてもクライマックスシーン、魅せ場のアクションシーンが浮かばないんだ」
「成程。それは困ったな」
レオンは、収録に使う機材をTV局等への根回しで調達すると同時に、併せて映画のCMや撮影風景を846プロのHPで公開する役目、所謂『制作部門』の仕事を片っ端から引き受けていた。当然、メディアを通し一気に846プロの映画を広めるつもりで、である。
「アクションシーンが魅せ場の映画か、さぁどうしたものかな……そう言えば!」
「何だ?」
「クレタ島にある迷宮でミノタウロスが暴れているという情報がある」
「それだ!!!」
統が指を鳴らす。
「決着を付けようとしたツンデレーションとヤンデレーションの前に真の敵が……! とかどうよ?」
「アリだな」
「ここは一時休戦! とかつての敵と共闘するとか超熱いだろ!? ってことでミノタウロス倒しに行くぞ!!」
先ほどの恨みとして加藤少佐に飛び蹴りをかましていた未散と、南大路 カイ(みなみおおじ・かい)と戯れていた衿栖の動きが止まる。
「え? 映画なんだからもっと派手にって……ミノタウロスと戦うって正気ですか神楽さん!
「……統監督。いきなりの路線変更は構いませんが、話が繋がらない気がするんですけど?」
獣化して白い犬となったカイを衿栖が撫でる姿を統が見た後……。
「イケる!! 大丈夫だ!! 道案内人がいるじゃあないか!!」
「……ひょっとして、私の事か?」
カイの問いかけに統が大きく頷き、急遽『繋ぎのためのシーン』の撮影が開始された。
「未散! 衿栖! 大変だワン! 向こうで邪悪な気配がするワン!」
急遽ツンデレーションと共に行動するマスコットを演じる事になったカイ。自身の語尾に疑問を投げかけつつ、迫真の表情(?)で、街行く未散と衿栖の元に走ってくる。
「カイ!? どうしたの?」
「(本当に私はどうしたのだろうか?)ボ、ボクに付いて来るワン!!」
カイは先程統から聞かされた設定に疑問を持ちつつ、あくまでマスコット役として演技をしていた。役柄的には、普段は食べて寝てだけの衿栖の飼い犬ながら、散歩途中に偶然、魔法少女の国に迷い込み、そこで人と会話できる能力を得たというものである。尚、使用するかはさて置き、未散の父を噛んだのはカイの父である事と、二人の非常食だという事も裏設定として盛り込まれてある。
「どうしたのかしら? あの呑気なカイがこんなに必死になるなんて? 何か非常事態じゃない、未散さん!?」
「そうだね! 悪があるなら、ボク達ツンデレーションの出番だよ! 衿栖!」
「こっちだワン! ワンワン! 付いてくるワン!!」
カイを先導に走りだす未散と衿栖。そして、その後をこっそり追うサトミと朱里。
「カーーット!! OKだ。これで後半へ続けられるぞ!!」
統の声と共に、ハルはローザマリアと小夜子達観客の通行止めを解除し、レオンの指示のもと、撤収準備に取り掛かるのであった。
こうして、ローマ市街での撮影を終えた一同は、クライマックスを求めてクレタ島へと向かう事になる。
First Previous |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
Next Last