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―第七章:地下108階のダンジョン(その2)―

 地上の喧騒をよそに、六花、祥子、詩穂達は静かなダンジョンの96階にいた。
「皆さーん、休憩は短め。ここからは巻きでお願いしまーす」
 ツアコンとして引率していた六花は、参加者に片手を挙げて声をかけた。
「何か急ぐんですか?」と参加者に問われて、にっこりと微笑み返す。
「言い忘れてましたが、せっかくですから、このツアーでは除夜の鐘の作法に則ってダンジョン探索を進めようと思ってます」
「作法?」と別の参加者からも尋ねる声がした。
「除夜の鐘は、107回目までは旧年の12月31日のうちに撞くんです。残りの1回のみ、新年に撞くんですよー」
 もちろん、地方によっても若干の違いはありますが……と付け加える六花がツアー参加者達を振り返る。
 そこには満身創痍、青息吐息の参加者達がいた。道すがら幾度かはセルフィーナの【清浄化】と【命のうねり】で、道中でのステータス異常やHPの回復をして貰っていたのだが、やはり長丁場ゆえ小さな疲労や怪我が溜まってきているようだ。
 六花は気を取り直すように、コホンッと小さく咳払いする。
「ですから、年が明ける前にダンジョンの107階まで行きたいと思います。ここからは、今までの倍のペースになりますが、皆さん宜しいですか?」」
そう言った六花のプランは、途中で転んだりした参加者を出したりしながらも順調に計画通り進んでいた。いや、寧ろ予定よりかなり早いペースだ。
「六花ちゃん」
詩穂が参加者達を見ながら話しかける。
「詩穂さん、どうしました?」
「えーっとね、セルフィーナだけじゃ回復の手が足りないの……それにまだ、祥子ちゃん達が戦闘中だし、もう少し休んでいかない?」
六花が祥子が向かった先を見る。彼女達は各階をローテーションで参加者を引き連れ戦闘を行うという作戦でダンジョンを効率よく攻略していた。この階の戦闘指揮は祥子である。
「そうですね……でも、それが済んだらすぐに向かいましょう。早いにこした事はありません」
六花の言葉に参加者達の一部が顔を見合わせる。

「皆様前方をご覧くださ〜い。あれがリビングデッド、いわゆるゾンビと呼ばれるモンスターでーす」
 祥子のよく通る声に、参加者達がゾンビを見つめる。
「上位種のグールやレイスほどの力はありませんので多数でかかれば負けることはないと思いますので頑張って倒してください。はい、では、張り切ってどうぞー?」
「わ、罠とかないんですか?」
「この階の罠は、私が【トラッパー】の技能を応用して仕掛ける場所、仕掛け方を見抜き、皆様がかからぬよう解除しておきました」
「つ、強そうなんだけど?」
「もし手強ければ、やられる前にお呼び下さい。私が助っ人或は直接仕留めにかからせて頂きます」
「倒し方のアドバイスを……」
「アドバイスとしてはとにかく、動かなくなるまで攻撃して下さい。心臓を貫いた、首を刎ねたからと言って安心してはいけませんよ?」
 ニッコリ笑う祥子に、意を決した参加者達が、事前に与えられた初心者用の武器を持ってゾンビに立ち向かう。
 祥子は、「ツアコンがでしゃばり過ぎるとお客さんも楽しくないだろうし」と考え、余程の時以外は案内とか応援とかアドバイスに終始するというスタイルを取っていた。とはいえ、今日のダンジョンは思った以上に雑魚モンスターが少ない。先行した者達によって派手に蹴散らされているのだろうか、と祥子は思う。
「(六花の計画じゃ、107階まで一気にって話だけど、この素人さん達をそこまで送るのって並大抵じゃ出来ないわねー)」
 祥子が水筒の水を飲みながら、参加者達の戦いぶりを観戦していると、天井からパラパラと土が落ちてきて……。
ドゴオオオオォォォンッ!!
「新手かしら?」
 かかった土埃を手で払いながら祥子が見ると、イングリットがイングリットを倒していた。
「勝った……勝ちましたわ! わたくし達!!」
 目の前で勝利の余韻に浸るイングリット。
「イングリットが二人……?」
「私もいるわよ……っと」
 明子が上の階からこちらに飛び降りてくる。
「はぁ……疲れた。お客の見てない所でお掃除する係……ってのも酷なものね。……つあこんとはなんだったんだろう?」
 ダンジョン中に巣食うゾンビ等がやや尻込みしていた原因は、『ヤバイクラスの敵』を明子が粗方掃除したためね、と気付く祥子。だが、今はその事よりも落下してきた二人のイングリットの方に興味があった。
「とりあえず説明してくれない? 明子、イングリット」
 明子は、「アレはイングリットの煩悩で、最強の自分の姿らしい。自分はそれの片付けに手を貸して二人がかりでようやく仕留めたのだ」と簡単にいきさつを話す。
「そう……大変ね、煩悩って」
 偽イングリットが粒子になって消えて行くのを見ながら祥子が呟く。
「そっちは出会ってないの?」
「今のところはね……あら、お客様達も片付けたみたい」
 明子が見ると、ゾンビを倒した参加者達が含み笑いを漏らしている。
「フッフフ……死にやがった」
「元から死んでるわよ……でも、気持よかったー、癖になりそう」
「現実ではなかなか撲殺など出来ませんからねぇ……」
 祥子を振り返る明子。
「……大丈夫?」
「何が?」
 祥子は黒髪を掻き上げて微笑む。

 六花の先ほどの呼びかけには、方々から尻込みするような声が起こっていた。
「俺、さっき足くじいちまってさ〜」
「私は膝をすりむいちゃったから……」
それらの声に、六花はおもむろに手を天にかざす。
「―――【命のうねり】!」
 途端に光がほとばしり、辺りをまばゆく包む。
「お?」
「あ、あれ?」
 参加者達のくじいた足もすりむいた膝も、まとめてきれいに完治したのを見届けて―――
「さ、行きますよ〜」
 有無を言わせぬ六花の笑顔に、もう文句を言う者はいなかった。
 詩穂が元気よく「みなさーん、出発するよー!!」と呼びかけ、一同は再び行軍を開始した。明子とイングリットもこの行軍に加わり、六花は「スピードアップできるわね」と詩穂に言うのであった。尚、明子とイングリットが戦いに夢中になるあまり、ヴェルリアを忘れてきた事には未だ気づいていない……。