校長室
【カナン復興】東カナンへ行こう! 3
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第9章 アガデ修復・商業地区 東カナン首都・アガデ。そこに商業地区は大別して東・西・南・北と4つある。 中央広場から放射状に伸びる街路、そのうちの1つがそれぞれまた広場へつながり、そこから伸びた放射状の道がさらに別の広場へとつながる。大きさは大小さまざまだが、そうしてつながった広場にはそれぞれ商業店舗が面する。ここにある店が主に商館と呼ばれる店舗で、ギルドを形成する。その商館を中心に、それを扱う専門の商業店舗が道に沿って並ぶのだ。 だが今、それは過去の姿と化していた。燃え盛る炎は道を好んで進む。主だった道には街路樹が植えられていた。それらも一因だっただろう。 ほとんどが半壊していた。屋根が抜け落ち、壁材が崩落し、ショーケースやショーウィンドーが飛び散った。兵による消火活動で水を浴びた箇所も少なくない。たとえ破損が少なくても、炎がその舌で舐め尽くした家屋は放置することはできない。内部がやられているからだ。 結果的に、これらはすべて破壊・撤去の対象となった。そしてマーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)たちがこの地へ来たとき、もう撤去はあらかたすんでいた。 かつてアガデを訪れたとき、彼もたしかに歩いたはずの道。そこは今、見渡す限り遮蔽物となるような物は何もなかった。はるか遠くでそれぞれが担当する地区の撤去・再建を行っているイコンの動く姿が見えるだけだ。 「区画整理のあとが残っているだけ、か」 足元の白い線のようなあとを蹴る。じゃり、と音がして、瓦礫片が砕けた。それを、こすりつけるように足で引く。これといった感触が伝わることもなく、砕けた石はさらに砂になった。――もろい。 「西と北の商業地区ではまだ店舗が残されているそうよ。あちらは火災が少なかったから、修復ですむんじゃないかって。でも、魔族の攻撃や無差別爆破のせいで壁に亀裂の走っている店舗がかなり多くて……向こうもやはり撤去することが決定したらしいわ」 パートナーのアム・ブランド(あむ・ぶらんど)が傍らにきて、得てきた情報を報告した。 この南の商業地区の再建に役立てることはできないかと、彼女は焼け残ったほかの商業地区を見て回っていたのだ。過去1〜2度訪れただけの記憶は全く役に立たない。完成図のイメージができるだけ、という程度だ。しかも東カナンの街路は複雑で、細路地が迷路のように入り組んでいる。緩やかなカーブや坂道で似た景色が続くため、大道から1つはずれただけで、慣れない観光客などへたをすると数時間迷子になっていても不思議でない街だ。 建築法を完全に無視して増設に増設を重ねた結果そうなったように見せかけて、実はこれは市街戦を想定して造られた要塞都市だった。道が交差する場所には必ず鋼鉄製の小門が設置され、それの開閉により袋小路や新たな道ができる。 「小門の方はあまり手を入れなくても再利用が可能そうよ。取りはずしてこちらへ持ってきてもらうように手配したわ。熱で多少歪んでいるけど、それはたたき直せばいいわけだし」 「そうですね」 「南は西より小規模だったそうだから、数の心配もない、と思う。多分。想像だけど」 「なに、足りない分はわしがノルトで運んできてやるから大丈夫じゃ。全部は揃わんじゃろうが、不足分ぐらいなら間に合うように鋳造してもらえるじゃろ」 ボードに必要な物を書きつけていた天津 幻舟(あまつ・げんしゅう)が顔を上げ、応えた。 彼女は大型飛空艇ノルトのパイロットとして、主に建設資材の空輸を受け持っていた。東カナン中に散らばっているさまざまな町や村にある専門の工房から材料あるいは完成品を受け取り、それぞれの地区へ配送する。 「これですべてですか?」 ボードにはさまれた、30枚はあろうかという注文書の束をペラペラとめくる。 「第一陣はな。こちらは受け取りの分。注文書はこの倍じゃ。 やれやれ、この分じゃと日に2往復でも足りんかもしれんぞ」 彼女は激務だった。なにしろ、カラータイルだけでも何十という種類が必要で、それは膨大な数にのぼる。そのうえ聖堂のステンドグラスや屋根飾り、貴賓館の柱、テーブル、ドアなど細工が精密で扱いに注意のいる品もごまんとあるのだ。東カナンの細工物はアラベスクやカリグラフィーなど緻密で見た目は美しいが、扱うとなるととたん面倒くさい品へ変わる。 とても彼女だけでは対処しきれないと、アムが手伝うことになった。 「それでは行ってきます」 アムが会釈をして、幻舟と一緒にノルトを止めている場所へ向かった。 彼女たちと入れ替わるようにやってきたのがセテカだ。 「やあクロッシュナー、待たせたな。ちょっと水路の所で予定外に時間をとられてしまって。すまない」 「いえ、かまいません。それで、地図ですが――」 「ああ。ちゃんと持ってきた」 セテカはそう言って肩から下げていた筒を持ち上げると、マーゼンが用意していた会議卓へ中身を広げた。 「約1年前の物だ。一応東西南北すべて持ってきてある。おそらく火災前とは微妙に違っているだろうが――」 「十分です。これを元にあらためて測量して区画整理のロープを張ります」 「そうか。じゃあそうしてくれ」 地図を丸めて筒に入れ、彼に渡した。 「それで、もう1つ頼んでいたことですが」 「ああ、あれか」 とたん、セテカは苦笑した。 昨夜アムから依頼されていたのだ、オズやカインに焼失前の市場の様子をスケッチしてほしい、と。 「おまえ、かなり無茶を言ったな」 「無茶、ですか?」 とまどった様子のマーゼンを見て、さらにセテカは破顔する。 「まあ、たしかに地図ではどこに店舗があるかは分かっても、どんな外見だったかは分からないからな。しかしあの2人に絵心を求めても無理だ。どっちもこらえ性ないし。ひどい物ができあがるぞ、それこそ腹筋壊れるくらいの」 言ってるそばからセテカが笑っているということは、何か過去に彼らの絵を見て腹筋が壊れるくらい大爆笑したことでもあるのだろう。 「そうですか…」 となると、この案は無理か。考え込むマーゼンの肩を、ぽんぽんとセテカがたたいた。 「大丈夫。今真人に頼んで人材を確保してもらっている。街商で何人か、観光客相手にアガデの風景をスケッチして販売していた者がいるから、彼らを雇えば過去の作品を提供してもらえるか、記憶で描いてもらえるだろう」 「なるほど。助かります」 「確保できたら真人からそちらに連絡をさせることにする。あとは彼と調整をしてくれ」 「ありがとうございました」 じゃあ、と手を挙げて、セテカはここを離れた。 次の見回りの場所へ向かうべく、先を急ぐ。そんな彼の耳に入ったのは、工事を開始した兵たちの声と彼らが操る機器の振動音だった。 ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)が工事主任となって、兵たちに指示を出している。 その傍らに積まれているのは鉄筋、コンクリート・ブロック、セラミック断熱材といった建材だ。そのどれも、東カナンの物ではない。工法も全く違う。 そのことに、セテカは内心複雑な思いを抱いていた。 『アガデは東カナンの首都。東カナン産の建材を用い、東カナンの伝統工法で再建すべき、というあなた方の考え方についてですが、それは正論には違いありませんが、しかしその方法では復興完了までに膨大な時間が必要と判断しました。これだけの規模の都です、おそらくは完成まで何十年とかかるでしょう。それを短縮するためには、この方法が最善なのです』 ゴットリープは昨日、ノルトから降ろしている積み荷を見て唖然となったセテカたちにそう説明をした。 仕方ない。シャンバラに救援を求めた時点で、これは十分想定されたことだ。支援してもらう側でありながらそのやり方に文句をつけるのは間違っている。 それに、彼らは彼らなりに配慮をしてくれた…。 『もちろんこれらの建材は、決して外装には使用しません。市街地の景観を損ねる事のないように、外壁や屋根、室内の内装など人の目に触れる部分にはレンガや漆喰、石材等の東カナンの伝統的な住宅用建材を使用します』 あくまで土台、基礎といった部位に限定的に使用ということであったため、許可を出した。 出した以上、割り切らなくてはならない。 だが感情はうまく割り切れてくれないでいた。そこにある物、埋まっている物が違う、ということを知ってしまった。 シャンバラの技術力はすばらしいと思う。われわれの数年を数日、数カ月で成してしまう。そのことに、焼けつくような嫉妬を覚えることすらある。なのに、これに限って不満を覚えるなど…。 我が事ながら、理不尽だと分かっている。 「俺も、まだまだだということだな」 自嘲するようにつぶやき、セテカはその場をあとにした。