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リアクション
chapter.10 決着
時間を少し巻き戻し、舞台は再び、Can閣寺へ移る。
騒動の中心にいる謙二は、弟子たちの援護を受けながら、境内を突き進んでいた。建物への侵入まで、あと僅かだ。そんな謙二の進撃を止めるべく、何名かが他には目もくれず、彼に向かって接近した。
「謙二さん! 止まってください!!」
凛とした声でそう謙二を呼び止めたのは、遠野 歌菜(とおの・かな)であった。彼女もまた、謙二の言動を見過ごせなかったようだ。それは、歌菜の言葉にはっきりと現れていた。
「尼僧だって、女の子なんですよ? 恋したって、ガールズトークしたっていいじゃないですか! そもそも、尼僧としての品位ってなんですか!?」
「もうその手の話は、散々聞かされた。少なくとも、お主のような女子にその品位がないのは確かだ。寺で愛だの何だのと語る尼僧共など、もってのほかだ」
「……そりゃあ、TPOはわきまえるべきですし、配慮が足りない所もあったかもしれませんっ。けれど、いきなりこんな風に暴力で意見を通そうとするなんて……そんなの、貴方の意見の、理想の押し付けじゃないですか?」
いつになく、真剣な様子で謙二に言葉を伝える歌菜。それを、パートナーの月崎 羽純(つきざき・はすみ)は「随分ムキになってるな」などと思いながらも、見守っていた。
「拙者の意見だの理想だのの前に、これは由緒あるれっきとした風習なのだ。男は強く、女は淑やかであるべし。男女の垣根が崩れた今の世を、拙者は正すのだ!」
「だから、そんなの誰が決めたっていうんですか! かよわい男子がいても、強い女子がいてもいいじゃないですかっ」
謙二の言葉に、歌菜が一歩も引かず張り合う。さらに歌菜は、自らの価値観、いやアイデンティティーに近いものを主張する。
「腕っ節の強い女子はダメって言うんですか? 魔法少女はダメって言うんですか? そんなの絶対おかしいよ!」
最後の方はもう、テンションが上がるあまり語尾も若干おかしなことになっていた。
「歌菜、自分の腕っ節が強い所を結構気にしていたんだな……ほんと、バカ。そんなこと、全く問題ないのにな……」
対照的に、冷静に話を聞いていた羽純が小さくそう呟く。彼はここでようやく、歌菜がなぜムキになっていたのかを理解したのだった。
「魔法少女……? わけのわからぬことを。あやかしの類か。だが拙者とて覚悟を持ってここに乗り込んだ身。もう、何も怖くない!」
謙二はこれ以上歌菜の話に付き合うつもりがないことを、その威圧感で示した。語尾が若干歌菜につられ、おかしな感じになっている気もするが。それはともかく、相手の足を止めかねないほどの圧に、歌菜も一瞬、間を作ってしまう。
と、その間を埋めるように割って入ったのは、緋宿目 槙子(ひおるめ・てんこ)だった。
「そこの侍、待て」
槙子は、自身の武器である銃を手に、謙二に言い放つ。
「貴様の主張も、分からんわけではない。男は強くあるべき、私もそう思う」
しかし、と槙子は謙二に同意以外のものも示した。
「女も、強くあるべきだと私は思っている」
「それはお主の、お主らの考えであろう。否定はせぬ。だから拙者の考えも否定せず、余計ないさかいを起こさせるな」
話を聞いた謙二が、槙子、そして歌菜にも目を向けて言う。
「お前の考えを押し通すというのだな……」
その様子を見た槙子が、雰囲気を一変させた。
「色々な概念があるのだ、お前の概念だけが正しいということはない。お前が態度に示すならば、私も見せようではないか」
言って、近づこうとする謙二に対し、槙子は言い放った。
「ここで、叩き潰す」
「し、師匠……? 何か、すごい物騒なことを言いました?」
それを近くで聞いていた契約者、冴弥 永夜(さえわたり・とおや)は思わず耳を疑った。
「叩き潰すって師匠、俺たちは彼らが寺に乗り込まないよう、止めるのが……」
言いかけて、永夜は言葉を止めた。目の前の槙子は、既に臨戦態勢に入っている。その瞬間、彼は悟った。
これはダメだ、と。この人はやる気だと。
確かに永夜とて、彼らのやり方に賛同できないのは事実だ。自身の好みは謙二の言うような、おとなしめの女性ではあるのだが、自分の考えに当てはまる女性がいないからと不満を他人にぶつけるのはいかがなものかと思っていた。
「そういうのは、いろんな女性がいる中から見つけるもんだと思うけどなあ。やるしかないか」
言って、永夜もまた自らの武器を構える。
歌菜、羽純、槙子、永夜。いくら謙二が強者といえども、四対一はさすがに分が悪い。それを早々に察した弟子の何人かが、急ぎ彼をサポートするべく飛んできた。
羽純と永夜は、互いのパートナーをちらりと見た。彼らは、パートナーが謙二と戦おうとしていることを理解している。同時に、それならば自分の役割が何なのかも。
「加勢は、させないからな」
「アンタたちの相手はこっちだ」
永夜と羽純がほぼ同時にそう口にすると、彼らは弟子たちに向かっていった。目にも留まらぬ速さで剣を具現化させた羽純が、華麗に舞いそれを飛ばす。
それにより弟子たちの陣形が乱れると、そこへ永夜の武器が襲いかかった。振り回された武器は、人ひとりを軽く宙へ浮かせるほどの威力を携えている。
素早さで相手の動きを封じていく羽純と力で相手を倒そうとする永夜のコンビネーションは、即席ではあるがなかなかのものだった。
一方で、謙二と向かい合う歌菜と槙子は。
「……刀の間合いが面倒だな」
言って、槙子は右手に持った銃で謙二を牽制する。隙あらば、逆の手で強烈な拳を一発叩き込む算段だ。が、それよりも先に、歌菜が謙二へと飛び込んでいった。
「勝負です、謙二さん!」
まるで拳で語り合おうとでもいわんばかりに、歌菜は真っ向から打ち合い勝負を挑んだ。まさか目の前の女性らがふたりとも、拳で挑んでくるとは思わなかった謙二は最初こそ意表を突かれたものの、「そちらが素手でくるならば」と自らもまた刀をしまい、両の手で応じる。
「えいっ!」
「はっ!」
次々に放たれる歌菜と槙子の拳を紙一重でかわしつつ、どう反撃に転じようかと機をうかがう謙二。とそこに、新手が登場した。
「どいてな!」
勢い良くその戦いの場に進み出たのは、ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)だった。彼は、悲しさと怒りを同居させたような顔で謙二を見つめていた。
「おいおい、謙二。俺はてっきりお前は漢だと思ったんだがな……見損なったぞ。本当の漢って奴は、そんな暴力で解決するものなのか? お前の中にある侍の魂は、そんなに乱暴で野蛮なものだったのか?」
「……時には力でしか出来ぬこともある。それを乱暴だの野蛮だのと言われるとは心外である!」
侍としての誇りを、以前謙二の中に見ていたラルクは、今回の出来事を見過ごせなかった。
「人の考えを強要したり、ましてや暴力で抑えつけるなんざ、一番やっちゃいけねぇんだよ! 俺はそんな粗暴な魂なんざに屈しねぇ!」
そう大声で告げたラルクの迫力は、先程の謙二に負けず劣らずの威圧感があった。謙二に侍としての矜持があるように、ラルクにも武闘家として許せないもの、譲れないものがあることをそのオーラは語っていた。
さらに、そこへ同じように怒りをあらわにした久世 沙幸(くぜ・さゆき)もやってきて、謙二を睨みつけた。
「そうだよ! 第一、女の子がおしとやかじゃなきゃいけないだなんて、考えが古すぎるんだもん!」
古風な思考を押し付けられるのが我慢ならなかったのか、沙幸はいつもからは想像できないほど真剣に怒りの感情を向けていた。
「今は女性だっていろんな分野で活躍できる時代なんだから、その可能性すら潰そうとするだなんて、そんなこと、許されるはずがないんだから!」
「拙者とお主らの考えが違うのは充分に分かった。それで、お主らは、その考えを通すために拳を振るうのか?」
「言葉で無理なら、拳で語るしかねぇだろ」
謙二の問いに、ラルクが答える。もう、どうあっても戦いは避けられない。ラルクもそれを分かっているのか、謙二に向かって叫んだ。
「本当は怖いんだろ? 自分の考えを否定されるのが……自分の侍の魂ってヤツを否定されるのがよ! だから、俺が相手してやるよ! かかってこいや!!」
ビリ、と肌にひりつく闘気。謙二は一瞬にして悟った。己の一番の武器を使わなければ、危うい戦になるということを。彼はすっと刀を抜こうとする。そこに、沙幸の言葉が飛んでくる。
「まさか、それで私たちを倒して、お寺を占拠しようだなんて考えてないよね? 随分ご立派な男性なんですね。人に考えを押し付ける前に、ご自身を見つめ直した方がいいんじゃないですか?」
それは敬語混じりの、皮肉と嫌味がこもった言葉だった。当然、それは謙二の感情をさらに燃え上がらせることとなる。
「どの道相入れぬなら、どう言われようとも己が決めた道を通るのみよ!」
謙二が鞘から刀を抜いた。
それを見るやいなや、ラルクが謙二へと突進する。そしてあっという間に間合いを詰めると、拳と脚を交互に素早く繰り出していく。
「むっ……!」
それを時にかわし、時には鞘で受け止める謙二であったが、何分手数が多く反撃に転じることが厳しい。謙二は、ラルクの放った中段蹴りを後方へ飛んで回避し、言葉をひとつ投げかけた。
「逆に問う。なにゆえ、男がこの寺に肩入れをする」
「俺は寺の肩を持つ気なんてねぇよ。ただ、強いと思ったお前がこんな方法に出てるのが許せねぇだけだ!」
言うと同時、ラルクが拳を突き出す。謙二はそれを鞘で防いだ。
謙二が反撃をなかなかしないことには、理由があった。それは、彼とて無益な殺生は避けたいという思いがあるからだ。しかし相手の戦意を削ぐための攻撃を行うには、実力差がなさすぎる。謙二は激情に身を委ねる一方で、また苦慮もしていた。
が、何もそれは彼に限ったことではない。先程戦った歌菜もそうだし、今謙二と向かい合っているラルク、そして沙幸も思いは同じだ。
「さっきはああ言っちゃったけど、やっぱり、できることなら傷つけたくないなぁ……」
沙幸がふたりの戦いを見ながら、そう呟く。その時彼女に、妙案が浮かんだ。
「そうだ! こうなったら……」
言って、彼女はある技を唱えた。忍法・呪い影と呼ばれるそれは、自らの影を操り、相手に向かわせる術だ。沙幸は謙二とラルクが戦っている間に、その影をこっそりと謙二の背後へ回らせる。そして。
「今だよっ!」
沙幸が影に向かって念じると、影の手が謙二の刀を叩き落とそうとする。咄嗟に鞘でそれを防ごうとする謙二だったが、その鞘が代わりに謙二の手から離れた。
「っ!?」
突然の出来事に謙二は驚き、隙をつくってしまった。ラルクは、それを見逃さない。
「うらあっ!」
謙二の体目がけて、ラルクが掌底を放つ。謙二は一瞬手に残された刀を握る手に力を込めたが、それを振るうことなく、その身に手痛い一撃を受け、倒れた。
「ぐ……っ」
「……謙二」
ラルクが地面に仰向けになった彼を見下ろす。その瞳は、先程までの怒りを滾らせたものではなかった。なぜなら、彼は謙二を倒す瞬間、分かってしまったからだ。
謙二は、あの掌底を受ける寸前、刀身をラルクの手へ向ければ迎撃できたはずだと。それをしなかったのは、謙二が、目の前の相手を斬ろうとしていなかったからに他ならない。
彼らが謙二を倒すと、他の者たちもまた、その勢いに乗って謙二の弟子らを打ち負かしていた。境内には、静けさが戻りつつあった。
「拙者は……負けたのか」
焦点がぼんやりした目で、暗くなった空を見つめる謙二。そこに手を差し伸べたのは、ラルクと歌菜だった。
「大丈夫か?」
「謙二さん、これで私たちとあなたは、拳を通して語り合った友だちです!」
彼らの言葉は、しっかりとした温度を伴って謙二へと注がれた。ただ、今立ち上がる力は彼に残っていなくて、その手を取ることも難しかった。謙二は、それを心で申し訳なく思っていた。
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