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リアクション
第7章 アガデ修復・居住区
音もなく。
風をはらんで、ゆっくりと乳白色のプロペラが回転を始める。外壁の上に設置完了した風車が滞りなく動き出したのを見て、ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)はひさしにした手の下で満足そうに目を細めた。
「ああして回転していると、なかなか優雅な物だな」
後ろから近づいたセテカが言う。彼がとなりに並ぶのを待って「ああ」と答えた。どこか誇らしげな声だ。
「昨日おまえが大量に運んできていたのはこれか?」
「そうだ。あいにくと3基しか持ってくることができなかったが、あれがずらりと並ぶと壮観だぞ」
「だろうな」
昨日、輸送トラックスカンデル・ベクから鶴 陽子(つる・ようこ)と2人で荷下ろしをしている光景を目にしたとき、セテカにはそれが何か見当もつかなかった。ダンボールと白いクッション材に包まれた、大小さまざまな機材。少し離れた場所から眺めているセテカに気付いて、ハインリヒは笑った。「明日を楽しみにしておけ」と。
そうして今、彼らが運んできたものが風車だということは分かったのだが、これが家屋の復旧にどういう役割を果たすのかが分からなかった。東カナンでは風車とは一般に粉を引くものだ。地域ごとに共同製粉所が設置し、かまどと合わせて管理している。
炊き出し用には見えないが、と風車の下から伸びている線を目で追う。それは、陽子が設置したタンクにつながっていた。ちょうど陽子の背丈ほどあるだろうか。
「陽子、どうだ?」
「順調に溜まってるみたいね」
側面に付けられた測定器のふらふら揺れるゲージを覗き込んだまま、陽子が答えた。
「これは?」
「充電している」
「じゃああれは、発電しているのか?」
アガデに電気設備を入れてはどうか、との案をこれまでに何人からも受けていたセテカはすぐピンときた。
「そうだ。風力発電というやつだ。風の力で内部の発電機を回している。風という自然界に存在するエネルギーを使用した発電のため、燃料や機晶石などを必要としないし、大気汚染を引き起こす心配もない。実にクリーンなエネルギーだ。生み出された電気はこれに蓄電する。初回だから時間がかかるが、夜間工事には間に合うだろう」
「なるほど」
うなずき、陽子が先からいろいろいじっている設備の所へ行く。彼女の手を追い、見ているものを後ろから覗き見た。
「これは?」
「変電機と変圧器よ。電気はそのままでは使えないから、使いやすいように変えるの」
「どうした、セテカ。興味があるのか? 東カナンも電気はあるだろ?」
「ああ、まあな」
照れたように笑って、身を起こす。
「機晶石を用いて、城内のあかりや街灯といったごく限られた一部には使っている。だがかなり古いし、あれは機械といったほどの物でもない。それに、機晶石は消耗品だからな。……正直、生み出すこういうシステムを見たのは初めてだ」
あくまで個人的意見としてだが、セテカはシャンバラ風電気設備の導入にやぶさかではなかった。保守派やその他もろもろ他方面との絡みで今回は見送ることに卓議決定されたが、いずれは、と思う。
おそらく彼らの言う発電設備が充実すれば、東カナンは飛躍的に進歩するだろう。そうすれば、今すぐは無理でも数百年とかけずにシャンバラに追いつくことができるかもしれない。
ザナドゥが南カナンへ攻め込んできた、あのときの戦いをセテカは忘れてはいなかった。あのとき胸を押しつぶさんばかりに感じた圧倒的な無力感と激しい憤りを。
カナンは進化を忘れ、5000年という時間をドブに捨てた。だが、だからといって取り返すことができないものではないはずだ。
ただ、あいにくと今の東カナンの懐事情では不可能だった。ネルガルの圧政、荒廃、内乱から回復する暇もなくザナドゥとの戦いに突入したせいですっかり底を尽きかけている国庫では、たとえ逆さにして振ってもどこからもそんな資金は出てこない。
「……あの3基から生み出される電気では、都全体をまかなうのは無理なのだろうな」
あきらめ心地でため息のように発したつぶやきを耳にして
「そりゃあ無理だな」
ははっとハインリヒが笑う。
「試算してみないとはっきり言えないが、これだけの都を支えるとなったら相当な数がいる。また、こんな小型じゃなくて大型にしなければならないだろう。……それでも間違いなく、風力だけでは難しいな」
「そうか」
「東カナンにも機晶石はあるんだから、あとはシステムを導入すればいいように思えるんだが」
「それはそうなんだが。しかし東カナンには南カナンのようにそれらを扱える肝心の技術者がいないんだ」
科学の進化とは、専門的知識を持たなくてもだれもがそれを扱えることにある。だがそこまでも東カナンは円熟していない。たとえ機器を購入し、設置したとしても、メンテナンスできなければ意味がない。
まずは技術者の育成に力を入れなければならないだろう。
「……遠いな」
「ああ」
「だが、あきらめてはいないんだろう?」
「当たり前だ」
と、セテカは風車から目を離してハインリヒの方を向く。
「その日がきたら、手伝ってくれるか?」
「当然」
2人は通じ合ったようにパンパンと手と手を打ち合わせた。
その後、夜間工事の現場責任者との話し合いに向かったハインリヒの代わりに陽子から風力発電について詳しい説明を受けていると、兵士が呼びに来た。
「セテカさん、ちょっとよろしいでしょうか?」
「どうした?」
案内され、向かった先にいたのは、軍服を着た若い男だった。
数人の兵士に半ば囲まれて立ちながら、事情聴取を受けている。縄をかけてはいないが、兵士たちが男の逃亡を警戒している様子なのは見てとれた。
「まいったなぁ…」
にがりきった様子でそうつぶやく男の背後から、セテカは近づく。
「何があった」
「あ、上将軍。この者たちが火事場泥棒を働いていたのです!」
男の前に立っていた兵士が背伸びをして、肩越しにセテカの方を伺った。
男が振り返る。
「きみは?」
「初めてお目にかかります、エールヴァント・フォルケンといいます。シャンバラ教導団に所属しています」
エールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)と名乗った男は、帽子を脱ぎ、美しい礼をとった。軍人らしいその姿は、もう何度もしなれた者のものだった。教導団所属ということに嘘はないだろうと思う。
「で、泥棒とは?」
「はっ。立入禁止区域を巡回していましたところ、この者たちが無人家屋をあさって、中から物品を持ち出していたのです!」
「だーかーら! 違うって言ってるでしょー!?」
憤慨し、叫んだのは離れた所で別々に事情聴取されている高島 真理(たかしま・まり)だった。
「ボクたちはね、瓦礫と一緒に撤去される前に大切な物と思われる品を救出してたの! 盗んでたんじゃないんだってば! 持ち出せなかった物ってあるでしょ? 思い出の品とか、そういうヤツ! べつに自分の物にしようとしてたんじゃないって!」
「嘘をつくな!」
「フン。泥棒はいつだってそんなふうなことを言うんだ」
「……ぐぬぬぬぬ…」
鼻で笑った兵士を睨みつけて、真理はうなる。
これが金銭的価値のある物か! と、これまでより出してきた品を突きつけてやりたかったが、あいにくこの兵士たちが来る少し前に、パートナーの源 明日葉(みなもと・あすは)や南蛮胴具足 秋津洲(なんばんどうぐそく・あきつしま)、敷島 桜(しきしま・さくら)が別の保管場所へ移しに持って行ってしまったのだ。
そして今、真理とエールヴァントの手元にあるのは宝石のついたネックレスやら指輪やらの入った宝石箱といった貴重品で、疑われても仕方のない物だった。
「こうならないよう、ちゃんと申請書を出していたはずなんだけど…」
「――あ」
エールヴァントのつぶやきに、セテカはあることを思い起こす。
「そういえば、そんな申請書を読んだ記憶が…」
手元の書類をペラペラめくって、その中の1枚を引き出した。
申請者の欄に代表者であるエールヴァントの名前と、作業従事者の欄に真理たちの名前があった。確認用の顔写真も丁寧に貼られている。
「すまない、俺のミスだ。兵たちに通達を出すのを忘れていた」
セテカからその書類を受け取った兵士たちは謝罪のように頭を軽く下げて去って行った。
「いーーーーっだ!」
口端に人差し指をかけて引っ張って見せる真理と対照的に、エールヴァントは苦笑しつつセテカにあらためて向き直る。
「助かりました」
「いや、完全に俺の失態だ。すまなかった。処理したつもりになっていた」
「しかたないです。あなたは1人でたくさんの仕事を抱えておられるんですから」
彼の提案に乗ってくれた真理たち賛同者のためにもこういったことが起きないよう、完璧を期すため本当は直接会って趣旨説明をしたいと考えたエールヴァントは、シャンバラにいるうちから面会の申請を出していたのだが、セテカのスケジュールは寝る時間以外食事をとる時間もほとんどとれないほど埋まってしまっているということで、時間をとってもらえなかったのだ。
『まず書類で申請してください。その後、お会いする必要があると判断されましたら、上将軍がお目にかかります』
ジルというセテカの秘書からそういう返書が来たため、書類申請したのだが。
(案の定というか…)
思わず笑いが口をついた。それを見て、つられたようにセテカも口元を緩ませる。こちらは幾分自嘲的に。
「ところで、書類には回収した品の保管場所の推薦を希望していたが…」
「それでしたら自分たちで解決しました」
「見つかったのか」
「はい」
「そうか、よかった」
見るからにほっとした様子でセテカは胸をなでおろした。
「ここから少し北へ行った所に小さな聖堂があったので、神官にお願いしてそこをお借りしたんです。聖堂でしたら人も集まりやすく目にとまりやすいと考えました。――よろしかったでしょうか?」
「ああ、あそこなら分かる。神官が許可を出したのであればかまわない」
「ではこちらも人々に通達をお願いできますか?」
「ああ。今度は忘れず出しておくよ。それと、念のため聖堂への兵士の巡回を増やしておくことにしよう」
「お願いします」
メモを取ると、じゃあと手を挙げてセテカは去った。
次の視察場所へ向かって速足で颯爽と歩いて行く姿には全く疲れが伺えず、むしろ精力的に見える。連日ハードスケジュールで忙殺されているだろうに…。
(それに比べて、うちのやつは)
入れ替わりで近付いてくる小型飛空艇の音に、早くも頭痛を感じながらエールヴァントはそちらを向いた。
「やっほー、エルヴァ!」
自分がいない間に何があったかも知らず、お気楽な顔をして飛空艇を下ろすアルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)に、簡単に事情を説明したあと、エールヴァントは言った。
「というわけだから、おまえもこれからはきっちり仕事に専念しろ。俺たちはここへ遊びに来たんじゃないんだ」
「そうだよ! 飛び出していったきり何時間も戻ってこないなんて! 無責任だよ!」
「えー? 2人ともひっどいなぁ。俺だってちゃーんとエルヴァのお手伝いしてたんだぜ?」
心外な、と言いたげに胸に手をあて、傷ついた表情をする。
いちいち動きが嘘くさくて信用できないと思うのは偏見だろうか?
「ここに居もせず何が手伝いだって? 俺や彼女たちのように全然ほこりっぽくもなってないようだけど?」
「これだよこれ」
ばさっとアルフが飛空艇から出して見せてきたのは、名前と住所、家屋の特徴、そしてそこから回収してきてほしい物品のリストだった。
「サイコメトリで1つ1つ確認するのも時間かかるだろ? こういうのがあった方が効率いいと思って、要望とってきたんだよ」
「ふーん…。そっか。ごめん」
リストを見て素直に謝る真理。しかし付き合いの浅くないエールヴァントは、これくらいではごまかされはしなかった。
「このリスト、女性名ばかりなのはなぜ?」
「うっ…。いや、ホラ、思い出の品を取り戻したがるのって、女性が多いじゃん? 偶然だよ、ぐーぜん」
あせあせ。
「ふぅん?」
全然信じていない声。エールヴァントの、前髪の隙間から盗み見るような冷たい視線がアルフをチクチクと刺す。
賭けてもいい、このリストの女性たちはみんな、アルフの好みのきれいでかわいい、若い女性たちだ。
(やっぱりナンパしてたんだな)
「ああっ! その目! 疑ってるな!? いいかエルヴァ、これは決してナンパなんかじゃねぇぞ? そりゃ、中には食事に誘った女の子たちもいるけどさ、それもこれも俺たちシャンバラ人に親近感を持ってもらうためなんだぜ! 交流だよ、交流! そもそもあそこへ行ったのは、おまえの仕事を楽にしてやろうとだなぁっ!!」
「あーはいはい。言い訳は、するのも聞くのも時間の無駄だから、仕事に戻ろうね」
「……ちくしょお。あれはぜんっぜん信じてねーなぁ?」
が、これ以上突っ込めない。だってエールヴァントの想像の方が事実だから。
(なんであいつ、あんなに鋭いんだよ)
すたすた向こうへ歩いて行くエールヴァントの背中を見つつつぶやくアルフの目じりには、ちょっぴりくやし涙がにじんでいた。
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