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第6章 流れ込む心

 空京の工場地帯に、一台のバンが入り込んできた。
 深夜ではあるが、珍しいことではない。
 周囲の施設には僅かながら明かりがついている部屋もあり、広々とした駐車場には同じような車が何台か止まっている。
「数日から10日くらいは調査に割きたかったんだけれど……それが出来ない理由があったんだな」
 アキラは、ルシェイメアと共に集めたデータを書きこんだ地図を広げて、ため息をついた。
 アレナがズィギルと接触したという知らせ、彼女の肉体は完全に停止した状態だという知らせが、こちらのメンバー達にも届いていた。
「コピーの方のズィギルは封印されたという話だ。本体の方にも伝わっているだろうから、警戒している可能性もあるだろうな」
「気取られるようなら、今回は断念した方がいいんじゃない? 無茶をしないといいけど」
 の隣で、にゃん子がそう言いながら、研究所の方に目を向ける。
 辺りは静かだった。
 人の通りはなく、車も時々しか通らない。
「それはそうだが、その間に別のコピーを作られてしまうかもしれないからな」
 静麻もため息をつく。
 確実に成功させるために、様々な準備やバックアップが思い浮かんだが、裏業者に根回しして、バンを一台手配するだけで時間切れだった。
「上手くいってるかねー。そろそろ良い知らせが入ってもいいころだと思うけど」
 運転手を務める刹那がファビオに目を向ける。
 瞬間、ファビオが持つHCに、通信があった。通信局を通していない、トランシーバー機能を用いた通信だ。
「それじゃ、頼む」
 ファビオがアキラの地図の一か所を指差して、唯斗に見せる。
「……了解」
 小さく答えて、唯斗は音もなくバンから降りた。
 革手袋装備、忍びの頭巾、守護狐の面で顔を完全に隠し、陰行の術、隠れ身の技能と、ベルフラマントで姿を隠して、研究所へと向かっていく。

 少し前。
 呼雪ユニコルノ、及び大地は、ファビオから送られてきた情報を頼りに、人気のない場所を選んで。身を隠しながら研究所に接近し、塀を乗り越えて侵入を果たした。
 その後、2手に分かれてセンサーを頼りに、研究所内の探索に移る。
 呼雪は、革手袋、ベルフラマント、迷彩服、黒子に眼鏡を用いて、変装、及び姿を隠し、更にカモフラージュで身を隠しながら慎重に進む。
 ユニコルノは忍び装束にブラックコート、目にはブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)のものだというノクトビジョンをかけていた。黒い鬘に長い髪は詰めて、厚底靴に胸にはパット。体型を変えてカモフラージュし、隠形の術、及び隠れ身の技能で身を隠しながら続いた。
 真逆の位置から、大地は革手袋を嵌めて、黒い忍び装束と覆面を纏い、ブラックコートで気配を殺し、隠れ身で身を隠しながら進む。
 廊下の明かりも落されており、人の姿は全くない。
 ごくまれに、研究室から廊下へ出る研究員がいたが、ドアを開ける音や、廊下を歩く音を聞き逃すことはなかった。
 柱の影、近くの部屋に入って身をひそめやり過ごし、呼雪達はボディランゲージで、意思を確認しつつ、探知機の示す場所へと急ぐ。

 探知機が指し示す場所に、先にたどり着いたのは、大地だった。
 その部屋に対しては、余計なことは何もせず、周囲の状況だけ探っておく。
 近くに、明かりの漏れている部屋はない。
 ただ、その部屋からは、微かな音が響いてくる。

 集合ポイントと定めた場所で落ち合って、極力研究員のいない場所を通り、再び3人で対処の部屋の前へと訪れる。
 ユニコルノと大地がハイドシーカーで部屋の中を探る。
 ユニコルノは右を指差し、大地は中央を指差す。
 そして指を人差し指を1本伸ばした。
 人物は2人。ドアのすぐ先に1人、右側に1人。
 僅かな話声が聞こえるが何を話しているのかは全く分からない。
 声は一切出さず、3人はアイコンタクトと頷きでタイミングを計る。
 コンコン
 大地がドアノブに触れながら、普通にノックをした。
「開いてるよ」
 男性の声が聞こえた。
 大地がドアを普通に開ける。
 開けきらないうちに、呼雪が、奥に居る人物――機晶姫のような機械人間に、神子の波動を放った。
「な……」
 もう一人、ドアの正面にいた男性には、大地がヒプノシス。
 ユニコルノは部屋の明かりを消し、アサシンソードを手に、機械人間に飛び込んだ。
 サイドワインダー、ブラインドナイブスで、機械人形を側面から攻撃して身体を破壊する。
(頭と体、両方を完全に破壊します)
 大地は黒曜石の覇剣を手に、ユニコルノの攻撃で崩れた機械人形の、頭部と腹部を攻撃し、機晶石を完全に砕いた。
 砕かれた破片が舞った、途端。
 3人に、強い感情が流れ込んでくる。
 ズィギル・ブラトリズの感情だ――アレナへの強い想い。
 愛情を超えた執着心。
 自分だけのものにしたいという想い。
 ひとつになりたいという願い。
 心を縛りたい、でも手に入らないという葛藤。
 胸が苦しくなる感情に、呼雪とユニコルノは歯を食いしばった。
 大地は、マインドシールドで防御していたため、さほど影響はなかった。
 2人の手を引き、大地は廊下へと出る。
 人のいないルートを通って、3人は屋上へと出た。
 大地はぽいぽいカプセルから、小型飛空艇アルバトロスを出して乗り込むと、夜空へと消えていく……。

 研究所近くの道路。バンの中。
 僅か数分後に、唯斗はバンに戻って来た。
「問題ない」
 彼の言葉を聞いてすぐ、刹那は車を発進させる。
「じゃ、帰ろっか。安全運転安全第一ってね」
 刹那はいつもの調子で話し、普通の運転を心掛けて通りへと出ていく。
「この車は、あたいが責任もって処分しとくよ」
「図面やデータは今すぐ消去だ」
 静麻は使用していたパソコンをその場で破壊する。
「紙も全て捨てるよ。灰さえも残さない」
 にゃん子は、アキラ達の持つ紙の書類も全て集めて、ビリビリに破き、使用したパソコンはデータの抹消だけではなく、静麻と同じように完全に破壊する。
 後に、焼却、融解、粉砕処分をして、欠片一つも残さなかった。
 実行側もサポート側も、ファビオを除き、対面することはなかった。
 誰が作戦に加わっていたのか、互いに知らない。
 唯斗が行ったのは、破壊ではなく隠蔽工作だった。
 ファビオが実行側から聞いた、ズィギルの位置の情報を元に、外から近づいて、水遁の巻物で部屋の配管から水を呼び出し、水漏れを誘発。
 そこに雷術を放って、事故を装った。
 寺院側に隠すための隠蔽ではない。
 ズィギルの亡骸を見れば、感電死ではないことは一目瞭然だ。
 無関係の研究員が、漏電事故で一部の機械が壊れたのだと思い込む状況が出来ていれば、それでよかった。

「ユノちゃーん、お帰り♪」
 ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が、帰宅したユニコルノにぎゅーっと抱きついた。
「なんですか」
 ユニコルノは淡々と言って、ヘルの手から逃れると、1人自室に籠ってしまう。
「ん……」
 ヘルは作戦について聞かされていない。
 でも呼雪とユニコルノがアレナに関わる何らかの行動をしていたことに、なんとなく気づいてた。
「お帰り、呼雪」
「……ああ」
 呼雪もそれしか答えなかった。
(そっとしておいた方がいいのかな。でも、なんだかこうしたくなるんだよねぇ)
 ヘルは呼雪にもぎゅっと抱きついた。

「君の思惑とは少し違ったと思うけれど、作戦は無事成功した。探知機にはもう何も反応はない」
『了解。あとは、お前の頭のデータを抹消すれば完全犯罪だな』
「俺か、君のね」
 互いに軽い笑みを漏らして、ファビオとゼスタは電話を切った。
 調査&サポートと実行は切り離されて行われた。
 ファビオが口を割らない限り、この作戦の真相が世に知られることはない。