校長室
【カナン復興】東カナンへ行こう! 3
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「ロノウェさん、こっち! こっちなのだ〜!」 息せき切って走る薫にほとんど引きずられるようにしてロノウェが連れて来られたのは、2ブロックほど先にあった小さな聖堂のとなりの空地だった。 そこに、かなりの数の人間が集まっている。男性も少しはいるが、ほとんどが幼い子どもを連れた母親や姉らしき女性だ。聖堂の側の壁際には、何か敷物の上に小物――ロノウェの目にはどれも土まみれ、ほこりまみれの破損した日用品に見えた――が並び、覗き込むように集まっている人々は皆一様に何かを手にとってはうれしげに胸に押しつけている。受け取っても代金を払っている様子がないので、教会が行っている寄付の配付だろうか? 反対側の壁では、食糧の配給をしている者たちがいる。こちらの女性たちは城のメイドの服装をしているから、城から来た炊き出しの者たちなのだろう。 特にひとだかりができているのは奥の付近で、そこには簡易な舞台が設置されていた。合板に布を釘打ちしただけ、緞帳も厚手のカーテン布を吊ってあるだけという素朴な……というか、素人によるやっつけ仕事のようなステージだったが、ステージはステージだ。 「どうしたの? ここで一体何が…」 薫のぐいぐい引っ張る手は止まらない。ステージの前に集まった人々でできた人垣の中へ、薫はロノウェを引っ張り込んだ。 「我たちみんなでね、アガデの人たちに何か元気をあげられる事はできないかって考えたの。それで舞台をすることになって。ピカたちは、その前座で踊るのだ」 えっへん、とまるで自分のことのように誇らしげに胸を張る薫。 そういえば、いつの間にか抱いていたピカが腕から抜け出して、いなくなっている、とロノウェが気付いたとき。 前方でブザーが鳴った。 「あっ、始まるのだ。ちょうど間に合ったのだ!」 するするとカーテンが舞台袖の方に巻き取られて衆目の前に現れたステージには、何匹ものわたげうさぎがいた。 空き地にいる人々が自分たちに注目するだけの間を十分とって、おもむろにわたげうさぎは動き始める。中央からだんだん扇形に広がるように。すると、中央にいたちょっと大きめのわたげうさぎが、まるで爆発したようにぽんっと音と煙を立てた。薄れていく煙の中から現れたのは、小さな少女。しかもそれは、今ロノウェのとなりにいる薫とそっくりの少女だ。 「!」 「あれがピカなのだ」 驚きに軽く目を瞠るロノウェの耳に手を立てて、薫がこしょこしょ小声で説明する。 そでの方から音楽が鳴り始めた。 ピカはぺこりとおじぎをすると、周囲に散ったわたげうさぎたちへ合図を送る。 「ぴきゅう?(訳:みんな、用意はいいのだ?」 「「「ぴきゅう!」」」 ピカは満面の笑顔で頷き、すうっと息を吸い込んだ。 「ぴっきゅー♪ ぴきゅぴきゅうー♪ ぴきゅきゅう〜♪」 ピカ独特の「ぴきゅう」語で、歌は歌われた。それに合わせてピカはくるんとターンをしたり、舞台上をくまなく跳びはねる。 わたげうさぎたちも、高低をつけながらぽんぽん跳びはね、ころころころんと転がった。その愛らしい姿にくすくす笑いが子どもたちを中心に起きる。 「ママ、わたしあれほしいー」 そう言ってねだる子も何人かいた。 「可愛いね、楽しいね」 薫はロノウェの方を見て、にこにこと微笑む。 「ロノウェさん。アガデが復興して、みんながもっともっと楽しくなれるように、一緒に頑張ろう」 自分の方を向いたロノウェの手をすくい上げるように持ち上げて、きゅ、と握り締めた。 「なに?」 「あと……えっと。あのね。あと、よかったら……ほんとによかったらだけど、そのぅ…。 我、ロノウェさんとお友達になりたいのだっ」 照れくさそうに頬を染めて、薫は最後、一気に言った。直後、えへへ、と笑う。 「一緒に、歩みたいのだ。一緒に笑って、楽しい事とか、いーっぱいしたいのだ」 「私と、友達?」 こくっとうなずく薫に、ロノウェは半ば驚き、半ば不思議な思いで彼女と彼女に握られた手を見た。 自分を敬愛の眼差しで見る部下は大勢いる。彼女のためなら命も惜しくないと公言してはばからない者たちだ。常にそばにいて、まっすぐに愛してくれるヨミもいる。自分もまた、あの子を愛している。上官もいた。仕える者として、パイモンさまも。 けれど、友人はいなかった。 彼らはだれも「友人」ではない。 自分と友人になりたいなんて、だれも言ってくれなかった。 「私……分からないわ」 そわつきながら手をふりほどく。なんだか気持ちが落ち着かなくて、じっとしていられなくて。胸がどきどきしていた。 「友達って、分からないの」 突然狼狽したふうなロノウェの姿を意味が分からずぽかんと見ていた薫だったが、だんだん彼女の言っている意味が分かってくるにつれ、笑みくずれた。 「うん。そっか。じゃあ我が教えてあげるのだ」 と、再び手を握る。今度はふりほどかれないよう、ちょっと強めに。 「我には友達がいっぱいいるのだ。我と友達になるということは、その人たちも、みんなロノウェさんの友達ってことなのだ」 「そう、なの?」 「友達の友達は友達なのだ。それと、もう1つ。友達は名前で呼び合うものなのだ。だからロノウェさん、我のことは「薫」と呼ぶのだ。我もロノウェって呼ぶから」 「そう?」 まだ少し懐疑的なロノウェを納得させるように薫は「うん」とうなずき、握り合った手をぶんぶん振った。 「……今度は騒がないんだな」 舞台がよく見えるよう肩車したヨミに向かって、又兵衛が独り言ともとれるようなつぶやきを発する。 ぷい、とそっぽを向いてヨミは答えた。 「ヨミにだって迫やマッシュっていうトモダチはいるのです。ヨミはそこまで心が狭くないのですっ」 「そうか」 薫とロノウェが話している間じゅう、自分の髪の毛を巻き込んでぎゅむっと握りしめられていた手を知っていたのだが、それにはあえて触れず、又兵衛はうなずいた。 (ヨミのポジションは「友人」ではないからな。それをヨミも自覚しているということか) ただ、ピカはかなりライバル視されそうだから、あとで注意を入れておこう、と思う。 そしてもう1人。薫のパートナーであり、恋人の孝高は…。 (あれが、ロノウェか…) 彼は一番後ろから、薫とロノウェのやりとりの一部始終を眺めていた。 今日、彼はロノウェを初めてじかに見た。アガデの戦乱も、ロンウェルでの大戦も、彼は彼女と同じ場に身を置いていたが、会うことは一度もなかった。 いくら戦いが人間側の勝利に終わり、リュシファル宣言が採択されたからといって、かつて敵だった彼女と会うことに警戒する部分が全くなかったわけではない。広場で会ったときも、腹の底に緊張感による固いしこりを覚えながら立っていた。 しかし今の2人を見る孝高には、警戒心も緊張感もなかった。 心身ともにリラックスした思いで、大丈夫だな、と考える。 (一緒にいて、天禰があんなにも楽しそうに笑っているんだ。俺は彼女の見る目を信じていればいい。それだけだ) ふと、又兵衛がこちらを肩越しに振り返っているのに気がついた。 「熊。あんたが何を考えているかなんて分かんないけど、今は楽しもう? な?」 「……ああ、そうだな」 着物のそで口に両腕を突っ込んで、孝高は満足げに薄く笑みを浮かべた。 「おお! ピカくんたち、うまく場を盛り上げてくれたようですね!」 舞台のそで口から様子を伺って、伊藤 若冲(いとう・じゃくちゅう)は満足そうにうなずいた。 「ピカくん、お疲れ!」 満場の拍手の中、わたげうさぎたちとともに戻ってきたピカをねぎらう。 「ぴきゅう〜♪」 ピカはぴきゅう語でしかしゃべらないため(本当は人語もしゃべれるのだがしゃべらないので若冲たちは知らない)、言っている意味は不明だったが、浮かべている表情から本人もやりきった思いでいるのは見てとれた。 次に舞台へ上がったのは若松 未散(わかまつ・みちる)と東 朱鷺(あずま・とき)。『西のニンジャvs東のニンジャ』という、ライトなコメディ演劇だ。というよりも、2人しか出ないからどちらかというと漫才の部類かもしれない。 「私はシャンバラという地より来た。シャンバラは東カナンより西方の地にある。よって私は西のニンジャだ」 右の舞台そでから月面宙返りで颯爽と舞台に登場した未散が、堂々と口上を述べる。だれが見てもひと目でニンジャと分かるように、ニンジャの服装としてオーソドックスな全身黒ずくめだ。舞台衣装としてちょっと派手目にラメを入れてたり、ポイントポイントで赤や紫も入れてるけども。 そこへ左の舞台そでからしゃなりしゃなりと登場したのが朱鷺である。 「私は東 朱鷺。シャンバラより来たニンジャです。シャンバラは東カナンより西方の地にありますから、朱鷺は西のニンジャですね」 「むっ! 何を言う! 私こそ西のニンジャだ! おまえ、名前に東が入っているから東のニンジャだろう!」 「何を言います? あなたはコンジュラーで、ニンジャではないでしょう」 「なんだと? そういうきさまこそニンジャじゃないではないか!」 「私は正真正銘ニンジャです」 つん、と顔を横に向かせて言う。 「おまえがニンジャと言うならその狐のお面は何だ!?」 「ニンジャと言ったら覆面です」 「その崑崙旗袍(チャイナドレス)は!?」 「ニンジャと言ったら軽装ですから」 スリスリスリットから生足にょっきり出して、ポーズをとる朱鷺。 「……違う。何か違うぞ…。 だ、第一、その鎧は何だ! ニンジャは鎧など身につけん!」 「あら? この鎧が見えるんですか? おかしいですねぇ、これ「馬鹿には見えない鎧」なのに」 「なんだとー!?」 爆笑する客の姿に、若冲のにまにま笑いがさらに増す。しかし彼は本来の目的を忘れてはいなかった。 「おい、ハル。本当にカインはこの聖堂へ現れるのか?」 「と、セテカさんは言っていましたよ。大聖堂の取り付けが終わったら、次はこの聖堂の屋根の補修に来られるのだそうです。もしかしたら大聖堂の方が長引いているのかもしれませ……ん!?」 ハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)の言葉の語尾に重なって、突然何か黒い影が上空から空き地に飛び込んできた。 着地したカインは敵から目を放さず、すぐさま後方へ跳ぶ。彼女の手が地表を離れると同時に突き刺さったのは、投擲された呪鍛サバイバルナイフ。 「いまや!」 泰輔は讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)を召喚した。 「ふむ。ここで我か。空中に呼び出すとはな」 壁の上に降り立った顕仁は、その足ですぐさまカインの背中目がけて跳躍する。 「身のこなしがいくら軽かろうとも空中ではかわしきれぬぞ」 しかし顕仁の手に触れたのは陶器の感触だった。つぼと上着を残して、カインの姿はどこにもない。 「空蝉か!」 カインはつぼの口をつま先で蹴ると顕仁の頭に手をついて、後方に宙返った。まるで体重を感じさせない、手の離れた瞬間触れたかも分からなくなるような速さ。 そして雷撃のような衝撃で、顕仁は向かいの壁へ蹴り飛ばされた。 「顕仁!」 「つつ…。あれは無理だね、泰輔。隙がない」 ひびの入った壁に手をつきながら身を起こし、泰輔に寄りかかる。 「かもなぁ」 泰輔はよろけ、壁に背を預けた。彼のふとももにはいつの間にか短刀による切り傷がついていた。呪鍛サバイバルナイフのお返しだ。軽く毒をもられたか、それともしびれ粉か。どちらにしても、傷口から下はしびれて感覚がにぶくなっている。 彼らの前、地に下り立ったカインは口元を覆っていた布を引っ張ってはずし、突然の出来事に騒然となった人々に向かって叫んだ。 「静まれ! わたしはカイン・イズー・サディク! 12騎士だ! これは演習のひとつであり、襲撃などではない!」 鋭く力強いその一喝は、一瞬で人々から言葉を奪った。 カインの顔を見て、ほっと胸をなで下ろす者もいる。 そしてカインの言葉を裏付けるように、機転を利かせたのが未散と朱鷺だった。 「やや! あの格好を見よ! あれこそは東のニンジャに違いない!」 「まさしく。そうでありましょう。ここはシャンバラから東の地でありますし」 こそこそ話をしているよう演技で見せて、その実だれにも聞こえるぐらい声は大きい。 「東のニンジャ!」 びし! と未散が空き地に立つカインを指す。 「ついに会いまみえることがかなったな! 今こそ雌雄を決する時! 西のニンジャと東のニンジャ、どちらが強いか、いざ尋常に勝負勝負勝負ーっ!」 その芝居がかった姿に、周囲の者は完全に納得した。これは芝居の続きだったのだと。さっきのカインの唐突な戦いは、登場の派手な演出だったのだ。 タイトルが『西のニンジャvs東のニンジャ』というのも、彼らにそう思い込ませた理由の1つでもあった。 「ハイハイハイハイッ!! いきなり前をすみません、ごめんなさいねー! さーあいよいよ始まりましたよ、西のニンジャと東のニンジャの真っ向勝負! 待ちくたびれてた皆さん、ごめんなさいねっ! かたや狐面を覆面、チャイナドレスを軽装と言い張るなんともうさんくさい、でも真っ当ニンジャ! そしてほんとはコンジュラーのくせに自分はニンジャと言い張るこまったちゃん! ついでに歳も大幅にごまかしててうさんくささ100%! ……あらまぁ未散、ほんとの部分がないじゃん! どこ紹介すりゃいいんだよ? まいったねー、なエセニンジャ! この西のタッグは今までくすりともしないドシリアスな東のニンジャを相手に吉と出るか凶と出るか!?」 ガタガタガタッ! 配給用に使用されていた長机とイスを引っ張り寄せて、十分距離をとった壁の端っこで熱狂のヘッドセットをつけた若冲がアツイアツイ(?)トークをぶちかまし始めた。 「うっさいぞ、若冲! よけーな世話だ、コンチクショウ!!」 くすくす失笑が周囲から漏れていることに歯噛みしながら未散は鉄扇【天鈿女命】をかまえる。 「行くぞ! カイン!」 未散はダッシュローラーで飛び出した。 (真正面からいっても無駄だ!) 「はあっ!」 地を蹴り、壁を走って跳ぶ。宙返りで頭上を跳び越しながら閉じた鉄扇を剣のようにして先制攻撃をかける。それをカインは鞘に入ったままの小刀で受けた。にぶい音がして火花が散る。着地した瞬間、かすかにヒュッと風を切る音を聞いて、未散はとっさに鉄扇を広げた。骨に当たった短刀が、真っ二つに切れてバラバラと地に落ちる。 この鉄扇はただの鉄扇にあらず、光条兵器である。打ち合ったカインの手の中の小刀は、折れないまでも鞘が打ち合った所から砕け散っていた。 それを見て、挑発するようにニヤリと笑う。そして口を開いたとき―― 「皆さんご覧ください! 見ーーーたか東のニンジャ! おまえはこの歳サバ読み過ぎのエセニンジャにもかなわねーんだよ!! という顔を浮かべておりますっ! ――あっっ」 「……さっきからひと言多いんだよ、てめぇ」 ぷちっとキレて、つい実況席に蹴りを入れる未散。 「未散ちゃん、目を離しては危ないのでございます!!」 「――はっ!」 肩越しに振り返った未散に見えたのは、かなり距離を詰めたカインに向け、弾幕援護を張ろうと銃を構えているハルの姿だった。 カインに銃口を向けた瞬間、ハルに向け八方手裏剣が飛来する。 「ハル!」 「させるかあっ!!」 猛々しい声が上空で起きて、赤髪をポニーテールにした少年が壁の上に着地する。彼の手から沸き起こった強風が、ハルに刺さる寸前のそれらを巻き上げ、吹き飛ばした。 「待たせたな、未散!」 「淵! それにカルキノスも!」 夏侯 淵(かこう・えん)の上で滞空しているカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)に手を振った。 「――へっ。あいつらの相手は俺たちが引き受けた。存分にやれ、未散」 言うが早いか、カルキノスは聖堂の屋根にいるサディク家の騎士たちに向かって突貫した。太陽を背にした騎士の影が陽炎のようにブレる。 「隠形なんざ効かねぇよ」 懐から出した炎のクリスタルが赤く輝いた瞬間、キン! と澄んだ音を立てて隠れ身が解除される。三方に跳んでいたうち1人に向かい、サイコキネシスをぶつけた。踏ん張る地のない宙で腹部に打撃を受けた騎士は、簡単にはじけ飛ぶ。しかし彼の手からはすでに八方手裏剣が投擲されたあとだった。 人であれば死角とされる位置。しかし彼はドラゴニュートで、人間よりも広角の視野を持つ。三方から飛来するそれらをカルキノスの目が補足すると同時に銃声が響き、八方手裏剣はまるでクレーのように破砕した。 くるくると回転し、壁に下り立った3人の騎士。カルキノスの空飛ぶ魔法↑↑で飛行を可能にしたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、硝煙をくゆらせる銃を手に、淵、カルキノスとともに彼らを挟むようにして立っている。 「こちらに騒乱の意図がないのは知っているだろう? 彼女たちをしばらく見守ってくれないか?」 そう告げるダリルの肩越しには、鉄扇の少女と切り結んでいる主君がいる。主君が刀を手に戦っているのに、ただ見ていることなどできようか? 3人は小刀を抜いた。 「ま、そうだろうな」 予期していた通り、と言いたげに淵が息を吐く。 彼らを迎えうつべく、3人もまた武器を抜いた。