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リアクション
chapter.5 式部とデート(1)
その頃。空京の市街地では。
「このデートコースで、本当にいいのかな……」
紫 式部(むらさき・しきぶ)が、苦愛から受け取ったメモ用紙を片手に、街をとぼとぼと歩いていた。
その目的は言わずもがな、モテ修行のためのナンパ待ちである。
しかし、まだ始まったばかりとはいえ、彼女に声をかける者は現れていない。その暗い雰囲気を、男は敬遠してしまっているのだろうか。
「暑くて疲れるし……もう戻っちゃおうかな」
式部が溜め息混じりにそう呟いた、その時だった。
ようやく、式部は声をかけられたのだ。
「お、なんだおまえ、なんかくたびれてんな! 俺様が楽しませてやろうか?」
「え?」
式部は声の方を向いた。と、そこにいたのは、毛玉だった。
「……え?」
式部がもう一度声を発する。てっきり人間の男性に声をかけられたと思っていたが、目の前にいるのはどう見ても毛玉だ。ちょっと意味がわからない。が、声は間違いなく、目の前の毛玉から出ている。
「俺様が、楽しませてやろうかって言ったんだよ!」
声が聞こえなかったと思ったのか、毛玉がもう一度、ゆっくりと式部に言った。この毛玉の正体、それはポータラカ人のウォドー・ベネディクトゥス(うぉどー・べねでぃくとぅす)なのであった。
すると、困惑する式部の元に、ウォドーの契約者である瀬乃 和深(せの・かずみ)が走りよってきた。
「ちょっと目を離したら、何やってんだか……」
そう言ってウォドーを抱きかかえる和深。ウォドーは和深の腕の中で、彼を見上げながら言った。
「日頃から怪しいだの気持ち悪いだの言われているからな。本気出したら俺様だって女のひとりやふたり、きゃーきゃー言わせられるんだぜってのを見せようと思ったんだよ」
「……別の意味できゃーきゃー言われるだけだろ」
和深のツッコミを受け、ウォドーは「まぁ見てろよ」と式部に向き直った。
「今から俺様と、レストランに行こうぜ!」
「え、えっと……」
完璧に困惑する式部。ただでさえ誘われ慣れていないのに、いきなり謎の生命体に誘われたのではこの反応も仕方ない。
「怪しがってんのか? とりあえず一回だけでいいから、付いてこいよ!」
肉食系まるだしで強引に押すウォドーを見かねたのか、和深がフォローに入った。
「あー……なんだその、一応これでも真面目に頑張ってるつもりなんだ。どうしても無理なら仕方ないけど、一回だけ付き合ってやってくれないか?」
「ま、まあいいけど……」
元々誘われ待ちだった式部だ、そう言われたら首を縦に振るだろう。こうしてウォドーと式部のレストランデートは成立したかに見えた……が、そこに、第三者が待ったをかけた。
「ぎぁぅがぅれぅ!」
「っ!?」
突然背後から聞こえた咆哮に、一行が振り返る。そこには、恐竜の着ぐるみをきている、人なのかどうかよく分からないテラー・ダイノサウラス(てらー・だいのさうらす)が立っていた。
「な、なに!?」
何か悪いことでもしたのだろうかと、式部は一瞬不安になる。だが、そうではないようだった。
「ぐがぁるげぅ! がぉごぐるる!」
テラーは、なかまになりたそうにこちらをみている!
あくまで周りから見た予想だけど。
とその時、どこからともなく声が聞こえた。
「きっとこの子も、レストランに行きたいでありんすよ……!」
「こ、今度は何!? 幻聴!?」
式部が辺りをきょろきょろと見回すが、声の主はいない。それもそのはず、声の主でありテラーのパートナーであるグランギニョル・ルアフ・ソニア(ぐらんぎにょる・るあふそにあ)は、ナノマシン拡散を用い姿を消した状態で話していたのだ。
その理由はひとつ、テラーが言葉を話せないため通訳が必要だったからだ。
「この子もって……え、デートってこと?」
式部が不安そうに尋ねる。すると声は返事をした。
「そうでありんす。この子で若紫計画をしてはいかがでありんすか?」
「そ、それはちょっと無理があるかな……私今、好意っていうより不安しか抱いてないし……」
式部はそう言ったものの、改めてテラーをじっと見る。そして和深に抱えられたウォドーも。
「よく考えてみたら、片方だけ拒否するのもおかしいかも……」
毛玉がよくて着ぐるみがダメという境界線の引き方が自分でも分からないなと思った式部は、とりあえずテラーとも一緒に食事をすることにした。
こうして、式部と毛玉と着ぐるみという謎のメンバーによるレストランデートが実現した。
かに思われたが、現実はそう甘くはなかった。
「すいません、ペット同伴はお断りさせていただいております」
「……あ、えっと」
店に入るや否や、式部は店員にそう注意を受けた。確かにパッと見、ペットに見えなくもない。
「がぅぐぅげぉ!!」
テラーが怒りのような声を上げると、ウォドーも同調した。
「俺様のどこがペットじゃぁ!」
「お客様、お静かに願います」
もはやこうなっては、完全にクレーマーレベルの客である。そして店員が目を離した少しの隙に、テラーは近くのテーブルにあった料理に手をつけていた。
「ああっ、お、お客様!?」
「がぅ! ぎぁぅろぅ!」
慌てふためく店員をよそに、テラーは式部にも料理を差し出し、一緒に食べようと誘っている。グランギニョルがこのままではやばいと、咄嗟に声をかけた。
「エージェント・T! 勝手に料理を食べてはいけないでありんすよ!」
「ひいっ、い、いきなり声が!?」
目の前でどなる毛玉客、勝手にテーブルの料理を食べだす着ぐるみ、そして店内に突然声が響くという怪奇現象。店員が悲鳴を上げると、店内はもうパニック状態となってしまった。
「と、とりあえずここを出ようか……」
収集がつかなくなると判断した和深は式部にそう告げると、ウォドーを抱えて外へと出た。
なお、テラーが勝手に飲食した分のお金は、グランギニョルが後で支払ったらしい。
「なんだか済まなかったな。このままでは申し訳ないし、気分転換がてらそこらへんを歩いてみないか?」
店を出た和深は、すねるウォドーをなだめつつ式部にそう提案した。そして式部も、それを承諾する。考えてみれば、目の前のこの男の人はとてもまともではないか。そう思ったのだ。
気を取り直し、式部が和深と街を歩こうとした時、タイミングが良いのか悪いのか、新たなデート立候補者が彼らの前に登場した。
「キミが紫式部だね?」
ガシャン、と音を立てながら前に出てきたのは、ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)だ。毛玉、着ぐるみに続き、鎧人間とまさかの謎の生物三連続である。
式部が頷くと、ブルタは問答無用で式部の手を取った。
「え? え?」
「ボクとデートしよう、紫式部」
和深が止める間も式部が返事をする間もなく、ブルタは式部を強引に連れ出してしまった。
「な、なんて強引な人なの……ていうか、まず人なの?」
スタスタと先を歩くブルタの背中に、式部が声をかける。するとブルタは、振り返ってこう返事をした。
「ボクは、見ての通り普通じゃない。いろいろ事情があって魔鎧の体になっていてね。でもそれも、悪いことばかりじゃない」
含みを持たせた言い方のブルタ。式部が口を開くその前に、彼は続きを話す。
「契約者と言えども、地球人と恋愛を経て結婚すればせいぜい百年くらいで死別するだろう? でもボクは、ほぼ不老に近いから長く一緒にいられるよ」
「は、はぁ……」
彼のその言葉がどれくらい本当かは分からないが、いきなり「長く一緒にいられるよ」と言われても式部は冷や汗しか出てこない。
式部のそんな様子を知ってか知らずか、ブルタはさらに自分についての話を聞かせた。
「それに、地球とパラミタは今は繋がっているけど、これからどうなるかは分からない。でももし繋がりがなくなった場合でも、ボクはパラミタに住む予定だよ」
「は、はぁ……」
もうそれしか式部の口からは言葉が出てこない。そう、式部は割とひいていた。
なんでずっと一緒に暮らす体で話してるのこの人、と不思議でしょうがないのだ。しかし、ブルタの話は止まる気配を見せない。
「そういえば、最近ではパラミタも色々大変なことになっているみたいだよ。地球とかニルヴァーナに移住する人も今後出てくるとボクは思ってる。式部はそうなった時、どうするつもりだい?」
「ど、どうするって言われても……」
なにこの話題、と式部は思った。普通デートってもっとこう、楽しい話題が出るものなんじゃないの、と。好きなタイプとか本、歌じゃなくてなんで民族移動の話なの、と。
「ちなみにボクは、ニルヴァーナのパラ実分校にツテがあるから、もしもの場合は一緒に移住できるよ」
「は、はぁ……」
またその話!? と式部は思った。この人、どれだけ初対面の女性との永住を欲してるの、と。
ブルタからすれば、頼もしさのアピール、そして将来設計のできている男だということを教えたかったのだろう。もっとも、その言動は完全に裏目に出ていたが。
「あ、そうだ私ちょっと用事を……」
そろそろこの場から離れないとまずいかも、と判断した式部は、そう言ってブルタの前から離れようとした。
が、ブルタがむざむざそれを見逃すわけはなかった。
「……」
彼は、懐にあった「嫉妬の弓矢」をそっと取り出し、その矛先を式部に向けようとした。射ぬいた相手をときめかせ、果てには不幸な別れをもたらすというこの歪な矢を。
幸い、式部はブルタから距離を置こうと背中を向けて歩き出していたため、気づかれる様子はない。
と、その時だった。
「ああ、なんて顔をしているんだ!」
突然、前方からの声。式部は思わず顔を上げた。彼女に向かってそう声をかけたのは、アーヴィン・ヘイルブロナー(あーう゛ぃん・へいるぶろなー)だった。
アーヴィンは、式部があまり楽しそうな顔をしていないのを見つけ、反射的にそう声を上げていた。そして、先程ブルタがしたように、今度はアーヴィンが式部の手を取り連れ去った。
「ちょ、ちょっと……っ」
わけもわからぬまま連れ出された式部に、アーヴィンは話しかける。
「デートは、そんな顔をしてするものではない!」
「そ、そんなこと言われたって、私だってモテようと頑張って……」
「それだ!」
式部の言葉を遮り、アーヴィンが言う。
「お前は重大な勘違いをしている! それは、貴様の中でモテが先に来ていることだ!」
「……え?」
「いいか、これは間違いない事実だが、モテは後からついてくる!!」
きっぱりとそう言い切るアーヴィン。ブルタが見えなくなったあたりで足を止めた彼は、式部の息が整うのを待った。やがて呼吸が戻った式部が尋ねる。
「言ってる意味が、ちょっとよく分からないんだけど……」
「つまり、行動次第で、後からモテがついてくる形にならなければいけないということだ」
アーヴィンの主張は要するに、モテの意識だけ先走っても効果はないのだ、ということだろうか。無論式部とてそれはある程度承知しているのだろうが、モテることに夢中な彼女にその助言はのれんに腕押しである。
「だから、その行動を起こそうと今いろいろ……」
式部が反論しようとしたところを、アーヴィンが静かに制した。そして彼は、もうひとつアドバイスをする。
「ついでに言っておこう。人の心を揺さぶるキャラになるには、自分の属性にあった行動をしないとダメだ」
「キャ、キャラって私別にそういうのじゃ……」
言いかけて、彼女は思い当たる節があるのか言葉をつぐんだ。アーヴィンはそれを黙ってみていた。少しの沈黙。その間、式部はあれこれと考えを巡らせていた。
たしかに、モテたいモテたいって方向にばっかり意識が行ってしまっていたのは、反省しないといけないかもしれない。でも、どういう行動を取ればモテに繋がるのかも、今の自分には分からない。
となれば、やはりモテそうな行動を片っ端からやっていくしかないんじゃないかな、と式部は考える。
「さあどうだ、もう一度、モテを考える前に、自分の属性について考えてみるんだ!」
アーヴィンが、ダメ押しとばかりにそう言い放つ。
だが、既にオーバーヒート気味になっている式部の頭には、これ以上の助言は入ってこず、むしろわけもわからぬまま連れだされ、困難な叱咤を受けてしまったとネガティブなものとして与えられてしまった。
「もうわかんない……! ほ、ほっといてっ!」
少し大きな声でそう言うと、式部は一目散に走り去っていってしまった。
「あ、待て、待つんだ! まだアドバイスしたいことはいろいろと……!」
アーヴィンが式部に言葉を投げかけるが、その姿はもう街の雑踏に紛れていて届かなかった。
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